14. 二度目の超常現象も真っ青。
……。
今度は自分がフリーズした。
「なんだって?」
声が掠れていた。
心臓を鷲掴みにされた気がした。
イリイチが自分を見て、思わず、といったふうに口を開いた。
「ちょ、アンタ……、今すげぇ変な顔になってる」
黙れ小僧。
変な顔は元からだビッグなお世話だ自分の顔なんざお前が生まれる前から知っているっていうかまほう? 魔法? アレは祝詞でも呪詛でもなく呪文だったとでもいうのか?
ア タ マ が イ カ レ そ う だ。
イリイチは眉をひそめたまま自分を見上げている。
自分は呆然と呟いた。
「……御伽噺の中だけだと思っていた」
多分、血の気が引いている。今の気分だってドン引きだ。
つか、魔法って、マジか。
イリイチがコートの裾を遠慮がちに引っ張った。
「だいじょうぶか? アンタ真っ青だ。ちょっと、座った方が良くないか?」
心配そうな琥珀色の瞳を見て、自分の限界を悟った。
そしてドサリと座り込んだ。
ぎょっとしたイリイチへ、掌を向けて一呼吸おき、そのままゴシゴシと顔を擦る。緊張や動揺が大きいと、顔か首を擦る癖は子供の頃からだ。
……眼鏡をケースに入れていて良かった。
「あー。二度目の超常現象も真っ青だ。なんだよ魔法って。わけわかんねー」
「オレにはアンタの動揺っぷりが、わけわかんねーよ」
ほっといてくれ。
今ちょっと泣きそうなんだ。
胡坐をかいた脚に肘を乗せて、掌に顔を埋めたまま、しばらくじっとしていた。男達が駆け回っているざわめきが遠くに聞こえる。
「……そういえばオレ、アンタの名前知らない」
イリイチが口を開いたのは、ざわめきが途切れた時だった。
掌の中で瞬いた。
ああ、うん、そうだった。岩壁から出て、自己紹介の前にこの騒動だったな。
「じゃあ、“名無しの権兵衛”のナナシノって呼んでくれ」
「じゃあって何だ。じゃあって」
くぐもった声で告げられた、あからさまにテキトーな偽名にむっとしたようだ。
掌から面を上げて、イリイチを見た。
自分が今どんな様相をしているか分からないし、琥珀色の瞳の主が何を考えているのか知らない。
耳朶を打った自分の声は、平淡だった。
「親愛なるピョートル・イリイチ・チャイコフスキー。自分の事はナナシノと呼んでくれ」