12. 静かにその場を離れる。
イリイチは大丈夫か? あの子達は無事か?
母親から離れられない現状で、出来る事はあまりない。
大きく開かれた出入り口の扉から、冷たい夜気が入り込んでくる。風除けになれるわけではないが、そっと母親の傍らに移動した。
扉の向こうは広場のようにも大きな公園のようにも見える。奥深い山の中ではなさそうだ。
いくつか浮かぶ明かりは何だろう。
松明のようにも、ランタンのようにも見えるが、確実に懐中電灯には見えない。その中の一つが潤むような線を描いて、そしてこちらに近づいて来た。
先ほど出て行った伝令の男がランタンを持って、一緒に連れてきた老女の足元を照らしている。
老女は小柄だった。僧服を思わせる貫頭衣が良く似合う。豊かな白い髪に青い瞳。日に焼けた肌は健康そうだ。見た人間を安心させる温和な顔には、心配そうな表情が浮かんでいた。
神殿の中に踏み込んで、何かの臭いを嗅ぐ仕草をする。
厳しい顔になって、さっと部屋の中を見渡し、蹲ったままの母親に気付くと、まろぶように寄ってきた。
「エア、エア、あああ。何てこと」
掠れてはいたが優しい声だった。母親の知人らしい。気遣わしげな言葉に、他意は感じない。男達が囲みを解いたので、自分も立ち上がり道を開ける。
彼女が周囲の様子に目もくれず母親の傍らに膝をついていきなり祝詞を唱え始めたのと、自分が反射で構えるのとは同時だった。
肌が粟立った。雷の時と同じ感覚。
しかし老女からは攻撃性を感じない。迷ったが構えを解かずに静観することに決めた。
彼女は雷ではなく、手に光る何かを持っていた。
いや、手そのものが発光していた。
男達は特に感慨も無く立っている。老女の状態に慣れているように思った。
不思議だった。
そっと慎重に手をかざす姿が、診察する医者のように見えた。
淡く優しい光が仄かに母親を包んで、しばらくすると彼女から血の臭いが消えた。ホッとした様子の老女が光を消し、母親に「ケガは治したわ」と声をかけている。
見ると、割れていた爪が傷痕一つ無い爪になっていた。手にあった裂傷も無い。
唖然とした。
なんだコレ。
<降臨>も雷も大概だったが、こうも非科学的な事象が続くと混乱しそうになる。
母親を介抱している老女を観察しながら、コレを理解できそうに無い自分に気付いた。
ふと、双子を抱いた男達が視界に入った。
自分の側をすり抜け、真っ直ぐ母親と老女に近づく。抱かれた子らに雷で打たれたような痕跡はなかった。
そうだ。イリイチ。彼はどうなった。
静かにその場を離れると、柱のほうへ踏み出した。