表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/106

95. 指揮は部隊長。

(ほお)を紅潮させたイリイチは、唇を開いた。


「今の分身(ブンシン)の術(ノジュツ)は、どうやったら出来るようになるんだ?」


 言葉はフツーだったが、抑えきれていない興奮に声が(はず)んでいる。

物っ凄いヤる気だ。

自分は、ちょっと遠い目になった。


 ……あー。

うん。こうなる予想はついてた。親子の状態や仕立て物、談話室の事など優先すべき事が差し迫っているが、話す事にする。情報を出し(しぶ)ってジャパニーズ・ホラーに関する苦手意識を思い出されても面倒だ。


「少しコツが()るんだ。……夢で視点が二つになる事あるだろ? アレと似てる」


 琥珀色の瞳の主は、パッと笑んで直ぐに思案気な表情になった。

今の内だ。空いていた棚に、服を置く。ハルトマンが近付いてきた。


「……ナナシノ殿」


 声を潜めているのは、黙考しているイリイチに気を遣っているからか。

それとも。


「指揮は部隊長だから、殿はいい」


 同じように音量を落として、親指と薬指で眼鏡を押し上げた自分は応えた。イーラに似た青い瞳を、今は見ることができなかった。


「確認したい。どれだけ分霊に割けらる(・ ・ ・ ・)?」


「……さっきのは二手に分かれただけだ。一弾指(いちだんし)で四手が最大。それ以上は出来ない」


 正直に告げた。

そもそも、神殿で(こん)(かま)えたプロを武装解除できたのは、一瞬の(スキ)複数体(・ ・ ・)()いたからだ。

 対象が、ポルターガイスト現象に馴染みが無かったのも大きい。

でなきゃ戦闘訓練を受けた集団相手に、幽霊が先手を打てるはずが無い。成功したのは本当に偶々(たまたま)だった。


「それに、分裂しても(ロク)な事が無いんだ。物を運んだり、誰かの腕を引くような単純な動作や、()()きした情報に対して発言ができても、……仕立物をする等の細かな作業はできない。(いちじる)しく効率が落ちる上に、複数になった分だけ弱る。フツーはしない。危険だから」


「……そうか」


 指揮官の顔をしたハルトマンは、(あご)に指をやった。武人というよりは学者のような手を、自分は意外に思った。

 ふと、誰かが廊下を歩いて来る気配に気付いた。

ほぼ同時にイリイチも気付き、遅れてハルトマンもドアに視線をやる。

ホトホトとノックされた。間を置いて、そっとノブが回された。


「ハル様」


 ドアの隙間から、茶色い瞳を覗かせたのはオリーと呼ばれた女性だった。

そわそわと落ち着きの無かった台所の様子とは打って変わって、(しっか)りと立っている。彼女は、片腕に重そうな袋を抱えていた。


「イリーナ様が、皆で来るようにと(おお)せです。イーシャ様より、わたしは塩を書庫に置いたらエアさんと子供たちを()るように言われました。既にお二人とも談話室に入られています。どうか、」


 隣の部屋から、母親が()き込む音が聞こえた。ハッとした女性は話を中断し、袋をすぐ側の丸椅子の上に置いた。少し広がった結び口から、塩の湿度を感じた。

袋の中身は、岩塩だったのか。


 彼女は、ハルトマンに黙礼して入室すると、イリイチを透り抜け(素 通 り し)て枕元に移動する。水差しの水をグラスに注ぎ、手馴れた様子で母親を抱き起こすと、少しずつ飲ませた。

 ハルトマンが目顔で部屋の外を指した。

幽霊二人で顔を見合わせて、指揮官が開けたドアの外に出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ