10. 咄嗟に出たのは
コートのポケットからケースを取り出して、眼鏡を収納する。
緊張する前の、自分の癖だ。突入されるなんて、初めてだからな。
「気絶した子供に乱暴なことはしないと思うが、心配なら付いていたらどうだ? 地下室を見たら事情を探るくらいはするだろうから、保護は見込めると思う。……イリイチがあの子らを見てくれるなら、母親には自分が付こう」
ケースをポケットに入れながら提案すると、イリイチは頷いた。階段からも出入口からも死角になる柱の陰に向かう。
多分、そこに子供達を寝かせているのだろう。
親への態度はおざなりだが、ちびっ子への気遣いは完璧だな。さすがイリイチ。
「……っ、う」
母親から呻き声が出た。
気がついたようだ。片膝をついて、そっと覗き込む。
だいじょうぶか?
尋ねようとした言葉は、扉を蹴り開ける騒々しい音に阻まれた。
ゾッと総毛立った。
咄嗟に出たのは、声ではなく思念だった。
『ーー避けろイリイチ!』
理屈ではなく、本能だった。
刹那。
母親の影から出た光が、イリイチと子供達のいる柱へ迸る。凄まじい音と光は、まるで小さな雷だ。
発生する直前、床に割れた爪を立てて言葉を紡いだ彼女の、よく聞こえなかった音は祝詞の単語に似ていた。
非科学的だが、今の放電現象は母親が原因に思えて仕方ない。
突入を察知し、反射的に子供を守ろうとしたのか。
ーーだが。
このクソ女! あの子らに直撃したらどうする!?