第十六話 姉妹のガールズトーク〜美稀 Side〜
腕の中から寝息が聴こえてくる。
「颯、寝たんだね。良かった…」
そう呟きながら、私は意識を集中させる。
頭の中で…唱えるのだ…。私はあの子と向き合わないと先に進めない、そう確信している。
『妹ちゃんなんでしょ?私達の話してるの聞いてた?お願い…返事して』
私は彼女に助けを求めないといけないのだ…だから、時間を浪費する余裕なんてない。
【妹ちゃん…私はそんな名前じゃない。緋莉ってちゃんとした名前があるんだから】
返事がきた事にホッとする。
『良かった…ちゃんと届いた。二回目なんだけど…ちゃんとした挨拶は初めてだから。少しおかしいけど初めまして、緋莉ちゃん。私は新山美稀です。』
【あっそ…私は別にあんたなんかに興味ない】
素っ気ない態度…やっぱり私は嫌われてるんだね。ブラコンだって話だったから…何となく予想はしていたけど、やっぱり寂しいって思ってしまう。
『私はあなたに興味があるわ。仲良くなりたいって思ってる』
【兄に対してポイント稼ぐつもり?残念でした…私はあんたに利用されるほど…馬鹿じゃない】
鋭い声音…でも、これぐらいでびびってなんていられない。再び、緋莉ちゃんに語りかける。
『そんなつもりはないわ。ただね…あなたの大好きなお兄さん…颯の力になりたいだけなの。緋色の刀…多分もう一段進化するでしょ?それは分かっているの。でもね…何をどうすれば進化するのかが分からないのよ』
頭の中から声が聞こえない。緋莉ちゃんは…いなくなったのだろうか…
暫く待っていると…声が響いてきた。
【あんた…恥も外聞もないの?ちゃんと嫌いって伝えないと、私があんたを嫌ってる事すら理解出来ない馬鹿なの?私が親切に教えるとか甘い事考えてる?】
『流石に私もそこまで馬鹿じゃないよ。でもね…何て言われてもいいの、私は颯の為なら恥知らずにでもなんでもなってみせるわ』
【なんで兄なのよ?あんた…兄の何なのよ…だいたい何であんたが私の所有者なのよ…何で私が兄に捨てられてるのよ!!】
『私は…』
【うるさい…うるさい…うるさい…‼︎あんたなんか大っ嫌い】
そっか、緋莉ちゃんは…颯に捨てられたって思ったんだ。
緋莉ちゃんに落ち着いてもらわないと話は進まない。勘違いも解いてあげたいし。
頭の中に…自分の姿を投影する感覚…要は自分の頭の中に自己の姿を具現化すれば…。私に出来るかな?この子に今必要なのは、優しく抱きしめてあげる事…そんな気がする。
その前に一つ確認しないと。
さて、この子は…どうしたら言うことを聞くかしら?
颯って、クライアントだから逆らわないとか言ってるけど、冷静に怒られたりするのに弱いのよね…多分だけど。
そこが似ているといいのだけど、どうかな。
試してみるかしら、どうせそれしか考えつかないし。
声に怒気を滲ませて、重々しく緋莉ちゃんに語りかける。
『緋莉…あんた、こっちが下手に出てたら言いたい放題ね。少し調子に乗りすぎじゃないかしら…?』
今までと雰囲気を変えたつもりだが、うまくいってるだろうか…緋莉ちゃんの反応はない。
『黙ってたら分からないじゃない。あんた…私に恥も外聞もないとか言ってたけど、あんたは常識ってもんがないのね…妹がこれなら、颯も実は大した事ないのかもしれないわね』
緋莉ちゃんを煽る。乗ってきって、お願い‼︎
【兄を悪く言うな‼︎あんたみたいな女が兄を悪く言うなんて…許さない】
『そう…。で、あんたさ?私に姿を見せる事…私の頭の中で構わないわ。出来ないの?』
【出来るけど…別にする必要なんかない‼︎】
やった…出来るんだ‼︎良かったよ…出来なかったらどうしようか、ヒヤヒヤした。目論見通りになりそうで逸る気持ちを、なんとか抑え込む。
『姿を現さなければ、なんとでも言えるわよね。だいたい…そんなの卑怯者のする事じゃない。常識がないだけじゃなく、そうすると颯は卑怯者でもあったのね。全然気づけなかったわ、教えてくれてありがとう』
流石に、大好きな人の事を…思ってもない事で悪く言うのは堪える。緋莉ちゃんを引っ張り出す前に私が折れちゃいそうだよ…。
【兄をこれ以上悪く言うな‼︎お前は絶対許さない…】
頭の中に…人影が突然現れる。
女の子…私より年下で間違いない。そういえば颯の年っていくつだろ?聞いたことなかったな…って脱線してる場合じゃない。気を引き締めないと。
気合いを入れ直し、目の前の女の子を見ると…ボブカットで私と同じ黒髪だ。吸い込まれそうな綺麗な緋い瞳。少しつり目で…気の強そうな態度と顔が絶妙にマッチしてる。うわっ…しかも和装だよ。私もたまに日本人形みたいな顔立ちとか言われるけど、この子はまさに日本人形だ。何よ、颯の妹…めちゃくちゃ可愛いじゃない。こちらを睨みつけてなければ…最高なのにな…。
って、見とれてちゃ駄目だった。えっと…緋莉ちゃんの目の前に私がいるイメージ…と…。
出来る、出来るはず…お願い出来て下さい‼︎目を閉じて意識を集中する。
【えっ…?】
緋莉ちゃんの声がさっきより近い気がする。ゆっくりと目を開くと目の前に唖然とした緋莉ちゃんがいた。
私は緋莉ちゃんの腕を掴み引き寄せ…抱きしめる。
緋莉ちゃんの身体が硬直したのがすぐに伝わってくる。
『緋莉ちゃん、やっと…ちゃんと会えたね。大好きなお兄ちゃんと引き離してごめんね。今まで颯を支えてくれてありがとう。あなたと弟さんが守ってくれたから…私は颯に会えたんだよ。本当にありがとう』
緋莉ちゃんはまだ硬直している。頭に手を回し、撫でる。
『お兄ちゃんはあなたを見捨てたんじゃない。私が弱くてどうしようもなかったから…だからあなたに頼ったの。私を助けられる力を持つのは緋莉さんしかいないんだもん。信頼してるからこそ…だよ。その結果、あなたをお兄ちゃんと引き離してしまった事、私は償いきれない。だから、許してなんて言わない、私の事嫌いでいいから…それでもどうか力を貸して欲しい。私に出来る事はするから』
緋莉さんの啜り泣く声が聞こえる。
暫く…そうしていた。暴れるかな…って考えてたけど、そんな事なかった。大好きなお兄ちゃんを悪く言われて頭にきただけで、本当は優しい子なんだろう。何となくそんな気がした。
【姉…………………そう呼んでいい?】
緋莉ちゃんの突然の言葉に理解が追いつかない。
何て呼ぶって??そこの部分だけ聞けなかった…。我ながらタイミングの悪…あっ。『ねえ』は呼びかけの…感動詞の意味じゃなく、『姉』の方の意味だ。颯の事を『にい』と呼ぶのと同じ感じだ。
もしかして…緋莉ちゃんに認めてもらえたのかな?大好きなお兄ちゃんの相手でいいって思ってくれた。そう解釈しても良いのだろうか…
緋莉ちゃんがゆっくりと身体を離す。私を見つめる緋い瞳が不安に揺れている。私が何も言わないのが原因だ。
早く安心させてあげなきゃいけないのに…その姿を見て声を出すのが躊躇われる。
不安に押し潰されそうな緋莉ちゃんが可愛くてもっと見ていたい。
【やっぱり…嫌だった?こんな生意気じゃ、妹になんて思ってもらえないよね…】
見ていたいのだけど…もうダメ。限界です。この可愛い子は私のだ。絶対誰にも渡さない。
『ごめんね、不安にさせちゃったね。好きなだけ呼んでいいから。緋莉ちゃん、さっきはこっちこそ呼び捨てにしたりしてごめんなさい。あなたみたいな可愛い子が妹になるなんて…嬉しいわ』
そう語りかけて、改めて抱きしめる。
【姉は優しいんだね。姉…?あたしの事は呼び捨てでいいよ。ちゃんなんて付けなくていいから…】
自分の事は『あたし』って言うんだ。さっきまでは壁があったから『私』って言ってたんだろうな…。
可愛いな緋莉は。思わずニヤけてしまいそうになるのをグッと堪える。
『分かったわ、緋莉。これからは遠慮はお互いなし‼︎これから宜しくね♪あと、早速で悪いんだけど…刀の件、緋莉は何か分からないかな?』
緋莉とは、これからゆっくり仲良くなればいい。時間はたっぷりあるんだから。それより今は優先すべき事をしないと…。
【姉は、まだちゃんと闘った事がないから、口で説明しても多分理解出来ない。姉のさ…求める力が必要なのは、あの人とやり合う時だよ。だから、焦らないで。大丈夫、姉は強いよ。間違いなく…。これは想像でしかないんだけど、刀にあたしの心が宿って姉に才能があったから、ここまでの適合率になったんだよ。この境地にいる人なんてそうはいない。あたしはここまでじゃなかった。弟…あの子ぐらいのはずだよ】
『緋莉がそういうなら、信じるわ。でも…必要になるのは間違いないから…緋莉の信頼に応えれる様に、ちゃんと進化させれる様に自分なりに頑張ってみる』
【役に立つか分からないんだけど…あたしが弟に言われたのは…閃くんだって。1日のうちに少しでも刀に触れて。何もしないでもいいし素振りしたりするのもいい。試合は、そうだ…渚さんか遥華さんを頼るのもいいかも‼︎とにかくそんな感じ。兄に相談してみるといいよ】
『緋莉、色々ありがとう‼︎やるべき方向性が見えてきたわ‼︎』
【姉…明日学園でしょ?そろそろ寝ないと…夜は決闘だし】
『颯を休ませる意味でも、明日は流石に学園には行かないわ。緋莉も休息は必要なんでしょう?えっ…あ、そう…そんぐらいの時間でいいのね。私もまだ眠くないから…もう少しゆっくり話しましょうか‼︎』
優先すべき事は焦っても仕方ないらしい。それならこの可愛らしい妹を構ってあげたい。
私の提案に、緋莉はコクコク頷いて喜びを隠そうともしない。
この子…本当に可愛い。緋莉は気づいていないのだろう。私が寝れないのは緋莉とこうして知り合えた事の興奮が原因だという事に。
こうしてその後はガールズトークで盛り上がり、夜が更けていくのであった。