第十話 待ち人来ず…颯と美稀の本音バトル⁉︎
待機してどれぐらいの時間が経過しただろうか。
結構待たされている筈なのだが、美稀の顏に不満の色は見られない。
何故なら、俺の肩に頭を乗せ左腕に抱きついているからだ。
何故こういう事態になったのか、時を少しだけ遡る。
俺が不機嫌な態度をしていたので美稀は最初は大人しく少し離れていたのだ。
不機嫌になった理由が分からないのなら、前の話を確認して欲しい。
そこから……美稀は加速していく。
まず、俺の服を軽く摘まむアクションを起こしてきた。これは鋭い睨みで撃墜。
次に手を繋いできた。これを振りほどく事で撃墜。
暫くの膠着状態…その緊張感を打ち砕いたのは、もちろん美稀である。
背後からの抱きつくアクション。腰の高さで回されている手を引き剥がして撃墜。
流石に諦めるかと思ったが、美稀のパッションはこの程度では止まらなかった。
ついに、前から抱きついてくる…しかも顔が近い。
「颯、なんで怒ってるの?機嫌直してくれないと、チューしちゃうぞ♪いいのかな⁉︎いいのかな⁉︎」
鼻息荒く、そんな事を恥ずかしげもなく…しかも目を輝かせながら言ってくる。
颯は、真面目に相手するのが面倒になり…無視を決め込む。
すると、本当にキスしてくる始末。
先程のキスの残り火は美稀の中でまだ燻り続けていたのだろう。
先程と同じ様に唇を啄ばんでくる。
その目は開始早々潤んでいた。
無視した颯は…されるがままに受け入れている。
正確には、顏を挟んでいる力が異常すぎて逃げ切れないだけなのだが…
唇が離れて、解放された颯が美稀に問いかける。
「お前さ…なんでそんなにキス好きなんだ⁉︎」
「颯はキス嫌いなの⁉︎」
質問を質問で返すなって習った事がないだろうか…?
いや…習っていたとしても、記憶の片隅にもないのだろう…
追求すると言い争いになりそうなので、折れた颯が先に答える。
「嫌いと言うか『必要』だからするキスには何も感じない。それ以外のキスなんて、した事ないし…」
言い切ったところで、はっとする。
今、俺…何て言った⁉︎『必要』以外のキスをした事がない?美稀とした、通称セカンドキス…アレって別に必要じゃなかったよな。
キスに感慨を抱いていなかったので、記憶から消えていた。
よくよく考えてみれば、俺からした初めての『必要』じゃないキスなのにだ。
しかも…『必要』じゃないキス…他にもあるじゃないか。
美稀の部屋で、遥華の前でしたキス…あれは美稀からされたのだから、人からされた初めての『必要』じゃないキスだ。
しかも今さっきもされたばかりだ…自然な事の様についつい流してしまっていた。
この2回に関しては感慨がないって感じではなく、されても嫌な気にはならなかった。寧ろドキドキ胸が高鳴った覚えがある。
それなら…何故、俺は雨宮との戦闘後に『必要』なキスをしたら…機嫌が悪くなったのだろう…
このまま、思考の迷路にハマりそうだったので、颯は頭を振って思考を追い出す。
何かに気づいた素振りを見せる颯をニヤニヤ顏で美稀は見ている。
触れるな…触れるな…颯の祈りは無情にも届かない。
「颯、本当に『必要』じゃないキスした事ないの⁉︎今、何考えてた⁉︎ちゃんと話してくれたら粗相は許すからさ…だから…言え‼︎」
粗相…その言葉からも美稀が気づいてるという事は窺える。
『言え』って…ここで命令使うか普通…流石は美稀さん容赦ない。
最初に逆らうなって言われてるので、言葉を違える様な事は出来ない…というより…したくない。
たかがそれぐらいと人は思うかもしれない。
しかしながら、一度言葉を違える事をしてしまうと…それに慣れてしまう事を颯は理解しているのだ。
美稀の言ってくる命令も今のところ、絶対に聞けないといった範囲ではない。寧ろ可愛いとも思……ゴホン…。
颯の中での認識はこんな感じなのである。
「分かったよ、ちゃんと言い直す。『必要』ではないキスはお前とした事があった。そして、今から言う事は追求しないでくれ。あくまで…命令ではなくお願いだが…。お前の言うところのセカンドキス、あれは正直気持ちに嘘はついてない。好きとか嫌いとか、何の感慨もなかった。ただ、部屋でお前の方からされたキスは嫌ではなかった。正直まだ自分の気持ちがよく分かってないんだ。クライアントに手を出すとか、まずあり得ないし…お前さ、重過ぎるんだよ。俺がすぐに結婚しようって言ったら多分するって言うよな?そんな女を遊び半分で手を出す程、不健全に生きてないんだ俺。依頼中はそういうの考える余裕もないし。だからさ、あんまり過度なスキンシップはして欲しくないんだわ」
言った…言ってやった…恥ずかしい…もしかしたら好きかも…って言った様にも取れる事を…
これだけ真面目に話せばスキンシップ地獄から解放されるかもしれない。そうなれば心労は遥かに軽くなる。
颯は羞恥心と期待感でドキドキが止まらない。
美稀は…悩んでいるのだろう…なかなか言葉が…あれ?何かこちらを睨んでますよ美稀さん。
おかしい…怒らせる事言ったか…⁉︎
重い沈黙を破り、美稀が語り始める。
「よ〜く聞いてなさいね。私からの『必要』じゃないキスが嫌じゃなかったって事は、あんた私の事少なくとも嫌いじゃないって事ね。それが分かっただけでも良かったわ。だから、これからはもっと積極的にアピールする。あと、クライアントとか依頼中とかそんな細かい事を言うのは許さない。あんたが勝手に言ってるだけで、私は手を出してくるなとは言った覚えない。だいたい過度なスキンシップが駄目ってなんで?要は私の誘惑に耐えられなくなりそうでビビってるだけじゃないあんた。わ、わ、私に手を出して…遊び半分でした…とか許されるわけないでしょ⁉︎当たり前じゃない。手を出したらあんたの負け、その時は責任は取ってもらうし、逃げてもどこまでも追いかけてやる。あ、でもでも私の事が好きになったならいつでも求めてくれて構わないから。あんたが私と結ばれたくないなら、一緒にいる間我慢すればいいだけじゃない。つべこべ言わず、ちゃんと私と向き合いなさい‼︎甘えは許さない‼︎分かったわね⁉︎」
久々の美稀のマシンガントークが火を吹く。
このまま誘惑されたら…なし崩し的な展開も予測出来るから、今のうちに対策しておきたかったという颯の策略は美稀の闘志に火をつける結果となった。
やはり美稀は、既成事実を作って結婚の話を進める事も視野に入れていた様だ。そうでなければここまで誘惑してこないだろう。
ただ…遊ばれて捨てられる可能性だってあり得る事もちゃんと分かっているのだろう。
『私に手を出して…遊び半分でした…とか許されるわけないでしょ⁉︎』と言っていたが、これはなんとなくだが、美稀自身の不安を打ち消す為に言葉の様に思える。
この言葉を話す時の表情が一番必死だったし、言葉もうわずっていた。あと、どもってもいたな。
美稀は分かりやすい、自分の気持ちに正直で、心の機微が態度とかに出やすい。
短い付き合いながら、そんな風に美稀との距離が近づいていくのが颯は嬉しいと感じている。
美稀の言う通り、素直にならなければいけないと密かに覚悟を決める。
そんなやり取りがあって、冒頭のシーンに辿り着くのである。
しかしながら先程の雨宮との一件を考えれば、イチャつくより聞くことがあるだろうに…美稀の頭の中にはそんな事は欠片もなかったのだろう…
『喉元過ぎれば熱さを忘れる』
先人の言葉にもあるが…美稀の忘却までに要した時間は…起きた出来事からすると…神がかっているように思えてならない…
しかしながら、姐さんの姿はまだどこにも見えない。結構時間が経っているのだが…。
到着が遅いのは渋滞に巻き込まれでもしているのだろうか?
冒頭シーンの颯は幸せそうな美稀を横目で見つめながらそんな事をぼんやり考えているのであった…