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時空法封呪  作者: 以龍 渚
少年時代編
2/13

アドベント試験編その1「出発前夜」

「リューウ、どこにいんのよっ」

 どこからか、リュセイアを呼ぶホノカの声が聞こえてくる。

「……ったく、せっかく心地よく寝てたのに、誰かさんに邪魔されちまった」

 リュセイアは起き上がり、その場所を飛び降りた。――どうやらリュセイアは木の上で眠っていたようだ。

 ホノカの頭上から突如リュセイアが姿を現す。

「こんなところにいたぁ。――リュウ、お父さんが呼んでるよ?」

「ホノカ。ザンの方は呼びに行かなくていいのか?」

「ザンならもう、お父さんと一緒にいるわよ。二人ともアンタを待ってんの」

「そうか……。いかんな、またおやっさんとザンの奴に迷惑をかけちまった」

「私への迷惑はお構いなし?」

「さて、行くか」

「こら、待て。まずは私に謝罪かお礼をするのが先決だろ?」


 リュセイアとホノカはカノンの家にやってきた。この家の庭がリュセイアとザンの訓練所がわりになっているのだ。

「――で、おやっさんは表か?」 ちなみに、リュセイアの言う『表』というのは庭の訓練所のことですよ。

「多分ね」

「多分? お前はおやっさんに頼まれて俺を呼びに来たんじゃないのか?」

「あのねぇ。私が表に出たときは、二人とも一息ついてた所だったの。――アンタ、本当はもっと早くに来なくちゃいけなかったんじゃないの?」

「……ま、のぞいていなかったら、家の方ってことだな」

 そういいながら、リュセイアは庭にまわった。

「るーくんっ」

 それは庭に足を踏み入れたときだった。何者かがリュセイアに飛びついてきた。

「のわっ。……アイカっ、急に飛びついてくるな」 リュセイアはその人物を確認することなくアイカと言った。

 これがいつもの光景なのだから。……リュセイアは一旦、アイカを引き離す。

「――るーくん、今日は朝から来るって言ってたのにさ、もうすぐお昼だよぉ」

「リュウが早く来るのが、アンタとなんの関係があるっていうのよ?」 あきれるようにホノカがアイカに問う。

「そりゃあ……、朝の鍛練で流れたるーくんの汗を私が直接拭いてあげて、汗を洗い流す湯浴みの場では、一糸纏わぬ私とるーくんがぁ……」 妄想に浸り、よだれを垂らすアイカ。

「わが妹ながら、頭が痛くなる……」 そういってホノカは自分の額を掌で押さえた。

「あ、でも別に朝練じゃなくても、湯浴みなら寝る前だって――、それでそのまま朝までるーくんとぉ……」

「……妄想に浸るのは勝手だけど、リュウの奴、もういないよ?」

 いつのまにかリュセイアがこの場からいなくなっていた。

「え? ――あっ、待ってるーく――」 と、ホノカがこの場から離れようとするアイカの服の襟を掴み、アイカを止める。

「悪いけど、アンタはこっち。――アンタは私と洞窟に発光石を採りに行くの。……そろそろ取り置きがなくなるんだから」

 アイカを引きずりながらホノカは家の中に入っていく。

「お母さん、霧吹きはどこ? いまからアイカ連れて発光石を採ってくるから」

「あーん、るーくぅん」


 リュセイアが庭の訓練所に来ると、カノンとザンは、休憩の椅子代わりになっている丸太に腰をかけてリュセイアを待ち受けていた。

「来たか、リュウ。――お前も適当な場所に腰をかけろ」 カノンはリュセイアも座るように指示を出す。

「こんな場所でいいのか、おやっさん? わざわざ呼び出したってことは、大事な話でもあるんだろ?」

「ま、大事っちゃあ、大事なことなんだがな」

 そういうカノンの言葉に、ザンが補足説明を入れる。

「今日の話はここの方がいいんだ。ここの方が、気持ちがたかぶる」

「なんのことだ?」 リュセイアはいまいち話が見えてこないようだ。

「こいつの話だ」 そう言ってカノンが懐から取り出したのは、二枚の白い封筒だった。

「なんなんだ、それは?」

「表の宛先を見てみろ、リュセイア」 まだ話の見えていないリュセイアに、ザンが宛先を見ろと告げる。

 ザンに言われたとおり、リュセイアがカノンの持つ封筒の宛先を確認してみる。宛先はそれぞれリュセイアとザンに宛てられていた。

「俺ら、宛?」

「こんな辺鄙な場所にわざわざ個人を指名してきた手紙だ、見なくても内容は想像つくだろ?」

 そう言いながらカノンは、封筒を裏返し、差出人を見せる。差出人は、『アドベントギルド資格試験管理部』と書かれていた。

「! いよいよ来たのか。アドベント試験の通知が。――で、試験日はいつだ?」

「まだ開けていない。封はお前たちで切れ」 カノンが二人に封筒を手渡す。

 リュセイアとザンが、ほぼ同時に手紙の封を切って中の紙を取り出す。

 封筒の中には、開催場所の案内と試験日が書かれた紙と、申し込み用紙と見える紙の二枚が入っていた。

「ちょっと見せてもらっていいか?」 そう言ってカノンは、リュセイアが取り出した案内の紙を奪い取る。

「あ。――おやっさんっ。まだ、俺見てねぇよ」

「リュセイア、俺のを一緒に見よう」 そういってザンが自分の案内をリュセイアが見える場所に広げる。

 カノンが案内に目を通す。

「場所はカサドか。――日程は、今日から七日後か……」

「じゃあ、カノンさん。六日後に本土に渡っておきますか?」

「いや、五日後だ。出発は五日後にしよう。お前たち、それまでに旅支度を済ませておけよ」

「……二日も早く行くのかよ?」 何か、リュセイアが二日早い出発に躊躇しているように見えた。

「ん? 俺はお前たちの準備が出来ていれば、今日明日にでも出発していいと思ってるぞ?」

「? リュセイア、なにか都合が悪いのか?」 少し様子のおかしいリュセイアに、ザンが問いかける。

「いや、そういうわけじゃないんだが……」 リュセイアは、なにかはっきりとしない答えを返した。

「よし、今日は二人とも家でゆっくり休め。――ただ、準備だけはしっかりしておけよ? 五日なんてあっという間に過ぎていくぞ?」


 ……それは、出発を明日に迎えた夜のことだった。

 リュセイアとザンは、いつものようにカノンの家での夕食を終え、自分たちの家に戻ろうとしていた。

 急にリュセイアが足を止める。

「? どうした、リュセイア?」

「いや、ちょっと思うことがあってな、考えをまとめようとしてたんだが、うまくまとまらなくてな」

「……いよいよ明日だもんな。ま、今日は早めに眠って、明日に備えるのが一番さ」

「そうだな……。――ザン。俺はもう少し夜風に当たってから帰っていいか?」

「そうか。――じゃあ、俺は戻って先に眠らせてもらうが、……リュセイア、ほどほどにな」 そう言って、ザンは先に家の方へと戻っていった。

 リュセイアがはっきりと言ったわけではないが、ザンはリュセイアが一人になりたがっているのを察し、深くは追求しなかった。これも、長い付き合いからくる優しさなのかもしれない。

 リュセイアは家には向かわず、村の外れにある丘の高台に向かって歩いていた。


 村を見渡す、静かな高台。月明かりしか照らす光のないこの場所に、いま、リュセイアは立っていた。

「……明日、か」

 リュセイアには一つの不安があった。村長になって七年、リュセイアは明日、初めてこの島を離れる。

 今までにこの島を出たことがないわけではなかった。島に一番近い本土のアーカスという町には、買い物などたまに出かけることはある。

 だが、それは日帰りか、船の都合がつかなかった場合に数日帰れないことがあった程度だ。

 今回は違う。試験までに数日、さらに試験の結果次第では何ヶ月も帰らないことになるかもしれないのだ。

「なにかお悩み事ですか、リュセイアくん」 背後から、聞きなれた声でわざとらしく『リュセイアくん』と呼ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはカノンの妻『ヨーコ』の姿があった。

「ヨーコさん……」

「ごめんなさいね。リュウくんがこっちに歩いていくのが見えたから気になって後をつけちゃった」

 そういいながら、ヨーコはリュセイアの傍に来る。

「リュウくん。何か悩みがあるなら、聞きますよ? 今は私しかいませんから、何でも言っていいんですよ?」

 ヨーコのその問いに、リュセイアは少し考えた後、その重い口を開いた。

「……なさけない話ですよ。――まだ出発すらしてないのに、もう懐郷病になっているんですから」

 リュセイアがヨーコに言ったのは、自分が懐郷病――ホームシックになったということだった。

 それを聞くとヨーコは、急にこんな話を切り出した。

「……リュウくん、私がこの島の出身じゃないことは知っていますよね?」

「たしか、本土のリゼルって町の出身って言っていましたね?」

「そこはね、山に囲まれた場所で、こことは違った静かさがある町なの。……今でもね、たまにその町が懐かしくなることもあるんだよ」

「ヨーコさんは、たまにでもその町には戻らないんですか?」

「残念ながら、戻る理由がないの。私の知っているリゼルはもう故郷とは呼べなくなっちゃったから」

「どういうことです?」 リュセイアがヨーコの言葉の意味を問う。

「以前にね、立ち寄ったことはあるの。所々変わっていた場所もあったけど、その町は私の知っている雰囲気でその場所にあったの」

「じゃあ、なんで故郷じゃなくなっていたなんて言うんですか?」

「疎外感があったの。町は変わらなくても、そこにはもう私の知る世界はなかった。昔遊んでいた場所も、いまではその町の子供の場所であって、私が踏み入れていい場所ではなくなっていた」

「……もしかしてヨーコさん、この島に来たことを後悔しているのですか?」

「それはないわ。それははっきりと言い切れる。――リュウくん、さっき懐郷病がなさけないって言ったでしょ? 私はそうは思わないわ。……なにか新しいことを知れば、古いことは『昔』になってしまうもの。でも、それは悲しいことじゃないの。私は今不幸せに見える?」

 リュセイアは激しく首を横に振る。

「そうでしょ、リュウくん? だって、いまはこの島に私の全てがあるんだから」

「……ヨーコさんは怖くなかったんですか? 初めて故郷を離れる瞬間が来たとき」

「正直、考えたことがなかったわ。そのときの私は、あの人と一緒になるっていう新しい世界のことで頭がいっぱいだったから」

「……俺は、怖い。おやっさんの様にアドベントになるのは昔からの憧れだけど、俺は爺さんのような立派な村長にもなりたい。けど、少し長く離れたら、帰ってきた俺に、まだ村長としてここにいる資格があるのだろうかって」

 リュセイアの言葉を聞いて、ヨーコが考え込む。……少し間を置いて、こんなことを言い出した。

「……これは私が言ったって誰にも言わないでね? ――この村の皆があなたのことをどう言っているか知ってますか?」

「こんな歳の人間が長をやっているんです。陰口の一つや二つは覚悟しています」

「安心して。この村であなたの陰口を言う人なんて一人もいないわ。皆、あなたの苦労も努力も全て知っている。でもね、そんな皆が口をそろえて言ってることが一つだけあるの」

「皆が口をそろえて言っていること?」

「もしかして、私たちはあなたの子供らしさを奪ってしまったのではないかって」

「それは、違う。俺は――」

「あなたの懐郷病もその一つ。もしあなたに純粋に夢見る子供心があるのなら、そんなものにはかからない。きっと、これから広がる世界に胸を躍らせているはずですから」

「……」 リュセイアは言葉を失った。

「リュウくん。あなたは早く大人になりすぎてしまったの。それは悪いこととは思わないわ。でも、そのことであなたが少しでも苦しむことは誰も望んでいないの」

「ヨーコさん。俺は、どうしたらいいんですか?」

「リュウくんのやりたいように。……あなたはまだなにも考えなくていいんです。私たちはあなたの枷にはなりません。だから、もう少し自分に正直になってください」

「……ヨーコさん」

「はい」

「ありがとうございます。俺、とりあえず前に進んでみます」

「じゃあ、そろそろ戻りましょうか。――あ。本当に言わないでくださいよ? 今の話は」


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