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時空法封呪  作者: 以龍 渚
時空法封呪 本編
12/13

本編その3「ディルとナム」

 トゥルーク村に戻ってきたリュセイアとザンを待ち構えていたのは、一人の男だった。

 リュセイアとザンは、偵察の兵が数人いる程度だと思っていた。

  ……その男は、燃えさかるリュセイアの家を背に、炭と化した村人の家屋の土台に座り込み、二人が来るのを待っていたようだ。

 リュセイアとザンとが男に歩み寄ると、男はゆっくりと立ち上がった。

「ようやく戻ってきましたか」

 ――只者ではない、それがその男に対する第一印象だ。

「貴様がこの村を滅ぼした首謀者か?」

 リュセイアの問いに男は答えない。男は、リュセイアの背中の剣に視線を集中させていた。

「……やはり、ここにありましたか」

「俺の問いに答えろっ!」

 怒鳴るリュセイアを気にも留めず、男は無言でリュセイアに近づいてきた。

 ――そして男はその手をリュセイアの背中の剣に伸ばす。

 手を伸ばした直後、男の視界に銀色に光るなにかが映りこんだ。

 ザンが男とリュセイアの間に割り込んで、抜き身の剣を構えていた。

「あなたはまた私の邪魔をすると言うのですか?」

 それは、割り込んできたザンに向けての言葉だった。

「なんのことを言っている?」 男の言う『また』という言葉に、ザンは困惑する。

「随分と他人行儀ですね? 私たちは数少ない同胞ではないですか?」

「だから、なにを言っている? 貴様が俺の同胞だと?」

「ザン、こいつの言葉に耳を貸すなっ」

「ザン、ですか? 知らない名前が出てきましたね? あなたの名前はザンという名前ではないでしょう。――『ナム』?」

「ナ、ム?」 自分を知らぬなで呼ばれ、ザンの混乱はますますひどくなっていく。

「とりあえずは、この物騒なモノをどけていただきましょうか?」

 男になにかをした動作はなかった。――なかったのだが、気づくとリュセイアとザンはなにかに弾き飛ばされていた。

 男を中心に、円状に広がるように衝撃波が発生していた。

 リュセイアは瓦礫となった家屋の中に突っ込み、ザンは岩壁に頭を強く打ち付ける。

「おやおや。私はその刃をどけただけのつもりなんですがねぇ。すみませんね、うまく加減ができませんでした」

 瓦礫をどけ、リュセイアが男に対して剣を抜く。抜いたのは腰の剣。背中の時空法封呪ではない。

「おや? 使うのは普通の剣ですか? 時空法封呪は使わないんですか?」

 一瞬で距離を詰め、男に対し斬りかかる。

「いい動きです。かなり修羅場をくぐってきたのでしょう」

 男の左手が剣を振るうリュセイアの手を払い、右手がリュセイアの胸元を触る。

 ――ただ触っただけなのに、リュセイアは胸に衝撃を受け、再び弾き飛ばされる。

 地面を滑り、身体中いたるところが擦り切れる。――だが、リュセイアはすぐに立ち上がる。

 痛みをこらえ、剣を握り締める。

 男の背後からザンが飛びかかる。武器を落としたのか、その手には何も持っていない。ザンは手刀で攻撃に出たのだ。

 男は振り返ることなく襲い掛かるザンの右腕を掴んだ。

「奇襲のつもりですか? 殺気がバレバレです」

「――安心しな、『ディル』。奇襲になるのはこれからだ」 なにか少しザンの様子がおかしい。ザンが男の名前と思わしき名を口にした。

 ザンの左手をディルという男に向けた。――その直後、男は地面に叩きつけられる。先ほどまで男が使っていた力をザンが使用したのだ。

「おい、人間。早くこの場を離れろ。……人間では『時人ときびと』に太刀打ちすることは出来ない。時人を止められるのは、時人だけだ」

 ザンはリュセイアに向かってそういった。リュセイアに向かって名を呼ぶことなく。

「何を言っている、ザン? ……時人? 人間? いったいなんのことだ?」

「早くしろっ。長くはもたない」

 ザンは衝撃波を放つ能力でディルを地面に押さえつけている。だが、いまにも弾き飛ばされそうな雰囲気だ。

「そこのあなた。背中のモノは置いていってください。どうして時空法封呪を人間のあなたが持っているのかは不思議ですが、興味はありません。時空法封呪さえ置いていけばあなたを追う必要はありません」

 ディルはザンに押さえつけられていながらもまるで動じていない。

「!? ……なぜ、お前が時空法封呪を?」

 そして、何故かザンが驚いている。――リュセイアが時空法封呪を持っていることに。

「どうやらナムは一時的に封印していた記憶が戻ったのと同時に、その間の記憶はなくなってしまったようですね。どういう経緯であなたが人間に時空法封呪を預けていたのかが気になってきましたねぇ」

 ディルを押さえつけているザンの左手が見えないなにかに弾かれる。そして、何事もなかったようにディルが立ち上がった。

「ナム、あなたは後回しです。まずは時空法封呪です」

「させるかっ」 ザンが右手に力を溜める。

「邪魔です」 ディルはまるで降りかかる火の粉でも払うかのように、ザンの身体を払いのける。

 衝撃波が発生し、ザンの身体が宙に浮き、弾き飛ばされる。

 ザンは空中で静止し、体勢を立て直す。――飛行能力かなにかを発動させてようだ。

 そして、その場から急降下すると、ザンはリュセイアを抱え、再度飛行能力にて浮上する。

 ザンはそのまま村から離れるように、リュセイアを抱えたまま高速で飛び去っていった。

「ここで逃げますか。……まぁ、いいでしょう。どうせもうこの島を出ることは出来ないのですから」

 村に取り残されたディルは、飛び去ったザンとリュセイアを追うことなく、ゆっくりと歩き始めた。


 リュセイアを抱えて飛び去ったザンは、トゥルーク島唯一の山の頂にゆっくりと降りていく。

「……ここならすぐには見つからないだろう」

 リュセイアを離し、ザンは頂の先端に向かって歩き出す。

「待て、ザン。――なんで仇を目の前に逃げ出さなくちゃならないんだ!?」

「仇? ……そうか、君はあの村の者か。 ――ディルはあの村に火を放ったんだな?」

「お前、なにを言っている? どうしたんだ、ザン? お前、さっきから変だぞ?」

「ザン? ……そうか、それは俺のことを呼んでいたのか。それが記憶をなくしている間の俺の名前といわけなんだな? ……どうやら君には世話になったみたいだな?」

「お前、記憶を取り戻したのか!?」 リュセイアはようやく気付いた。ザンがおかしくなったのは、記憶を取り戻したからだということに。

「本来は時空法封呪を手にした時に記憶が戻るようにしてあったんだが、どういう経緯か時空法封呪は君を新たなる主と認めてしまっている」

 リュセイアの脳裏に、カノンの最後の瞬間の記憶がよぎっていく。――あの剣を手にした瞬間の、ザンの姿が。

「……ザン、お前はいったい何者なんだ?」 リュセイアは、ザンに対して『何者』と口にする。

「俺の名は『ナム』。その剣、時空法封呪を作り出した時人だ」

「お前が、この剣を作り出した?」

「ああ。……だが、今となって後悔をしている。――君は時空法封呪を使ったのか?」

「?」 リュセイアは使ったという意味がわからなかった。

 その僅かな沈黙で察し、ザンは質問する相手を変えた。

「……どうやらフウに聞いたほうが早そうだな?」

 そういって、リュセイアに近づいてくる。――リュセイアの背中の剣――時空法封呪に手を伸ばし、その剣を抜いた。

「いつまでだんまりを決め込むつもりだ、フウ?」

「やれやれ。やかましい男が戻ってきたものだ」 時空法封呪がナムに答えた。

「――なにを叶えた?」

「そやつが洞窟に閉じ込められた時に力を貸しただけだ」

「転送か。――リスクについては?」

「聞かれてないことまで話す理由はない」

 ザンは黙って時空法封呪をリュセイアの背中の鞘に戻す。時空法封呪は鞘に戻ると、再び沈黙した。

「聞いてのとおりだ。――時空法封呪はどんな願いでも聞き入れて叶えてくれる力を持っている。ただし、それ相応のリスクがある」

「リスク?」

「それは――」 リスクについて語ろうとしたとき、ザンが口を押さえ、激しく咳き込みはじめた。

「ザンっ」

「……もうきやがったか」 口を押さえるザンの手の指の間から黒き血が垂れ落ちる。

「!? 黒い、血?」

「これが時空法封呪を使い続けた代償だ。一度目の吐血は警告、黒い血が身体を蝕み始める」

「……その黒い血が身体を蝕むと、どうなるんだ?」

「もう一度黒い血を吐いたとき、それは黒い血が完全に身体を侵したという合図。こうなってしまえば、もう手遅れだ。あとは死が迎えに来るのを待つしかない。――数分か、数十分か。それはもう、本人の気力次第だ」

「……今の吐血は何度目だ?」

「さあな、もう数え切れないくらい吐いている。いままでは、吐血を起こすたびに時空法封呪でどうにかしてたんだがな、もうその手は使えない。時空法封呪はもう、俺のモノではなくなってしまった」

「だったら、この剣はお前が――」 そういいながら、時空法封呪を背中から外そうとするが――

「やめろ。今、時空法封呪を手放せば、君が黒い血を吐いたときに対処のしようがなくなる。……君は時空法封呪についてなにも知らない。だから、いまから最低限のことは伝えておく」

 ザンが一息つく。言いにくいことを言うために心を落ち着かせているのだろう。

「この剣はどんな願いでも聞き入れ、それを叶えてくれる力を持っている。ただし、その願いの恩恵を受けたものは、黒き死の呪いを背負うことになる」

「それがその黒い血だな?」

「君はすでに時空法封呪を使用してしまった。――いつになるかはわからないが、君もやがて黒い血を吐くだろう。一度吐血したら、二度目は数時間から十数時間でやってくるだろう。二度目の吐血が来たら、もう助かるすべはない」

「ちょっと待て。それは一度目の地点だったらまだどうにかできるって事か?」

「自分の歳を、時空法封呪を使用する前に戻すんだ。そうすれば、元の歳に戻るまでは呪いは発動しない」

「! それが、俺の知っている――村にやってきた子供のザンか」

「多分、君には長いこと世話になっていたんだろう。……すまないな。俺は自分を取り戻したとき、その間の記憶を消してしまうようにしているんだ。そうしないと、俺の行動に差し支えてしまうからな」

「お前はなにをしにこの島にやってきたんだ?」

「俺はこの世界中に散らばっている『バニッシャー』というものを探している。バニッシャーは国一つ簡単に消し去ってしまう悪魔の装置だ。それを止めなければ、この島も消える」

「! ……そうか、お前がうわごとのように言っていたという、この島が消えるって言葉の意味か」

「俺はこの島のバニッシャーを見つけることは出来なかった。……君に押し付けるようで申し訳ないが、この島のバニッシャーを見つけてくれないか?」

「……なんで今、そんなことを言う」

「多分、ある程度はキミも想像が出来ているんだろ? もう、俺には時間がないって」

「だったら、この剣を使ってもう一度歳を――」

「子供に戻れば記憶を失う。――いま、記憶を失うわけにはいかないんだ。奴が――ディルが動き出した以上はな」

「そんなこと言ったってお前、このままだと――」

「……フウ。彼をこの島から脱出させてやってくれ? ――出来るか?」

 ザンの言葉に、時空法封呪が反応する。

「……お主の最後の願いだ。聞き入れてやろう」

「やめろっ。お前、このままだと死ぬんだぞ!?」

 リュセイアの身体が黒い光に包まれ始める。リュセイアは背中の時空法封呪を慌てて取り外そうとするが――

 時空法封呪を取り外そうとするリュセイアの額に、ザンが掌を当てた。

「ザン?」

 ザンの掌から衝撃波が放たれる。威力はそれほど強くはないが、リュセイアの脳を揺さぶるには充分な威力だった。――リュセイアはその場に倒れこむ。

「時空法封呪はお前が持っておくべきだ。これから死にゆく俺にはもう必要はない」

 倒れたリュセイアは完全に黒き光に飲み込まれこの場所から姿を消した。

「ディル。お前はまだ人間を恨んでいるのか? 人間にだって良い奴はたくさんいる。……残る命、お前を止めるために使わせてもらうぜ」

 ザンは空へと飛び上がり、島の浜辺の先に停泊するタイラントの船に向かっていった。



「アイカっ、アイカっ」

 身体を揺らされながら名前を呼ばれてアイカが目を覚ます。――ここは多分アーカスの宿屋の一部屋だろう。

 最初に目に映ったのは、アイカを覗き込むホノカの姿がだった。

「お姉、ちゃん?」

「よかった……。あんただけでも無事でいてくれて」

「私は? ――! るーくんとザンくんは?」

 そばにいたグレイドが首を横に振る。

 遠くから爆発音が聞こえてきた。――それを耳にするとアイカが部屋を飛び出していく。

「! 待ちなさいアイカっ」 ホノカもすぐに後を追った。

 宿を飛び出し、港に出たアイカの目に入ってきたのは、炎上するタイラントの船だった。

「……多分、あいつらだろうな」

「ちょ、それじゃあ……」

「あいつらはタイラントの奴らを道連れに死ぬつもりだったんだろう。俺にその娘を託して行っちまった」

 港にアイカの叫び声とも泣き声とも言える響きわたった。


 ……この日を最後に、トゥルーク村への船は港から動くことはなくなった。


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