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時空法封呪  作者: 以龍 渚
時空法封呪 本編
11/13

本編その2「トゥルーク崩壊」

 リュセイアの背中の剣――『時空法封呪』は言葉を続ける。

「どうする? お主が望むなら、この状況を打破してやろう」

 ザンが時空法封呪に問いかける。

「この状況を打破する? いったい、何をする気つもりだ?」

「もしかして、ここから出られる方法を知ってるの?」

 ザンとアイカの問いかけに、時空法封呪は――

「我に願え。さすれば望みは叶う」 そう答えた。

 アイカが時空法封呪の声に答える。

「じゃあ、私たちをここから――」

 アイカがそう答えようとした時、リュセイアがものすごい剣幕で声を荒げた。

「そいつの声に耳を貸すなっ!」

「え?」 リュセイアの予想外の反応に、アイカが戸惑う。

「そいつは、……おやっさんを殺した剣だ」

「! その剣が、お父さんを殺した?」

 カノンの死については、『呪われた剣により死んだ』と村の者たちには伝えてある。

 その剣が、リュセイアが常に背負っていた剣だとは思いもよらなかったようだ。

 リュセイアが黙り込む。

 そんなタイミングを見計らってか、時空法封呪が言葉を続ける。

「……なぜ我がこの時機を見て声をかけたかがわからぬか?」

「うるさいっ」

 リュセイアは語りかけてくる剣を抜き、先端を地につける。そして、刃に足を乗せ体重をかける。

「我を折るか? それもよかろう。――だが、折れるのか? お主に」

 そう。これまでもリュセイアは何度もこの剣を折ろうとしていた。だが、剣は折れていない。

「待てリュセイア。――おい、本当にここから出る事が出来るのか?」 ザンが剣に問う。

「こやつが望めば、な」 剣の言う『こやつ』というのは、もちろんリュセイアのことだ。

「リュセイア。今は意地を張っている場合ではない」

「だが――」 リュセイアはそれでも時空法封呪を拒絶しようとする。

「リュセイア。いままで沈黙していたこの剣が、このタイミングで話を持ちかけてきた意味を考えろ。――多分、酸素がなくなるかここが崩れるのを知っているかのどちらかだ。現状が維持できる状況なら、俺たちに話しかけてくる理由はないからな」

「そういうことだ。さあ、お主はどうする?」

 リュセイアから歯ぎしりが聞こえてくるようだった。

「……るーくんがどうしても嫌だって言うなら、私はここが崩れて死んじゃっても仕方ないって思ってるよ?」

「ああ、俺達にお前を恨む権利はない。それがお前の選択だと言うのならな」

 ザンとアイカがそう言うと、リュセイアは剣から足をどけた。

「……俺達を、ここから脱出させろ」

 そして時空法封呪に願った。――この場所からの脱出を。

 黒い光が三人を包みこむ。――次の瞬間、三人は崩れた洞窟の入り口の前に立っていた。

 青空と太陽に見下ろされて。


 落盤で塞がれた洞窟の入り口の奥から、洞窟内部が崩落していく音が聞こえてくる。

「……どうやら紙一重だったようだな?」 安堵の息を漏らすザン。

 そして、剣は再び沈黙する。リュセイアは剣を背中の鞘に収めた。

 だが、アイカは洞窟の方を見ていなかった。アイカの視線は洞窟とはまったく別の方向を見ていた。

 その視線を追うと、先ほどの安堵の息が凍りつくような感覚に襲われた。

 トゥルーク村から、黒い煙が上がっていたのだ。――その煙は、火事で燃やすもののなくなった時などに上がる黒い煙。

 煙を見つめるリュセイアとアイカ。――頭を巡るは最悪の展開ばかり。

 閉じ込められていた約三時間の間にいったい何が? リュセイアもアイカも煙を見て思考が停止している。

「リュセイアっ。何をしている? 早く村に戻るぞ」

 そう。ここはザンの言うとおり、一刻も早く村に戻り、村のみんなの安否を確認すべきだ。

 ザンの声で、リュセイアは我を取り戻す。

「ザン、アイカっ。村に戻るぞっ」

 さして三人は、村の方に向かって走り出した。


 ここが本当に三時間前に一度帰ってきたトゥルーク村なのだろうか? いくつかの建物は黒炭の柱だけを残すのみとなり、ところどころに残り火が存在している。

 ほとんどの家屋が崩れ、人の気配は感じ取れない。

 カノンの家に向かって歩いていく。……村は目をそらしたくなる光景だった。

 崩れ落ちた家屋の中からは、家に潰されたと思われる人の手が見え、村のところどころには真っ黒な焼死体が転がっている。皆、よく知る村人たちだ。

「……なんで、みんなが死ななくちゃいけないんだよ」

 リュセイアに込み上げてくる感情は、悲しみと、絶望と、怒り。

「お母さんは? お母さんは、どこなの?」 アイカは声を上げながら村を見渡す。

 ……ヨーコさんの姿は。まだ確認出来ていない。

 三人は崩れかけているカノンの家の前で足を止める。――中に人の気配はない。

 アイカが家の中に入ろうとするが、ザンがそれを止めた。

「入っちゃダメだ、アイカちゃん。……ここに誰かがいる気配はしない」

「でもっ――」

 リュセイアの視界の片隅で、何かが動いた。――丘の方で、人影のようなものが見えた。

「! ――ザン、アイカ。丘の方に誰かいる」

「! 本当か、リュセイア?」

「お母さんなの?」

「……誰かはわからない。一瞬、見えただけだから」

 その言葉に、ザンが表情を変える。

「村を、こんなにした奴かも知れないってことか……」 ザンは震えながらそういった。怒りの感情を抑えながら。

「アイカ、ここにいろ。俺たちで見てくる」

「嫌。私も行く」

「ダメだ、お前は来るなっ」

「待て、リュセイア。今、アイカちゃんを一人にするのも危険かもしれん。もし、まだ村を襲った奴が近くにいるとしたら、独りになったところを襲われるかもしれん」

「……わかった。ついてこい、アイカ」

 三人は丘に向かっていった。


 丘の墓地の手前、村を見下ろす高台に彼女は――ヨーコはいた。ただ、その存在がはかないように見えるのは気のせいだろうか?

「お母さんっ」 

「……ヨーコさん、いったい村で何が起こったんですか?」

 リュセイアはヨーコに尋ねる。

 ヨーコは三人が無事だったことに、何の感情も見せることなく、ただただ淡々と話し始めた。

「あなたたちが船着場に向かった後、タイラントの兵士たちが大勢村に押し寄せてきました」

 リュセイアの脳裏に、調査船とか言っていた、あの停泊していた船が浮かぶ。

「彼らは何かを探しにこの島に来たようだったのです。そして、私たちに問いかけてきました。『十年ほど前に、この村をナムという男が訪れなかったか?』と」

 三人にそんな男の心当たりはない。

「最初は私たちにも心当たりはありませんでした。――ですが、話を聞いていくうちにある一人の人間が浮かんできたのです。――十年前、この村にやってきた記憶喪失の少年のことが」

 それがザンのことを言っているということには、リュセイアもアイカも、そして当の本人であるザンもすぐに気付いた。

「逃げなさい、ザン。彼らはあなたを探している。あなたと、あなたがどこかに隠したと思われる『時空法封呪』という品を」

「村が襲われたのは……、俺の、せいなのか?」 ザンがその場に崩れ落ちる。

 それは、落ち込むザンに目を向けた直後だった。……さっきまで目の前にいたヨーコの姿が音もなく消えていたのだ。

 リュセイアは吸い込まれるように墓地に向かって歩き出していた。

「るーくん、どうしたの? そっちはお墓だよ?」

「リュセイア?」 リュセイアの突然の行動に、ザンは立ち上がりリュセイアを追うように歩き出した。その後をアイカが続く。

 墓地に入ると、カノンの墓の前で誰かが墓にもたれかかるように倒れていた。

 ……リュセイアにはそんな予感があったんだろう。駆け寄ることなく、ゆっくりとカノンの墓に近づいていった。

 墓に倒れている人物を見たとき、ザンとアイカの表情が凍りついた。――その人物の背中には剣が刺さっており、もう息はしていなかった。

「……どうしても、伝えたかったんだね? 逃げろって……」

 リュセイアが見下ろすその人物は、先ほどまで三人と話していたヨーコだった。

「そんな……。だって、お母さんはさっきまで――」

「――くっ」 ザンが怒りに拳を震わせ、この場から走り去ろうとするが――

「どこに行く気だ、ザン?」

「決まってる! あいつらの船に乗り込んで村の仇を――」

「やめとけ。……それより、今はここを離れる準備をした方がいい。アイカ。とりあえず家に戻って使えるもので旅支度をしてくれ。俺たちも自分の家に戻って必要なものをまとめる」

「あ、うん……」

「リュセイア、お前は村をこんなにした奴らが憎くないのか!?」

「行くぞ、ザン」

「リュセイアっ!」

 先にアイカが墓地を出て行く。その後をリュセイアがゆっくりと歩いていく。

「待てリュセイア。……お前が行かないって言っても、俺は行く。ひとりでもな」

 ザンがリュセイアを追い越そうとしたとき、ザンにだけ聞こえるような声でリュセイアが語りかけてきた。

「今はアイカをこの島から逃がすのが先だ。それに、乗り込むつもりなら、相応の準備をしてからにしろ」

「リュセイア、お前……」

 リュセイアは怒りを感じてないわけではなかった。――静かに、そして冷静にその怒りの炎を燃やしていた。


 三人は島を出る準備を終え、リュセイアの家の前に集まっていた。――ただ、リュセイアとザンが島を出るだけにしてはかなりの重装備をしているということは、アイカにはわからなかった。

 リュセイアが何かの筒のようなものを手にしていた。これは、島の危機を本土に告げるための信号弾。だが、いまこれを放てば、三人の生き残りの存在が知られる危険があった。

「これを打ち上げたら、すぐにでもこの村を離れる。――準備はいいか、ザン、アイカ?」

 ザンとアイカがうなずいた。

 信号弾が大空に打ち上げられた。――リュセイアはその直後、崩れながらもまた家の形を残していた自分の家に火を放ち、その中にさっき打ち上げた信号弾の筒を投げ捨てた。

 せめてものカモフラージュ。家が燃えたことにより、家の中にあった信号弾が偶然に打ち上がったと思わせるための。

 三人は走り出した。――近くに人の気配はない。大丈夫、タイラントの兵が様子を見に来る前にここを離れるのは容易だ。あとは、信号弾に気づいたグレイドさんが船着場に来てくれればいいのだが――


 三人は街道を避け、茂みの中の獣道を突き進んでいく。

 獣道を抜け、船着場のそばに出たとき、こちらに高速で向かってくる小型船が目に入ってきた。

 リュセイアは周囲を確認する。――人の気配は、ない。

 もしかすると、ここに船着場があることを知らないのかも知れない。だとしたら、村で上げた信号弾がいい囮になったということだ。

 急旋回で、船は船着場に隣接する。グレイドが険しい表情でリュセイアに問い詰めた。

「なにがあった?」 簡潔に、そして的確な問いだった。

 リュセイアは伝えなくてはならない。村がどうなっていたかを。

「俺たち三人を除いて、トゥルーク村にいたのみんなは……全員殺された」

「なんだと!?」

「お母さんも、お父さんの、墓の前で……」

「あのタイラントの奴らか?」

 グレイドが停泊している調査船の目を向けてそう聞いた。

「……奴らの狙いは俺みたいなんです。俺が記憶をなくす前に隠した何かを探していた。――けど、みんなは俺の存在を奴らには言わなかった。……俺のせいなんだ」

「やめろ。悪いのは攻めてきた奴らだ。攻める理由になったお前に責はない」

「グレイドさんにお願いがあります」 リュセイアがグレイドに願いを申し出た。

「言ってみろ。俺に出来ることならなんだった協力してやる」

 リュセイアは一呼吸おいた後に、その願いを口にした。

「アイカを船に乗せて、この島を離れてくれませんか?」

「え?」 アイカは今、初めて知ることとなった。リュセイアたちがアイカだけを逃そうとしていたことに。

 グレイドもそのことを確認する。

「彼女だけ、か? 船に乗せろと言うのは。――お前たちはどうするつもりだ?」

「俺とザンにはまだここでやることがあるんです」

 グレイドが冷静に二人の重装備を見ていれば、もっと早く気づくことだっただろう。

「お前ら、報復にいくつもりなのか?」

「! ――そんな事したら、るーくんたちだって……」

「そのとおりだ、お前たち二人だけでは殺されに行くようなものだ。考え直せ、今でなくとも――」

 なにかが倒れる音がした。グレイドがそちらを見てみると、リュセイアの足元でアイカが倒れていた。

「お前……、彼女に、なにをした?」

「アイカの意識を奪いました。こうでもしないと、こいつは船に乗ってくれませんから」

 アイカを抱きかかえ、船に乗せる。アイカを船の長いすに寝かせると、リュセイアは船を降りた。

「グレイドさん。さっき、出来ることならば何でも協力してくれるって言ってくれましたよね?」

 その直後、リュセイアはグレイドに向かってそう言った。

「だからって、お前らを見殺しにしろと言うのか?」 

「……行くぞ、ザン」

「ああ。――グレイドさん。俺たちの最後の願い、アイカちゃんをこの島から脱出させるという願いだけはどうか叶えてください」

 リュセイアとザンが歩き出す。――向かうはトゥルーク村。

 奴らはかならずあの村に戻ってくる。生き残りの存在をしれば、必ず。


 そこで、全ての決着を。


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