3.
「あの、どういうつもりですか」
内心の動揺は棚上げし、聞くと
「だって、沙希は、僕の彼女だから」
そういって、振り返った私の顎についっと手を添えて
ちゅっとキスをした
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっていう叫び声と
何、そうなの、古閑!!!
とか、怒涛の叫び声
あの、もう少しお静かに・・・と
控え目な店員の声で少しだけ場は収まったが
説明を求む声に、古閑くんは、まぁまぁと手を上下に振りながら
みんなのボルテージを下げた
うん、今も変わらず、人の注目を集め、行動させるのがうまいな、と現実逃避
一呼吸おいて、みんなを見る
視線で中心点から伸びる視線がかけるならば、
今まさにそういう状況
たまに、ちらりと、見降ろさせる私への視線に
身の置き場がない
「今日さ、無理やり来てもらったんだ
沙希は、あんまりこういう場所好きじゃないっていうから」
まぁ、それは確か
「だけど、さ
せっかく全員が集まれる機会で
先生も、もうお年だから、次は難しいかも、なんておっしゃられてるしね」
そう言って、先生をみると相変わらずやわらかい頬笑みを浮かべながら
古閑さんの言葉を肯定するように、しっかりと頷いた
「だからね
無理を言ってきてもらったんだよ」
それは、さっきも聞いたし、
現状、膝抱っこしている理由には全くなってない
そう思った男子たちが、ぶーぶーと騒ぎ出す
いみわかんねーぞと、野次の中、古閑さんは昔通りどこ吹く風
私の視線に気付いたのか、ちょっとにこ、と笑った
ああ・・・と私は思った
高校時代、古閑 拓也
この人は、実にしたたかだった
先生からの無理難題
生徒からの無理難題
両者敵を作らず、上手くまとめ上げた
しかし、それだけではなかった
彼は、どちらもうまく使った
ごめんごめんと、悪びれながら
自分の立ち位置を一歩も動かさなかった男
それが古閑 拓也という男だった
どうやらそれに気付いたのは、私だけだったらしく
彼は、私にさっきのように、意味深な笑みを送ってきただけだった
さて、今日は、どんなことをしでかすのやら
からんっと、ウィスキーの氷が崩れた
ああ、もったいない、大衆酒場といえども酒は酒
ウィスキーのグラスに手を伸ばし、こくりと嚥下する
口に広がる苦みと、芳醇な香り
すぅっと息を吸い込むと、それがさらに広がる
ああ、おいしい
「先生も次回からは来られない
ならば、重大発表をするなら今回が丁度いいじゃないかなっ」
同意を得るように問いながら、
決定事項を告げる古閑くんのやり方
最後には、みんな、しゃーねぇなーとか
いいじゃんっがんばろっなんて、言ってやり始めるのがパターン
でも、みんなそれに引き寄せられて、
今だって、彼から視線を離さない
こういうのをみて、騙されちゃって・・・と思うのは
私の性格がわるいのかな?
それとも気付いただけ損なのかなぁ・・・
ふぅっと、ため息が漏れ
からんっと、氷が揺れた
その私の手を取って、もう一度意味深な笑みを浮かべ頷く
「僕たち、結婚します」
は?何言っちゃってるんですか
さわやか男子こと腹黒男子
結婚ってのは、二人でするもので、一人じゃできないんですよ
「何ーそれー、意味分かんないっ」
「うわっまじっ、わかんなかった」
「ラブロマンスってやつですねぇ」
なんて、みんな、ぎゃーぎゃーわめいてる中
私は、酔いの熱も、何もかもすーっと、冷めていった
ああ、これは、あれだ
くみ子に馬鹿にされてて、男ども格好の餌食になってるのが
可哀想で、自分の本命がいないからって
そういうことするんだね
そっちの方がよっぽど憐れまれてるって感じるよ
こんっと、グラスを置いた
伸びた手にちょこんっと触れた指
右にひねると、とんっと机に落ちて、演ずるならきちんと握れば?と苦々しく思った
私が立ち上がると、やんやと囃したてられた
珍しく私が何かを言うのかと思ったらしい
「じゃぁね」
期待にこたえず、私は、手をひらりと振って、店を出る
先生に向けて、ぺこりと頭を下げると
同級生と同じく、目を丸くし、何がなんだか、という顔で固まっていた
恩師に対して、とっていい態度じゃないけど
馬鹿にされる場にはいたくはない
来たくもなかった同窓会、
元友人たちに、ネタにされるのは確定だったし、
会いたかった人もいない
ああ、最悪だ
頭の中を渦巻くどす黒い感情で、目の前が赤く染った
自覚できる、今、自分はひどい顔をしているだろう
人並みを通り越し、どんどん歩く
最寄りの駅も通り越し
バス停もなくなった時、私は肩をがしりと掴まれた
「まっ・・・って、田中さん」
はぁっはぁっと、肩で息をしてるけど
私から手は離さない
渦中の人物、古閑くんだ
かなり歩いたので、息は若干上がってるけど、
気持ちは、落ち着いた
でも、最後の一人だからと出てくれないか?と頼まれ
出て行って、馬鹿にされるのは許せなかった
「何?会費は払ってるからいつ出てもいいんでしょ?
離してくれる?」
手は出さない、でも、じっとりと湿ったその手が熱くて不快だった
「ごめんっでも、離さない」
肩に手を置いたまま、古閑くんはいった
視線が刺さる様に痛い
これって、るぅが、ご飯をもってる私をみる感じに似てる
あげられるものはない
そして、からかってごめんっていうなら、さっさとしてほしい
もう、二度とかかわらないから
呼吸が整わないのか、まだ肩で息をしてる
ふぅー、ふかーいため息が、内心出る
表立ってすると、感じ悪いって言われるから我慢するけど
最悪だよね
この状況って・・・
「ちょっと、見てみてー
あれ、痴話げんかかなぁ」
「かもー」
酔った子のくすくす笑いと、好奇心の視線が私に絡む
「あの人ちょっとカッコ良くない?」
「あ、ほんとだ
ちょっと声かけよーよ」
「いいねっ」
「おにーさん、その人なんて捨てて
私とのもーよぉー」
「ちょっと私たちとって言ってよー一応」
そういうと、どっと場が華やいだ
ああ、酔っ払い、本能の赴くままに酔っ払い
でも、押しつけちゃえば楽だよね
「はい、どーぞ」
手を振りほどいて、とんっと古閑くんの肩を押した
驚愕した顔のあと奈落の海に落ちていくようなショックを受けた顔をして
私を茫然とみていた
「話、聞いてよ」
いつもの古閑くんではない、よわよわしい声で、彼は言った
「聞かない、さようなら」
のばされた手をひらりとかわすと
わっと、さっきの酔った子たちは、うれしそうに古閑くんに
腕をまわした
うん、すっきり
うん、さっぱり
次の引き取り手があるだけ、心が軽くなる
なんだか、猫のるぅの兄弟と重なって
幸せになるんだよーと思ってたら
自然と顔が笑顔になる
あの子たちは死んじゃったけど、猫じゃないけど
古閑くんはきっと幸せになるはず
なんて、まだまだ酔った頭はそんなことを考えてる
私を、どっか違う次元の私がみてた
私は、るぅに会いに帰ろう
とんっと足取り軽く家路につく
「あはは、行こ~」
後ろからは楽しげな声、その声にますます気持ちも軽くなって
鼻歌でも歌いだしそうな気分だった
「離せっ」
「きゃっ」
「ちょっと、なによ~!!」
水を差すような、とがった声
え?今の古閑くん
いつも、調子合わせがうまくて
腹黒大魔王なのに、何やってんの?
飼い主にはちゃんと懐かないと
平和でいられないよ
ん、るぅも、結構好き勝手か・・・
そんなものかしら
ふふふ
「待っててば」
もう一度がしり、と握られる手首
うーん、人の熱って結構気持ち悪い
「ダメでしょ、ほらっ」
なんだから、酔ってるのか私は、古閑くんを叱りつけて
ちょっとお怒りモードの女の子たちにもう一度押す
「いつもの調子で楽しくやってて
私、和の外が好きなの」
小さな小さな和ならいたいけど
あの大きな和の中の中にはいたくない
数少ない人たちと、平和に暮らしていきたい
「いつもの調子って!!」
なんだよ、それ
そういきり立ち、呟いた古閑くんに向き直ると
信じられないことに、彼の目は潤んでいた
「え?」
あのプライドの高い古閑くんが泣いてる?
「なんだよ、俺だって泣くことぐらいあるよ」
ぐいっと涙を袖でぬぐう
いつの間にかに、僕から俺に
何もかも脱ぎ捨てて、破り捨てた
殻の中のちいさな古閑くんを見た気がした
「最後でもいい、話させて
冗談なんてしてない
遊んでなんかいない」
話しているうちにどんどん、自分らしさを取り戻していくようで
言葉の鎧というイメージが私の中で膨らんでいく
素直になれなくて、
だけど、したたかで、
どうしょうもない悪がき
それが古閑くんなのかもしれない
「どうせ最後だしね
喫茶店でいい?」
そう口に出してから、今の時間に喫茶店があいてるわけもなく
自宅周辺にのみ屋もなく
結局私の家へ案内することになった
「るぅ、ごめんね
お客さまだから」
そういって、ゲージの中にいれると
るぅは、私への挨拶をするとふいっとゲージに戻っていった
古閑くんのことは、完全無視
攻撃して、怪我しても大変だし、良かったかもしれない
「そこらへん座って」
「うん」
慣れたような、慣れてないような
そんな微妙な雰囲気の中、私はお茶を注ぐ
帰ったらのもうとおもってたほうじ茶
「はい、さっさと話して、終わろう
私も古閑くんも暇じゃないんだし」
私はともかく、古閑くんは暇じゃないだろう
「田中さん、変わったね」
私は苦笑する、そりゃぁいつまでも学生気分ではいられない
特に独身孤独女となれば、身を守る術は身につけるしかない
「当たり前じゃないの?」
そういうと、違う、そう言うことではなくと
呟いて、私から目をはなさない
「やわらかな鎧はいらなくなったの?」
「なにそれ?」
やわらかな鎧?彼は酔ってるのだろうか
「あー、わかんないよね」
私は頷くに留める、酔っ払いは話が長い上
脈略もない、しばらく話させて満足したらかえってもらおう
ずずっと、ほうじ茶をすする
香ばしいお茶の香りが鼻に抜け
温かさがじん、と滲みる
「田中さんって、分かってるよね」
ああ、ほんとに酔っ払いだ
「俺のこと
かなり前から、探していたんだ
だけど、田中さんの友人たちに聞いてもかわされて
なのに付き合わされてまいった」
お手上げと、小さく肩をすくめる
そりゃぁいつの話かしらないけど
高校卒業後あの環から抜けた
へらり、と笑う空気にも、口さがない噂話ももうごめんだった
「先生は盲点だった」
ああ、そこから今の電話番号を知ったわけね
親からだったら困る、と念押しするところだった
せっかく白旗あげてくれて鎮静化してるんだから
余計なことされてはたまらないわ
「考えてみれば田中さんって
そういうのはきちんとしてるよね」
まぁ年次の挨拶ぐらい恩師におくるぐらいには
きちんとしてるわ
たぶん、古閑くんも
「僕も毎年しているよ
だから、先生も連絡先を教えて下さったし
人それぞれなのですから、無理はしてはいけませんよ
って念押しされた」
その哀しげに笑うのは
その最後の教えを守れなかったからだろうか
「あのままだと、そのままいなくなってしまったでしょう?」
私は頷く、まぁ一次会の解散まではいたと思うけどね
あんなことがなければ
「僕、嘘はいってない
結婚してほしいんだ
あの時から、変わって
そしてちっとも変ってない君がほしい」
謎かけみたいな言葉、だけど私はそれが理解できた
共犯者になれる共感できる二人だけの秘密
たしかに、古閑くんはかっこよかった
あこがれはあった
だけど、その腹黒さに当時の私は恐かった
あんな風になりたい、でもなりたくない
その矛盾した思いが彼への憧れとなり畏怖となった
そして、私は卒業し、彼からも卒業した
うまくつかうなんてできない
だけど、うまく使われたくもない
ただ、この年だ、主任にもなった
私はどこか古閑くんのスタイルを模写し周りを使っていた
だから彼だけはわかった
他の男の子たちが分からなくても
彼だけは一目みて理解できた
変わらない、だけどどこか角のとれた古閑くん
人をからかうようなことをする人ではなかったとおもって
そのギャップに私は怒り泣きそうになった
「一緒にいてほしいんだ」
そっと私の手に触れる
そのやわらかく握られた手に
やわらかいものが触れた
ふわりとくすぐるような毛並み
ごろごろと喉をならし、二人の重なった手にするりと何度も擦るよる
「るぅ」
私は愛猫を呼ぶ、鍵をかけ忘れたのか
開け放たれはゲージの扉
それはまるで、自分の気持ちと心のようだった
「あの時は、ごめん
抑えきれなくて
一応電話聞いて、そこから少しずつ進めるつもりだったんだ」
赤い顔で、だけどその目は私を捉えてはなさなかった
「べたべたさわってさ、あと、あそこだけ雰囲気がちがってささ」
もごもごと饒舌な古閑くんは口ごもる
その様子が可愛い
暴走しすぎた、やんちゃしすぎたとその顔に書いてある
そっくりだよ、とるぅを見てしまう
両前足で体重を乗せる
まるで、神父のように
私たちは笑う
「いいわよ、古閑くんとなら面白そうだもの」
最後まで憎まれ口を叩いてしまった
なのに、彼は笑った
嬉しそうに、そして楽しそうに
その顔は、あの時の表情と同じで
私も同じような顔で笑った
あ、ごめん4話だった