愛を取り戻せ!
なんとなく、ほんとーーになんとなく。
朝、バスで青山先輩と話したからもう少しだけ話がしたいなー。
そんな気持ちなんだ。
それ以外は何も思っていないんだよ?
「そうそう、いいか昇龍コマンド(※1)ってのは歩きながら波動拳って覚えるんだ」
「えっとーこうやってーこう!」
アストロ筐体(※2)から『とぅえ!』と声が出ている。
コマンドとしては成功、しかし何で響きちゃんはよりによってショーンを……。
って響ちゃん!?
「あ、楓ちゃん。ゲームって難しいねー」
「いや、響さんは筋がいいよ」
いやいやいやいや、何で私がここに来る事が前提で話が進んでるのかわからないのだけど。
赤西先輩と仲良く喋って先輩後輩の関係を順調に築いているのだろう。
「よっしゃ楓さん、今日は負けないからなー!」
言いながら赤西さんは腕をぐるぐるまわしながら下をペロっと出して臨戦モードになってる。
あばばばばば、どうしてこんな状況になってるんだろう。
「ん、楓さんってばトレモ(※3)やらないとやりたくない勢? トレモとか弱者のする事よ、格ゲーやるなら実戦っしょ!!」
「え、あ、いや……」
「タイガーさん、トレモはあれで楽しいのよ」
「そりゃわかっけどさー」
「猿渡さん、トレモって何ですか?」
「トレーニングモードっていってね」
「ちょっと待ってください!」
ほんと状況がつかめない。
どうしてこんな事になっちゃってるんだろう。
いや、それは少しはこんな展開にならないかなって思ってたよ。
でも、それは青山先輩とちょっとお話して、それじゃあって話とかそういうのであって……。
「どうした、オシッコか?」
「違います! 赤西先輩ももっと言い方ってもんが!」
「じゃあ、ウンコ?」
「違います!! 猿渡先輩はもっと酷くなってるじゃないですか!!」
小学生なみのギャグでゲラゲラと笑う赤西先輩と猿渡先輩。
赤西先輩は見た目がファンキーだからちょっとわかるけど、猿渡先輩とかおしとやかな印象なのに……。
「モンちゃん突っ込み要員だぜ」
「いいわー実にいいわー」
なんかうっとりしちゃってるし。
もういいよ、ちょっと対戦して帰ろう。
でも、響ちゃんはどうしよう?
考えがグルグル回る中、猿渡先輩が椅子を引いてくれる。
今日はサースト、サードとか言われてるゲームだ。
ブロッキング(※4)という技術は革命的だったけど、非常に技術を要するシステムが特徴。
おかげで敷居が高く上級者御用達っていうイメージがある。
私だったら初心者の響に触らせるゲームじゃないかなぁ……。
赤西先輩が選んだのは最終作から追加されたタメキャラ。(※5)
昨日しかやってないけど投げキャラ(※6)が好きってわけじゃないのかな。
私は昨日と変わらない。
丁寧に、寄せ付けないように、要塞のように堅牢で慎重に、それでいて攻める時は一気に攻める。
赤西先輩は昨日よりも丁寧な戦いだけど、でも私とはちょっと実力差がある。
結果は危なげなく、私がストレート勝ちした。
「ちくしょーーーめーーー!!!」
赤西先輩の悲鳴があがる。
嗚呼、勝ってしまった。
振り返ってみればそれも一方的に。
思い出が蘇る、トラウマがやって来る。
「ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまった私に赤西先輩はさらに声を荒げる。
「んぎぎぎぎー、煽ってくるなー! モンちゃん、この子やっぱ強いわー! よっしゃもっかい!!」
「いや、煽ってないです!! ごめんなさい!!」
「ん……何を勘違いしてんの? 強いんだから勝つのは当然でしょ、私より強いのに『私弱いんですけどー』とかぶりっ子したらムカつくけど」
「え、でも……」
「あー、まぁ、気持ちと言いたい事はわかるけどさ。今んとこは肩の力を抜いて遊ぼうぜ! ゲームは楽しくやらないと意味ないしさ」
「その、でも」
戸惑う。
戦う事を躊躇してしまう。
それは格闘ゲームがどうしても勝負だから……。
「やっぱり楓ちゃん強いね」
「おう、かかってこいや!!」
この人は、きっとこの人達は。
この人達なら、私は自由に戦っていいのかもしれない。
「負けませんよ!!」
結果、私の三十連勝。
自由に戦った結果がコレで、赤西先輩と猿渡先輩は最初の勢いはどこへやら、憔悴しきった顔で天井を眺めていた。
「……うん、楓ちゃんはそういう子か」
「……いやー、ちょっと黒い気持ちになるわー」
やっぱりか、やっぱりダメだったか。
やっぱり勝負になる格闘ゲームを私は知ってる人とやっちゃいけないんだ。
少し悲しくなる。
わかっていた事なのに涙がでてくる。
「こんちゃー。あれ、何ですかこの光景」
その時、猿渡先輩が部室のドアを開けて入ってきた。
「あ、よかった二人共いる。入部届けをもらってきたんで、書いてもらっていいかな?」
「はーい」
ライトなノリで返事をする響ちゃん。
そっか、響ちゃんはやっぱり入る気なんだ。
私も少しだけそんな気持ちになったけど……私はやっぱり。
「楓」
「は、はい!?」
赤西先輩が不意に私の名前を呼ぶ。
「明日は殺す!!」
唐突に殺人予告をする、明日ってのはどういう事なんだろう。
「赤西先輩、明日も私とやる気なんですか?」
「お!? お!? モンちゃん、煽られたよ」
「これは先輩の厳しさを教えないといけませんねぇ」
「いえ、そういうわけじゃなくてですね……」
勝ち過ぎ。
勝ち続ける。
それは負ける人にはストレスになる。
友達と戦う時は、それが原因で遊んでくれなくなった。
だから私はわざと負けた。
負け続けた。
結果としてゲームが嫌いになった。
でも、この人達は。
「うぇええええええ……」
「うわーっ! どうした!?」
楓ちゃんと呼ぶ響ちゃんの声、あなたが言い過ぎるからという猿渡先輩の声、またですか、と言う青山先輩の声。
何か言わないといけないけれど何も言えない。
ここでなら普通に遊べるという気持ちが溢れて、私の目からこぼれ落ちていた。
朝比奈楓、音坂響
湊中央高校女子格闘ゲーム部 入部
※1 キーボードのテンキーで説明するところの623の順番に入力するコマンドの事を言う。多くは対空技という上方向に伸びる攻撃が出る。
※2 いわゆる基盤を差し込んで動かすゲーム筐体、一昔前のスタンダードである。
※3 トレーニングモード、動かない相手に対して自由にこちらは行動する。もちろん設定で相手の行動を指定できたりする。
※4 ストリートファイター3にて採用されてシステム。攻撃が来る瞬間に相手方向にレバーを倒すという操作をする。当然、失敗すれば攻撃を受けてしまうが、全ての攻撃を無力化できるのでリターンも大きい。おかげで初心者は上級者の壁がさらに厚くなってしまった。
※5 レバーを一定方向にホールドしてコマンドを成立させるキャラクターの総称。
※6 必殺技が投げが主体であるキャラクター