湊中央高校VS聖矢代女学院 練習試合三回戦 赤西VS能登(前編)
……うーん。
ゲームっていうのは楽しい物。
『楽しい』って感情以外はシーフードカレーのように美味しいけど何か違う物っていう思いが私にはあった。
小さい頃に兄弟や友達から『強すぎるからつまらない』って言われたからかもしれない。
いや、きっとそうだと思う。
だから好きでも少し寂しい、あまり乱入者が来ないようなゲームセンターで遊んでいた。
好きだけど、自分に『楽しい』以外を強いる事をしなかった。
私は強い……んだと思っていた。
赤西先輩、猿渡先輩、青山先輩と戦っても、私の方が技術がある……と、思う。
実力がある方が勝つ。
勝負なのだから本来ならば自然な流れのはずで、それを解禁されたのだから、楽しいはずだ、そう思っていた。
でも、結果として私は敗けた。
対戦を振り返っても、八門さんに技術では負けていなかったと思う。
猿渡先輩の勝負と、今の赤西先輩の背中を見て、私は学んでいる。
相手のキャラクターを通して、想いや心と対峙する。
技術以外の強さが、自分の強さに繋がっていく。
どうやら私がいらないと思っていた格闘ゲームに対する要素、それこそが対戦での強さに繋がるのだと。
強いという私の自惚れを、私は乗り越えなければならない。
楽しむ事とゲームの強さというのははきっと裏表であり、どちらも表であるように重要なのだ。
強いって何だろう、強くなるって何だろう。
『俺より強い奴に会いにいく』というキャッチフレーズを思い出す。
引っ込み思案で、自分に自信が無い私だからこそ、強く感じてしまうのだ。
これは既に『求道』であるのだと。
「タイガーってあだ名は伊達じゃないって事?」
「そうでもないよ、私はガン攻めが好きなんだ」
赤西先輩が選んだのはジョー・南。
ムエタイを基本にした対空、突進、飛び道具を兼ね備えたスタンダードキャラで、キワ物キャラを好む赤西先輩が私に使っているところを見せないキャラだ。
万能であり、どんな局面でも戦う事はできるけれど、得意とするのは豊富な突進を使ったラッシュにある。
攻めて、固めて、封殺する。
対する能登さんは、逆に忨というテクニカルなキャラクター。
特性として構えの切り替えで通常技から必殺技でまるごと切り替わってしまう、キャラ一人に対して、使いこなすなら二キャラ分の知識量が必要となる。
「おい、応援足りてないぞ!」
赤西先輩が負ければそこで私達の学校は負け、そのプレッシャーを感じてないのか楽しむというか、赤西先輩は私達を煽った。
「先輩頑張ってください!」
響ちゃんが恥ずかしげもなく声をあげる、リビングみたいな広い部室だけどさすがに声が跳ね返る。
「頑張ってください!」
いつもなら尻込みしてしまうけど、自然と腹の底から声を出していた。
胸の奥が熱い。
私の中で何か、何かが変わろうとしてる。
私達の気持ちに応えるように『おうっ!』と赤西先輩が応えたところで対戦開始の演出が終わった。
『飛ばしていくぜぇ!』
そんないつもの赤西先輩の元気な叫びが聞こえてくるような開幕早々のリスキーな突進技。
これを牽制をふろうとしたのか能登さんはカウンター気味に食らってしまう。
防御されれば反撃必死な技に対して面食らってしまったのであろう『ちょこざいな』という能登さんの静かな舌打ちが聞こえてきそうだ。
能登さんの起き上がりに小ワザを重ねてなおも攻める、忨はゲージが溜まっていなければ起き上がりの切り返しは難しいのだ。
攻める赤西先輩だったが、見た目や口調の通り冷静な能登さん、その攻撃を的確に防御しきる。
仕切り直しとなったところで、今度は能登さんが中距離というジョーの比較的に不得意な距離で牽制を始める。
長い蹴りが二度ほど赤西先輩の出鼻をくじき、赤西先輩を焦らし我慢のきかない赤西先輩が不用意に飛び込んでしまう。
『そんなんじゃ甘いわね』
牽制で溜まったゲージを吐き出すように、ゲージを使い無敵時間を付与した対空技でしっかりと対処する能登先輩。
テクニカルキャラである一因にこの対空技の難易度がある。
普通ならばコマンドが成立した時点で対空技として完成するのだけど、忨の対空技はそこからリズム良くボタンを押さなければならない。
『もちろんミスはしないわよ、格闘ゲームで大事なのはクレバーなハートよ』
技をしっかり完走させる能登さんの精神性の強さを言い聞かせるような動き、そこからさらに赤西先輩を惑わすようなテクニカルキャラ特有のガードを惑わす裏回り攻撃から、一連の連続技をしっかりと決めて体力を奪い再びダウン。
『なんだよ、チクショウ!』
そんな赤西先輩の憤りを見透かすように、起き上がり際に放った対空技は能登さんにしっかり読まれ、さらに無防備をさらしてしまう。
ガラ空きの着地際にしっかりと連続技を叩き込まれ体力差はさらに開く。
能登さんの言葉じゃないけど、ここは冷静な対処が必要な局面だ。
だというのに赤西先輩はまたも不用意な起き上がり対空、そこからの流れはさながらリプレイを見るかのようだった。
そして、それが決めてになって最初のラウンドは能登さんの先取。
聖八代の団体勝利に王手がかかる。
「赤西先輩ファイトです」
「任せとけ!!」
響ちゃんの声援にガッツポーズまでして応える赤西先輩。
いや、その勢いはいったん捨てて落ち着きましょうよ。
『さぁ、かかって来なさい』
赤西先輩の性格や動きを察してか、今度は能登さんは開始はゆっくりとしたものだった。
つまり、動かずに守りを固める。
ジョーの隙の多い技をしっかりガードした後にダウンを奪い、起き上がりに翻弄すれば良い。
そんな考えだと思う、私もそう思った。
『動かないなら楽でいいぜ!』
確かに赤西先輩は突っ込んでいった。
だけどそれは突進技ではなく、フロントステップを二回。詰めた距離は投げ間合い。
清々しいまでに前のめりな動きは能登さんには予想できなかったのだろう、対処もできず投げられてしまう。
『なんて図々しい!?』
強引すぎる動きだったにもかかわらず、赤西先輩は今度はバックステップで距離を取る。
赤西先輩なら考えなしに攻めるという印象を受けただろうから、さっきの逆のパターンで起き上がりに無敵の対空で切り返しという事をしただろう。
だけどこれだけ間合いが離れればそれは必要ない。
飛んでくるなら、能登さんならそのジャンプを見てから対空技が間に合うだろう。
中遠距離の間合い、それは能登さんの方が得意とする距離。
ながい攻撃で先ほどのように牽制する……のを見越しての赤西先輩の飛び道具。
『今度は随分と堅実なのね』
一発はその飛び道具に引っかかってしまうものの、そこは冷静な能登さん。
忨の固有の構えチェンジで機動力をあげ、飛び道具に合わせて飛び込む……のを読んで赤西先輩が対空技で落とす。
起き上がりには飛び道具を重ねて、状況をリセット。
『どうした攻めてこないのか?』
赤西先輩の不敵な台詞が聞こえてくるような飛び道具の嵐。
ゲームのシステムであるジャストガードして、微量ながらむしろ体力を回復させる能登さんだけど、攻めあぐねる。
「変わってるでしょ楓ちゃん。人によっていろんな戦い方があるけどね、タイガーさんはブラフで戦う」
なまじ順調にラウンドを取ってしまったからこそ、初心者に毛が生えたような荒いプレイを見たからこそ、能登さんは困惑しているのだろう。
赤西先輩の実力は、読みの強さ、技術はどれほどのものなのかと。
飛び道具の合間を縫って、ステップで距離をつめ能登さんの得意距離よりやや近い間合いで動きを封じカウンターを取る。
知っていなければできない動き。
ならば最初のラウンドは単純に自分が読みかっただけなのか、攻めるべきなのかと能登さんは困惑しているだろう。
疑心暗鬼の二度目の飛び込みも、赤西先輩はきっちりと読み勝って落とす。
その起き上がりに、今度は飛び込んで一気に畳み掛ける。
体力差が開いたところで、またしてもステップで間合いを詰める。
『飛び道具じゃないのなら!』
そんな能登さんの声が聞こえてきそうな起き上がりの対空技は、まるで最初のラウンドを逆にしたように赤西先輩は見越し、無防備な着地際にきっちりと連続技を叩き込み、第二ランドを取り返す。
赤西先輩は上手いのか、下手なのか。攻めるタイプなのか守るタイプなのか。
きっと能登さんは混乱しているだろう、イーブンに持ち越んだ以上に、この勝負は赤西先輩が支配していた。