バトルファンタジスタ
「「失礼します」」
響ちゃんと一緒に部室に来るのにも大分慣れてきた。
「オッスオッス」
「じゃ、始めましょうか~」
赤西先輩は部室のソファーで、ちょっと観てるこっちが恥ずかしくなるくらい足を広げて携帯ゲーム機に興じながらこっちを見ずに返事をし、猿渡先輩はレバーのメンテナンスをしている。
この二人は対照的なようで、性格は似ているって感じるから不思議。
「響ちゃんはそろそろ、しっかりしたゲームもやっておかないとな」
ここのところずっとカメンをやっていたけど、別なゲームをやるのだろうか。
格闘ゲームって一つのをしばらくやり込んだ方が強くなるんだけど。
「わぁ、新しいゲームですか。何だろう、最初にやってたムキムキの奴ですか?」
「それよりはもっと可愛いわよ」
猿渡先輩がそうって差し出したのはバトルファンタジスタ(※1)という、正直なところマイナーなゲームだった。
一応、アーケードで配信されてるゲーム(※2)だけど。正直なところ遊ばれているところを見た事は無い。
相手の攻撃を受け流すボタンがあって、システムは面白いもののまるで流行らなかった。
その理由はいくつかある。
「わぁ、とっても可愛いですね」
響ちゃんが言うようにキャラクターがファンシー過ぎるのだ。
まるで絵本か児童書を思わせるキャラクター達は確かに可愛いのだけれども、戦うというゲーム性を考えてしまうと合っているかといわれたら私も疑問を抱くし。
キャラクターが可愛いからといって、格闘ゲームを好んでやる女の子も多くはない。
「えっと説明書……説明書……。あれ、そんなに多くの事が書いてない」
そしてもう一つ、極端にシンプルなゲーム性がある。
覚える事は多くはなく、これまでゲームに触れてきた人達ならば覚えるという行為さえ必要ない。
それは裏を返せば退屈という印象をどうしても受けてしまう。
「これならすぐに始められますね!」
私は経験者の視点で見ていたけど、響ちゃんの様子を見ると初心者には良いのかもしれない。
格闘ゲームの敷居を下げて、より幅広い新規のプレイヤーを開拓しようとした意欲作だった。
響ちゃんの様子を見て、私は本当にそう思う。
「おっしやろうか、ってか私もモンちゃんも。あんまやった事ないんだよね」
「すっかり操作を忘れてるわ、というかどんななキャラがいたかしら?」
「新しいゲームなんですか?」
響ちゃんの質問に赤西先輩は笑いながら答えた。
「いや、そんな事ないよ。ただ、あまりやらなかっただけ」
「どうしてですか、こんなに可愛いのに?」
「こちとら可愛いのは求めてないんだよ、なぁモンちゃん」
「しかも絶妙に外しているものね~」
「そうなんですか、わかんないです!!」
響ちゃんの純粋さが時として羨ましい。
ところでふと思ったのだけど。
「あれ、青山先輩はどうしたんですか?」
「イサミちゃんなら用があるから遅れてくるよ」
赤西先輩はそれ以上の事は特に何も言わずに、ゲームを起動した。
まるで格闘ゲームとは思えないオープニングの後にキャラクターセレクト画面に入る。
まずは響ちゃんと赤西先輩。
「えっと、このリスが可愛いかな」
赤西先輩は何も言わずにドクロの杖を持ったキャラを選ぶ。
最初は操作の確認のために響ちゃんに自由に動かすように言ったのだけど、当の響ちゃんが。
「あ、あれ? ボタンを連打しても攻撃がいっぱいでないよ」
「なんか動きが軽い? あれれ、でもジャンプがゆっくり?」
「あれれ、必殺技が出ないよぅ」
と、ワタワタと怪しい動きを見せてくれている。
それはとても可愛らしいのだけど、見ているこっちはどうしてもヤキモキしてしまう。
「このゲームはしっかりとした操作と、相手の動きを見てじっくりと戦うゲームなの。カメンと違って、強い行動で相手を封じこめたり、一定の動きがセオリーってわけじゃないのよ」
猿渡先輩が優しく諭すと、響ちゃんは『わかりました』とは言ったものの、理解はしていないようだった。
怪しい挙動をするリスは、すぐに赤西先輩に蹂躙される。
うーうーと唸り声をあげる響ちゃんに、赤西先輩は言った。
「好きなキャラクターを使うっていうのは正しいんだけど、好きなキャラクターと使ってみて自分に合うキャラクターってのは違うんだ。そのリスはそもそも上級者用だしね」
「そういうのがあるんですか?」
「この前のは基本的な事さえ覚えればどのキャラもそれなりに動かせたけど、こういうタイプのはセオリーが決まってる。慣れてればそれでも動かせるけど、響ちゃんじゃキツイかな。そのキャラ体力が低いしね」
「え、違いとかあるんですか?」
「どのゲームもキャラクターによって体力に差がある。このゲームは数字として出てるからわかりやすい。攻撃した時のダメージも出るしね」
「あー、そういえばー」
赤西先輩の解説で私もハッと気がついた。
ファンタジーのような世界観に気を取られていたけど、キャラクター性能の数字化っていうのは確かに初心者にはわかりやすい。
「どの攻撃が強いか覚えて、じっくりと当てていくのよ。この前みたいにガンガン攻めるっていうんじゃなくて、少しずつ着実にね」
「ゲームにもいろいろあるんですねー」
「この前みたいのはいわゆるガンガン連続技を決めるコンボゲー、こういうチャンスを逃さずに戦うのを差し合いゲー。まぁ、これに関しては厳密には違うんだけどね。いろいろ覚えておいて貰わないと困るから」
困る。
困るってなんだろう、そう私が思ったと同時に部室のドアが開いた。
ニヤリと笑う赤西先輩と猿渡先輩、青山先輩は挨拶もそこそこにキョトンとする私と響ちゃんに告げたのだった。
「交流戦の予定が決まりました」
※1 元ネタはバトルファンタジア、劇中でも述べた通り新規層を獲得しようとした意欲作ですが、あまりにもキャラクターが……。いや、よそう。
人気はお世辞にもあったとは言い難いですが、しっかりと触るとゲームとしては悪くありません。ただ、悪くない以上の部分があったのかと言われると私は返答に困ります。
※2 最近はネットで経由で新しいゲームや古いゲームを配信する形の筐体が増えています。個人的にはMVS筐体を彷彿とさせて嬉しく、懐かしく思っていたりします。