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隣に来て寝なさいよ

 食事を終えると早速、移動を始めた。タイタンはハーディーに、万物の源を探すための探査機能を与えたと言っていた。つまり、魔力が噴き出している場所がわかるのだろう。テイラーを通じてハーディーに聞いてみると、ハーディーは立ち上がって南西の方を指差した。


 「うごっか、ぱっぱんがっは」


 「パンゲアの方にあるって言ってる」


 おお、やはりそうか。


 パンゲアはイース王国を出てずっと南西に行ったところにある、宙に浮かぶ島だ。『世界の歩き方』には、最も不思議に満ちた土地として記載されている。なんでも昔、魔王が討伐された時、もともと地面だったところが浮き上がって島になったのだとか。多くの冒険者が一度は足を運んでみたい憧れの場所ではあるが、『歩き方』によれば島の上は魔族だらけで、人間が気軽に入り込める場所ではないらしい。スティーブンさんから直接、聞いたことがあった。


 「上陸したは良かったが、魔族だらけでなあ。しかも、どうも彼らの聖地のようで、追い出しに来るんだよ。あそこは隅々まで見て回ることはできなかったなぁ」


 万物の源は、そんな危険な場所にある。さすが元魔王の所有物。それくらいハードルの高いところにあっても驚かない。


 パンゲアまではここから徒歩で1週間ほどかかる。馬車で行けば3日ほどで着くが、道中は魔族がいて、襲われる可能性がある。徒歩で慎重に進んだ方が、リスクは少ない。そもそも馬車を手配できるお金が、俺たちにはなかった。


 「よし、じゃあ出発だ!」


 荷物をまとめて出発した。といっても手荷物があるのは俺だけで、ハーディーは剣だけ、テイラーに至っては手ぶらだ。


 歩き出してすぐに腹が減ってきた。さっき芋を食べたとはいえ、空気で膨らましたもので、実質的な量はそれほどない。俺は木の実を摘みながら歩いた。テイラーに「これは食べられる」と教えて採集に参加させる。だが、こんなものはすぐになくなってしまう。もっとガッツリと食べられるものが必要だ。


 丸一日ほど歩けば、モッセ川という大きな川に出る。到着したら魚を獲ろう。保存食を作って、長い旅に備えないと。それから体を洗うんだ。俺はもちろん、ハーディーとテイラーも洗ってやる。なにしろ臭い。街中ならば我慢すればいいが、山の中ではそうもいかない。人間の匂いを撒き散らしながら歩いていると、魔族が寄ってきてしまう。食糧の問題も喫緊ながら、早急に体を洗う必要もあった。


   ◇


 山はいい。まず、食べられるものが手に入る。そして、ダンジョンと違って見通しがいいので、魔族の接近が割とすぐにわかる。


 この日、俺たちは2度、魔族のグループと接近したが、いずれも早めに気づいて接触を避けることができた。1度目はゴブリンの5人連れ。2度目は獣人、狼族の3人連れだった。ともに離れたルートを取ることで、やり過ごせた。獣人たちは鼻がいいので、俺たちがいることに気づいただろう。だが、余程、腹が減っていない限り、獣人は人間を襲わない。もっと小さな動物、例えばリスとかウサギを捕まえる方が楽だからだ。


 全ての魔族が人間を捕って食うわけではないが、会わないに越したことはない。要注意なのは悪魔だ。ヤツらは魔法を使うので、いつも魔力の補給を必要としている。なので、常に人間を襲う機会をうかがっている。なぜ魔力の補給に人間を食べるのがいいのかは、よくわかっていない。人間が他の動物に比べて賢いからだという説がもっぱらだが、それは人間側が勝手にそう思っているだけで、実際のところは悪魔に聞いてみないとわからない。


 初日は見晴らしのいい窪地で野営することにした。この辺りの山中は冒険者や魔族が行き来するので、あちこちに誰かが使った野営地の跡がある。大概、敵の接近を発見しやすい小高い場所にあり、ラッキーなら誰かが作った囲炉裏が残っていたりする。今回の場所にも、それが残っていた。


 晩飯は道中で摘んできた木の実を茹でて、塩をつけて食べた。芋ほど食べ応えはないが、ホクホクしていておいしい。


 「クリスぅ、なんか少ない。足りない。もっと食べたいぃ……」


 テイラーは早々に自分の分を食べ終えて、地面に突っ伏して文句を言っている。今朝まで食うや食わずの生活をしていたはずなのに、いざ食事にありつけるとなると、これだ。それならばもっと日中に熱心に採集しておけばいいのに、テイラーは足が痛いとか、疲れたとか不平不満ばかり言って、あまり熱心にやっていなかった。まあ、仕方あるまい。まだ冒険の経験が少なそうだからな。


 「クリス、何か食べたいよぉ。こんなんじゃあ、足りない……」


 人に採集してもらって、さらに作ってもらって、それはないだろう。ちょっと叱らないとダメかなと思ったその時、ハーディーがぬっと大きな手を差し出した。自分の分の木の実が乗っている。


 「おあぁ、あぁ」


 「え! いいの!」


 テイラーはガバッと身を起こすと、目を輝かせた。おいおい、ちょっと待て。それはハーディーの分……と声をかける間もなく、木の実を引ったくるように奪って、自分の口に一気に押し込んだ。


 仕方ないなあ。ハーディーはどうも悪い意味で、やせ我慢をするタイプのようだ。動物を殺すのがかわいそうだからとか、テイラーが腹を空かせているからとか、そんな理由で自分の空腹を我慢する。食える時に手に入れた食い物をしっかり食っておかないと、次にいつ食えるかわからない冒険者としては、あまり感心しなかった。


 陽が沈むと、一気に気温が下がった。冷たい湿気が体にまとわりつき、急速に体温を奪っていく。野営している時は、基本的に焚き火をして、誰かが見張りを務めるのがルールだ。魔族に居場所を知らせることになるが、こちらが先に発見する確率も高くなる。何も灯さずにいると、いざ襲われた時に暗闇で戦わねばならなくなる。そっちの方が、死ぬ確率が高い。と言われている。


 というか、テイラーの防御魔法で3人とも包むことはできないのか? そうすれば、全員そろって眠ることができるんだが。


 「テイラー、あれ? テイラー?」


 聞いてみようと思って振り返ると、テイラーがいない。えっ! どこに行った?! 窪地を見回すと、焚き火の向こう側で横になっていたので、ホッと胸を撫で下ろした。


 「びっくりした。いなくなったのかと思ったぞ」


 歩み寄って見てみると今朝、会った時のようにローブにくるまっていた。


 「おい、テイラー」


 しゃがみ込んで声をかける。


 「なんだよ。テイラーはもう疲れた。今日はいっぱい歩いた。もう寝る」


 テイラーはローブに潜り込んだまま、不機嫌をむき出しにしてつぶやいた。


 「寝てもいいけど、寝る前に教えてくれ。テイラーの寝ている時の魔法で、俺たち3人を丸ごと守ることはできないのか?」


 ローブの端をつまんで持ち上げると、モシャモシャの前髪の間から、邪魔するなとばかりに、にらんでいた。


 「え、わかんない。やったことないし」


 そういうと、俺の手をローブからシッシッと払い除けた。愛想もクソもない。まあ、いいか。こっちも、できればいいなくらいにしか思っていなかったし。


 「それはそうと、寝るんならこっちに来いよ。俺とハーディーの間に入れよ。その方が温かいし、安全だぞ」


 俺はまたローブをつまみ上げた。テイラーはモゾモゾとローブの奥へと潜り込む。


 「やだ。近くに行ったら、寝ている間に、何かいやらしいことをするつもりなんだろう」


 くぐもった声で、モゴモゴと言っている。まだそんなこと言っているのか。少し呆れてしまった。


 「そんなことしないって。それに、寝ている間は防御魔法をかけているんだろ? 触ろうとしたら、ビリビリのドッカーンじゃないのか?」


 そう自分で言ったではないか。返事を待っていると、テイラーはローブの端からニョキッと顔だけのぞかせた。薄目を開けて、俺をジトッとにらむ。


 「だってハーディーのそばでは、防御魔法が使えないじゃないか。ハーディーが寝ている間にうっかりテイラーに触って、火傷したらどうする? テイラーはそんなの嫌だ」


 一瞬、何を言っているのかわからなかった。テイラーはハーディーのそばで寝る。防御魔法をかける。ハーディーが寝返りを打った拍子に、テイラーに触ってしまう。防御魔法が発動して、ハーディーがビリビリ、ドッカーン。そうなるのが嫌なので、防御魔法は使わない……と。うん、なるほど。ハーディーのことを心配しているんだな。いや、ちょっと待て。


 「え、じゃあ、俺が防御魔法でビリビリするのは、別に構わないってこと?」


 「うん。あ、いや……。そういうわけじゃない。だけど、クリスはなんかいやらしい」


 グサッ。なんか傷ついた。俺はジェントルマンのつもりなのに、いやらしいだなんて。一方で、怪物みたいなハーディーのことを早くも信頼しているなんて、どういうことだ。頭を抱えたくなった。


 「もっといっぱい美味しいものを食べさせてくれたら、クリスのことも信頼してやってもいい……」


 テイラーは目を閉じてニヤニヤしながら半分、寝言のようにつぶやいた。なぜ上から目線なんだ。ハーディーとのコミュニケーションはテイラーがいないと成り立たないので、頼りっぱなしの部分があるのは事実ではあるが、それにしてもテイラーが今、このパーティーで果たしている役割は、それだけではないか。


 「わかった、わかった。じゃあ、川に着いたら魚を獲って食わせてやるから。だから、こっちに来いよ」


 そう言って、テイラーの顔をのぞき込んだ。すうすうと小さな寝息が聞こえる。なんだ、もう寝てしまったのか。


 「ハーディー、こっちに来てくれ。テイラーを焚き火のそばまで運ぶ。手伝ってくれ」


 ハーディーを呼んだ。焚き火に薪をくべていたハーディーはのっそりと立ち上がると、のしのしとこちらへやってくる。放っておくわけにはいかない。夜は悪魔が活発に活動する。ヤツらは野営地に忍び込んで、人間をさらっていく。こんなところで離れて寝ていたら、格好の標的になってしまう。


 「気をつけろ。ビリッとするかもしれないから」


 言い終わらないうちに、ハーディーは軽々とテイラーを抱え上げて、元いた場所へ戻って行った。なんだ、ビリビリしないじゃん。防御魔法をかけ忘れて寝てしまったのか、それともこうなることを見越してわざとかけなかったのか。テイラーの胸の内を推し量りかねて、俺は首を捻った。


 「なあ、ハーディーは魔法使いなのか? 見たところは、戦士みたいだけど」


 ハーディーと俺の間にテイラーを寝かせる。恐る恐る触ろうとしたら、ビリッときた。「あっち!」。思わず声を上げる。


 「ああう、ああう」


 ハーディーが俺に代わって、テイラーにローブをしっかりとかけてくれた。あれ? 俺はビリッとくるのに、ハーディーは平気だぞ? 魔法が効かない体質なのだろうか? ハーディーは首を横に振って、それからうなずいた。イエスなのかノーなのか、わからん。


 「ふーん。でも、タイタンさんの部下だというなら、魔法使いなんだろ? でも、魔法の道具とはいえ、剣を持ってるんだよな。いわゆる魔法剣士ってやつなのか?」


 もう、ハーディーから正確な返事をもらおうとは思っていなかった。長い旅になる。そのうち、テイラーを通じて聞くことがあるだろう。今夜、すぐに答えを聞く必要はない。


 「あうっ、んぐあう」


 ハーディーは自分の胸に手を当てて、うなずいた。あながち間違っていないと言いたいのだろうか。テイラーの寝顔を見る。こうやってしげしげと眺めると、改めてすごい傷跡だ。目や口が変形するほどの火力を浴びたはずで、さぞかし痛かっただろう。テイラーが味わった恐怖を想像すると、胸が痛んだ。


 「なあ、ハーディー。俺、テイラーが女の子か男の子かしっかり聞かなかったんだけど、女の子でいいんだよな?」


 ハーディーを見上げると「うおん」とうなって、今度ははっきりとうなずいた。

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