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ねえ、なんて言っているの?

 「テイラーは何歳なの?」


 歩き出してすぐに年を聞いた。だって、さっきから敬語まじりで話しているのが落ち着かないのだ。どう見ても俺より年下なのだから、タメ口で気軽に話したい。それに、そうした方が、早く仲良くなれるだろう。


 「え!」


 キョロキョロしながら歩いていたテイラーは突然、声をかけられて驚いたのか、ひしゃげた目を見開いて一瞬、足を止めた。俺も足を止めるが、すぐにまたテイラーが歩き出したので、歩を進める。


 「年齢。いくつなのかなって」


 改めて聞く。テイラーは目をしばしばさせて、それから「え、ええっと……」と指先をいじり始めた。テイラーは魔法使いのトレードマークと言ってもいい、三角帽子を持っていなかった。その代わり、ローブに深いフードがついていて、今はそれをかぶっている。


 「と、年を聞いて、どうするつもりだ!」


 テイラーは急に怒ったように声を上げた。やけに警戒されている。俺は思わず苦笑いしてしまった。


 「いや、俺と同じくらいかなぁって思ったからさ。同い年だったら、もう少し気楽に話してもいいかなって」


 そういうと、テイラーはしかめっ面をして肩をいからせた。


 「な、なんだ! テイラーはそんなに若くないぞ! も、もうハタチなんだからな!」


 テイラーは鼻息を荒くして改めて憤慨した。なんだ、やっぱり俺と同じくらいじゃないか。


 「そうなんだ。俺、22歳。じゃあ、もうタメ口でいいよね?」


 俺がそういうと、テイラーは決まりが悪そうにモゾモゾと肩を動かして「お、おう」と妙な返事をした。


 なんか、変なヤツ。いい意味で。


 最初に見た時にはギョッとした火傷の跡も、しばらく見ている間に慣れてしまった。そうすると不思議なことに、テイラーがかわいく思えてきた。外見は全然似ていないけど、俺の妹になんとなく雰囲気が似ているのだ。


 そう、俺の妹、クレアに。


 クレアは俺が7歳の時に死んだ。まだ5歳だった。小さな頃から病弱で、何度も高熱を出して寝込んでいた。普段はとてもほがらかでよく笑う女の子で、かわいくて仕方がなかった。おふくろに似たブラウンの巻き毛に、真っ白なほっぺた。いつもキラキラと好奇心に輝いている瞳。本を読むのが大好きで、よく「お兄ちゃん、これ読んで!」とせがむので、いろいろな本を読んでやった。冒険譚が大好きで、俺が冒険者になりたいと漠然と考え始めたのは、クレアと一緒にたくさんの冒険物語に触れたのがきっかけだ。


 あの冬、高熱を出して寝込んだ時も、また治って「お兄ちゃん、遊んで!」と抱きついてくるものだとばかり思っていた。


 だけど、クレアが再びベッドを出ることはなかった。高熱を出して血を吐き、雪が降った寒い日の朝に死んだ。おやじとおふくろが俺を奉公に出すことを決めたのは、クレアが死んだからだ。


 うちは小さな仕立て屋を営んでいて、両親はいつも忙しく働いていた。貧しくはなかったが、決して裕福でもなかった。俺もクレアのように死なせるわけにはいかない。十分に食えて、手に職をつけられるところに奉公に出した方がいい。そう思って、仕事で付き合いのあったスティーブンさんのところに、俺を奉公に出した。


 そういうわけで今、冒険者をやっている。本当は盗賊ギルドの事務員かなにかになってほしかったのだろうが、あんなスーパースターが目の前にいて、男の子が憧れないわけないじゃないか。俺が「冒険者になる」と告げたとき、おやじもおふくろも「しまった」という顔をしたが、時すでに遅しだった。


 クレアは自分が体が弱いことを知っていて、冒険者にはなることをハナから諦めていた。妹の分までと冒険者をやっているわけではないが、全くそうではないといえば嘘になる。これだけ魔族がはびこって、冒険者が割の合わない職業になりつつある昨今、俺が冒険者に固執するのは、クレアのためでもある。


 「ま、まあ……い、いいけど……」


 テイラーは少し目を背けながら、俺の提案を了承した。しばらく歩くと、街の入り口の門に出た。衛兵が立っている。俺は素知らぬふりをして通り抜けようとした。


 「え! 街の外に出るのか?!」


 テイラーは立ち止まると、少し声を上げた。なんだよ、こんなややこしいところで立ち止まるなよ。衛兵は一応、この街の治安担当の端くれだ。もし昨日の野盗の生き残りが教会に駆け込んで通報していれば、そして手配が早ければ、俺とハーディーのことを聞き及んでいる可能性があった。


 「出るよ。だって、冒険に行くんだから。街の外に出ないと、冒険じゃないでしょ」


 俺は少しイラッとしながら、足を止めた。テイラーは一歩踏み出そうとして、また指先をいじりながら足を止める。ええい、なんなんだ。もしかしてこいつ、ビギナーか? 冒険に行ったことないのか?


 「大丈夫。何かあったら、俺が助けてやるから。相棒も腕の立つヤツだし、テイラーには本当にサポートしてもらうだけだから」


 自分の顔がひきつっているのを感じる。それでも必死に笑顔を作って、手を差し伸べた。早く来い。とりあえず衛兵のそばを離れないと。手招きすると、テイラーはやっとノロノロと歩き始めた。


 「冒険者さん、お疲れさん」


 近くにいた衛兵が、俺の背中に声をかけてくる。警戒された様子がなくて、とりあえずホッとした。


 しばらく歩くと、今度はテイラーの方から声をかけてきた。喧嘩を吹っかけているような、妙に緊張感を漂わせた声音だ。


 「おい、もしかして山の中に連れて行って、何かひどいことをしようってんじゃないだろうな」


 俺はチラッと振り返る。テイラーは背中を丸めて、左足を引きずりながらついてくる。あれも火傷の後遺症だろうか。あんな歩き方をしているから、左足だけ靴が破けるのだろう。うつむき加減で顔がよく見えないが、ボサボサの前髪の間から黒い目がこちらをジッと見ていた。


 「ひどいことなんかしないよ。だって、テイラーは旅の仲間なんだぜ。親切にこそすれ、なんでひどいことなんかするんだよ」


 俺は呆れつつ、笑みを浮かべた。


 「甘い言葉で騙して、ひどいことをするヤツがいるって聞いたことがあるからな。簡単には信じないぞ。テイラーを甘く見るなよ」


 なんなんだ。さっきは小さい子供のように無邪気に飴をなめていたのに、今度は反抗期の子供みたいにツンケンしている。


 「甘くなんか見てないよ」


 「テイラーに何かしようとしたら、さっき見たアレを食らわすからな。覚悟しろ」


 これから仲間になろうという2人の会話ではないな。のこのこついてきたくせに、なぜこんなに警戒心をあらわにするのだろう。過去に何か、ひどい目にあった経験があるのだろうか。それにしても〝アレ〟ってなんだろう。さっきの防衛魔法のことか?


 「あれって、なんかの魔法なの?」


 俺は興味本位で聞いてみた。


 「あれは電撃だ。テイラーは雷の魔法使いなんだ。テイラーをいじめようとしたら、その瞬間にビリビリ、ドッカーン!だからな」


 テイラーは手を顔の横に上げると、指をにぎにぎとしながら顔をしかめて「シャーッ!」とうなった。威嚇しているようだが、あまり怖くない。


 「そうか。テイラーは雷の魔法使いなのか。雷は初めて会ったなあ」


 魔法使いは、4つの系統に分けられる。自然の四大元素に従って火、水、風、土の4種類だ。生まれ持った者もいれば、後天的に習得するものもあるが、基本的にこの4つのどれかに属することになる。最も多いのは火の魔法使い。水と風は同じくらいで、土の魔法使いが最も少ない。もちろん、火の魔法使いが水や風の魔法を後から習得することもある。雷の魔法使いは火の派生で、珍しい。


 さっき水をかけた時に煙が立ったのは、電撃だったのか。うっかり触っていれば、黒焦げになっているところだった。


 「そうだ。だから、気をつけろ。テイラーを騙したり、ひどいことをしようとしたりしたら、お前は一瞬で死ぬ。死ぬぞ!」


 テイラーはひしゃげた唇を歪めて、汚い歯を剥き出した。精一杯、怖い顔をしているのだろうが、やはりあまり怖くない。それはともかく、テイラーがまだ俺のことを全く信用していないことはよくわかった。これから一緒に旅をするのであれば、それは早々に解決しなければいけない最初の課題だ。


 テイラーは「シャー」とか「ウカカッ」とか妙な声を発して引き続き威嚇しているのだが、「怖くないからやめろ」と言うのもアレなので「わかった。ひどいことなんて、しないから」と言っておくだけにした。


 窪地に着くとハーディーが膝を抱えて座っていた。俺を見て、のっそりと立ち上がる。


 「うわぁ! なんだ、これ!」


 テイラーは驚きの声を上げて、俺の背中に隠れた。「簡単には信じない」とか言いつつ、しっかり俺を盾にしている。


 「紹介しよう。彼が俺たちのパーティーの前衛、ハーディーだ」


 テイラーの手を引いて、ハーディーの前まで連れて行った。


 「あっ、はっ、はでぃ」


 ハーディーは膝をつくと、テイラーに向かって話しかけた。ヒューヒューと笛のような音が漏れ聞こえてくるので、また魔法言葉を併用しているのだろう。


 「なんだぁ、これ! こんなデカいの、人間じゃあない! 魔族だろ!!」


 テイラーはパニックを起こして、また俺の背中に隠れようとする。さっきからテイラーが触れるたびにバチッ、バチッと静電気が飛んで首筋や背中が痛い。こいつ、パニクって魔法を制御できなくなっているのか? 困っていると、ハーディーが少し背中を丸めて近づいてきた。口調を柔らかくして、テイラーに話しかける。


 「おうっ、あはぁ、ごおん」


 テイラーはびっくりして目をむいている。半分、口を開けたまま気圧されたようにハーディーの話を聞いていたが、しばらくして2、3歩後ずさりして「……わ、わかったよ」と小さな声で言った。


 「テイラーは魔法言葉、わかるよね?」


 まだ呆然としているテイラーに聞いた。


 「え。う、うん。わかる……」


 テイラーは俺を見て、恐る恐るうなずいた。


 「実は、俺は魔法言葉がわからないんだ。縁あってパーティーを組むことになったんだけど、見ての通りコミュニケーションが難しくてな。テイラーに通訳をしてほしいんだよ」


 「うおっ、おほぉ」


 ハーディーも同調してうなずく。テイラーは俺を見て、それからハーディーを見て、眼帯をしていない方の目をパチパチさせた。


 「うあっ、ああっ、あ」


 ハーディーは何やら身振り手振りで一生懸命、テイラーに話しかけている。それをうなずきながら聞いていたテイラーは「えっ、マジか……」と顔をしかめてうなった。


 「なんて言ってるの?」


 横からテイラーに聞いた。テイラーは俺を見て、またハーディーを見て、不安とも困惑とも取れるような表情をした。

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