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解体現場

 「悪いね、クリス。断ってくれてもよかったんだけど」


 翌朝、エドワードは顔を合わせるなり、真面目な顔をして頭を下げてきた。前夜の会議で、斥候部隊を再編成してクーメンに派遣することが決まった。そのメンバーとして、俺に白羽の矢が立ったのだ。


 「そこの彼は盗賊なんだろう? この仕事にうってつけではないか」


 バイエルは、テントのそばで会議を聞いていた俺を指差して、ニヤリと笑った。エドワードは「いえ、彼はオブザーバーとして参加しているので」と断ろうとした。


 「ほほう、では、先ほど私の前で『ベテランの軍人に勝るとも劣らない』と大見得を切ったのは、嘘だったのか?」


 バイエルは歯をむき出して、意地の悪い言い方をした。エドワードは言葉に詰まった。


 「いいぜ、行ってやるよ」


 即座に答えた。もとよりそのつもりだった。クーメンで一戦交えるのならば、下見をしなければいけない。俺はクーメンに長いこと滞在していたので、よく知っている。そこにアフリートが投入されるのであれば、なおさら俺が見に行っておかなければいけない。アフリートはテイラーだ。危ない目には遭わせられない。少し離れたところで座っているハーディーをチラッと見た。その膝を枕にして、アフリートが眠っている。ハーディーはアフリートの熱にも耐性があって、肌を接してもそれほど熱さを感じなかった。


 くそっ、うらやましい。俺もハーディーくらい熱さに強ければ、テイラーを抱っこしたりできるのに。ゴホン、いかんいかん。今はそんなことを考えている場合じゃない。


 「ただし、俺は冒険者だ。駆り出す以上、報酬はもらえるんだろうな」


 胸を反らして、バイエルをにらみつける。ベンたち軍人どもはこのおっさんを怖がっているけれど、俺にとってはただのおっさんだ。雇い主ならばともかく、そうでないうちは偉そうにされる覚えはなかった。


 「お前を連れてきたのは、エドワードだろう。報酬はエドワードからもらうんだな」


 バイエルがそういうと、エドワードはぐるりと目を回した。ふうっと呆れたようにため息をついて、俺をチラッと見てニコッと笑った。


 そんなこんなで、斥候部隊の一員となることが決まったのだ。朝イチで防衛本部の前に俺を含めて10数人の軍人が集められて、まずは2人1組になれという。軍人たちは当然、軍人同士で組みたがる。気がつけば、俺の隣にはベンがいた。


 「なんでお前とコンビなんだよ!」


 「いいだろう。昔のよしみだ」


 というか、他の軍人とスッと組めないあたり、ベンが部隊で浮いた存在だということを如実に表している。そりゃそうだろう。ベンは体格は立派だし、剣の腕もなかなかのものだが、何しろ鈍臭いのだ。隠れて行動する斥候に向いているとは思えない。


 「いいか! 今回の作戦は、あくまでも敵情視察だ! 今後の攻撃につながる情報を集めてくることが目的だ! 勢い余って交戦するんじゃないぞ!」


 隊長らしき中年の軍人がハッパをかけると、俺以外の斥候は「ハイッ!」と気合の入った返事をして、敬礼した。


 「では、担当部署を申し渡す!」


 クーメンは円形の街だ。南部、中部、北部と分かれている。中部は教会や役場、病院、学校、商店などが集まった都市の中核。南部はなだらかな山の斜面が広がっていて、主に農耕を生業としている人々が住んでいる。北部は住宅地だ。南部と違って、中部で働く金持ちの家がたくさんあり、高級住宅街と言っていい。俺とベンは南部に行く班に振り分けられた。


 これは、あまりよくない。


 というのも、中部と北部は平野なので、見通しがいい。それほど接近しなくても、どれだけの兵士がいて、どこに捕虜がいるのか確認できる。だが、南部はなだらかとはいえ山地だ。見通しは悪く、接近しないと詳細がわからない。


 部外者なので、厳しい条件のところに放り込まれたような気がする。とはいえ、決まったものは仕方がない。いざとなれば逃げてやろう。ハーディーに『くれぐれも無理をしないように、でござる』と言い含められて、馬車に乗り込んだ。アフリートが手を振っている。ああ、かわいい。朝からかわいい。本当ならずっとそばにいたい。だが、これからやる仕事はアフリート、ひいてはテイラーのためだ。グッと我慢する。


 途中まで馬車で送ってもらい、小1時間かけて歩いてクーメンに接近する。さっきは文句を垂れたが、山地がいいのは、隠れるところがいくらでもあるところだ。細い獣道を伝っていくと、遠くに茅葺きの屋根が見えてきた。


 随分と手荒くやられたものだな。木陰からのぞくと、あちこちの家が焼かれていた。畑も踏み荒らされてボロボロで、育てていた野菜がちぎれて飛び散っている。そして、むっとするほど濃い血の匂いがした。つい最近、ここで大量の血が流れたのだ。茂みからのぞくと、7、8人の悪魔とオークが、何かを担いで畑の畦道を歩いているのが見えた。


 「ベン、気をつけろ。それに触るなよ」


 足元に張ってあった細い糸を指差した。トラップだ。わかりやすく鳴子か、それとも矢が飛んでくるタイプか。いずれにせよ触るのはNGだ。


 「わかった」


 ベンは緊張した表情でうなずく。そっと糸をまたいで前進した。姿勢を低くして、集落に近づく。なんだろう。何を運んでいるんだ?


 と、ガランガランと大きな鳴子の音がした。


 「!!」


 驚いて振り向くと、ベンが右足に糸を引っ掛けている。


 「馬鹿! 早く外してこっちに来い!」


 「わ、わかった」


 手で持ってそっと外せばいいのに、よりにもよってベンは足をブンブンと振り回して糸を外そうとした。ガランガラン!と、さらに派手に鳴子の音が鳴り響く。俺はブチギレ寸前になってベンの足から糸を外すと、太い腕を引っ張って藪の中に引きずり込んだ。


 「馬鹿か、お前は! 触るなって言っただろうが!」


 分厚い肩にグーパンチを食らわすと、ベンは大袈裟に「痛った!」と顔をしかめた。何が「痛い」だ。お前のヘマのせいで、死ぬかもしれないんだぞ?


 「さ、触るつもりはなかったんだよ」


 ああ、全くもう。こいつは全然、変わっていない。やるなと言ったことをやるし、やってくれと言ったことができない。そして、真っ先に言い訳をする。殴ってやりたかったが、今はそれどころではない。


 「ク、クリス」


 「いいから黙ってろ」


 まだ何か言い訳をしようとするので、ピシャリとはねつけた。左手の指につけた幸運の指輪をギュッと握る。エリック、今こそお前の出番だ。助けてくれ。身を潜めて、耳を澄ました。


 「おい、鳴子が鳴らなかったか?」


 「さあ。風じゃないか?」


 魔族の声が聞こえる。そうだ。気のせいだと思って、通り過ぎてくれ。息を詰めて、藪の隙間から魔族たちが遠ざかって行くのを見つめていた。


 ……。


 よし、これだけ離れれば、もう大丈夫だ。ホッと息をつく。


 「ベン、足を引っ張るな。次にヘマをやらかしたら、マジでここに置いて行くからな」


 顔を近づけて、凄んだ。本気で置いていくつもりだった。俺一人なら、仮に魔族に見つかったとしても離脱できる。だが、こいつと一緒にとなれば、協力してもらわないと困る。


 「わ、わかったよ」


 ベンは眉毛をハの字にして、本当に申し訳なさそうな顔をした。この顔に騙されてはいけない。すぐにまた同じミスをやらかす。ベンというのは、そういう間抜けなのだ。


 藪の中を姿勢を低くして、魔族たちが何をしているのか、よく見える場所まで移動した。少しずつ進むと、家屋と家屋の間に櫓が組まれているのが見えてきた。櫓というか、物干し台みたいだ。そこに長いものがいくつもぶら下がっている。目を凝らさなくても、それがなんだかすぐにわかって、腹の底からゾッと冷える感じがした。


 人間だ。人間の死体を吊しているんだ。


 物干し台に何本も……そう、何本も、だ。ぶら下がっているのは、人間だったものだった。首から上がなく、腕もない。悪魔がナイフを使って、皮を剥いでいるところだった。足元にはたくさん木桶がある。そのなかに入っている黒い液体は、おそらく血だ。


 「クリス、血の匂いがするぞ」


 ベンがわかり切ったことを言った。


 「うるせえ、黙ってろ」


 目の前の景色に、全身の毛が逆立った。怒りなのか、恐怖なのか、それともそのどちらもなのか、よくわからない。飛び出して行って、牛や豚をさばくように人間をさばいている魔族どもを、片っ端からぶっ飛ばしてやりたかった。


 「ク、クリス! あれ、人間だぞ!」


 ベンの声が震えている。


 「っるせえな! 黙ってろって言ってんだろうが!」


 振り向いて、ベンの頭を平手で力一杯叩いた。その勢いで、ベンは地面に「おえっ」と嘔吐した。


 冷静になってみれば、当たり前のことだ。魔族は人間を食う。特に悪魔は人間が好物だ。クーメンを征服し、そこには多くの人間が取り残されていた。捕らえた人間を、俺たちが牛や豚を食べやすくさばくように、切り分けているのだ。何も不思議なことはない。


 耐え難い苦痛が、腹の中で渦巻いている。しかし、俺の頭脳は、まだ冷静だった。このあたりは畑だったので、開けた土地がたくさんある。だから、人間を解体する場所に選んだのだ。地面は土なので、血や肉が飛び散っても構わないしな。そして、解体しているのは、魔族軍の下っ端だ。食事の準備は、人間の軍隊でも下っ端の役目だ。本物の戦闘部隊は、中部か北部にいるのだろう。そして、フェンネルに続く街道を主に警戒している。人間が攻めて来るならば、そちらからだからだ。ならば、ここから攻め込んだら、虚を突けるのではないか。


 俺は、目の前の地形を頭の中に叩き込んだ。よし、これで十分だ。


 「行くぞ」


 自分の吐瀉物を見つめて、荒い息をしているベンの尻を蹴飛ばすと、来た道を引き返し始めた。

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