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変身

 「あたしはそれほど、ひどい顔なのかい?」


 咄嗟に返事をできずにいると、アフリートはもう一度、聞いてきた。そして、さっさと立ち上がると、スタスタと歩き出す。どこに行くんだ。そういえば、ハーディーはどこに行った? 俺はエドワードを見ていなければいけない。ここを立ち去るわけにはいかないのだが……と冷や汗をかいていたら、ハーディーが戻ってきた。両手に毛布を抱えている。


 『クリス殿、毛布を借りてきたでござる』


 「ああ、助かるよ。ハーディー、アフリートから目を離さないでくれ」


 目で追いかけると、アフリートはすぐそばの建物の前で立ち止まった。自分の顔を見ているのか、窓ガラスをしげしげと眺めている。俺はハーディーから毛布を受け取ると1枚をエドワードにかけて、アフリートのそばへ駆け寄った。ハーディーもついてくる。


 「確かに人間としてはひどい顔かもねえ」


 アフリートは横を向いたり、上を向いたりして、窓ガラスに映っている自分の顔を眺めていた。そして、おもむろに眼帯を外した。黒目が激しく外を向いている。いわゆる斜視だ。なるほど、テイラーが眼帯をしている理由はこれだったのか。


 「こっちの目は、ほとんど見えていないしねえ」


 アフリートは右目のまぶたを引っ張ったり、パチパチさせたりして窓ガラスをのぞき込んだ。


 「ああ、そうなんだ」


 ……なんとも言えない。ひどい顔だとも言えないし、素敵な顔だとも言い難い。


 『確かにテイラー殿は火傷の跡があるのでござるが、だからといってひどい顔だとは思わないのでござる。人間、大切なのは中身なのでござる。テイラー殿は優しい女の子なのでござる。それで十分でござろう』


 ハーディーがフォローに乗り出した。確かにその通りだ。テイラーと短くない時間を一緒に過ごしてきた俺も、そう思う。火傷跡のある顔も、見慣れてしまった。それをバケモノと言うなんて、許せなかった。あの場にハーディーがいれば、やつらをぶっ飛ばしていたかもしれない。


 「う〜ん、まあ、よく言えばそうかもしれないけどねぇ……」


 アフリートは納得がいかないのか、まだ顔を撫で回している。


 「確かにこの体には、全身に火のもとが突き刺さっていて、キシキシするんだよ。顔はともかく、そっちの方が気になってねえ」


 魔族的には、火傷は「火の素が突き刺さる」って言うのか。面白い表現の仕方をするんだな。


 「体は随分とライラが治してくれたんだけどな。小さい頃に負った火傷なので、なかなかすっきりと治らないみたいなんだ」


 アフリートの背中に話しかける。これでも初めて会った頃に比べれば、膝は随分とスムーズに動くようになったし、肌もきれいになったんだぞ。顔だって、変形したところは如何ともし難いけど、赤みは薄くなったんだ。


 「ふうん」


 アフリートは引き続き窓ガラスに映った自分の顔を見つめながら、うなずいた。


 「俺たちはテイラーの外見なんて、気にしてないから。さあ、戻ろうぜ」


 そう促しても、アフリートは返事をしない。今度は帽子を取って上を向いたり、横を向いたりして、自分の顔を観察し始めた。ひとしきりあちこちを見てから、振り向いた。


 「なあ、こう見えても、あたしは一応、人間でいうところの女なんだ」


 アフリートは普段、何が面白いのかわからないけど、ニヤニヤしている。その表情がデフォルトらしい。だけど今は、珍しく真顔だった。


 「だから、バケモノと言われるのは、ちょっと堪えるねえ」


 『いや、だから、拙者たちは……』


 ハーディーが「気にしていない」と言い終わらないうちに、アフリートはサッと手を上げた。ほのかに輝いていた肌が、急にカッと強く光った。同時に熱風が巻き起こる。熱い! 思わず1、2歩と後退する。


 「ア、アフリート! 何を……!」


 周囲がざわついた。俺は腕を上げて熱風から顔面を守りながら、アフリートを見る。目もくらむ光と熱を数秒ほど発した後、徐々にそれは収まっていった。


 「クリス! 何やってるの?! 大丈夫?」


 少し離れたところから、シャインの声がする。異常に気づいて駆けつけてきたのだろう。目がチカチカする。アフリートが放った光を間近で見てしまったせいで、視界が真っ白になっていた。


 「ああ、大丈夫! 今のところは!」


 早く視界を取り戻さないと。何度か強く瞬きする。少しずつ暗くなって、ようやく見えるようになってきた。


 『ク、クリス殿。これは……』


 ハーディーが驚いている。


 「これで、どうだ? もうバケモノには見えまい」


 アフリートの声がする。俺はもう一度、瞬きをして、そちらを見た。


 誰だ、お前は。


 「火の素を、取り除いてみたんだがねぇ。形もできる限り、元通りにしてみたつもりなんだけど、どうだい?」


 そこにいたのは、赤毛の少女だった。くるくるの長い巻き毛。着古してはいるが、仕立てのいいローブ。それがテイラーだったことを示している。間違いない、これはテイラーだ。だが。


 火傷の跡が、ほぼきれいに消えていた。つるんときれいな白い肌。ひしゃげていた左目も、引き連れていた唇も、もうない。テイラーの目は、少し切長で釣り上がっていた。唇は思っていた以上にふっくらとボリュームがある。ただ、右目は斜視のままだ。それを差し引いても、ハッとするほど、かわいらしかった。


 「テイラー……。テイラーなのか?」


 あまりに驚きすぎて、言葉が出てこない。俺の横に駆けつけてきたシャインも、アフリートを見て息を飲んだ。


 「そうだよ。あたしの魔法で、傷跡を取り除いてみた。火傷をしていなかったら、こんな顔になっていたはずだよ、この子は」


 アフリートはニコッと笑った。口角がキュッと上がって、いつもの歪んだ笑顔ではなく、かわいらしい笑顔になる。そう、重ねて言おう。かわいいのだ。


 いや、テイラーのことは、ずっとかわいいと思っていた。話していることや、ちょっとした仕草が、なんとも言えずかわいい。思わずキュンとして、守ってあげたい気持ちがムラムラとわいてくる。ハグしたくなる。もともとテイラーは、そんな女の子だった。顔が火傷で崩れていようが、にじみ出す愛らしさがあった。なのに、顔までかわいくなってしまうとは!


 「あら、アフリートさんは、こんなこともできるのね!」


 シャインが驚いている。


 「そうだよ。あたしは火の精霊だからねえ。火でできた傷跡なら、取り除くことができるのさ。こっちの目は、どうしようもなかったけどねえ」


 アフリートは右目を指差すと、眼帯をつけ直した。


 「まあ、これでもうバケモノとは呼ばせないねえ」


 スタスタと俺の前まで歩いてくると、ニッコリと微笑んで「クリス、魔法を使ったら、お腹が空いたねえ」と言った。そして、人差し指で口元を押さえて「えへっ」と笑った。


 なんやぁ、それぇ! いつの間にそんなにあざとい仕草を覚えたんじゃあ、ワレェ!


 「わかった! すぐに何か食わせてやる!」


 俺は鼻息荒く、軍の配給スタンドへと走った。あんなにかわいい顔しておねだりされたら、張り切っちゃうじゃないか! スタンドにはまたお玉とジャガイモがいたが、俺が「おい、スープをよこせ!」と要求すると、気圧されたように怯えた顔をして渡してきた。


 「美味い、美味い。けど、クリス。何か固形物が食べたいなぁ」


 俺が持ってきたスープをペロリと飲み干すと、もじもじしながら見上げている。くそう、かわいい! もう言うことなんだって聞いちゃう! だけど、固形物ってなんだよ! スープにジャガイモが入っていただろうがよ!


 「私、まだパンを持ってるわよ」


 シャインが自分のリュックから、パンを取り出した。「もらっていいのかい?」とアフリート。「いいよ」とシャイン。「ありがとう!」。ものの2口で、パンはあっという間にアフリートの胃袋へと消えていった。


 こいつ、以前よりさらに大食いになっているんじゃないか?


 『クリス殿、これはまずいのでござる』


 ハーディーが顔を寄せてきて、俺の耳元でつぶやいた。


 「ああ、俺もまずいと思っている」


 相槌を打つ。おそらく、ハーディーもテイラーが以前に増してかわいくなってしまって、落ち着かないのだ。珍しくさっきから立ったり座ったり、そわそわしている。


 『テイラー殿がこんなにかわいい顔をしているとは、思わなかったのでござる』


 やはり。


 「俺もだよ」


 『このままでは、なんでも言いなりになってしまいそうなのでござる』


 ハーディーは体を小さくして、ささやく。


 「待て、ハーディー。あれはテイラーの外見ではあるが、中身はアフリートなんだ。そこのところを誤解するんじゃねえぞ」


 『それは、承知しているのでござるが……』


 しばらくして、エドワードが目を覚ました。外見の変わったアフリートを見て驚いて、早々に質問しまくった。どんな仕組みで変身したのか、魔法を使ったのなら効果の有効期限はあるのか、とか。アフリートは有効期限はなく、テイラーの顔はずっとこのままで、この顔で今後は成長していくと説明した。


 「ははぁ。ただいろいろなものを焼き尽くすだけじゃないんだ……」


 エドワードは感心して、額に手を当てた。


 「クリス、いろいろなことが一度に起こりすぎて、僕の頭はパンクしそうだよ」


 「俺もだよ」


 深夜にもう一度、バイエルたちと会議があり、俺たちは軍の斥候と一緒に翌朝、クーメンの様子を見にいくことになった。相手が油断しているようなら、こちらから攻めて出る。クーメンを奪回し、まだ生きている住人がいれば、救出する。そんな作戦だった。

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