バイエル司令長
ベンことベンチュラは、俺が最初に入ったパーティーのリーダーだった。
スティーブンさんの屋敷での奉公を終えた俺は、一端の冒険者になったつもりでイースの酒場に行き、そこで現実と直面する。経験ゼロの若造を気前よくメンバーに入れてくれるパーティーなんて、存在しなかった。
「なあ、先輩。俺を一緒に連れて行ってくれよ」
「お前、レベルはなんぼだ? 何、ゼロ? お呼びじゃないぜ」
首都にはキャリアのある中堅冒険者ばかりしかおらず、入れてもらえなかった。一緒に冒険してくれる仲間を探して、地方へ足を伸ばし、当時、イースの端っこにあったポポナという街の酒場で、ウルリックという魔法使いに出会った。
「お前、盗賊か? 俺たち今、メンバーを募集しているんだ。一緒にやらないか?」
ウルリックに連れて行かれたテーブルにいたのが、ベンとエドワードだった。4人ともクエストをまともにクリアした経験なし。実質、ルーキーばかりで結成したパーティーだった。しかも、リーダーはベン。口は達者なくせに責任は取りたくないウルリックが、押し付けてやらせていた。
ベンは身なりは立派だ。最初にあった時からほれぼれするような見事な体格をしていたし、着ているものも仕立てがよく、小ざっぱりしていた。ルーキーにしては豪華な装備も持っていた。だが、問題は、外見と中身が全く釣り合っていないことだった。本当は目立ちたがり屋でスケベで、ものすごくモテたいと思っているのに、極度に引っ込み思案で人とまともに話ができない。そんなやつがまともにリーダーを務められるわけがない。案の定、そのパーティーは短期間で瓦解した。
だが、よかったこともある。エドワードと知り合えたことだ。おかげで今もこうして交友関係が続いている。エドワードのおかげでお城に入ってマリシャ姫と謁見できたし、シャインとも知り合えたし、何より炎の神殿を攻略できた。人脈は大切だ。
ベンはパーティーが解散して以降、全く音沙汰なしだった。当然だ。連絡先を交換しなかったのだから。俺は何もできないベンにつくづく呆れていた。もう二度と顔を見たくないと思って別れたことを、昨日のことのように思い出す。
「ああ、今は見ての通り、軍人やってるんだよ」
ベンは両手を広げて、制服を見せた。カーキ色の上下に、腰にはひと振りの剣。体格がいいので、よく似合っている。階級章をチラリと見ると、ただの最下級の3等兵だった。
「いや、そりゃ言われなくてもわかる。軍服を着ていて、軍人じゃないわけないだろ」
容赦なくツッコんだ。ベンは前からこうなのだ。会話が噛み合わない。こっちが聞いたことに、ストライクで答えが返ってこない。
「何で軍人なんかやってるんだよ!」
少し声を上げた。だって、ベンはおよそ軍隊が似合わない性格をしているからだ。コミュニケーションが取れない、言われたことが即座にできない、理解力が低い。マイペースでのほほんとしていて、冒険者時代にも「何でこんなやつが冒険者をやっているんだろう」と思ったほどだ。
「ああ。そりゃ、ここにいるとメシと金に困らないからな」
ベンはニコッと笑うと、身も蓋もないことを言った。いかつい顔をしているが、基本的に品があるので、笑うと少しかわいい。だけど、そんなことを差し引いてもムカつくことばかり次から次へとやらかしてくれると知っているので、俺はますますムカッとした。
ベンはものすごく金遣いが荒い。というのも、すぐに娼館に行くからだ。見た目の通り性欲旺盛で、女が買えるだけの金が手元にあると、食費を後回しにして娼館にすっ飛んで行ってしまう。そして手持ちの金がなくなり、俺たちに「メシを食わせてくれ」とすがりつくのだ。
呆れてものも言えない。だが、ここは一応、感謝しておかないとな。ベンが「司令長が来た!」と声を上げてくれたことで、俺は助かったんだから。
「そうか。そりゃそうと、さっきはありがとうな。お前が騒がなけりゃ、今頃、ボッコボコにされていたわ」
勝てる喧嘩しかしない。それが俺のポリシーだったのに、テイラーを馬鹿にされて、思わず我を忘れてしまった。しかも、それでベンに借りまで作ってしまった。いかんいかん。ちょっと冷静にならないと。
「ああ、咄嗟の口から出まかせだったけど、効いただろう? 軍の連中はみんな、いつも上官の顔色ばかりうかがっているからな」
ベンはそういうと、「そういえば、クリスはなぜこんなところへ?」と聞いてきた。俺はテイラー……いや、アフリートを紹介し、ここに来ることになった経緯を説明した。
「へえ、エドも来ているのか」
ベンはそういうと、真顔で俺を見つめた。普通なら「久しぶりだな、会いに行こう」と言い出すところなのだが、コミュ障のベンにそんなことは言い出せない。俺が連れて行ってくれるのを待っているのだ。面倒臭え。
「久々だろう。会ってみるか?」
内心、苦虫を噛み潰しながら聞いてみた。
「どっちでもいいよ」
ベンは半笑いで、想像していた通りのムカつく答えをした。これで連れて行ってやらなかったら、すねるくせに! 逃げていった軍人たちが仕返しするために戻ってくるかもしれないし、それにアフリートがスープを立ち食いし始めたので、俺は「アフィ、そんなところで食べるな」とやめさせて、エドワードたちのいる防衛本部に戻ることにした。
戻ってみると、エドワードは軍服姿の痩せたおっさんと話していた。制服の胸にずらずらと階級章がついていて、ひと目で幹部クラスの人間だとわかる。ベンを見ると、わかりやすく緊張感を漂わせた表情をしていた。
「エドワード、戻ったぞ」
「ああ、お疲れ。ちょっと待ってて」
エドワードと一緒に、軍人も振り返って俺たちを見た。つるりと禿げ上がった頭。悪役感の漂うチョビ髭。目元、口元に刻み込まれた皺は、苦難の人生を送ってきたことを如実に表している。目がギラギラしていて怖い。魔族なんかより、このおっさんの方がよほど恐ろしいぞ。
「バイエル司令長! ご苦労様です!」
ベンは直立不動でビシッときれいな敬礼をした。本人がどう感じているかは知らないが、風格があるので、敬礼姿がよく似合っている。なるほど、この人がさっき言っていた「司令長」なんだな。
「ベンチュラ3等兵、こんなところで何をしている」
バイエルと呼ばれたおっさんは、ベンをギロリとにらみつけた。どうも人の上に立つ連中というのは、共通してこういう威圧的な目つきをするらしい。タイタンもそうだし、このおっさんもそうだ。
「はっ! 陣営内の巡視をしております! 現在のところ、異常はございません!」
マジか。あのコミュ障極まっていたベンが、きちんと大きな声で報告をしている。生きるためには人間、変わるもんなんだなと感心した。
「そうか、ご苦労! 引き続き励め!」
「ははっ!」
ベンはまたビシッと敬礼すると、俺の方をチラッと見て、シャキシャキとロボットのような変な歩き方をして、立ち去っていった。
「ああ、バイエル司令長。紹介します。彼は僕の古い友人で、クリスです。冒険者。クラスは盗賊です」
エドワードはバイエルに俺を紹介した。バイエルはベンを威圧した目つきではなく、露骨に馬鹿にした顔をして、鼻を鳴らした。
「フン、盗賊ねぇ……」
「クリスです。よろしくお願いします」
俺は一応、手を差し出したが、思っていた通り、それは軽く無視された。
「手が足りないとはいえ、冒険者ごときを街の防衛に駆り出すとは、感心せんなぁ」
バイエルはエドワードに向かって、独り言ともつかぬことを言った。
「戦いのプロのあなた方から見ればそうかもしれませんが、彼らはなかなか役に立つのですよ。クリスの偵察能力も、捨てたものではありません。ベテランの軍人に勝るとも劣らない……」
エドワードは一歩も引かない。俺と同じ年齢なのに、自分の父親くらいの年齢であろうバイエル相手に、俺を売り込んでくれた。
「まあ、今回は、マリシャ姫の側近が2人も乗り込んできているんだ。お手並拝見と行きましょうかな。だが、軍としてこれはまずいと思えば、独自の行動を取らせてもらう。そこは承知しておいていただこうか」
バイエルはそう吐き捨てて、去って行った。
「面倒な匂いがするな」
肩をいからせて去っていく背中を見ながら、ポツリとつぶやいた。エドワードは小さくため息をついて、目を伏せる。目の下のくまが目立つ。ちゃんと寝ているのか? 見るからに疲労の色が濃いので、心配になる。
「そうだね。軍は、ここで魔族たちを迎撃するべきだと言うのだけど、僕はむしろできるだけ早く、クーメンに攻めて出るべきだと思っているんだ。それになかなか賛成してくれなくてね。説得に手間取ったよ」
ニコッと笑うと、テーブルがわりに積み上げてあった木箱のそばに行く。アフリートがそこで2杯目のスープを飲み干したところだった。エドワードは椅子を持ってきて座ると、俺にも座るように勧めた。
「ここで待っていても、やつらは当分、来ないと思うんだがねえ」
アフリートは口元を拭きながら言った。
「僕もそう思う。実はクーメンから逃げてきた人の数を、ざっくりと数えてみた。まだ数百人がクーメンに取り残されている。ということは、食糧が山ほどあるということだ」
エドワードは両手で顔をこすりながら、つぶやくように言った。
「家を離れて長い距離を移動して、人間と戦って食糧が山ほどある街を手に入れたんだ。軍は一気にフェンネルまで攻めてくると警戒しているけど、そんなことするかな? 僕が魔族なら、絶対にしない。クーメンでまずはしっかり休養して、万全の態勢を整えてから来る。だって、基本的に魔族の方が人間よりも強いんだから。慌てる必要は、全くないんだよ」
「その通りだよ」
アフリートがニヤリと笑って、エドワードの意見にうなずいた。エドワードは太ももの上に肘をついて、ぐったりとうなだれた。
「ああ、疲れた。クリス、ちょっとだけ眠るから、誰か来たら、起こしてくれないか」
俺が「わかったよ」という間もなく、エドワードは小さな寝息を立て始めた。やはり、昨夜からほとんど寝ずに働いているのだ。誰かが来ても、急用でない限り少し休ませてやろう。
「そりゃそうと、クリス。あたしはそれほど、ひどい顔なのかい?」
不意にアフリートが、俺に聞いてきた。




