ようこそ、盗賊ギルドへ!
スティーブンさんに何度もハグされてヘロヘロになったあと、ケイシーさんとアンドレアさんにもハグされ、ようやくライラを紹介したと思ったら、スティーブンさんに「なんだ、もう嫁を取ったのか! しかも子供までいるではないか! クリス、お前、意外にやるな!」と勘違いされてしまった。
「え、いや、嫁じゃないんで……」
ライラは小さな声で反論した。盗賊って、もっと陰気なやつが多いと思っていたんじゃないか? ところが、違うんだな。ここにいる人々はスティーブンさんを筆頭に、男も女もみんな豪快で底抜けに明るく、そして人の話を聞かない。
「嫁です」
とりあえず俺は、話を合わせた。スティーブンさんは目を輝かせてニッコリと微笑むと、パンパンと手を打ち鳴らした。俺の背後でライラが「だから、嫁じゃねーし!」とうなっている。
「これはめでたい! アンドレア、ワインを持ってこい! 祝杯だ!」
「ラジャー、ブラジャー!」
「ケイシー、アテを何か作ってくれ! 俺はレーズンバターがいい!」
「了解!」
「しかし、それにしてもいい女性だ! ライラさんと言ったな。よくクリスを選んでくれた。そいつは俺が言うのもなんだが、なかなかできた男だ! 末長くよろしく頼む」
こうなることはなんとなく想像していたので、あえて抵抗しない。俺は勧められるがまま、ソファに腰掛けた。隣にライラとニーナ。俺の正面にスティーブンさんが座る。
「でも、アレだねぇ、盗賊やってる男たちは、なんだかんだ言って、やっぱりおっぱいが好きなんだねぇ。クリスも子供の頃からおっぱいが好きだったけど、やっぱりおっぱいの大きい女の子を選んだじゃないか」
ミランダさんは、遠慮なくライラの胸元をジロジロと舐め回すように見つめた。ライラは顔を赤くして、それとなく胸元を腕で隠した。
「ハッハー! そりゃあ、おっぱいが嫌いな男はおらんだろう! みんなおっぱいで育ってきたのだからな!」
スティーブンさんが笑っている間に、ワインとレーズンバター、そして数種類のクッキーが運ばれてきた。
「では、クリスの帰還と結婚を祝して、乾杯しようではないか!」
スティーブンさんはグラスを掲げて立ち上がった。俺たちも釣られて立ち上がる。ニーナにはケイシーさんがジュースをくれた。
「乾杯!」
「乾杯!」
カチンとグラスを合わせて、グイッと飲み干す。うん、いいワインだ。俺はあまり酒は飲めないのだけど、料理をするので、これがいいワインだということはわかる。甘みと酸味のバランスがよくて、飲みやすい。ライラが「だから、嫁じゃねえって言ってるだろうが!」と怒り出すのではないかと思っていたが、ニーナにジュースを飲ませたり、お菓子を食べさせたりしていて、その気配がなかった。よし、今のうちに話を進めてしまおう。と思ったところで、先に口を開かれてしまった。
「ところでクリス、風の噂で聞いたのだが、お前、俺が突破できなかった難関を、2つも突破してきたらしいな?」
スティーブンさんはグラスを持った手の指で、俺を指差した。空になったグラスに、アンドレアさんがおかわりを注ぐ。
「はい。〝底なし〟で万物の源を回収して、炎の神殿からは、アフリートを連れて帰ってきました」
胸を張っていいだろう。師匠ができなかったことを、やってのけたのだ。
「それ、どうやったんだ? まずは〝底なし〟から教えてくれ。あそこ、下りても下りても底につかなかっただろう?」
スティーブンさんは真剣な表情で、身を乗り出してきた。それから俺は小1時間、質問攻めに遭い、〝底なし〟と炎の神殿をどうやってクリアしたのかを説明することになった。途中からニーナは座っていることに飽きてしまって、部屋の中をウロウロし始めた。その後ろをライラとスティーブンさんの3人の彼女がついていく。みんな口々に「かわいい!」「何、この子、尊い!」とか言って、あっという間に首ったけになってしまった。
「ふうむ。なるほど。俺たちは少し丁寧にやりすぎたのかもしれないな。意味のある遺構だと思って、壊さないように慎重になりすぎたのかもしれない……」
ひと通り話し終える頃には、スティーブンさんは、すでに手酌だった。テーブルの上にはワインの空き瓶が6本、転がって、ほんのりとほほが赤くなっている。スティーブンさんは飲むと赤くなる。そして滅法、酒に強い。ザ・レジェンズはみんな酒飲みだったと聞いたが、なかでも屈指の酒量を誇ったとよく自慢していた。だから、この程度では屁でもないはずだ。スティーブンさんは。
だけど、それに付き合っている俺は、もうヘロヘロだった。そもそも、あまり飲めないのだ。社会に出てからは貧乏だったのであまり酒を飲む機会はなかったが、とはいえ、たまに酒場で奢ってもらうことがあった。あまりにも貧しそうなので、同情されたのかもしれない。そして大抵、俺は2、3杯で酔い潰れてしまった。ううむ、まずい。早く本題を切り出さなければ。酔い潰れてしまったら、ニーナの話ができなくなってしまう。
「ス、スティーブンさん!」
俺はグラスをテーブルに置くと、身を乗り出した。スティーブンさんは「おう、なんだ?」と俺の勢いに驚いた顔をする。
「実はですねえ、今日は結婚の報告に来たのではないのですよ!」
大丈夫だ。まだきちんと話せる。
「ほう、なんだ! 他に何かすごい土産話でもあるのか?」
スティーブンさんも身を乗り出してくる。
「あのですねえ、あの、ほら、あそこ。あそこでモフモフしているかわいいやつを、大変、心苦しいのですが、しばらく預かっていただきたいのですよぉ」
俺は、スティーブンさんの書棚から次々に本を引っ張り出しては放り投げているニーナを指差して、言った。
「何を言っているんだ。あれはお前の娘だろうが」
スティーブンさんはグビリとワインを飲んだ。そして、また手酌で注ぐ。あっという間に1本は空く。「アンドレア!」。空き瓶を掲げて、大声を上げた。アンドレアさんがまた1本、新しい瓶を持ってくる。
「いや、まあ、娘みたいなものなんですが、実は娘じゃないんですよ。あの子、炎の神殿に行った時に、拾った子でして……」
いかん。眠たくなってきた。そして頭痛がする。早くも二日酔いの症状が出てきたのかもしれない。
「そうなのか。何か訳ありっぽいなと思っていたが、そうなのか!」
スティーブンさんはパン!と膝を打った。
「そうなんですよ。しかも、あの子、人間と魔族の混血でして……。おーい、ニーナ」
大きな声を上げると、頭に響く。俺が呼んでも来ないことが結構あるのだが、ニーナは素直に俺のそばにやってきた。ライラや3人の彼女も集まってくる。俺はニーナを抱き上げると、スティーブンさんの方を向かせて、膝の上に乗せた。
「混血? この子が?」
スティーブンさんは訝しげな顔をした。俺はカチューシャを外して、耳がよく見えるように、髪を撫でつけた。
「ほら、この子、耳がこんなんなんです。尻尾もあるんです。ほら」
スカートをたくし上げ、タイツをめくると、フワフワの尻尾が現れた。スティーブンさんが目を丸くして「ほほおぉ!」と声を上げた。ミランダさんが息を飲む。ケイシーさんとアンドレアさんは、驚きのため息をついた。この反応は、アウトなのか、それともセーフなのか。どっちだ? ライラをチラッと見ると、俺と同じことを考えていたようで、不安そうな顔をしている。
「何ぃ、これぇ! さらに萌えぇ!」
ミランダさんは俺の膝の上からニーナを抱き上げると、ほおずりした。「ちょっとミランダ、私にも抱っこさせてよ!」「ケイシー、次は私よ!」とケイシーさんとアンドレアさんも寄ってくる。スティーブンさんがガタンと音をさせて立ち上がった。
「お前たち、取り合いをするのはよせ。取り合いをするのなら、その子は俺がもらう」
急に真面目な顔をして、両手を差し出す。ミランダさんはニーナを強く抱きしめると、プイとあっちを向いた。
「取り合いなんて、しませんよーだ。ねえ、ケイシー、アンドレア?」
「「そうよ、そうよ」」
スティーブンさんは差し出した両手の行き場を失って、指先をモゾモゾと動かした。そして、ドサッとソファに腰掛けた。
「そうか。混血か。それでは孤児院には連れて行けないな」
「そうなんです」
さすがはわが師匠だ。話が早い。
「私、修道院で働いているんです。住んでいるところも修道院の宿舎なので……。本当は私が連れて帰って面倒を見てあげたいのですが、それが、できなくて……」
ライラが割って入ってきた。眉に力を込め、唇を結んだ懸命な表情で、スティーブンさんに頭を下げた。
「だから、めちゃくちゃなお願いをして、本当に申し訳ないと思うのですが、こちらでニーナを育ててやってもらえませんでしょうか? もちろん、仕送りはきちんとします。それに毎月、いえ、毎週、会いに来ますから」
ライラの声が震えている。ポトリ、ポトリと涙が足下の深い絨毯に落ちていた。俺も一緒に頭を下げた。スティーブンさんの「ふうん」というため息が聞こえた。
「ステイ、まさか断るつもりじゃあないでしょうね? 盗賊王様を頼って、若い子たちがここまでやってきたんだよ?」
ミランダさんが助け舟を出してくれている。だけど、スティーブンさんは答えなかった。息苦しい沈黙が続いた。
頼みます。どうか、断らないで。師匠。
「クリス」
不意にスティーブンさんが、俺を呼んだ。顔を上げると、空いたグラスにワインを注いでいた。そのグラスを掲げて、ニヤッと笑う。
「はい」
何を言われるのか、急に不安になった。ところが、スティーブンさんは意外なことを言い出した。
「盗賊王のポリシーを言ってみろ」
えっ? 盗賊王のポリシー? いや、いろいろある。どれを言えばいい? たくさんありすぎて、ひと言では言えない。
「ええっと、盗賊は紳士であれ!」
とりあえず最初に思いついたことを言った。
「違う。いや、違わないが、それじゃない」
スティーブンさんはグラスを傾けて、ワインをひと口飲んだ。
「え。じゃあ、信仰より信念?」
「それも違う。それじゃないやつ」
えっ、どれだ? 何を言わせたいのだろう。困って窓の外に目をやった。ギルドの屋根が見える。あの屋根にもよく登らされたなあ。思った以上に高くて、怖いんだ。その恐怖心を克服できるまで、あの屋根の上を走らされたっけ。たくさんの先輩がいて、同期がいて、後輩がいて……。あ!
「わかったか?」
スティーブンさんが楽しそうに微笑んでいる。
「来る者は拒まず、ですか?」
「それだ」
盗賊ギルドは、来る者は拒まなかった。たとえ犯罪歴があっても、更生する意志を明確に示して努力する者であれば、スティーブンさんは惜しみなく教え、職を斡旋した。俺は不思議だった。誰かに迷惑をかけたことがあるやつは、また迷惑をかけるのではないのか? 犯罪者に盗賊の特殊なスキルを教えれば、悪用するのではないのか? その疑問をぶつけた俺に、スティーブンさんはこう言った。
「クリス。人の心の底のことは、俺にはわからない。だが、俺は、真剣に〝チャンスがほしい〟というやつは、見捨てない」
驚き呆れるほど、寛大なのだ。盗賊王スティーブンという人物は。スティーブンさんはグラスを置くと、バッと立ち上がった。
「ミランダ! その子を俺にも抱かせてくれないか?」
両手を広げる。ミランダさんは一瞬、嫌そうな顔をしたが、のろのろとやってきて、ニーナをスティーブンさんに預けた。スティーブンさんはニッコリとニーナに微笑みかけると、そっとほほにキスをした。
「これは、祝福のキスだ! ニーナ、盗賊ギルドへようこそ! 今日からお前は、俺の娘だ!」
ライラがううっと嗚咽したのが聞こえた。見ると、俺の隣でテーブルに突っ伏して泣いている。
「ライラ、よかったじゃないか」
俺はその背中に手を添えた。ライラは返事をしない。
「よかった。これでよかったんだよ」
ニーナを取り戻そうとするミランダさんたちと、取られまいと逃げ回るスティーブンさんを見つめながら、俺は心の中にポッカリと穴が空いた気持ちになった。




