盗賊王スティーブン
その夜遅く、エドワードはアフリートとハーディーを連れて首都を出発した。荷馬車ではなく、きちんと座席がついた、俗にタウンコーチとか呼ばれる馬車で。
「どうしたんだい? クリスは行かないのかい?」
アフリートが窓から顔を突き出して、聞いてきた。
「悪いな。ちょっと用事があって、後から追いかける。明日には出発するから」
俺がそういうと、アフリートは少し寂しそうな顔をした。そして「テイラーが悲しんでいるけどねぇ」と言った。
「本当にすまんって言っといて」
馬車のドアを手のひらでトントンを叩いた。ここからは見えないが、アフリートの隣に座っているはずのハーディーに向かって「じゃあ、テイラーを頼むぞ」と声を上げた。
『承知。クリス殿も、ニーナを頼んだのでござる』
その声を残して、馬車は夜の闇へと滑り出していった。あとには俺とライラ、ニーナが残された。ニーナはライラに抱っこされて、もう眠っている。コンティニュアスはハーディーが持って行った。なぜか「気乗りがしない」と言って、球に戻ってしまった。
「さて、俺たちも少し休もう」
ライラを促して、城内に戻る。今夜は、お城に寝床を用意してもらっていた。「夜勤の人が泊まる場所なので、みすぼらしい。ごめんね」とシャインは言っていたが、城外で泊まるとなれば、荷物とニーナを抱えて移動しなければいけない。それを思えば、ありがたい話だった。
「ライラは明日、ニーナを預けた後、どうするの?」
前から気になっていたことを、聞いてみた。ライラはニーナのことをとてもかわいがっている。それはただ単に見た目がかわいらしいというだけではなく、おそらくどこにも行き場がない半獣半人への哀れみと同情が、多分に含まれているのだと思う。
「……」
ライラは返事をしなかった。地面を見つめたまま、トボトボと隣を歩いている。見ていられなかった。こんなに元気がない姿を見ているのは、辛い。いつもカリカリしていて、俺たちを怒鳴り散らして、おっぱいをブルンと揺さぶりながら肩で風を切って歩いているのが、俺の知っているライラなのだ。
「ライラ、元気出せよ」
俺はライラの背中に手を置いた。ニーナの寝顔が見える。何の警戒心もなくすやすやと眠っている。ニーナはライラのことを信頼していた。離れようとしないし、ライラが食べさせるものは何でも食べた。子供の本能でわかるのかもしれない。この人は、自分を守ってくれる人だと。
急に背中がブルブルッと震えた。ううっと嗚咽が漏れる。ライラは泣いていた。
「ライラ……」
「どうしよう。クリス、私、どうしたらいいの……」
本当なら抱きしめてやりたいところだが、ライラはニーナを抱っこしているので、それはできない。俺はライラの背中をさすることしかできなかった。なんか、前にもこんなシチュエーションあったな。俺はいつも、ライラのために何もできない。
「私、ニーナと離れたくない……。クリスが信頼している人だってことは、よくわかってる。だけど、この子はまともじゃないのよ? ちゃんと大人になれるの? 自分を受け入れてくれる世界を、自分で見つけることができると思う……?」
ライラは顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、俺を見つめる。
とんでもない拾いものをしてしまったものだ。あの時、見なかったことにして置いてくれば今頃、ライラはこんなに苦しんではいない。教会の人間であるライラと、誰かを助けることを使命と信じるライラの間で、今もせめぎ合いが続いている。
ニーナという生き物が、人間にも魔族にも受け入れ難い存在であることはわかる。スティーブンさんは預かってはくれるだろうが、愛情を注いでもらえるかどうかは、わからない。ならば、自分の手元に置いておけばいい。だが、そうすれば修道女であることは諦めなければならない。ここ数日、ライラがずっと浮かない顔をしているのは、そのせいだ。
「大丈夫だよ、ライラ。きっと大丈夫」
そう言うことしかできなかった。
その夜はライラを部屋まで送っていき、傷心の童顔巨乳美女を慰めている間に何だかエロい雰囲気になり、合体したのだろうとか想像したんじゃないか? そんなにうまくいくわけないだろう。エロ漫画の読みすぎだ。スティーブン・キングを読め。人生、そんなにうまくはいかない。
ライラとニーナを部屋に送っていき、俺は別室の質素なベッドで寝た。宿直室とはいえ個室だし、木の皮や落ち葉で作った野営地の寝床に比べれば、天と地の差がある。パーティーに関わったメンバーの人生に、リーダーは責任を持たなければならない。ライラとニーナをこれからどうすればいい? 何も妙案は浮かばなかった。ライラと結婚して、ニーナを俺たちの娘ということにすればいいのではないか?という調子のいい妄想をしている間に、深い眠りに落ちて行った。
◇
翌朝、お城の従業員食堂でメシを食ってから、スティーブンさんの屋敷へ向かった。屋敷は首都の北東部にある。馬車に乗りたくなる距離ではあるが、久しぶりに首都を見て回るチャンスなので歩いて行った。空き家が増えた印象を受ける。それでも、4年間も辺境を渡り歩いていた俺からすれば、首都のにぎわいは別格だった。人がいっぱいいて、さまざまな店があり、笑顔があふれている。ここにはまだ悲壮感はない。タイタンの「イースは近いうちになくなる」という言葉を思い出す。本当に? こんなにいっぱい人がいるんだぜ? 信じられなかった。
「お、ちょっと待って」
一軒の店の前で、俺はライラとニーナを止めた。ニーナはずっとテイラーの服を手直しして着せている。飾り気も何もない。このままでは印象がよくない。朝、城を出る時にシャインから「炎の神殿のクエストの報酬だ」と一枚の紙切れを渡された。見ると、王家の紋章とともに1年間は遊んで暮らせるほどの金額が書き込まれている。
「えっ、こんなにもらえるの?!」
目玉が飛び出しそうになった。そんな俺を見て、シャインはウフフッと面白そうに笑った。
「そりゃ、ザ・レジェンズでも攻略しきれなかった神殿をクリアしてきたのだから、それくらいもらって当然じゃない? 現金であげたら荷物になるかなと思って、小切手にしておいたわ。使ったことある? ギルドや主な街の道具屋で引き出せるわよ」
というわけで、俺たちは今、ちょっとした金持ちなのだ。立ち止まった店は、服屋だった。子供服を売っている。ニーナにかわいい服を買ってやろう。スティーブンさんの前に連れて行った時に「ほう、これはかわいい!」となるくらいに。
急いでハーディーを追いかけないといけないのに、子供服を選んでいたら小1時間ほど経ってしまった。子供服ってすごくたくさん種類があるんだな。あれもこれもニーナに似合いそうで、思った以上にたくさん買ってしまった。髪飾りも扱っていて、ニーナの耳をカモフラージュできるように、カチューシャを買ってやった。いきなりこんなに使って大丈夫か?という金額を支払う。早速、店の試着室で着替えさせて見ると、それはそれはかわいらしい女の子が登場した。
「ウオォ、なんだこれ! ニーナってこんなにかわいかったのか!」
「ク、クリス、これ、ヤバいよ!」
白いフリルがついたシャツに、尻尾が目立たない水色のフレアスカート。温かそうな紺色のタイツを履かせて、白いカチューシャをつけてみた。獣人耳はカチューシャの飾りに見える。なんだかモコモコしていて、かわいい! キュンキュンするって、こんな感じなのか?! 俺がニーナを抱き締めたい衝動と戦っていると、ライラがサッと抱き上げた。
「ああん、もう、たまんない! ニーナ、どうしてそんなにかわいいの?! もう、かわいい! かわいい! 大好き!」
ものすごい勢いでほおずりをしている。ニーナはされるがままだ。
「ちょっと、ライラ。俺にもちょっと、抱っこさせてくれよ」
「嫌!」
即座に拒否されてしまった。俺たちのやりとりを見ていた店員が「あら〜、素敵なファミリーだこと」と言いながら笑っている。家族に見えるのか、俺たちが。ならば、俺とライラは夫婦なんだな。
ライラはニーナを離さなかった。抱っこしたまま歩いている。「ほら、ママだよ、マーマ。ママって言ってみて?」と話しかけているが、ニーナはキョトンとしたままだ。とかやっているうちに、スティーブンさんの屋敷に到着した。
あ、懐かしい。
一応、石造りの壁があるのだが、門には扉はない。開けっぱなしなのは、忍び込めるものなら忍び込んでみろという意志の表れだ。赤茶色の煉瓦で作られた洋館は一見、3階建てに見える。しかし、入ってみればわかるのだが、実際は2階建てだ。1階の天井が通常の建物の2階にあり、屋内で壁を登ったり、壁に張り付きながら作業をする練習ができる。3階は生徒たちの寄宿舎だ。この建物は盗賊ギルド兼養成所。冒険に出かける盗賊や、その卵たちでにぎわっている。俺もここで先輩から罠の仕組みを学んだり、偵察の方法を教わったりした。リアルに冒険の現場に出ている先輩たちが教えてくれる生の技術は、本当に勉強になった。
「おお、クリスじゃねえか!」
受付窓口から声をかけてきたのは、ニコラスさんだった。チビで痩せたおっさんだ。こう見えてレベル70の冒険者でもある。ただ、歴戦の強者である一方、負傷も多く、右足の膝から下がない。なので、普段はこうやってギルドの受付を担当しているのだ。
「ニコラスさん、お久しぶり」
窓口に近づくと、ニコラスさんは手を出しだしてきた。それを握り返す。スッと指先で手のひらの内を探られる。盗賊の癖だ。何か隠し持っていないか、瞬時にチェックするのだ。
「ちょっとはたくましくなったみたいだな。何年ぶりだ?」
「4年ぶりですね」
ここで長話をしている暇はない。俺はまだ話し足りなさそうなニコラスさんを残して、先へと足を進めた。建物を抜けると小さな中庭があり、その向こうが俺が長年、寝起きしていたスティーブンさんの屋敷だ。同じく赤い煉瓦で作られた、堂々たる洋館。こちらは見た目通りの2階建て。ノックは不要で、重々しい木の扉を開けて屋内に入る。
「え、クリス、勝手に入っていいの?」
ライラが戸惑っている。
「いいの、いいの。ここは『忍び込めるものなら、忍び込んでみろ』という屋敷なんだから」
そうなのだ。何か貴重品に手を触れて持ち出そうものなら、即座に誰かに止められる。屋敷のなかには大勢の人が働いていて、全員が監視員を兼ねている。
「あら、クリスじゃない」
扉を入ったところの大広間には、3人の女性がいた。今は掃除の時間帯だ。みんなモップを手にして、石造りの床を磨いている。
「ジャンヌさん、ヘラさん、マリーさん、こんにちは。お久しぶりです」
俺が手を振ると、3人は口々に「クリスが帰ってきたわ」「まあ、久しぶり」とペチャクチャしゃべり始めた。ここで働いている人は、ガチの盗賊でなくても盗賊スキルの持ち主ばかりだ。この会話は、あっという間に屋敷内の全ての人の耳まで行き渡る。
「え、すごい。4年ぶりなのに、みんな名前を覚えているんだ」
ライラは目を丸くした。ふふん、そんなことで驚いているのか? あの3人だけではないぞ。俺は屋敷にいる全て人の名前を覚えている。物覚えがいいこと。これも盗賊スキルの一つだ。大広間を抜けて階段を上がる。左に曲がった正面にあるのが、スティーブンさんの仕事部屋だ。さすがにここはノックする。「はぁい」と女性の声がした。このほっこりする声は、ミランダさんだ。スティーブンさんの秘書の一人。俺はドアを開けた。
「あらまあ、クリス! おかえり!」
出迎えてくれたのは、そのミランダさんだった。長い金髪を後頭部でくくって、にこやかに微笑んでいる。ほっぺたがふっくらとしていて、大きな黒い瞳とあって、とても愛嬌がある顔をしている。そして、こういう顔立ちの人は大体、巨乳だ。青いシャツを2本のロケットが突き上げている。ミランダさんは俺のあいさつも聞かずに、有無をいわせず俺を猛烈な力でハグした。
「ぐっ! 苦しい、ミランダさん!」
「あらまあ、覚えていてくれたのぉ? うれしいわぁ!」
もう一度、強烈にハグされる。忘れるわけないだろう。いつもスティーブンさんのそばにいて、俺のことをすごくかわいがってくれた姉のような人なのだ。今年、38歳。まだ結婚していないのは、スティーブンさんのお気に入りの一人だから。そう。要するに俺の師匠の彼女なわけだ。
「クリスが帰ってきた!」
「わあ、本当だ! クリスだ!」
ミランダさんの後ろから、さらに2人、女性が顔をのぞかせた。こっちの黒髪ロングヘアーの美女が、ケイシーさん。こっちのふっくらしたブロンド美女はアンドレアさん。2人ともスティーブンさんのお気に入りだ。そう、要するに彼女。もうわかったと思うが、スティーブンさんがいまだに独身なのは、誰か一人に決められないからなのだ。モテモテのモテ期を永遠に楽しんでいるドンファン。盗むのは宝物ではなく、あなたのハート。そんな女癖の悪いおっさんが、俺の尊敬する師匠、スティーブンさんなのだ!
「おお、クリス! よく戻ったな!」
3人の彼女を押し退けて、背の高いおっさんが登場した。おっさんと言っているが、タイタンとは大違いである。イケメンだ。ウェーブのかかったブロンドの長髪、いつもきれいに手入れしているあごヒゲ。輝く大きな瞳に、太い鼻筋。もうすぐ70歳とは思えない、シャキッと伸びた背筋。袖まくりした白いシャツからは、たくましい二の腕がのぞいている。そう、これが俺の自慢の師匠。スティーブンさんは、俺をものすごい力でハグした。
「クリス! わが愛しい息子!」
「ぐ、ぐるちい! それに、息子じゃねーし!!」
この屋敷の住民は、みんなハグの力加減を知らない。




