君の名は、テイラー
長い髪を見れば女の子っぽいのだが、顔がひどい火傷で引きつれていて、断定できない。とりあえず〝そいつ〟ということにしておく。愛想笑いを浮かべて、声をかけた。
「あ、起こしてごめんなさい。見たところ、魔法使いさんのようですが、そうですか?」
そいつはしばらく眠そうに顔をこすっていた。何かのカスが顔と髪からパラパラと落ちる。ローブの下はダボダボの黒いシャツだった。下半身はローブに隠れて、何を着ているのか見えない。
「え……。そうだけど……」
そいつは、目をしょぼしょぼさせながら、やけにおどおどと返事をした。眼帯をしていない方の目でチラッと俺を見て、すぐに視線を逸らす。火傷でまぶたが垂れ下がっているので、白目の部分がほとんど見えない。
「実は今、ちょっと魔法使いさんを探していてですね。あるクエストを達成するために、魔法使いさんの力が必要で……」
話しかけると、そいつはまたチラチラと俺の方を見た。ボロきれだと思っていたが、近くでよく見ると、しっかりした作りのローブだ。汚れて毛羽立っているだけで、布地が分厚くて縫製が丁寧だ。きちんと手入れをすれば、見違えるものになるのではないか。
「要するにパーティーに入ってくれないかというお願いなんだけど、どうでしょう?」
いくらくれる?と言われたら、立ち去るつもりだった。この声、女の子だとすれば、こんな柄の悪いところで一人でいるなんておかしい。不自然だ。よほどのワケアリに違いない。男の子だとしても、まだ少年だ。いずれにせよワケアリにも程がある。声をかけてしまった手前、勧誘しているが、本来ならそんなやつ、こっちから願い下げだ。
こっちから、願い下げだ。
何度も言われて傷ついた言葉を、自分が言おうとしていることに気がついて、愕然とした。あれ? 俺は何を考えているんだ? どんなやつでもパーティーの仲間になってくれるのであれば、御の字ではなかったのか? 俺はそんなことを言える立場なのか?
と突然、そいつの腹がグゥ〜と鳴った。
なんだ、腹が減っているのか。ここで会ったのも何かの縁だろう。飴しか持ってないけど、分けてやるか。胸ポケットに手を伸ばしかけた、その時だった。
「……何か、食べ物は、持っているか?」
そいつがおずおずと聞いてきた。俺はうなずくと、飴を取り出して差し出した。
「こんなものでよかったら……」
そいつはスッと手を出して一瞬、ためらってから、かっさらうようにして俺の指先から飴を奪い取った。しばらくジッと眼帯のない方の目で見つめてから、ゆっくりと小さな舌を出して舐めた。
「……!」
半分、ひしゃげた目を見開くと、パクッと飴を口に放り込む。「むっ、むっ」と変なうめき声を上げて、途端に口の中でバリバリと噛み砕いた。
ああ、こいつは数年前の俺と一緒だ。18歳でスティーブンさんのところでの奉公を終えて、盗賊として社会に出た。だけど、経験ゼロの俺を受け入れてくれる親切な大人なんてどこにもいなくて、仲間を求めて首都からどんどん辺境へ行って、手持ちの金もなくなって、公園で野宿して。わけのわからないやつらとつるんで、冒険とはとても言えないような下らないことばかりして。
そして今も、まだ冒険者の底辺にいる。
食うや食わずだった1年目を思い出した。あれから必死になっていろいろなパーティーを渡り歩いて、金がないなりになんとか飲み食いに困らない知識と技術を身につけた。だけど、たぶんこいつにはそれもないんだ。かわいそうに。なんだか急に哀れになってきた。ついさっきまでヤバいやつを引いてしまった、逃げ出そうかと思っていたのが、嘘みたいだ。俺は未練がましく指先をしゃぶっているそいつを見つめて、腹を決めた。
「今はそんなものしか持っていないけど、野営地に行けば、もう少し食べるものがあるんだ。だから、一緒に来てくれないかな?」
さっきからやけにビクビクしている。怖がりなのかもしれない。俺はできるだけ優しく声をかけた。そいつは少し顔を伏せて、まだチラチラと俺を見て黙っている。
そうだ。まず名乗らないとな。
「俺、クリスって言うんだ。本当はクリストファーって言うんだけど、みんなクリスって呼ぶから、そう呼んでほしいかな」
手を差し出した。さすがに握手する時に、さっきのトラップは仕掛けてこないだろう。もし、わずかでもおかしな素振りがあれば、引っ込めればいい。そいつはしばらく俺の手を見つめて、それから俺の顔を見た。唇の横からまなじりにかけての火傷の跡が、痛々しい。伸び放題の髪と眼帯は、この傷跡を隠すためだろう。
「……テ、テイラー」
そいつはそういうと、おずおずと手を出して、握った。細い手の甲にも、赤く引きつれた火傷の跡がある。一体、どんな事故があえば、こんなことになるんだ。聞いてみたくて仕方がないのだが、体のことなので気安くは聞けない。
立たせてみると、改めてテイラーは女の子に見えた。履いているものがスカートのようだったからだ。紺色の分厚いフェルト生地をぐるりと腰に巻いていて、パッと見た感じはロングスカートのようなのだが、腰の部分がやけに分厚い。スカートにしては作りが変だ。俺は仕立て屋の息子なので、そういう細かいところに目が行ってしまう。
それはともかく、だからと言って女の子とは断定できない。魔法使いのなかには、男にもかかわらずスカートを履いているヤツが時々いる。とはいえ「テイラーは女の子だよね?」と確認するのはためらわれた。だって、そうだろう? 女の子に「女の子だよね?」って確認するのって、最高に失礼じゃないか? とはいえどっちつかずなのもアレなので、テイラーを女の子とみなして接することに決めた。どんな外見でも、女性である以上は丁重に扱わないとな。それもスティーブンさんの教えだ。
スティーブンさんは盗賊にしては大柄でダンディーで、年齢を問わず女性にモテた。屋敷にはたくさんの女性が働いていて、スティーブンさんが独身ということもあって、それはそれはモテモテだった。うらやましくて仕方なくて、ある時、思い切って「どうやったらそんなにモテるんですか?」と聞いてみた。スティーブンさんは俺の肩に手を置くと、きれいな琥珀色の瞳で俺を見つめて、ニヤリと笑った。
「クリス、女性にモテるのは簡単だ。ジェントルマン、要するに紳士であればいい」
「紳士? どういうことですか?」
意味がわからなくて、聞き返した。
「いいか、クリス。女性はみんな、どんなに若くても年を取っていても、お姫さまなんだ。だから丁重に扱わないといけない。敬意を払い、親切にして、手助けをするんだ。それが紳士ってもんだ。クリス、紳士になれ」
スティーブンさんは、改めて微笑むと、俺の肩をポンポンと叩いた。俺は言われた通り、屋敷で働いている女性たち、おばさんはもちろん、おばあさんにも丁重に接した。そうすると、ものすごくかわいがってもらえるようになった。同年代の女の子には恥ずかしくてなかなかうまく接することができなかったけど、年上の女性とは上手に付き合えるようになった。なるほど、紳士になるって、こういうことかと思ったものだ。
テイラーも見た目はひどいけど、丁重に扱ってやらないとな。そう思いながら足元を見ると、ボロボロのブーツを履いていた。右足はつま先が裂けて、これもボロボロの、おそらく元は白かったであろう、灰色の靴下がのぞいている。左足は外側が破けていた。こんなので冒険に連れて行って大丈夫だろうか。山の中を歩くのだ。せめて破れていないブーツを入手してやりたい。教会に行けば衣料品はサイズ次第ながら、無料で手に入れられることがある。使わなくなった服や靴を、信者が寄付しに来るからだ。それを教会が無料で配布する日があり、俺も何度もそれを使って古着とはいえ、清潔なシャツや下着を入手してきた。ただ、昨日の今日とあって、この街の教会には行きたくなかった。
ええい、仕方ない。改めてどこかでなんとかしてやろう。今は早くハーディーと合流して、この街を離れたい。俺はテイラーを促して、ハーディーがいる窪地に向かった。




