パーティーは解散だ
「あの人がタイタン?」
ライラが立ち上がって、今更ながらのことを聞いた。「魔術師ギルドのトップの人だよね?」。タイタンが去っていったガラス戸を指差して、俺に聞いてくる。
「ああ、そうだよ」
なんだ、ライラは会うのは初めてなのかな。タイタンがいなくなって、急に空腹だったことを思い出して、クッキーに手を伸ばす。
「クリス、雇われてるの?」
ライラは怖い顔をすると、俺の手をピシャッと叩いた。
「痛っ! なんだよ。そうだけど……」
タイタンに雇われていることが、悪いことなのか? 見上げるとライラはすごい目つきで俺をにらんでいた。
「いくら仕事がないからって、よりにもよってあんな人の仕事を請け負うなんて、それはないんじゃない? 見損なったわ」
腰に手を当てて、少し上体をかがめて俺を指差す。おっぱいがプルンと揺れる。そのポーズ、実に扇情的だと言うことがわかっているのか? わかってやっているなら、ライラは実に計算高い女だと言うことになる。
なんとなく言わんとするところはわからないでもない。タイタンは魔術師ギルドのトップで、ということはイースの魔術師のトップでもある。だが、評判はよろしくない。イースに非協力的どころか魔術師をみんな連れてキャルダモナに出て行って、そこで独立国を作ろうとしているともっぱらの噂だった。
さっき、それが本当だということを、本人の口から聞いたわけだけど。
教会は、そんなタイタンを批判した。多くの魔術師はイースの出身であり、女神の庇護を受けて成長したのだから、イースのために尽くすべきである。にもかかわらず、イースを捨てて他に故郷を作ろうとするのは、女神に対する造反以外の何者でもない、と。
ライラは教会の立場の人間だ。だから、タイタンに批判的だし、タイタンから仕事を請け負っている俺にも、腹が立つのだろう。だが、俺の立場から言わせてもらえれば、初めて俺が自分でコントロールできるパーティーを組んだところに、タイミングよくデカい仕事を卸してくれた人なのだ。評判はよくないし、実際に自分勝手で傲慢な雇い主だとは思うが、恩人とも言える。
「う……。まあ、俺も、仕事を選べるような立場じゃねえからさ……」
どう返事をすればライラの怒りを収めることができるのか少し考えたが、あまり気の利いたことが思いつかなかった。なので、少し目を逸らしながら、モゴモゴと言い訳をした。ライラは呆れたようにフン!と鼻を鳴らすと、腕を組んだ。そのタイミングで、カトンとドアが開く音がした。振り返ると、入ってきたのはシャインだった。
「みなさん、お待たせ。とりあえず、一段落したわ。どう? お腹空いてるんじゃない? エドワードとアフリートは食堂に行ったのよ。一緒にいかが?」
愛想よくニッコリと笑う。まじめな顔をしていると少し冷たい印象を受けるが、笑うと目尻が落ちて、かわいらしい。悪い人ではないのだろうと思った。笑顔に親しみを感じることができる人は大概、悪人ではない。
「んん〜……。メシか? 待ちわびたぞ」
ソファの上でコンティニュアスが大きく伸びをした。そのまま「ふわぁ〜あ」とだらしなくあくびをする。ライラはどこからかスカーフを取り出して、ニーナの頭に巻いた。断る理由なんて、一つもない。久しぶりに温かくてまともなメシが食えるのだ。俺たちはシャインに連れられて、食堂へと向かった。
「で、どうだった?」
シャインは廊下を歩きながら、悪戯っぽく笑った。
「どうって、何がですか?」
「エドワードよ。大変だったでしょ?」
シャインは目を細めて、俺の腕を肘で小突いた。そして「あの子、仕事となれば寝るのを忘れてやるんだから。一緒に旅をしたら、大変だったでしょ?」と言い直した。
ああ、なるほど。確かにエドワードが作った炎の神殿攻略スケジュールは、全く余裕がなくて、イケイケドンドンだった。温泉どころか水浴びをする時間もなかったし、食事が終わるや否や「行こう」と立ち上がるので、後片付けが大変だった。俺が「ちょっと待ってくれ」とブレーキを踏まなければ、誰かが過労で倒れていたかもしれない。ただ、俺はエドワードがそういうやつだと知っていたので、それほど驚きはしなかった。
「はい。でも、リーダーは俺だったんで。俺のペースでやらせてもらったんで、それほど大変ではありませんでした」
そういうと、シャインは目を丸くした。
「へえ! 君、エドワードをコントロールできるんだ!」
ポンポンと肩を叩くと、そのままガシッと肩を組まれた。突然、年上のお姉さんに抱きかかえられて、ドキッとする。俺はおばさんとおしゃべりするのは得意なのだが、こういう年の近い女の人は苦手なのだ。だって、恥ずかしいだろう。あ、ライラは除くな。
「ねえ、どうすればいいの? あの子、私の言うことは全く聞いてくれないんだけど、何かコツがあるのかな? お姉さんに教えてよ!」
「え? コツ?」
とかやっているうちに、食堂に着いた。おお、これがお城の食堂か。めちゃくちゃ広いではないか。天井が教会のように高く、広々としている。横長の机が並べられていて、お城で働いている人たちがめいめいグループになって、わいわいと食事をしていた。
「おーい、こっち、こっち!」
エドワードが手前のテーブルで、立ち上がって手を振っている。その隣にアフリートがいた。すでに食っている。ここはビュッフェ形式で、アフリートの前に置かれた大皿にはパスタや肉や魚などが、こぼれんばかりに盛り付けられていた。それをフォークでガツガツとかき込んでいる。俺の顔を見ると「おお、クリス! お前も食え!」と口をいっぱいにしながら言った。
「待たせたね。まあ、食事でもしながら話そう。みんなも好きなものを取ってきて」
エドワードが苦笑いしながら言った。その前には、飲みかけのコーヒーカップが置いてある。
「エドは食べないの?」
ライラが聞いた。
「ああ、ちょっと食欲がなくて。気にしないで。あとで食べるから」
エドワードに促されて、俺たちはビュッフェのスペースから、食べたいものを選んだ。いや、それにしてもこれは目移りするな。パン、パスタ、米もある。米は水がたくさんないと作れないので、最近では貴重品だ。肉料理もフライドチキン、ローストポーク、ビーフステーキとあらゆる種類がそろっている。魚料理はフライとクリームソースをかけたものだ。色とりどりの野菜料理も、どれも美味しそうだ。
ハーディーはここで働いている人たちには異様な存在に見えるのか、チラチラと視線を感じた。ただ、気にしているだけで、陰口を叩いたりしている雰囲気がないのは、ありがたかった。エドワードの客だということで、一目置かれているのかもしれない。席に着くと、エドワードは「さて」と言って、笑顔で小さく手を叩いた。
「食べながら聞いてくれ。結論から先に言う。僕らはフェンネルに行く」
ローストポークをフォークに突き刺して一瞬、固まった。やはり、アフリートを戦場に連れて行くんだな。
「最初の僕の計画では、アフリートにはヴァジリに行ってもらうつもりだった。停滞している戦局を打開してもらうためにね。でも、フェンネルの方が大変になった。緊急を要するのは、フェンネルだ」
笑顔が消えていく。真剣な表情になる。
「フェンネルが陥落すれば、もう首都まで待ったなしになってしまう。まず、フェンネルを救う。できればクーメンも奪還したい。ヴァジリはその後だ」
そこまで一気にしゃべると、エドワードは拳で口を抑えて、小さく咳払いした。言葉が途切れるタイミングを待っていた。俺は、質問した。
「さっき言った〝僕ら〟って言うのは、どこまでを指すんだい」
そうだ。今、ここには俺とハーディーとライラとニーナとコンティニュアスがいる。正直、フェンネルを防衛するために行くのならば、アフリートとエドワードだけでいい。少なくともライラとニーナを、そんな危ないところには連れて行けない。エドワードはスッと目を細めると、物でも数えるかのように、俺たちを次々に指差した。
「クリスと、ハーディーと、あとコンティニュアスかな」
ホッとした。ライラとニーナもと言われたら、反対するつもりだった。
「クリスとハーディーは、アフリートからのご要望だ。2人は一緒に来てほしいって、本人が言っている」
エドワードは肘をテーブルにつき、指先を合わせてニコッと笑った。
「そうだ。2人はついてこい。テイラーがお前たちに来てほしがっているからねえ」
アフリートはトマトソースや肉の脂で汚れた口の周りを、ローブの袖で無造作に拭いた。やめなさい。ローブが汚れる。
だが、もう一度、ホッとした。俺はタイタンから、アフリートを見張るように言われている。もしエドワードかアフリートから「ついて来るな」と言われたら、こっそり後をつけないといけないので、面倒だなと思っていた。だが、これで堂々と同行できる。
「出発はいつだ?」
フライドチキンをほおばりながら聞いた。エドワードはうーんと伸びをする。茶色い瞳の下に、クマができている。肌が白いので目立つ。エドワードもかなり疲れている。
「もう今夜中に出るよ。装備は炎の神殿に行った時と同じでいいでしょ? むしろ今回の方が人間の住む街に行くんだから、準備は何もなくてもいいくらいだ」
大きなあくびをしながら、メチャクチャなことを言い出した。
「ちょっと待ってくれ。俺たちは神殿から帰ってきたばかりでヘトヘトで、休まないといけない。それに、ニーナをスティーブンさんのところに預けないと」
これから訪ねて行くのは、気が引けた。なにしろもう夜だ。かつての教え子とはいえ、4年も姿をくらませていた弟子が押しかけていい時間とは思えなかった。
「クリス」
エドワードは改めてテーブルに肘をつき、指を合わせた。
「神殿のクエストは終わった。パーティーは一度、解散だ。だから、君はもうリーダーじゃない。僕は君の指示には従わない」
伏せていた目を、俺に向ける。ゾッとした。あの、なんでもやるエドワードの狂気を含んだ目つきだった。
「君たちが休みたいなら、明日の朝に追いかけてくればいい。僕とアフリートは今夜のうちに首都を起つ。悪魔は夜に活動する。今頃、フェンネルに迫っているかもしれない。一分一秒でも惜しい」
有無を言わせぬ口ぶりだった。即座に反論できなくて、困ってハーディーを見た。ハーディーは先ほどから、ほとんど食べていない。サラダを少し口に運んだくらいだ。
『クリス殿、拙者が一緒に行くでござる』
ハーディーは少し身を乗り出した。
「えっ」
待ってくれ。それでは俺とハーディーが離れ離れになるということじゃないか。急に不安になる。さっきエドワードに「パーティーは解散」と言われて、ハーディーはどうするのだろうか、もしかしたらハーディーも俺から離れていくのではないかという不安が芽生えていた。それは困る。俺たちはこのパーティーを最初に結成した2人じゃないか。
『その代わり、ニーナを拙者が安心できるところに預けてきてほしいのでござる。それから、追いかけてきてほしいのでござる。テイラー殿と一緒に、クリス殿が合流するのを待っているのでござる』
ハーディーはそう言って、ニーナを見た。ホッとした。ハーディーに「クリス殿とはここでお別れでござる」と言われたら、どうしようかと思っていたのだ。まさかそんなことはないだろうと思いつつ、はっきりと言葉で伝えてもらうまで、不安だった。
「わかった。ありがとう、ハーディー」
俺はフォークを置くと、立ち上がって向かい側に座っていたハーディーの腕に触れた。
『なんの。クリス殿と拙者は相棒でござろう。困った時は手分けするのでござる』
ハーディーは俺の手を握った。うれしくて、涙が出そうだった。任せてくれ、ハーディー。ニーナをスティーブンさんに預けて、すぐに追いかけるからな。




