シャイン
イースに戻る道中は退屈しなかった。アフリートが絶え間なくおしゃべりしていたからだ。魔族四天王の一人というから、どんなに恐ろしい化け物なのかと思っていたが、全くそんなことはなかった。よく笑い、よくしゃべるお姉さんだ。大笑いすると周囲に火の粉を撒き散らすが難といえば難だったが、数日間、一緒にいる間に、俺はなんとなくアフリートに親近感を覚えるようになった。
「それで、お前たちは何なのだえ? 家族なのか? 人間には家族というものがあるんだろう?」
質問攻めだった。ものすごく好奇心が強くて、あれもこれも聞いてくる。物知りなのかと思っていたら、人間のことはあまり知らないようだった。
「いや、俺たちは家族じゃない。ここにいる連中はパーティーと言ってだな。一緒に冒険をする仲間なんだ」
夜、野営地で見張りをしている間、ずっと話しかけてくる。俺が眠った後は、エドワードやハーディーに話しかけているらしい。
「仲間?」
「そう。同じ目的を達成するために集まってきた人間のことを、仲間って言うんだ」
「ほほう。あたしは友達という言葉を知っているが、仲間と友達は何か違うのか?」
「うーん。似ているけど、ちょっと違う。友達は一緒にいないこともある」
一晩中、俺やエドワードを質問攻めにして、昼間は荷台でスヤスヤと眠っていた。体がものすごく熱いので、近くにいるとまるで暖炉があるみたいだった。食事の時間だけ起き出してきて、ものすごい量のメシを食う。テイラーも大食いだったが、アフリートはそれ以上によく食べた。
「食べないと魔力が維持できない。メシを減らすようなら、お前たちの誰かを食わないといけないねえ」
ニヤニヤと笑いながら、洒落にならないことを言う。俺は腕を奮って毎回、大盛りならぬドカ盛り料理を作った。幸いにアフリートは、何を作っても「美味い、美味い」と好き嫌いせずにペロリと平らげてくれた。
アフリートは世界のあちこちを見に行きたがっていた。もう何百年と生きているらしいのだが、寄生体という生態なので、どうしても自分が思うように行動できなかったという。
「エドワードが言っている仕事とやらが終わったら、あたしを一緒に冒険に連れて行ってくれないかい? まだ行ったことがないところがいっぱいあるんだ。クリスは海は見たことがあるかい?」
なかでもアフリートが「是非とも一度、行ってみたい」と熱望していたのが、世界の果てという場所だ。人間にも伝承や神話があるように、魔族にも同じようなものがある。人間よりもずっと長命の魔族もいつか命が尽きる時がきて、死ぬとその世界の果てへと行くらしい。その名前の通り、ずっとずっと歩き続けて、世界の端まで行けばたどり着くのだそうだ。死なないと行けないのではないか?と思うのだが、アフリートは「まだ誰も行ったことがないだけで、行けないと決まったわけではない」という。なんとも壮大な話だ。
そんな話をしていると、魔族と話していることを忘れてしまう。こいつ、俺と一緒なんだ。まだ知らないところへ行って、見たことがないものが見たい。その純粋な好奇心こそ、冒険者の真髄そのものだ。
一方で、こいつはテイラーの体を乗っ取っている。まずはその問題をなんとかしないと。テイラーにはテイラーの人生があり、寄生体だからといって、テイラーを好き放題にする権利は、ない。と俺は思う。
「一緒に冒険に行くのは構わないけど、その前にテイラーの体を返してほしいな。テイラーは俺の大事な仲間だから」
「わかったよ。クリスが代わりの体を探してきてくれたら、いつでもこの子を返してやってもいいよ」
ケロッと当たり前のように、難しいことを言う。「俺の仲間が魔族に体を乗っ取られたので、代わりにあなたの体を差し出してやってくれませんか」なんて頼んで「OK」というやつなんていない。どうすればいいんだ。
ニーナについては、一筋の光明が見えてきた。ライラが用を足しに行ったり、料理を手伝っている時、ハーディーがニーナの面倒を見ていた。そして、見事に手懐けた。抱っこしたり肩車したりしている。ニーナは人間の子供のようにキャッキャと騒ぐことこそないものの、ハーディーの肩の上で顔をほころばせた。このおっさん、テイラーの警戒心も初見で解いてしまったし、一体どんな手を使っているんだ? そんなハーディーが言い出したのだ。
『ニーナは、拙者が世話をしてもよいでござるよ』
ある夜の野営地だった。ライラの隣で眠っているニーナを見つめながら(仮面をかぶっているので実際に見ているのかどうかはわからないが、そのように見える)、ハーディーはそう言った。
「えっ……」
横になってはいたが、まだ起きていたライラが反応した。
『ライラ殿は修道院の仕事があるのでござろう? それに、教会にこの子は連れて行けないのでござる。魔族との混血など、教会がいかに慈悲に満ちているとはいえ、入れてくれないのでござる』
まあ、そうだろうな。俺もそう思う。教会にとって魔族は敵なのだ。よくてつまみ出される、最悪、殺されるだろう。ライラは毛布をはいで起き上がってきた。
「まあ、確かにそうだけど……」
複雑な表情をしながら、スヤスヤと気持ちよさそうに眠っているニーナの髪を優しく撫でた。
『拙者、こう見えても、こうなる前は父親でござった。子育ての経験はあるのでござる。人間でも魔族でも、小さき者を育てることは、それほど大差ないと思うのでござる』
そうか。それでテイラーとも簡単に打ち解けたんだな。自分より年上だろうと思っていたが、子供がいる年齢だと想像したことがなかったので、少し驚いた。
『もちろん、クリス殿がOKだったらという条件付きなのでござるが……』
悪くないとは思った。ただ、これからアフリートと一緒に魔族を懲らしめに行って、その後はパンゲアに万物の源を取りに行くのだ。冒険の連続だ。そんな小さな子供を連れていける余裕があるだろうか。いや、ない。ハーディーがニーナを守りながら戦うところを想像する。戦闘力は2割は下がるだろう。
「申し訳ないけど、リーダーとしては賛成しかねるな。冒険はまだまだ続くし、そんな危ないところに、ニーナみたいな子供は連れて行けねえよ」
俺がそういうと、ハーディーとライラはシュンとして口をつぐんだ。
「まあ、そうがっかりすんなよ。俺に考えがある」
『どうするのでござるか?』
焚き火がパチンを爆ぜる。火花が静かにフワッと立ち上って、俺が指につけている幸運の指輪にキラッと反射した。焚き火の向こうでは、いつも通りアフリートがエドワードを質問攻めにしている。教会の話を聞いているようだ。泉の女神のことを根掘り葉掘り聞いている。その隣にコンティニュアスがいて、2人のやりとりをニヤニヤしながら見ていた。
誰も不幸にはしない。パーティーのメンバーの人生に、責任を持つ。これもスティーブンさんの教えだ。ありがとう、わが師匠。そして、これからもお世話になります。奉公を終えて屋敷を出てから、一度も顔を出したことはなかった。俺が冒険者としてこれといった成功を収められず、報告することが何一つなかったからだ。だけど、今は違う。
「俺の師匠、盗賊王スティーブンさんに預かってもらうんだ」
「え!」
ライラが目を丸くした。
これはわれながら名案だ。スティーブンさんは一応、教会の信奉者ではあるが、多くの冒険者がそうであるように、それほど女神様を信じていない。現場で最後に頼りになるのは信仰ではなく、信念だとよく言われた。
『スティーブン殿は、ニーナのような存在はOKなのでござるか?』
ハーディーが身を乗り出して尋ねてくる。俺は笑みを浮かべてうなずいた。
「うん。きっと大丈夫だ。スティーブンさんは女神様をリスペクトしているけど、魔族を心底、毛嫌いしているわけじゃない。『魔族にも話のわかるやつはいる』と言っていたことがある。だから、きっとニーナのことも、受け入れてくれるはずだ」
ライラは起き上がって、俺のそばまでやってきてしゃがみ込んだ。
「えっ、本当? 本当に大丈夫なの?」
目が真剣すぎて怖い。そこまで念を押されたら、自信がなくなってくる。
「いや、本当に大丈夫かと言われたら自信がないけど、きっと大丈夫だよ」
冷や汗をかきながら、にじり寄ってくるライラをなだめる。これで「嫌だ」とスティーブンさんに言われたら、どうしよう。俺はライラに引っ叩かれるかもしれない。とりあえずイースに戻ったら、スティーブンさんの屋敷に行ってみよう。全てはそれからだ。
テイラーのことを忘れたことは1秒たりともなかったが、そんなこんなでアフリートがすっかりパーティーの一員として溶け込んだ頃、俺たちはイースに帰還した。城に到着して馬車を止めてゾロゾロと廊下を歩いていると、向こうから金髪の背の高い女性が早足で歩いてくる。ベージュのジャケットに深緑色のスカートという派手さを一切、排除した地味な服装をしているのだが、どちらも生地がよく、仕立てもしっかりしていて、掃除係などの身分の低い人には見えなかった。何より雰囲気が高貴だ。シャキッと背筋が伸びて、歩き方がきれいだった。
「エドワード!」
女性はエドワードを見つけると、駆け足になって近寄ってきた。切長の目に通った鼻筋。まぶしいほどに輝く長い金髪が目を引く。瞳の色は淡いグリーンで、典型的な北国人の美人だった。俺の好みではないが。
「シャイン! ただいま」
エドワードはニコッと笑って小さく手を上げた。
「みんな、紹介しよう。こちらはシャインだ。僕と同じく、マリシャに側近としてお仕えしている。担当は宗教、医療、軍事、内政、外交と幅広い」
それって全部じゃないのか。そんなことより、明らかに年上のお姉さんを呼び捨てにしている馴れ馴れしさが気になる。それに姫のことも呼び捨てだ。エドワードと彼女らの距離の近さを感じて、なんだか複雑な気分になる。
「みなさん、ごきげんよう。話は姫様から聞いています。今回はご苦労さまでした」
シャインは両手をへその前あたりにそろえて、きれいなお辞儀をした。顔を上げて、ニッコリと微笑む。顔の周囲にキラキラと輝いてる何かが見える。間違いなく美人だ。
「おお、すごい美人だねえ。美味そう」
アフリートがジュルリとよだれを垂らした。シャインはそれを無視してエドワードの方を向いて、キッと表情を引き締めた。
「そんなことより、エドワード。大変よ、クーメンが陥落したの」
「「えっ!」」
俺とエドワードが同時に声を上げた。シャインはエドワードの腕をつかむと「時間が惜しいわ。さあ、早く来て」と連れて行こうとする。よく見れば、女性なのにやけにガタイがいい。エドワードはシャシンに引っ張られて、体がフワッと浮いた。
「ああ、ちょっと待って! アフリートは僕と来て! 他のみんなは、いつのも客間で待っていて!」
エドワードが「そんなに引っ張らないで」と言っているのに、シャインは容赦なくエドワードをズルズルと引っ張って、すごい勢いで廊下の中ほどにある階段を上がって行った。その後をアフリートがスキップしながら追いかけていく。俺たちは呆然として見送った。
『何やらきな臭いでござる』
ニーナを抱きかかえたハーディーが、つぶやいた。




