ニーナ
イースに戻る馬車の中で、エドワードはアフリートに事情を説明した。人間が魔族の侵攻によって絶滅の危機に瀕していること、魔族を撃退するために味方になってほしいこと、などなど。
「あたしは魔族なんだえ? 魔族のあたしに、魔族を退治する手伝いをしろと?」
アフリートはニヤニヤ笑っている。エドワードは「そこを何とか!」と土下座した。
「アフもあそこに入る前には、悪魔どもに痛い目に遭わされたんだろ? 敵の敵は敵って言うじゃねえか」
人型形態に戻ったコンティニュアスが、耳の穴をほじくりながら言った。言葉の使い方が少し違うような気がするが、言わんとするところはわからないでもない。今は服を着ている。馬車の荷台で球体から戻った時に素っ裸だったので、アフリートが爆笑していた。
「まあ、そうだねえ。改めてアフリート様ここにありと知らしめるためにも、魔族どもをちょっと懲らしめてやってもいいかもしれないねぇ」
アフリートは、妙にねちっこい話し方をする。酒場で働いているお姉さんみたいだ。子供みたいな外見のテイラーがそんな話し方をしているので、ギャップの激しさで尻がモゾモゾする。
「あと、本当はアフリート様には僕の体を差し出すつもりだったんです。なので、できればこっちに移ってきていただければ……」
エドワードは愛想笑いを浮かべながら、もみ手をしてお願いする。アフリートはプイと横を向くと「嫌なこった」と吐き捨てた。
「えっ、どうして……?」
「だって、この体が気に入ったんだもの。なかなかいいよ、この子は。あんたより、よほど魔力の純度が高いねえ。器は小さいけど、これならなかなかいい魔法が使えるよ」
アフリートは愛おしそうに自分の胸に手を置いた。いや、自分じゃない。それはテイラーの体なんだけど。気安く触るな。
魔力は人によって、持っている量が違う。その量を、魔術師たちは器という。例えば、「1」しか入らない器の持ち主であれば、魔法は1回しか使えない。だが、「10」の器の持ち主は10回、続けて使える。器は生まれ持ったもので、訓練して大きくできることがある。それ以外にも、アフリートも言った純度(濃度という人もいる)というものがある。純度が高ければ高いほど、強力な魔法が使える。
「ねえ、あんたたち、正気なの? 本当にあれをイースに連れて行くの?」
キリコが膝を抱えてつぶやいた。
キリコは冒険者だった。だったというか、今も冒険者だ。エクストラという名前のパーティーのメンバーで、職業はこんなに華奢なのに剣士。レベルは認定30だという。エクストラは魔術師ギルドがあるキャルダモナのギルドに所属していて、主にギルドから仕事を請け負い、薬草や魔法具の原料となる鉱石を探しに旅に出かけていた。その最中に獣人に捕まり、生贄として捕らえられていたのだそうだ。
「キャルダモナって待遇、いいの? 最近、よくそっちに拠点を移している人が多いんだけど」
俺はキリコの質問を無視して、御者台から聞いた。
冒険者にとって待遇がいいとは、報酬がいいのはもちろん、適した仕事を斡旋してくれるとか、休暇をきちんと取らせてくれるとかいうことを指す。最も待遇がいいのは、もちろん首都イースだ。だが、イースから人間の居住地外へ行くのは遠く、イースを拠点にしているのは、それこそ王家や大きな教会から仕事を請け負う、名の知れたパーティーばかりだった。俺みたいなしょぼい冒険者は、地方都市に行って仕事を探す。もちろんイースに比べれば報酬は安いし、選べるほど仕事はない。食っていくためには矢継ぎ早に冒険に出かける必要もあり、休みも取れないことが多い。
キャルダモナはロリアンドーロ亡き今、魔術師たちの本拠地だ。イースから移転した魔術師向けの図書館や研究所、ギルドがある。彼らの活動を支えている冒険者も多数いて、仕事があって報酬もいいと聞いていた。
「待遇、待遇、ねえ……」
キリコは膝にあごを乗せると、目を細めて憂鬱そうな顔をした。寒そうだったので、ライラの服を貸している。ジャケットの肩にフケが落ちていた。こいつも絶対に長いこと、風呂に入っていない。あまり匂いはしないが、洗ってやりたい要求に駆られる。
「いい面もあるけど、悪い面もあるね」
キリコはそこまで言って、言葉を区切った。悪い面は容易に想像がつく。自分以外のメンバーがみんな生贄に捧げられるような、危険な仕事をやらされるということだ。それはすなわち、パーティーの力量をきちんと把握せずに仕事を割り振っているということを意味している。
ギルドの仕事は、ただ単にクエストを斡旋するだけではない。それが、手を挙げたパーティーの力量に適しているかどうかを判断するもの、ギルドの役目だ。駆け出しの連中にいきなり「ドラゴンを退治しろ」なんてクエストを渡しても、全滅するに決まっている。
「報酬はいいよ。仕事もたくさんあるしね。でも、たくさんある分、どんどんやらされている感はある。なかには割の合わない仕事もあったよ。今回みたいにね」
やっぱりな。
もう少しレベルが上がったら、俺もキャルダモナに拠点を移すのもアリかなと思っていた。仕事がたくさんあるということは、経験をたくさん積めるということだからだ。ハーディーと一緒なら、簡単には死なないだろう。そこまで考えて、そういえば俺はもう、キャルダモナの一番、偉い人からクエストを預かっていたなと思い出した。
パンゲアに万物の源を取りに行く。
エドワードは、アフリートを首都に連れて行って女王様に紹介したら、その足で魔族と小競り合いが続いている辺境に行って、アフリートに魔族を追っ払ってもらうつもりだと話していた。それは別に構わないのだが、いつになったら俺たちの仲間であるテイラーを返してくれるのか? もしかして、テイラーはずっとアフリートのままなのか?
アフリートは狼族の集落を離れてすぐ「腹が減った」と言い始めた。「誰でもいいから一人食わせろ。そこの太った女がいい」とライラを指差したので、ハーディーがあわててリュックから干し魚を取り出して、口にねじ込んだ。「こんなものでは足りない」と言いながら、ペロリと2匹分、食べてしまった。
「首都に着いたら、最大限のおもてなしをさせていただきますから」
エドワードは、またもみ手をしてゴマを擦っている。ライラは憮然とした顔をしていた。
キリコはとりあえずイースまで連れて行って、そこでおさらばすることになった。この後、どうするのか?と聞くと「キャルダモナに戻る」という。改めてどこかのパーティーに入れてもらうのだそうだ。まあ、その時はエクストラとか、しょうもない名前のパーティーはやめておいた方がいい。
で、問題はこいつだ。
俺はライラとの間にちょこんと座っている子供に目をやった。確かにキリコが言う通り、この子は獣人との混血っぽかった。人間の耳があるべきところになく、獣人のようにもっと頭部の上の方にある。そして、髪と同じ灰色の毛に包まれた尻尾を生やしていた。
「女の子だわ」
男の子に見えたが、違った。ライラが下着の中を確認して、断言した。名前なしではどうにも収まりが良くなかったので、仮にニーナと呼ぶことにした。ライラがつけた。命名の理由を聞くと「なんか、ニーナっぽいでしょ?」と言う。
キリコによれば、あそこに放り込まれた時から、ニーナは牢屋にいたらしい。それ以外は一切、不明。本人も全くしゃべらない。ただ、こちらの言っていることはわかるみたいで、ライラが呼べば寄ってくるし、座れと言えば素直に座っている。メシの食い方が、汚かった。なんでも手づかみ。キリコが言うには、これも最初からそうだったらしい。
人間の子供であれば即刻、孤児院行きだ。しかし、見た目からして明らかに人間の子供ではない。クルッとした目がかわいらしいのだが、孤児院に連れて行けば、間違いなくいじめの対象になるだろう。だが、そこ以外、どこか行き先があるか? チラッと考えたことがある。タイタンに預けてしまうのだ。珍しい魔族と人間の混血だ。もしかしたら解剖して殺してしまうかも知れないが、最もニーナを有効に活用してくれそうに思えた。だが、口にはしなかった。ライラが思った以上にかわいがっていて、そんなことを言えば確実に殴られるだろうから。
「いいのか? ライラ的にはこれは許していいことなの?」
コソッとライラに聞いてみた。ライラは教会の人間だ。魔族は敵だと強く信じて生きてきた。その魔族と人間の混血など、忌まわしいの極みではないのか。ライラは俺をジロッと睨んでから目を伏せて、フーッと深いため息をついた。
「そりゃあ、教会的には許されることではないと思うわ。だけど、この子の親にこそ罪はあっても、この子に罪はある?」
そう言って、ニーナの頭を撫でた。
どうするつもりなんだ。修道院に連れて帰るのは無理だろう。ライラはテイラーに対する態度を見ていても、母性が強すぎる。自分より立場の弱い者を見れば、全力で助けに行く。それは悪いことではないが、危うさも含んでいるように思われた。
「じゃあ、どうするの?」
こんなこと聞いてどうするのかと思いつつも、聞かざるを得ない。ライラが困っているのなら、俺も何か力になりたい。
「今、一生懸命考えてる」
ライラはそういうと、マントを脱いでニーナの頭にかぶせた。髪の間からツンと見えていた耳が隠れる。これで尻尾も上手く隠せば、人間と偽れないこともない。




