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アフリート

 「みんないるか?」


 今更ながら、メンバーを見渡した。そういえばさっきからコンティニュアスがついてきているか、確認していなかった。見回すとハーディーの隣にいた。相変わらず腰巻一丁だ。テイラーはもうすっかり落ち着いたみたいで、ライラに抱きかかえられている。蟹は追ってこない。階段が狭くてあの大きさでは進入できないだろう。


 俺が調べる前に、エドワードがさっさと広間に入ってしまった。小走りで炎が掲げられている石柱の近くまで行く。


 「これだ。これがアフリートだ……!」


 瞳を輝かせて見つめているが、危なくて仕方がない。その石柱に何か仕掛けられていたら、どうするんだ? 今頃、命はないぞ。さっきから気になっているのだが、石柱の前に長方形の台座がある。形といい大きさといい、棺桶を連想させる。広間はこの石柱と台座以外はガランとしていて、見た感じでは何もない。他に見るべきものがないので、みんな石柱の周りに集まってきた。


 「これがアフリートだよね?」


 エドワードは目をキラキラさせながら、満面の笑みでコンティニュアスに聞いた。


 「ああ、そうだよ」


 コンティニュアスはニヤッと笑って、あごを撫でた。首を少し傾げて「何百年かぶりの再会だ」としみじみとつぶやく。


 「さて、ここからが問題だ。アフリートは寄生体だ。これをどうやって体に取り込めばいい? 普通に口に入れればいいのかな?」


 エドワードは石柱の周りをぐるぐると回って、縦横斜めから観察した。興味があるのか、テイラーもついて回っている。


 「寄生体って言っても、彼女にも意思があるからな。寄生する相手を選ぶし、寄生したくないやつには、寄生しないし」


 コンティニュアスが説明した。エドワードは目を丸くして「どうやって相手を選んでいるんだ?」と独り言のように言った。


 アフリートはエドワードに任せておこう。俺はハーディーとライラと一緒に、広間を調べることにした。調べる前に、ライラがハーディーの傷を治療してくれた。まだ魔力が回復していないので、普通に薬を使って。


 どこかに脱出口はないか? だって、あの階段から外に出ようとしたら、巨大蟹が待ち構えているんだぞ。来た道は通りたくない。別ルートがあれば、そっちを使いたかった。周囲の壁や床には、それらしきところはなかった。となると、あの台座だ。いかにも生贄を乗せる台のように思える。調べてみると、ガタガタと細かく動く。何か仕掛けがあるのではないか? ハーディーにも試してもらったが、ガタガタするだけで移動するとか、パカッと開くとか、そういうことはなかった。


 『これは、また蟹のいる中を、突っ切って帰るしかなさそうでござるな』


 ハーディーも同じことを考えていたようで、小さくため息をついた。


 「仕方ないな。それよりハーディー、痺れたり気持ち悪くなったりしていないか? 見たことがない蟹だったから、毒を持っているかもしれない」


 俺はさっきから気になっていたことを、聞いた。初めて出会う魔族……魔族というか、魔物だな。だった。あんなデカい蟹、見たことがない。どんな攻撃をしてくるのか。見た感じは爪で襲いかかってくるだけだったけど、毒を持っているかもしれない。


 『大丈夫でござる。ライラ殿に治療していただいたので、全く問題ないのでござる』


 ハーディーは力こぶを作った。


 「そうか。それならいいんだけど。あと、あれからすごい魔力が出ているんじゃないの? アンに変身しちゃわない?」


 アフリートを指差した。あれは魔族の四天王なのだ。俺にはわからないが、ハーディーからアンが飛び出してくるほど、猛烈に魔力が吹き出していてもおかしくない。


 『それも大丈夫でござる。少し胸がチクチクは致すものの、姫が出てくるほどではなさそうでござる』


 ハーディーは自分の胸に手を当てた。いやいや、大丈夫って言っているけど、それちょっと怖いな。こんなところで、急にアンに変わらないでくれよ。そう思いつつ、改めてアフリートのいる石柱の方を見る。エドワードが手を伸ばして触ろうとしていた。だが、見た目の通り熱いのか「熱っ!」と言って手を引っ込めた。


 「やっぱり熱いのか?」


 テイラーがエドワードに聞いた。


 「うん。そうだね。何しろ鉄を溶かす炎と言われているくらいだから。そこらの焚き火とは、ちょっと違うね」


 エドワードは苦笑いして「さて、どうしたものか……」と腕組みをした。それを見てコンティニュアスがニヤニヤ笑っている。


 「ふっ、旦那。どうやら、あんたはアフリートの好みじゃないみたいだぜ」


 「えっ、そうなの?」


 エドワードがコンティニュアスの方を振り向いた瞬間、テイラーがスッと手を伸ばしてアフリートをつまんだ。そう、つまんだのだ。果物屋の店頭で、りんごのヘタをつまんでつまみ上げるように。


 「あ! 持てた!」


 テイラーは興奮して、小さな叫び声を上げた。次の瞬間、フッと炎が消えた。急に広間が暗くなる。さっきまで天井がぼんやりと明るかったのに、それも瞬時に消えた。真っ暗闇になって、視界を失った。


 まずい!


 死の恐怖に襲われて、本能的に隣にいたハーディーの腕をつかんでしゃがんだ。ヤバい。あまり準備せずにこの階層に入ってきて、あまり環境を把握できていないうちに、いつ殺されてもおかしくない状態になってしまった。早く視界を回復しなければ。ハーディーは隣にいる。ライラは? テイラーはどうなった? エドワードとコンティニュアスは無事か? ここからテイラーまでどれくらいの距離がある? 一瞬でさまざまなことが脳裏を駆け巡る。俺は目を閉じて、開いた。


 ぼんやりと見える。さっきほど明るくないが、石畳が見えた。ただ、色が違う。青白かったのに、オレンジ色になっている。光源の位置も変わっている。天井一面が光っていたのに、今はどこか一点から明かりが出ている。顔を上げると、石柱の前にテイラーが立っているのが見えた。何が明るいのかと思えば、テイラーが光っているのだ。正確にはテイラーの肌が。ローブからのぞいている首から上、手首から先が、ぼんやりとオレンジ色に光っていた。


 な、何だ? 何が起きた?


 「みんな無事か?」


 とりあえず声を上げてみた。すぐ隣でハーディーが『テイラー殿が……!』とつぶやく。ライラの息遣いが聞こえる。テイラーの向こう側でエドワードが目を丸くしている。返事はないが、死んではいないようだ。その隣にコンティニュアスがいる。薄暗くて表情はうかがえない。


 「無事……?」


 聞き慣れない声が聞こえた。女の声だ。テイラーの方から聞こえてくる。テイラーが、俺の方に振り向いた。


 えっ、誰だ?


 一瞬、混乱してわけがわからなくなった。振り向いたのは、俺の知っているテイラーではなかった。見慣れたローブを着て、見慣れた三角帽をかぶっているが、テイラーではない。テイラーはこんな目つきをしていない。何より、こんな雰囲気ではない。何がどう違うのか説明するのが難しい。目を固く閉じて、大きく開く。モシャモシャの巻き毛、火傷の跡で引きつれた顔。そこにいるのは、間違いなくテイラーだ。だけど、違う。これはテイラーではない。


 テイラーの肌が、光っている。いや、よく見れば光っているのではない。燃えているのだ。輪郭がゆらゆらと陽炎のように揺れている。さっき神殿の外で見た〝炎のカーテン〟と全く同じだった。テイラーはしばらく俺に冷たい目線を送っていたが、興味を失ったようにエドワードの方に向き直った。そして、いつもの甲高い声ではない、低い落ち着いた声で言った。


 「あんたは一体、誰だえ?」


 エドワードは一瞬、呆気に取られた表情をしたが、すぐにサッと一歩下がると、ひざまずいた。


 「私はイース王国王女、マリシャ・イースの家臣、エドワードと申します。王女の命により、あなたをお迎えに上がりました」


 ひざまずいたまま、顔を上げる。


 「炎の女王、アフリート様」


 テイラーは、しばらく身動きしなかった。右を見て、左を見て、エドワードの向こうに立っているコンティニュアスに目をやる。


 「コニーか? なぜ裸なんだい?」


 テイラーは一歩、踏み出した。コンティニュアスは決まり悪そうに腰のマントを巻き直すと、頭をボリボリとかいた。


 「まあ、いろいろあってな。それに、裸じゃない。ちゃんと腰巻をつけている」


 テイラーはもう一度、ぐるりと広間を見回した。再び俺と目が合う。改めて確信した。これはテイラーではない。別の人物だ。となると、これがアフリートなのか? テイラーは、アフリートに寄生されてしまったのか?


 「コニー、なぜ人間がいるんだい?」


 テイラー……いや、アフリートと呼んだ方がいいかもしれない……は不思議そうに尋ねた。


 「うむ。説明すれば長くなるが、今、俺は故あって人間の持ち物だ、アフリート」


 コンティニュアスは、ついにはっきりとテイラーを「アフリート」と呼んだ。エドワードが膝をついたまま、コンティニュアスの隣へと移動する。


 「アフリート様、どうか、われわれ人間に力をお貸しください。われわれを滅亡から救うために、あなたの力が必要なのです」


 エドワードは、今まで見たことがないほど真剣な表情でアフリートに話しかけた。


 「どうなってんの。まさか、テイラーはアフリートに寄生されてしまったってこと?」


 いつの間にか隣にやってきていたライラが、俺の耳元でささやく。生暖かい息が吹きかかって、ゾクゾクする。


 「あたしにこの体を持ってきたのは、お前たち人間なのかい?」


 アフリートはエドワードに聞いた。エドワードは首を縦に振って「はい」と答える。アフリートはしばらく虚空を見つめて何か考えごとをしていたが、「ああ、いろいろと思い出してきたよ」とつぶやいた。


 「わかった。コニーが人間の味方になる時代なんだ。それに、この体は悪くない」


 アフリートは独り言を言ってうなずくと、つかつかと台座に近づいた。パッと手をかざすと、ガランガランッと大きな音を立てて、台座が床に向かって沈んで行った。……。そうか。スライドするんじゃないんだ。下に押し込めばよかったのね。


 「そうと決まれば、長居は無用! 行くよ、人間ども!」


 アフリートがサッと手をひと振りすると、空中にシャンデリアのような炎の輪が出現した。ライラが「わぁ」と驚きの声を上げる。アフリートは台座が沈み込んでできた長方形の穴の中に、ピョンと飛び込んだ。


 「あ、待って!」


 エドワードがあわてて後を追う。あっという間に、その姿は床に開いた暗い穴の中に消えてしまった。おいおい、どうなってるんだ。展開が早すぎてついていけない。「行こう」。俺はライラとハーディーを促すと、棺桶のあった場所に近づいた。しゃがみ込んでのぞき込むと、下に向けて傾斜になっている。


 『どこに続いているのでござろうな』


 ハーディーがつぶやいた。確かにどこに続いているのだろう。だが、今はそれを気にしている場合ではない。アフリートことテイラーとエドワードは、これを降りて行ってしまったのだ。早く追いかけないと。


 「行くしかねえ。行くぞ!」


 俺は短剣をベルトに差し直すと、覚悟を決めて穴に飛び込んだ。

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