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囚人たち

 「た、たすけて」


 おばさんというほど、年を取ってはいない。ただ、長い間、閉じ込められていたのだろう。やつれた表情は、実際の年齢以上に老けて見えた。黒くて長い髪はボサボサだ。元は白かったであろう、くすんだ灰色のワンピースを着ていた。そこからのぞく腕や脚も薄汚れていた。寒そうだ。いや、それよりもこの人、東方人だぞ。珍しい。


 この人間世界には、ざっくりと3種類の人種がいる。最も多いのは俺やエドワードやライラ、テイラーを含む北国人だ。肌はどちらかといえば白く、髪の色は茶や赤や金だったりする。俺とエドワードはチビだけど、男も女も背が高くて、ガタイのいい人が多い。西域人は肌が褐色で、髪の色は黒だ。チリチリの巻き毛の人が多く、ハーディーはおそらく西域人の血が入っている。ハーディーは改造人間なのでデカいけど、基本的に北国人ほどガタイは大きくない。そして、東方人。これは東の山岳地帯に住んでいる人々で、髪は黒い直毛で、肌の色は黄色というか、薄い褐色だ。男も女も体が小さく、そもそも人数が少なくて、イースではあまり見かけない。


 「もう大丈夫よ。すぐに出してあげるから」


 ライラが声をかけて鉄格子に近づこうとしたので、俺は手で制した。「何よ。すぐに出してあげて」と怖い目をしてにらむので「トラップがないか確認してからだ」と言い返してやった。そうだぞ。不用心な。


 トラップはない。鍵も複雑なものではない。そこで寝こけている狼族が、鍵を持っているかもしれない。だが、そんな必要はない。俺の自前の解錠キットで開けられそうだ。これはスティーブンさんからもらった便利な道具の一つで、長短、薄厚さまざまな鉄の棒が8本で一組になっている。鍵の仕組みを勉強済みの盗賊ならば、この棒のいずれかで大概の鍵は開けられた。


 だが、その前に。


 「あんた、何者だ。なぜ、ここにいる」


 そう。素性のわからない人間を牢屋から出すわけにはいかない。狼族の捕虜が、全て俺たちの味方であるとは限らない。耳元でライラが「何言ってるのよ、早く!」とささやいているが、無視した。


 「私は……生贄として、ここに捕らえられているのです……」


 衰弱しているのか、女の声は小さい。胸元に手を当てて、必死で声を絞り出す。隣でライラがヒュッと息を吸い込む音が聞こえた。


 「そんなことは聞いていない。ああ、そうか。すまなかった。俺の名前はクリスだ。あんたの名前を教えてくれ」


 「そうじゃないでしょ!」


 ライラの手刀が俺の脳天にめり込んだ。


 「痛いな! だけど、まずは名乗るところからスタートだぞ!」


 頭をさすりながら、声を潜めて言い返す。


 「違うわよ! その前に、この人、大事なこと言ったじゃない。生贄なんでしょ? じゃあ、早く助け出してあげないと!」


 ライラも声を潜めているが、顔を寄せ合って話しているので、苛立ちは十分に伝わる。気持ちはわかる。だけど、生贄だからって、すぐに出してやるわけにはいかない。


 「この村には生贄の風習があるの?」


 俺たちの後ろに立っていたエドワードが、割り込んできた。ゾッとするような冷たい声だ。エドワードは時々、この声音で話す。


 「は、はい……。私の仲間たちは一人、また一人と生贄に捧げられて……。私が最後の一人になってしまって……」


 女は鉄格子を握りしめたまま、うつむいた。最後の一人? 嘘をつけ。あんたの後ろにもう一人、いるじゃないか。子供が。暗闇に潜んでいて姿がはっきりと見えないが、俺はこの建物に入った時から、俺たちのことをじっと見つめている視線を感じていた。


 「仲間ということは、あなた、冒険者なの?」


 ライラが聞いた。女はハッと顔を上げる。


 「はい。ああ、そうだ。私、キリコです。私の名前は、キリコ」


 「キリコさんね。で、そっちの奥にいるのは誰?」


 俺は牢屋の奥を指差した。そこは窓から差し込む月明かりが届かない。完全に影になっている。だけど、誰かいる。体の大きさから言って、子供のように思えた。


 「ああ、彼は……。わからないんです。話せないので……」


 キリコは何やら少し気まずそうに言った。


 「生贄はどれくらいの周期で捧げられているの?」


 背後からまたエドワードが聞く。俺の隣でしゃがみ込んでいたライラが、バッと音を立てて立ち上がった。


 「あのねえ、あんたたち!」


 声を潜めようともしない。驚いてライラと見る。明らかに怒りの表情を浮かべていた。


 「名前だとか周期とか、そんなことどうでもいいから、早くこの人を牢屋から出してあげなさいよ! いろいろ聞くのはそれからだわ! まずは自由にしてあげないと、話せることも話せないでしょ? 馬鹿なの?!」

 エドワードに詰め寄って、くるっと振り返ると俺にも詰め寄った。つかみかからんばかりの勢いだ。「いや、でも」。俺が反論しようとした、その時だった。


 「出してどうするのさ」


 エドワードが冷たく言い放った。ライラは思わぬ答えだったのか、ウッと言葉に詰まった。


 「僕らはこれから炎の神殿にアタックするんだ。一人でも戦力がほしい時に、そんな衰弱した人を連れていく余裕はないよ。ライラも見ただろう? あの崖の上まで行くんだぞ」


 エドワードは普段はとても優しくて、穏やかな青年だ。だけど時々、この目つきをする。冷徹な、それこそ悪魔のような目。目的のためには、身内でも殺しかねない冷たい目。その目で、ライラを見つめた。


 「で、でもっ。ここに置いていくわけには、いかないし……」


 大抵の人は、あの顔のエドワードに言われると、言葉を失ってしまう。なんとか言い返せただけでも、ライラは立派だ。さすがは付き合いが長い幼馴染だけある。


 「じゃあ、どうしろって言うの? こうやって言い争っている時間すら、無駄なんだ。僕らは早くアフリートを回収して、この敵地の真っ只中から脱出しないといけない。その人を連れて、それができるの? それに、一人じゃない。あの子も連れて、だ」


 エドワードは牢屋の隅の暗闇を指差した。ライラが目を向けるのとほぼ同時に、小さな影が月明かりのなかに這い出してきた。少年だった。5、6歳くらいだろうか。こちらも痩せていて、血色が良くない。灰色という、珍しい髪の色だ。肌は白く、瞳は茶色だった。この子もくすんだ色のワンピースを着ている。ワンピースなのに少年だと判断したのは、顔立ちが男の子っぽく見えたからだ。


 「あ……」


 ライラは少年を見て小さく声を上げて、しばらく固まった。それから唇を強く噛み締めて、うつむいた。少年は俺たちから見えるところまで出てきて、牢屋の真ん中あたりで立ち止まった。茶色の瞳を丸くして、俺たちのことをじっと見ている。キリコは何が恐ろしいのか、鉄格子に体を押し付けるようにして、少年から遠ざかろうとしていた。


 ん……。なんだ、これ。この子、なんだか変だぞ。具体的に何がというわけではないのだが、どうもおかしい。


 「ライラ、無理だよ。この2人を連れて神殿まで行って帰ってくるなんて、無理だ」


 エドワードはズボンのポケットに手を突っ込んだ。例の〝眠り笛〟を取り出すと、またスカーと鳴らす。


 「じ、じゃあ、私がこの2人を馬車まで連れて行って、そこで待ってる」


 ライラはすがるような目つきで、エドワードを見て、俺を見た。


 「ダメだ」


 俺が言おうとしたことを、先にエドワードが言った。


 「それでは前衛が一人、欠けてしまう。僕に万が一のことがあった時に、バックアップできるメンバーもいなくなってしまう」


 今回のライラの役割は、ハーディーに続く前衛兼エドワードのバックアップだった。前に出て戦えて、なおかつ防御や回復魔法が使える。俺やテイラーでは代わりを務められない。


 「ライラ、後で必ず戻ってくるから」


 俺は背中を丸めて泣きそうになっているライラの肩を、ポンポンと叩いた。こんなブチギレ寸前というか、悔しそうなライラを見るのは初めてだ。人助けを生業としている修道女だから、キリコたちを一時的にとはいえ、見捨てていくのは許せないのだろう。


 「許せない……。こんなの、ひどい。生贄だなんて……」


 ライラはギリギリと音がしそうなくらい、強く唇を噛み締めた。


 「え……。ちょっと待ってください。まさか、ここに置いていくつもり?」


 キリコは鉄格子に食い込むのではないかと思うほどすがりついて、俺たちの方に手を伸ばした。


 「ごめんなさい……。必ず戻ってくるから」


 ライラは血を吐きそうな勢いで、絞り出した。俺は鉄格子の前にしゃがみ込んだ。


 「キリコさんよ、助けてもらう立場なのに、そんな言い方はないだろう。あんたも冒険者なんだろ? ただで助けてもらえるなんて、そんな調子のいいこと考えてないよな?」


 「えっ?」


 キリコは目を見開いて驚いた。冷たいことを言っているようだが、その通りなのだ。実際にこのセリフを言う時が来るとは、思ってもいなかった。


 「クリス、冒険者はお人好しではダメだ」


 スティーブンさんに、何度も教えられたことだった。困っている人を助けてもいい。だけど、見返りを必ず求めろ。冒険者は毎日が命がけだ。ただで人助けをしている余裕なんて、ない。


 「クリス……!」


 背後からライラの明らかに怒りのにじんだ声が降ってくる。


 「助けてやったら、俺たちに何をしてくれる?」


 「あ、じ、じゃあ、情報を!」


 キリコは唾を飛ばして大声を上げた。


 「生贄は月に一回です!」


 「ほう」


 背後でエドワードが感嘆の声を上げた。おそらく目を丸くしているに違いない。


 「ええっと、ええっと、それから……」


 キリコは指を折って何かを数え始めた。だが、スッと出てくる情報はそれくらいらしい。


 「ここには狼族しかいないのか?」


 これは確認しておきたかった。獣人の村だということで、エドワードは今、魔力消費が少ない眠りの笛を使っている。だが、これは獣人以外には効きにくい。悪魔だとかオークだとか、他の種族がいれば厄介だ。


 「ええっと……。たぶん、そうです……。狼族以外は見たことが、なくて……」


 キリコはしどろもどろになり始めた。


 「すみません……。捕まってすぐにここに入れられて、ほとんど外のことはわからないんです……。月に一度、生贄を連れていくということくらいしか……」


 ガックリとうなだれてしまった。茶色い瞳の少年は、その背中をじっと見つめている。この不気味な子供は何なんだろう。さっきからひと言も発しない。


 「ボクも、待っててね。後で助けにくるから」


 ライラが鉄格子越しに声をかけても、チラッと視線を向けただけだった。


 「もういいや。行こう。これ以上、ここに時間をかけるわけにはいかない」


 エドワードに促されて、俺たちは牢屋の建物から外に出た。テイラーはドアからずっとのぞき込んでいたようで「あの人たち、連れて行かないのか?」とライラに聞いた。ライラは唇を固く結んでうなずくと、なぜか俺の後頭部を平手で引っ叩いた。パーン!と大きな音がする。


 「痛いな! 何するんだよ!」


 「何が痛いよ! 男なら我慢しなさいよ!」


 鼻の穴をふくらませて怒っている。その向こうでテイラーが「グフェ。夫婦漫才が始まったぞ……!」とニヤニヤしていた。

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