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守り人の集落

 馬車まで戻ると、エドワードが「クリス、エントを見たか!」と興奮している。ああ、見た見た。俺も興奮した。だが、エドワードほどではない。ライラによれば「よせ」と言ったのに一人で追いかけて行ったらしい。


 「あんな至近距離で観察できたのは初めてだ! 意思の疎通を試みたけど、できなかった! 無視されただけなのか、それともこちらの声が聞こえなかったのか……」


 腕組みをして何やらメモを見ている。もうそんなことどうでもいいから、早く行くぞ。集落にどこまで接近できるかわかったので、興奮冷めやらぬエドワードを馬車に押し込んで、そばまで移動した。今夜はここで野営して、明日の早朝に襲撃する。襲撃と言っても眠ってもらうだけなのだが。


 さっさと寝なければいけないのに、興奮して眠れなかった。エントを見たからじゃない。明日、炎の神殿にアタックするからだ。〝底なし〟に続いてクリアすれば、ザ・レジェンズが途中で引き返した場所を2つも踏破することになる。我ながらすごい。今まで全くうまくいかなかったのに、急にこんなにトントン拍子にいっていいのか?


 俺の幸運の女神はハーディーとテイラー、どっちだろう。テイラーに出会えたのはハーディーを助けたからだ。だから、どっちかといえばハーディーなのだろう。その中にいるアンかもしれない。眠れないので起き上がった。ハーディーを見ると、すやすやと眠っている。アンはハーディーが寝ていないと言っていたが、しっかり寝ているじゃないか。ライラとテイラーは馬車の荷台で眠っている。こっそり覗きに行くと、いつも通りテイラーがライラの腹の上に足を乗せて眠っていた。


 焚き火のそばに行くと、見張りのエドワードとコンティニュアスがお茶を飲んでいた。


 「何、眠れないの?」


 エドワードがニコッと笑って話しかけてくる。「飲む?」と言いながら、火にかけているポットを取り上げた。エドワードとライラが参加して、俺たちの食事事情は一気によくなった。こうやってお茶を飲むこともできる。エドワードから熱いお茶が入ったコップを受け取りながら、火のそばに腰掛けた。


 「お前は、本当に脳天気なやつだな」


 コンティニュアスがニヤリと笑った。


 「なんだよ、急に」


 意味がわからない。確かに何に付けても前向きだとは思うが、脳天気ではない。むしろ、いつも最悪の事態が起きることを想定して動いている。


 「だって、俺はずっと、お前が『コンティニュアスも一緒に来てくれるよな?』と確認するだろうと思っていたんだぜ。ところが、ここまで一切、なし。俺が『アフリートを回収しに行くなんて、ヤダ!』って言い出すとは思わなかったのか?」


 ああ、なるほど。そういうことか。確かにアフリートを回収しに行くのは、コンティニュアスにとって面倒なことかもしれないと考えたことはある。だけど、こいつはアンのことが気に入っていて、アンの行くところ、すなわちハーディーの行くところについてくるのだから当然、来ると思っていた。


 「コンティニュアスは、アフリートのところに行くのは、嫌なのか?」


 改めて聞いてみた。なぜかエドワードがアハハ……と気まずそうに笑う。コンティニュアスは頭を抱えて「フー。やれやれ」とため息をついた。


 「全く。旦那から説明してやってくれよ」


 コンティニュアスはエドワードに振った。いつの間にかハーディーだけではなく、エドワードも〝旦那〟になっている。


 「嫌じゃない。むしろ、会いたいらしいよ、アフリートに」


 エドワードはそう言って、お茶をひと口、すすった。


 「そうなんだ。コンティニュアスは、アフリートとは知り合いなのか?」


 俺が聞くと、コンティニュアスは忌々しさと、懐かしさが入り混じった、少し複雑な表情をした。


 「知り合いっちゃ知り合いだな。俺をあの穴倉に叩き込んだ連中の一人だよ」


 ほほう、そうなのか。ちょっと面白くなったので、冷やかし気味に続けて聞いた。


 「そりゃあ、恨み骨髄になんとやらってやつなんだろうな」


 「まあ、そんなところだ」


 何か反発してくるかなと思ったが、コンティニュアスは穏やかな顔をして、意外に素直にうなずいた。


 「コニーは本来は魔王の所有物なので、魔族の四天王よりも上位の存在らしいよ。だけど、よってたかって半分こにされて、封印されてしまったんだって」


 エドワードが捕捉する。エドワードは移動中や野営の見張り当番をしている時に、よくコンティニュアスと話していた。俺はコンティニュアスとはメシの話しかしないが、エドワードは魔族の話をよく聞いていた。


 「じゃあ、コンティニュアスが『一緒に来い』とか『戦え』とか命令したら、アフリートはその通りにしないといけないのか?」


 「まあ、1対1ならな」


 俺の問いに、あまり面白くなさそうな顔をして返事をする。いや、それってすごいことじゃないか。魔族の四天王に指示できるんだぞ。と、俺は不意に思い当たることがあった。


 「なるほど! コンティニュアスがいるから、アフリートを手に入れられるんだな!」


 ポンと手を叩く。


 「やっとわかったかい。そういうことだよ」


 エドワードがニコッと笑った。


 アフリートを回収する。アフリートは寄生体なので、誰かに寄生しないと移動できない。そこで、エドワードが自分の体を差し出す。そのままではアフリートに心身を乗っ取られるかもしれない。だが、コンティニュアスがこちら側にいれば? コンティニュアスが指示を出している限り、アフリートは好き勝手できない。


 「それにコンティニュアスは協力してくれるの?」


 俺が聞くと、コンティニュアスは「うーむ」と難しい顔をしてうなった。エドワードは「大丈夫だよ」と笑っている。


 「いや……。人間に思ったように使われるのは癪ではあるが、アフリートには痛い目に遭わされたから、仕返ししてやりたい気持ちもある……。難しいな……」


 困った顔をして、頭をボリボリとかいた。迷っている。道具の癖に、人間臭いやつだ。


 「まあまあ。前回は魔王のために働いて、今回は人間のために働いて。仕える相手が変わっただけじゃないか。ねえ、コニー」


 エドワードは、コンティニュアスの肩をポンと叩いた。コンティニュアスは「う、うむ……」と少し顔を赤くしている。なんだぁ? もしかしてこいつも、エドワードの人たらしなところにやられたのか? さっきからコニーと呼ばれているのに、嫌がらないし。俺はちょっと呆れてしまった。


 「ま、まあ……。旦那と話すのは、面白いからな……。旦那はよ、たぶん、いい魔王になると思うぜ?」


 何やらしどろもどろになっている。エドワードはアハハと快活に笑いながら「僕は魔王には、ならないよ」と言った。


   ◇


 翌朝。というか、まだ夜中に起き出して、馬車を置いて集落へ向かった。例によってエドワードに気配を消す魔法をかけてもらう。しかし、集落に見張り番はいなかった。前日に俺とテイラーが最も近づいた場所を通り抜けて、あっさりと内部に侵入した。


 エドワードは懐から小さな笛を取り出した。獣人を眠らせる笛らしい。口にくわえて吹いても、音は出ない。スースーと空気が漏れる音ばかりが伝わってくる。だが、この人間には聞こえない音が、獣人たちを眠らせるのだという。幸いなことに、月が出ていて明かりは必要なかった。俺を先頭にエドワード、ハーディー、テイラー、ライラと続く。コンティニュアスは球体に戻って、ハーディーのリュックに入っていた。


 「これ、本当にみんな眠っているのかしら? あまりにも簡単すぎるわ」


 ライラのつぶやきが聞こえる。確かに俺もそう思う。集落に入ると、向こう側に見えていた崖がはっきりと目の前に見えてきた。すごい高さだ。修道院の尖塔の上までくらいあるだろう。そのてっぺんに、月明かりに照らされて青白い、四角い建物が浮かび上がっている。あれが炎の神殿か。


 「神殿の守り人とはいえ、長い年月が経って世代が代われば、緊張感もないんじゃないかな。見張りもいないみたいだし」


 エドワードが笛から口を離して言った。アフリートが炎の神殿に安置されたのは、数百年前のことだと言われている。イースに王立の図書館があり、歴代職員たちが古文書を編纂して『イース史』という歴史書を作った。これが現在、最も詳しい人類史だ。参考程度に魔族たちの歴史も記されており、魔王は数百年前に魔族によって倒され、その後、四天王は各地に散らばったと書いてある。アフリートは役目を終えたため、炎の神殿に安置されている……とか書いてあったはず。ごめん。魔族の歴史のことは、よくわからない。エドワードに聞いてくれ。


 崖を見上げる。真っ直ぐではない。神殿に向かってオーバーハングしている。


 「見張りがいないとはいえ、みんな、用心を怠るな」


 空気が緩んできたので、声をかける。敵地のど真ん中を進んでいるのだ。大丈夫だなんて、微塵も思ってはいけない。ふと俺の耳が、異質な音を捉えた。なんだ? かすれた声だ。寝静まった村だと思っていたが、違う。


 「止まって」


 俺は振り返って手で制した。ピンと緊張感が走る。耳をすます。どこかから声が聞こえる。ハーディーにも聞こえたのか『クリス殿、声が……』と言いかけた。


 「た、たす、けて……」


 人の声だった。助けを求めている。


 「こっちだ」


 俺たちは、集落のど真ん中の通りを歩いていた。声は右手から聞こえる。木造の家の角を曲がり、集落の奥へと向かう。神殿に近づくにつれて、崖が覆いかぶさってくる。月明かりがさえぎられて、暗い。目をこらして、声のする方へと進んだ。


 「ここだ」


 たどり着いたのは、石造りの建物だった。他の家屋と違い、窓が極端に小さい。家というより、倉庫という感じだ。ドアは木製だった。割と簡単に鍵は開いた。ハーディーとテイラーと外で待たせて、俺とライラとエドワードで侵入した。窓から差し込む月明かりで、牢屋だとわかった。鉄格子がはまっている。ツンと異臭がした。風呂に入っていない匂いだ。手前のスペースに大柄な狼族が一人、倒れている。魔法で眠っているのだろう。


 「た、たすけて」


 鉄格子に、痩せた女がしがみついていた。

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