魔法使いを探しに行こう
朝になると単身、クーメンの街に戻った。ハーディーは少し離れた野営地に残していった。野営地と言っても、別の窪地に移動しただけなんだけど。出発する前に、芋煮を作ってやった。山中で掘り出した芋を泉で汲んできた水で煮て、塩で味付けしただけの質素なものだ。それでも何もないよりかはずっとましだった。
「あはあ、あ」
大きな体にもかかわらず、ハーディーは芋を小さくちぎって、ゆっくり噛み締めながら食べた。もっとガツガツと食べるかと思っていたので、意外だった。それにしても、山はいい。知識さえあれば、食べられるものがたくさんある。魔族と遭遇する危険がなければ、ずっと山で生活しても構わないとさえ思っていた。
「あんたとのコミュニケーションをもっと円滑にしたいし、宝探しとなれば2人では心許ない。魔法使いを探してくる。いいか、もし追っ手が来たら、遠慮なく逃げてくれ。縁があったら、また会えるだろう」
そう言い含めると、ハーディーは素直にうなずいた。ここは思った以上に泉の近くだった。この辺りの山中の地図は大体、頭に入っているつもりだったが、迂闊だった。泉が近いということは、他の人間や魔族が近くにやってくるということだ。最悪、彼らがハーディーと出くわすかもしれない。俺が留守の間、身を潜めておくには、あまりいい場所ではなかった。移動したのは、そのためだ。
前日のことがあったので、遠回りをして街の反対側からクーメンに入った。目指すは街の南側にある公園だ。宿に泊まる金がなくて、野宿している冒険者が必ずいる。魔法使いがいるかどうかはわからないけど、まずはそこへ行ってみよう。
冒険者を探すのであれば、酒場に行けばいいのにと思うかもしれない。確かに、酒場に行った方が、仲間を探している魔法使いに出会う確率は高い。だが、そういうやつらは、金がかかる。「仲間に入ってくれ」と言うと「1日、いくらくれる?」と価格交渉が始まる。残念ながら今、金を持っていない。公園で野宿している冒険者も金を要求してくるが、食い物で代替できることが多い。金よりも、まず空腹をなんとかしたいと思っている連中が圧倒的に多い。
その分、公園にいる冒険者は、たいがいはワケアリだ。以前の俺のように全くの未経験者だったり、犯罪者だったり、性格に難があったり。ハズレを引く可能性は多分にあった。だが、無一文であること以外にも、公園に向かった理由はあった。そんなワケアリの追い詰められたやつらの方が、ハーディーのことを治安担当に垂れ込まないと思ったからだ。公園にいるやつらは大体、治安担当と仲良くしたくない理由を持っている。
公園に到着すると、やはり野宿している冒険者がゴロゴロいた。木陰にぼろ布を敷いて寝ている者、ベンチに腰掛けて空を眺めている者、数人で集まって何やらカードで遊んでいる者。そんなことをしている暇があったら、人を集めてギルドに行ってクエストをもらってくればいいのにと呆れてしまう。いやいや、そんなことより、自分のこと。魔法使いを探さなきゃ。木陰や藪をのぞき込みながら、魔法使いを探した。魔法使いは大体、それらしいローブを着ているのでわかる。彼らも勧誘してほしいので、わかりやすい服装をしてアピールしていることが多い。
最初に見つけた魔法使いは、汚いおっさんだった。草むらで三角帽子を半分くらい顔にかぶって、いびきをかいて眠っていた。無精髭にシミだらけの口周りを見ただけで、あまりいい印象は受けない。ローブから太鼓腹がはみ出して、上下に揺れている。そして、やけに酒臭い。これは金がなくて野宿しているのではない。酒に金を突っ込んで、身を持ち崩しているのだ。これはダメだ。次。
次に見つけたのは、ベンチに座っていた不機嫌な顔をしたおばさんだった。でっぷりとした腹を突き出して、股をおっ広げてタバコを吸いながら座っている。一応、ローブを着て三角帽子をかぶっているが、パチもんのようにペラペラの生地で、色も妙に紫がかっていて、胡散臭かった。俺が見ていることに気づくと、ジロリとにらんで「で、いくら出すんだい?」と人差し指と親指で輪っかを作って、凄んだ。これもダメ。次。
ところが、なかなか次が見つからない。もしかして、あの2人のどちらかを選ばなければならないのか……と絶望的な気分になった頃、公園のはずれにある噴水の脇に、ボロきれのようなものが丸まっているのを見つけた。いや、よく見れば魔法使いのローブに見えなくもない。それにしても、小さいな。俺も小柄だけど、俺よりも小さい。女か? 近づこうとして、足を止めた。
おかしい。不自然だ。
こんなに小さな人間が、こんなにガラの悪いところで一人で眠っているなんておかしい。女であれば今頃、男どもに襲われている。男であっても、襲われている可能性は高い。そういえば、スティーブンさんに聞いたことがある。魔法使いは眠っている間、自分の体の周囲に防御魔法を張り巡らしていることがあると。これは、それではないのか?
俺は足元に落ちていた小石を拾うと、ボロきれに向かって軽く投げてみた。小石は普通にボロきれにポソッとぶつかって、コロコロと地面に落ちた。いや、これだけでは安心できない。足元を見回す。落ち葉。木の枝の切れ端。こんなものじゃない。もっと、別のものだ。目を上げる。噴水。噴水だが、水はチョロチョロとしか出ていなかった。水不足の影響が、こんなところにも出ている。丸い水場には落ち葉やゴミが溜まっていた。だが、水は澄んでいてきれいだ。
俺は噴水に近づくと、両手で水を掬い上げて、パッとボロきれに向かってかけてみた。バチッ!と何かが爆ぜる嫌な音がして、水が弾かれて四方八方に飛び散る。思わず顔をそむける。かけたところを中心に、ふわっと煙が立ち上った。やはり。安易に触れば、ただでは済まない仕掛けがあった。
「ん、ん……」
俺が水をかけた音で目が覚めたのか、ボロきれは小さく寝返りを打った。どうやらローブを頭からかぶって眠っているようだ。赤い巻き毛がモソッと端からはみ出してきた。
「あの、すみません」
俺は少し近寄ってしゃがみ込むと、声をかけてみた。反応はない。もう少しにじり寄って、声を大きくした。
「あの! すみません!」
ボロきれがモゾモゾと動く。
「うぅん……。なに……?」
少年の声に聞こえた。起き上がってくる。モシャモシャの赤い巻き毛が伸び放題で、あちこちに何やら茶色い泥のような汚れがこびりついている。フワッと漂う異臭。ハーディーと同じく、こいつも長らく風呂に入っていないのは間違いない。
小柄で髪が長く、あの声なので、女の子であろう。ただ、浮浪者の少年はこんな感じでボサボサの髪をしていることがあるので、女の子と決めつけるわけにはいかない。そもそも声が幼いだけで、俺よりも年長かもしれない。変な先入観は持たないぞ。その人物は起き上がって座り込むと、目のまわりをゴシゴシとこすった。前髪の隙間から顔が部分的に見えた。それを見て、ギョッとした。
なんだ、これは。
右目は大きな黒い眼帯で覆われている。そして、他の部分はひどい火傷の跡があった。ほおはもちろん、目元や口元も火傷の影響だろう、引きつれて、醜く歪んでいる。ヤバいヤツに声をかけてしまったかもしれない。だが、「すみません」と言ってしまった以上、いきなりここを立ち去るのも失礼だ。それに、見た目がアレなだけで、もしかしたらさっき会った2人の魔術師よりはマシかもしれない。
俺は意を決して、そいつを勧誘してみることにした。




