偵察
どこまで行けば、炎の神殿を守っている集落に着くのだろう? 道は次第に広くなり、両脇は針葉樹の深い森になって、馬車を隠すところが少なくなってきた。集落までの距離は検討がつかなかったが、馬車を隠せるところを見つけて一度、止まることにした。
「じゃあ、様子を見てくるわ」
俺はリュックを背負って、ベルトに短刀を差しながら、ぐるっとメンバーを見回した。ハーディーがリュックを手に『拙者も行くでござる』と言った。
「いや、ハーディーはいい。体が大き過ぎて、見つかってしまう」
ハーディーは一瞬、固まった。ひと息ついて『しかしながら、一人で行くのは危のうござる』と食い下がってくる。そりゃそうだ。冒険で単独行動は基本、禁止だ。常に2人以上で行動して、問題が発生した時にバックアップできるようにしておかないといけない。
「じゃあ、テイラーが行ってやろうか?」
テイラーが、後ろ頭で手を組んで聞いてくる。おお、自分から名乗りを上げるとは思わなかったぞ。
「ありがとう。じゃあ、一緒に来てくれ」
「え!」
自分で行くと言ったくせに、目を丸くして驚いている。
「ち、ちょっと待って。本当にテイラーでいいのか?」
急に助けを求めるようにライラを見て、うろたえ始めた。ライラはキョトンとしている。俺はテイラーの不安を払拭すべく、にこやかに微笑みかけた。
「いいよ。一緒に行こう」
もとから今回の相棒は、テイラーしかいないと思っていた。まず、ハーディーは大きすぎる。物陰に隠れて様子を見に行くのに、あの図体ではすぐに見つかってしまう。エドワードもダメだ。あいつは今回のクエストの言い出しっぺで、パーティーの頭脳だ。万が一のことがあったら、その時点でこの冒険は終了になってしまう。ライラでもよかったが、今回は戦いに行くわけではないのだ。こっそり隠れて行くならば、体の小さいやつの方がいい。となると、背の高いコンティニュアスも、ない。そもそもコンティニュアスは戦力にならない。
その点、テイラーは体が小さく、もし万が一のことがあっても、電撃で敵を追い払うことができる。それに、そろそろテイラーにもいろいろな経験を積ませてやりたいと思っていた。いつも留守番では、何も身につかない。今回の偵察はそれほど危険なわけでもなく、かといって緊張感が皆無なわけでもなく、うってつけの仕事に思えた。斥候にはテイラーを連れていくつもりだということは、エドワードとライラには伝えてあった。
「テイラー、頑張ってね」
ライラに笑顔で手を振られて、テイラーは異様に不安そうな顔をして手を振り返した。何度も振り返って、見送っているハーディーやライラたちを見つめている。
「クリス、本当にテイラーでいいのか? テイラーは歩くのが遅いぞ?」
もう歩き出しているのに、今更なことを言い始めた。確かにテイラーは足は速くない。とはいえ、以前とは違って随分、スタスタと歩けるようになった。本人が以前、話していたのだが、新しく買ったブーツの効果が大きいようだ。「クリス、このブーツを履いていると、足が軽いんだ」と言っていた。毎晩のように、ライラが膝の治療をしてやっている効果も出ているのだろう。
「いいよ。今回は偵察に行くんだから、速く歩く必要はない。普通に歩ければいいよ」
俺がそういうと、覚悟を決めたのか、隣をトボトボと歩き始めた。出発する前に、エドワードに気配を消す魔法をかけてもらっていた。耳や鼻のいい獣人相手でも、そう簡単には見つからないはずだ。
馬車が余裕で離合できるほど広い道は、きれいにならされている。ここを使っている者がいる証拠で、なおかつ彼らが馬車を使っている証拠でもある。しばらく歩いていると、テイラーに見つめられている気配を感じた。見ると、俺の顔をジッと見つめていた。
「どうかした?」
聞くと、テイラーは一瞬、ニヤッとしてから急に真面目な顔になった。
「あのさあ、クリスは、ライラのことが好きなんだろう?」
これまた今更なことを聞いてくる。そんなの、見ていればわかるだろう。別に隠すことでもないので、ためらうことなく返事した。
「うん。そうだよ」
「やっぱり!」
テイラーはポン!と手を叩いて、うれしそうにニッコリと……いや、ニヤァリって感じだな、とにかくそんな感じで笑った。
「やっぱりそうか! そうだと思っていたんだ。ふふん、テイラーの勘はすごいだろ」
指をにぎにぎとさせながら、ものすごい勢いでニヤニヤしている。いや、すごいも何も、誰が見てもそう思うだろう? 俺も隠してないし。
「ああ、まあ、そうだな。告白したこともあるしな」
「えっ!」
テイラーは目を丸くして立ち止まり、すぐに小走りで俺を追いかけてくる。なぜか顔が真っ赤だ。
「こ、こ、告白したのか?」
「したよ。もう2年前になるかな」
テイラーは興奮して、フガフガと鼻を鳴らした。
「えっ。告白して今、こういう関係だということは、振られたってことなのか?」
姿勢を低くして、にじり寄ってくる。
「ああ、まあ……そうだな。簡単に言えば、振られた。いわゆる〝いいお友達でいましょうね〟ってやつだ」
そうなのだ。一目惚れだった。ライラのことは、初めて会った時から好きだった。いや、今も好きだ。まだ諦めていない。黙っていれば実にかわいい顔が好きだし、たわわなおっぱいが好きだし、きれいにくびれた腰が好きだし、プリンと丸いお尻も好きだし、むっちりした太ももも好きだ。そして、エロかわいい外見からは想像もつかない気の強さも、たまらなく好きだ。いつもメチャクチャ厳しいくせに時々、すごく優しくしてくれるギャップもたまらない。
ライラはエドワードの幼馴染で、俺はまずエドワードと仲良くなった手前、最初の1年目は遠慮した。だけど、出会って丸1年ほど経った頃から「こんないい女には2度と出会えないかもしれない」と思って、意を決して「付き合ってほしい」と告白した。ライラが修道院での仕事を終えて、宿舎に帰るところをつかまえて、ヘイシュリグの中央広場の噴水のそばで告白した。雰囲気の悪い場所ではなかった。と思う。
「え、無理」
ライラは一瞬、不快な顔をして即答した。「なぜ」と聞く間も与えてくれず、一気に畳み掛けられた。
「私、修道女なの。身も心も女神様に捧げたんだから、私はみんなのものなの。クリスだけのものになるわけにはいかないの」
宿舎に帰ってから読むのだろう。両手に本をいっぱい抱えていた。「よいしょ」と言って抱え直すと、おっぱいが本の上に乗っかって、それはそれはエロい光景が目前に広がった。
「でも、修道女でも結婚している人、いるよね……」
断られることも覚悟していたが、こうもあっさりと断られると、さすがにショックだった。断られた時に、こう言って食い下がろうと思っていたことを、なんとか口にした。
「ああ、うん。でも、私は結婚するつもりないから。さっきも言ったけど、身も心も捧げたから。私、こう見えてもストイックなのよ、女神様に対して」
取り付く島もなかった。
「ひゃあ、そうなんだ……」
俺が簡単に昔話をしてやると、テイラーは目を丸くして驚いた。
「で、クリスはまだ諦めてないんだ」
「ああ、まあな。お……ちょっと待て」
俺はテイラーの手を引いて、道路脇の藪へと連れ込んだ。誰か来る。道ではない。右側の林のなかを、こちらに向かってくる者がいる。人間ではない。足音が違う。身を隠すために、しゃがみ込んだ。
「わあ、クリス! なんだ、あれ!」
テイラーが声を潜めて聞いてきた。ズシン、ズシンと地響きを立てて、メリメリと周囲の枝をへし折りながら、前進してくる。現れたのは、エントだった。エントというのは、木の魔族だ。木が立って歩いていると思ってもらえばいい。魔族図鑑で何度も見ているが、実物を見るのは俺も初めてだった。
「シーッ。あれはエントって言って、木の精霊だ」
「精霊……」
デカい。俺たちの背丈の何倍もありそうな木が、針葉樹林のなかをノッシノッシと歩いていく。このエントは広葉樹だった。針葉樹のなかにいるので、目立つ。
エントはとにかく大きいということを除けば、それほど恐ろしい魔族ではない。基本的に人間を襲わない。彼らはそもそも木なので、普段は地面に根を張ってジッとしている。土地が乾燥したとか、土壌が汚染されたとか、必要に駆られた時だけ立ち上がって動く。ただ一つ、注意することがあれば、大移動に巻き込まれないようにすることだ。昔、東の山地からエントの大群が西に移動したことがあって、彼らが通り過ぎた後は草一本生えていない更地になったという。
「こちらから何か仕掛けない限り、何もしてこないから、大丈夫」
「へえ〜。そうなんだ」
俺とテイラーに気がついたのかついていないのか、とにかくそのエントは、俺たちに全く注意を払うことなく通り過ぎていった。エドワードたちはこのエントに出会うかな。何もなければいいけど。
再びテイラーと歩き出す。集落の見回りの者がいるのではないかと思っていたが、誰にも会わない。小一時間ほど歩くと小さな谷に出て、その向こう側に集落が見えてきた。森が開けたところに大小の家屋が立ち並び、煙が上がっている。その向こうは切り立った崖だ。茂みに身を隠して様子をうかがうと、子供っぽい小さな獣人たちが走り回って遊んでいるのが見えた。ピンと立った耳に、太い尻尾。狼族のようだ。
「なんか、めちゃくちゃ普通の村だぞ」
隣でテイラーがボソッと言った。
「魔力はどれくらい感じる?」
テイラーは目を細めたり丸くしたりして考えていたが「いや、普通だ。前に行ったオークの村と、そう変わらない」とつぶやいた。
『世界の歩き方』には〝炎の神殿を守っている集落〟と書いてあったので、もっと物々しいものだと思っていたが、そうでもなさそうだ。思っていたほど大きな集落でもない。ここからは木立に隠れて見えないけど、集落の向こう側の崖の上に、炎の神殿があるのだろう。
「クリス、もう少し近づいてみるか?」
テイラーが俺の背中をつついている。普段は怖がりなくせに時々、やけに大胆になるのはなんなのだろう?
「そうだな。もう少し近寄ってみるか」
茂みから茂みへと移動して、集落に近づいていく。声や物音がよく聞こえるようになってきた。カンと薪を割る音。カチャカチャと陶器を洗う音。子供たちだろう、走り回る小さな足音。にぎやかな話し声。大人の声、子供の声。何かが燃える音。かまどか?
人間の村と大して変わらない。木々の隙間から覗いてみると、やはり狼族だった。木造や一部、石造の家が建ち並んでいる。周囲には畑もあった。メスと思われる大人たちが、何か収穫している。獣人も野菜を食べるのか? 肉しか食べないイメージがあるが。
「『すみません、神殿に入れてください』ってお願いしたら、スッと通してくれるんじゃないか?」
隣でテイラーが脳天気なことを言っている。だが、そう思わずにはいられないような、のどかな風景が広がっていた。やはり住民を眠らせて、その間に侵入するのがベストだな。ここまで近づけば、エドワードとライラの魔法も効くだろう。
「よし、テイラー。もう帰ろう」
「え、もういいの?」
俺はテイラーを促すと、そっとその場を離れた。




