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改めて、俺はエッチではない

 馬車はゴトゴトと揺れながら、炎の神殿まであと2日ほどというところまで来た。『世界の歩き方』によれば、すぐそばまで馬車で乗り入れることができるらしいが、そのつもりはない。どこかに停めて、歩いて行くつもりだ。というのも、炎の神殿の周辺には、それを守っている魔族がいるからだ。『歩き方』にも「神殿を守護する獣人の集落があり、安易に近づくのは危険である」と記されている。


 「馬車で突っ込んで、ちょっと脅かしてやればいいんじゃないの。僕らがミラキュラスだと知ったら、逃げて行くと思うんだけど」


 エドワードは時々、頭がいいのか悪いのかわからなくなる。普段はとんでもない切れ者なのだが、急に破茶滅茶なことを言い出すことがある。今回もそうだった。


 「いや、そんな簡単にはいかないでしょ! だって、やつらは真剣に神殿を守っているんだぜ? 魔族の四天王様を祀っている神殿なんだぞ? 簡単に引き下がらないだろ」


 反論すると「そうかなぁ? クリスは心配しすぎなんじゃないの?」と首をひねっていたが、最終的に俺の案に同意してくれた。馬車で突っ込んで、本気で反撃されたらどうする。ただでは済まない。具体的な人数は分からないが、集落があるのだ。相手は5、6人どころではないはずで、大規模な戦闘になるだろう。ハーディーの強さを信じてはいるが、それでも負傷者が出ないとは限らない。リスクは可能な限り避けたい。


 俺のプランはこうだ。少し離れたところで馬車を降りる。隠れて集落に近づき、エドワードとライラの魔法で魔族を眠らせるか麻痺させるか、とにかく動けなくする。魔法が効かなければ、夜陰に乗じて奇襲をかける。夜行性の魔族であれば、明け方の寝入りばなを襲う。勝てる喧嘩しかしない。そう、喧嘩はやる前から勝敗が決まっていなければいけない。


 〝神殿を守っている集落〟という記述から、最大100人規模の獣人がいると想定した。戦闘力の高い狼族で、うち戦闘要員は40人といったところか。集落という以上、通常の生活を支える者がたくさんいるはずだからだ。毎晩、何度も炎の神殿に入るためのシミュレーションを重ねた。もちろん、物陰から十分に観察してから侵入するつもりだったが、思わぬタイミングで接触する可能性も否定できない。


 「ハーディーみたいなでっかい体の人が近づけば、すぐにバレちゃうんじゃない?」


 テイラーがいいことを言った。だから、俺が斥候としてまず近づく。ハーディーは隠しておく。少し離れたところにいることになるかもしれない。それはリスクではあるが、覚悟の上だ。


 モッセ川の支流に沿って、馬車が走れる道があり、それを使って炎の神殿へと向かっていた。時々、魔族とすれ違う。その度にライラは御者台で立ち上がって「おーい!」「おい、コラッ!」と呼びかけた。ほとんどの魔族はギョッとした顔をして、逃げて行った。


 「やめなよ。柄の悪い」


 げんなりする。ライラの性格が見た目とは全く違って獰猛であることはよく知っているけど、好きな女の子が「コラッ!」とか言って魔族を恫喝しているのを見ると、萎える。


 「だって、こうやって脅しておいた方がいいじゃない」


 ムッとした顔をして、大きなお尻を再び御者台に下ろす。やりたいことはわかる。ミラキュラスの恐ろしさを、改めて魔族に印象付けたいのだ。まだ狼男一人を血祭りに上げただけ。それでもこのあたりの魔族の間では十分に噂になっているのだけど、もっと怖いと思わせたいのだろう。だけど、俺は魔族に「人間って柄が悪い」と思われたくなかった。「人間は友好的で話がわかる」と思われていた方が、リスクは少ない。間違いなく。そして、そう思っている魔族は、実は俺たちが思っていた以上に多いような気がする。温泉のオークたちや、エリックなんかを見ていると。


 冒険とは全く関係ないが、炎の神殿を前にして気になっていることがあった。最近、テイラーと話していないのだ。もともとテイラーはハーディーとペアになっていることが多かったのだが、ヘイシュリグ以降は、ライラにくっついていることが多い。次にハーディー。たまにエドワード。俺とコンティニュアスに絡んでくることは、まずない。


 気持ちはわかる。ライラは面倒見がいい。テイラーからすれば少し年の離れたお姉ちゃんで、同性ということもあって、なんでも話しやすい。ハーディーはパーティー加入時から、父親のように慕っている。エドワードは年上の若い男性ではあるが、物腰が柔らかくて話しやすい雰囲気を漂わせている。何よりとても物知りだ。困った時はエドワードに相談すればいい。


 コンティニュアスのことは「話しかけるのが恥ずかしい」と以前、言っていた。それなりに異性を意識するお年頃なので、道具とはいえイケメンには、絡みづらいのだろう。で、俺は?


 俺はテイラーをパーティーに誘った張本人で、リーダーだ。本来なら、相談事があればなんでも俺が聞くはずなのだが。パーティーのメンバーで最も大切なことは信頼だと思っているので、コミュニケーションはしっかり取ろうと、日々のあいさつは欠かしていない。だけど、ここしばらくテイラーとはあいさつ以外、言葉を交わしていないように思う。


 寂しいな。


 俺が常時、御者台にいるということもあるのだろう。御者台は寒い。テイラーは馬車に乗り出した当初こそ、外の景色を見たがって御者台に座りたがった。しかし、もう飽きてしまったのか、最近はずっと荷台だ。ライラが荷台にいる時はライラのそば、ライラがいない時はハーディーのそばにいた。だから、メシの時くらいしか話をする機会がない。


 「おーい、テイラー」


 体をよじって、荷台に声をかけた。ハーディーにもたれかかって俺の『世界の歩き方』を読んでいたテイラーは、顔を上げた。


 「何?」


 「こっち来いよ」


 いま、御者台には俺とライラがいる。その間のスペースを指差す。テイラーはちょっと嫌そうな顔をした。


 「え〜。御者台は寒い」


 「そう言うなよ。たまには外の空気を吸わないと、健康によくないぞ」


 御者台と荷台の間はガラ空きなので、外の空気もクソもないのだけど、気の利いた言葉が思いつかなかった。テイラーは小さなため息をつくと、意外なことにノソノソと荷台から這い出してきた。


 「いらっしゃい、テイラー」


 ライラは自分のマントでテイラーを覆ってやる。テイラーはニコッと笑うと、ライラにもたれかかって甘えた。


 「何? 何の用?」


 テイラーは『歩き方』をパラパラとめくりながら、不機嫌な顔をして聞いてきた。


 「いや、久しぶりに話がしたいなぁって」


 そうだ。リーダーたるもの、パーティーのメンバーとは日々、コミュニケーションを取らなければいけない。


 「テイラーは話すこと、何もない」


 一蹴された。ライラがクスッと笑う。


 「テイラーがなくても、俺にはあるんだよ」


 とは言ってみたものの、ただ隣に来てほしかっただけで、特に話すことはない。


 「ふうん。例えばどんなこと?」


 テイラーは『歩き方』から目を上げない。


 「えっ。それは……。ほら、今晩、何が食べたい?とか、明日の朝は何が食べたい?とか、そんなことだよ」


 「そんなの、クリスに任せるよ」


 しどろもどろになって振り絞った言葉を、テイラーはバッサリと切り捨てた。ライラが思わず吹き出す。


 「テイラー、クリスはね、あなたとお話がしたいだけなのよ」


 そう言ってモシャモシャの髪を撫でる。ヘイシュリグに着くまで、俺が毎晩のように櫛を入れてやっていた。オークの集落で買った化粧水を背中に塗ってやったりもしていた。火傷の跡が乾燥して痛そうだったからだ。だけど、その役目は全部、ライラに取り上げられてしまった。良かれと思ってやっているのに、「こんなの塗らないで!」と叱られてしまった。以来、テイラーのお肌のケアをするのはライラの役目。毎晩のように化粧水を塗り、魔法で少しずつ火傷の治療もしていた。


 「そうそう。そうなんだよ。なんてことはない話がしたいだけなんだ」


 俺はライラの助け舟に乗った。


 「なんで?」


 テイラーは俺ではなく、ライラを見ている。


 「だって、ねえ。それは、クリス本人の口から聞いた方がいいんじゃない?」


 ライラはニヤニヤしている。テイラーは不思議そうな顔をして、俺を見た。


 「なんで?」


 もう一度、今度は俺に聞く。言葉に詰まる。ものすごく簡単に言えば、テイラーのことが大好きだからだ。勘違いしないでほしいが、恋愛対象として好きだというわけではない。パーティーに入ってくれた、貴重な仲間として大好きなのだ。同じ大好きという意味では、ハーディーもそうだ。好きな人とはお話したい。いろいろな話がしたい。だけど、何を話せばいいのか、よくわからない。


 「えっ、それは……だな。俺はこのパーティーのリーダーで、リーダーは日々、仲間たちとコミュニケーションを取らないといけないわけだ。それでだなぁ……」


 「素直じゃないな。はっきり言いなよ」


 モゴモゴ言っていると、ライラが腕を伸ばして、肩を小突いてきた。


 「だから、それはその」


 「要するにクリスは、テイラーのことが好きなのよ」


 俺の言葉をさえぎって、ライラは言った。テイラーは目をパチクリとさせている。


 「要するに、そういうことでしょ?」


 ライラは真顔で俺を見る。


 「え……。はい。そうです……」


 反論のしようもない。テイラーは急に静かになった。『歩き方』をいじっていた手も、ピタッと止まっている。ライラの方を向いているので、表情はうかがえない。


 「好きな人とはね、何もなくても、おしゃべりがしたいの。そういうものなのよ」


 ライラは優しくテイラーに語りかけた。


 「はぁ?!」


 テイラーはライラの方を向いたまま、素っ頓狂な声を上げた。ライラは苦笑いしている。


 「やや、やっぱり、クリスはエッチだ!」


 俺の方を振り向く。真っ赤になっていた。


 「いや、ちょっと待って。誤解しないでくれ。好きというのは、異性として……」


 「やっぱり、テイラーのことをそういう目で見ていたんだ! クリスのエッチ!」


 俺の言い訳も聞かず、『歩き方』を右手に持ったまま、俺の腕をポカポカと叩く。


 「なんでいつも俺は〝エッチ〟になっちゃうんだよ。俺がいつエッチなことをした?」


 テイラーの拳は大して痛くない。だが、当たるたびにバチッと静電気が飛び散るのは勘弁してほしい。


 「したじゃん! 川でフルチンになって! 温泉でもフルチンになって!」


 テイラーは鼻息を荒くした。その向こうでライラがプッと吹き出している。


 「いや、どっちもフルチンになるシチュエーションじゃないか! 不可抗力だよ!」


 「女風呂に裸で飛び込んできたじゃん!」


 ライラが「危ないからね」と優しく抱き止めて、テイラーは俺を叩くのをやめた。


 「でも、テイラーがクリスのことを『エッチだ』という気持ちは、わからないでもないわ。クリスってちょっとそういうところ、あるもの」


 ライラまでそんなことを言い出す。確かにいつも君のおっぱいやお尻をチラ見しているけど、それくらい男なら誰でもやるだろう? 少しくらい許してくれよ。


 「だろ? クリスはエッチなんだよ!」


 テイラーはフンガーと鼻を鳴らした。


 「エッチっていうか、色っぽいのよね、なんとなく。女性だったら魅力としてほめられる部分なんでしょうけど、男性だとなんていうか、言葉は悪いけど、変態チックというか」


 ライラは自分で言っておいて、面白そうにフフッと笑い出した。テイラーは「おお、そうそう! そうだよ! ライラはうまいこと言った!」と鼻息を荒くしている。えっ、俺、そんなふうに見られているの? 色っぽいなんて初めて言われたので、戸惑う。てゆうか、それ褒め言葉じゃないのか?


 「エドワード、俺、色っぽいのか?」


 背後にエドワードが立っていたので、振り返って聞いてみた。考えごとをしていたのか、少しびっくりした顔をして俺を見る。


 「え? 色っぽい?」


 「うん。俺は色っぽいの?」


 エドワードは腕を組んで少し「うーん」と考えてから「確かに言われてみれば、そうかなあ」と言った。

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