ミラキュラス、その名を轟かせる
狼男は後方に吹っ飛んだ、あたりに血飛沫と肉片が飛び散り、急に生臭い匂いが立ち込める。荷台からライラの頭上を飛び越えて、ハーディーが地面に降り立った。
『一線を超える者には、それ相応の対価を払っていただきとうござる』
キャリバンを狼男たちに突きつける。一瞬の出来事に、他の狼男たちはポカンとしていた。基本的に獣人は、オークやゴブリンに比べて頭が悪い。その分、凶暴なのだが。
「て、てめぇ!」
仲間を殺されて、狼男たちは逆上した。剣を構えて、飛び掛かってくる。あ〜あ。知らないぞ。ハーディーがどれだけ強いのか、知らないんだ。ひと振りで全滅だぞ、お前ら。と思ったら、ハーディーはキャリバンを腰に仕舞って、素手で対抗した。器用にするりするりと剣撃を交わすと、頭部をむんずとつかんで大きな拳をゴツンゴツンと叩き込む。獣人たちの歯が折れ、地面に飛び散った。
「ちょっと待ったぁ!」
叫びながら馬車から飛び降りたのは、ライラだった。手には鞭を持っている。そう、鞭。ウィップともいう。これがライラの武器だ。いつも丸めて、腰の後ろに入れている。ライラがゆったりした服を着ているのは、これを服の下に仕舞うためなのだ。
「あんたら、よくも好き放題言ってくれたわね! 誰が痩せてないって?! ふざけんな、この野郎!!」
啖呵を切ると、狼男たちを片っ端から鞭でめちゃくちゃに引っ叩き始めた。鞭とひと口に言っても、馬を制御するために使うものから、魔族と戦うためのものまで、さまざまだ。ライラが使っているのは、明らかに武器としてのそれ。当たるたびにビシッ! ビシイッ!と見ているこっちがビクッとなるくらい、強烈な音がする。狼男たちの皮膚が裂けて、血が飛び散った。
「ひ、ひいっ!」
「逃げろ!」
狼男たちは剣を捨てて、我先に逃げ出した。まだハーディーが1匹、捕まえている。「た、助けて! 置いていかないでくれ!」と悲痛な声を上げて叫んでいる。
「逃していいのか? 仲間を連れて報復に戻ってくるぞ?」
俺はハーディーに聞いた。そう、獣人は大概、20〜30人程度の集団で生活している。この7人のグループで全員のはずがない。近くにもっと大きな群れがいるはずだ。
『心配ご無用。橋を渡ってしまえば、あとはなんとでもなり申す。怖いのは、橋を渡っている最中に攻撃されることだけでござる』
ハーディーは片手で狼男の首をつかんで吊り上げながら、平然と言った。というかハーディー、馬鹿力すぎるんじゃね? 狼男は決して小さくない。少なくとも俺より大きいし、コンティニュアスくらいの背丈はある。それを片手で軽々と持ち上げるとは。
「ハーディー、そいつ、地面に降ろして。二度と歯向かう気が起こらないように、お仕置きしてやるわ」
ライラが鞭で地面を打った。バシッ!と重い音がして、黒い土が飛び散る。
『ライラ殿、不必要に殺すのは、拙者の信条ではないのだが……』
「大丈夫よ、殺さないから」
ライラのほほが上気して赤くなっている。うっすらと汗を浮かべて、セクシーだ。
『くれぐれも、ほどほどで頼むでござるよ』
ハーディーはそっと狼男を下ろした。そいつの足が地面につくかつかないかというタイミングで、ライラが鞭を振るった。
ビシイッ!
「ヒギャアァ!」
ビシイッ!
「グァアアァ!」
狼男の絶望的な叫び声が、森にこだまする。あまりに痛そうなので、思わず目を背けた。「おーお、ライラちゃん、すごいねぇ」と背後でコンティニュアスが感心している。
「こいつめ、こいつめ! そうやって、何人、人間を食ってきたの?! こいつめ! こいつめ!」
ビシッ! ビシッ! 鞭の音は止まりそうもない。そのうち、狼男の叫び声も聞こえなくなった。もうそろそろやめておいたらどうだ?と声をかけようとした時、ようやく鞭を振り回す音が止んだ。
「ふうっ」
ライラはシャツの袖口で額の汗を拭った。汗ビッショリだ。狼男はと見ると、背中を血まみれにして、地面に突っ伏して痙攣している。ライラはその傷だらけの背中を、容赦なく踏みつけた。「うぐっ」という小さな悲鳴が聞こえた。
「あんた、群れに戻って仲間に伝えなさい。恐ろしい人間たちがやってきたって。束になってかかってきても、かないっこないわよ。私たち〝ミラキュラス〟にはね」
ブーツの踵でぐりぐりと背中をえぐる。ライラは恐ろしい。だが、それがイイ。童顔巨乳ショートヘアの修道女が、鞭を振り回して魔族を痛めつけている絵を想像してほしい。それだけでイッてしまわないか?
ライラとハーディーは、ボロボロになった狼男をその場に放置して、馬車に戻ってきた。手綱を引いて、ペッパーとチョコに「出発だ」と合図を送る。大人しくしていてくれて、よかった。さすがは悪魔が飼っていた馬だ。肝が据わっている。いや、ビビッて動けなかったのかもしれない。
「ライラ、お疲れさん」
荷台でエドワードがパチパチと手を叩いている。隣でテイラーも目を丸くして、手を叩いていた。
「これくらい、朝飯前だわ」
ライラは流れる汗を拭いながら、上着を脱いだ。シャツの上に分厚いジャケットを着ていた。それでは暑かろう。「ふうっ!」と気持ちよさそうに息をつく。
「そうそう。こういうのが必要なんだよ。『もう二度と、人間に関わるのはよしておこう』と魔族たちに思わせるような経験がね」
エドワードは、御者台のすぐ後ろまでやってきて、ライラの肩をポンと叩いた。凄惨な拷問現場を見た直後にしては、ニコニコと笑っている。
「でも、これでは規模が小さすぎるわ」
ライラは困った顔をする。さっきから汗で濡れたシャツが張り付いて、肌の色が透けて見えている。セクシーだ。計算してやっているのなら、なんて罪な女なんだろう。改めてあんた最高だぜ、ライラ!
「そう。だから、アフリートなんだよ」
エドワードは立ち上がった。橋に差し掛かる。獣人たちは完全に撤退してしまったようで、日が傾きかけた橋の上には人影はなかった。馬車が2台、すれ違えるほどの大きな木製の橋を、誰にも邪魔されずにゴトゴトと渡った。
「いや、それにしても、驚いたな。ライラが鞭を振り回しているところを見るのは初めてではないけど、めちゃくちゃ強いじゃん。冒険に出たこと、あるの?」
ライラと知り合ってから、もう4年が経つ。いつも修道院で仕事をしているところしか、見たことがない。エドワードは冒険者なので、たびたびあちこちに出かけて留守にしているが、ライラは違う。冒険者手帳を持っていて、レベル保持者であることもつい最近、知ったところだ。
「ないわ」
ライラはあっさりと言った。
「えっ、じゃあ、なぜ? 獣人を見て、怖くなかったの?」
普通の人なら、魔族を見てまず〝怖い〟と感じる。多くの魔族は体が大きく、見た目も恐ろしいからだ。あちこちに出かけてオークや悪魔を見慣れている俺でも、森やダンジョンでバッタリと出くわすとビクッとする。だが、ライラは全く物おじする様子がなかった。
「まあ、ちょっとは怖かったけど。初めて見るわけじゃないし」
口を尖らせて、俺のことを見る。
「クリス、ライラは、ヘイシュリグに侵入した魔族と戦ったことが何度かあるんだよ」
エドワードが説明してくれた。
「ああ、そうなんだ」
それで全然、怖そうにしていなかったんだ。
「まあ、何度かって言っても2、3回だけどね」
ライラは照れているのか、前髪を指に巻き付けていじっている。
「いや、センスあるよ。前からライラには前衛としてのセンスがあると思っていたけど、確信に変わったわ」
手放しで褒めると、ライラはほほを染めて「だから、私は前衛じゃないって言ってるでしょ! 修道女なの!」と言って俺の肩をポカポカ叩いた。なんだ、こいつぅ。かわいいにも程があるぜ!
ただ、話を聞いていると、ライラは前衛に興味がなかったわけではなかった。修道士も修道女も、魔族と戦う訓練を受ける。基本的にパーティーに入れば回復魔法や防御魔法を使って援護する後方部隊要員ではあるが、戦うことが得意な修道士は前衛で活躍することもある。ライラはそのタイプだった。実際に街に侵入した魔族と戦って、前衛として戦う重要性を痛感したのだという。
「だって、防御と回復したできないんだったら、いざという時に大事な人を守れないでしょ? そう思わない?」
目を丸くして力説した。そうだね。俺もそう思う。盗賊の俺も、もう少し攻撃力があった方がいいなと思うことがあるよ。
ライラはその後も戦う機会を虎視眈々とうかがっていて、遠くにオークやゴブリンを見かけるたびに、目をギラつかせていた。
「ねえ、どうして戦わないの? 相手は魔族よ!」
ゴブリンの行商人が「何か買ってくれ」と近寄ってきたので、料理用の蜂蜜を買った。そのまま何事もなく別れた後、ライラは実に不満そうな顔をして、詰め寄ってきた。
「いや、魔族だけど、別に俺たちに危害を加えようとしているわけじゃないし。そんなやつらを痛めつける必要はないでしょ?」
冒険に出たことがなく、魔族と会話したことがないライラには、まだわからない。戦うのは本当に最終手段であって、できればお互いに血を流さない方がいいのだ。だけど、ライラは「魔族はみんな敵よ!」と言って、なかなか納得してくれなかった。
途中で出会ったオークたちが、思わぬ情報を教えてくれた。野営していると、「敵じゃない。塩を分けてくれないか?」と2人の若い男女のオークがやってきた。
「あんたら、もしかしてミラキュラス?」
塩を受け取ったオスが、ハーディーの方をチラチラ見ながら、恐る恐る聞いてきた。
「そうだけど。なんで知ってるの?」
まさか、オークからパーティー名を呼ばれるとは思ってもいなかった。
「あ、やっぱりそうなんだ。いや、もっと恐ろしい人間がそろっていると思っていたんだが、意外に普通だし、親切なんだな」
2人して焚き火を囲んだ俺たちを見回して、感心している。
「この辺に住んでいる魔族の間で、評判になっているんです。人間が復讐にやってきたって。地獄の騎士を連れているって。鉄仮面をかぶった……」
メスの方は少し震えている。だが、好奇心の方が勝っているようだ。先ほどからハーディーから目を離そうとしない。
「きっと、ロリアンドーロを征服したせいだぜ。おお、恐ろしい」
2人はそう言った後、「オークは無関係なので、殺さないでくださいね」と言い残して去って行った。
「よかったな。噂になっているぞ」
焚き火のそばに戻って、誰とはなしに話しかけた。チラッとライラと見る。喜んでいると思ったら、意外にそうでもなかった。なんだか浮かない顔をしている。
『よかったのでござろうか。恐怖を与えれば、必ず恐怖で対抗してくるものでござる。殺し合いは拙者の知る限り、どちらにもいい結末を与えないものでござる』
ハーディーが言った。
まあ、それは確かにそうかもな。エドワードはアフリートを手に入れて、武力で魔族を追い出そうとしている。それで本当にうまくいくのだろうか。エドワードを見ると、眼鏡を拭いていた。ゾッとするほど冷徹な瞳が、ゆらゆら揺れる炎を映していた。




