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赤い宝石の耳飾り

 「すごいなぁ! テイラーはステーキを食べたと思ったら、イースの女王様から冒険者手帳をもらってしまったぞ!」


 「テイラー、女王様じゃなくて、王女様ね」


 廊下を歩きながら冒険者手帳を持ってピョンピョン飛び跳ねているテイラーに、エドワードがやんわりと声をかけた。


 「クリス、大丈夫?」


 「え、ああ、たぶん……」


 ライラに気を使われるような顔をしていたのだろうか。初めてお城に来て、いきなり王女様が登場して、王女様直筆でレベルを上げてもらって、クエストをもらって、リーダーに任命されてしまった。


 そりゃ、顔色も悪くなるわ!


 マリシャは俺たち一人一人と握手すると、「それじゃ、頑張ってね! いい報告を待っているわ!」と言ってさっさと部屋から出ていった。エドワードは「今、会議をやっている時間のはずなのに」と呆れた顔をしている。


 「クリスたちのことを話したら『ぜひ会いたい』って言い出してさ。でも、すぐ会議に入る予定だったから、僕からよろしくと伝えておきますと言って出てきたのに。結局、自分で来ちゃうんだよなあ。好奇心強すぎ」


 そうなのか。王女様は忙しいんだな。


 マリシャは「必要なものがあれば、場内のものをなんでも持っていって構わないわよ」と言ってくれた。ならば、ありがたくお借りして行こう。食糧はもちろん食器や寝具、薬や武器も補給したい。実は、以前から個人的に小ぶりな弓を装備したいと思っていた。敵と戦うためではない。鳥を捕まえるためだ。新鮮な肉が食べられる。それだけで、冒険に潤いが出るはずだった。


 食糧庫、武器庫、薬品保管庫などを巡りながら、必要と思われるものをいただいていく。リュックには入りきらないので、馬車に積んでおけるように大きな箱も借りた。ハーディーは、武器庫で皮の鎧と、両手持ちの剣をひと振り借りた。温泉では魔法が使えなくて、キャリバンが使えなかった。あんなことが二度と起きないとは限らない。今回は炎の神殿で、一時的に魔力を徹底的に吸い取られるのだ。その時に戦闘になれば、キャリバンは役に立たない。普通の剣が必要だ。


 最後に魔法具庫に来た。ドアを開けると、スッと妙な気配を感じる。うん? もしかしてこれが魔力かな?と思った途端、ハーディーが「ぐあっ」とうめいて胸を押さえた。


 「あっ、まずい。アンが出ちゃう」


 「えっ、本当に? 出して、出して!」


 エドワードは目をらんらんと輝かせた。いや、出すのはいいが、何か血みたいなものが飛び散るんだぞ。室内は、中央のテーブルや壁際に置かれた戸棚に、整然と魔法具が並べられている。ここでアンが出てくれば、間違いなく汚してしまう。コンティニュアスは、サッと部屋の外に出ていった。ライラは何が起こるのか理解できず、テイラーのそばでオロオロしている。


 「汚れるぞ!」


 「きれいにするから!」


 俺とエドワードが言い合っているうちに胸がどんどん膨らんで、ボン!と弾ける音がした。ハーディーの胸から、アンがニョキッと生えてくる。飛び散った血が、俺たちの頭にぶっかかった。うん、これ間違いなく血だわ。血の匂いがする。俺は、ほほについたハーディーの血を、指先ですくい取った。


 「はわぁ! 本当だ!」


 エドワードは眼鏡を拭きながら、鼻の穴を膨らませて興奮している。同じく髪の毛を血で汚したテイラーが「アン!」と呼びかけると、アンはスッと目を細く開いた。


 「あらまあ……」


 自分が起こした惨状を見回して、ため息をついた。あらまあじゃない。この登場の仕方、なんとかしないといけないな。


 「気にしないでください! アン王女!」


 エドワードは声を大にすると、サッと両腕を挙げた。ぐるりと部屋の中に向かって手をかざすと、飛び散っていた血飛沫がきれいになくなっていく。


 「『拭き掃除の魔法』だ」


 部屋はきれいになったが、ドヤ顔をしている本人はまだ血まみれである。俺もテイラーも、そしてライラも。呆れていると、ライラが何やら指先を振った。サァーッと冷たい感じがして、目を開けるとエドワードがきれいになっていた。自分の腕を見る。あれ、血飛沫がない。


 「こういう使い方も覚えてね」


 ライラがジトッとした目つきで言った。


 エドワードとライラは、アンに丁寧にあいさつした。コンティニュアスを使ってアフリートを手に入れにいくこと、そのための準備をしていること、ハーディーの力を貸してほしいことを手短に説明した。アンは聞き終えてから、何か言いたげに俺を見た。


 「すまないけど、パンゲアは後回しです」


 気になっていたのだ。アンとハーディーのクエストを抱えているのに、こんな大仕事を引き受けてしまっていいのかと。だけど、目の前で王女様から直々に命じられては、断れないじゃないか。精一杯すまなさそうな顔をすると、アンは事情を察してくれたのか、小さくうなずいた。


 コンティニュアスが戻ってきた。俺たちは何か役に立ちそうなものがないか、アンと一緒に庫内を物色した。魔法具は多くがアクセサリーの形をしている。エリックからもらった指輪タイプのものもたくさんあるし、ネックレスや腕輪、ピアスみたいなのもある。要するに女の子が好きそうなデザインのものが多いのだ。案の定、テイラーは「おお!」とか「これは!」とか言いながら、次から次へと手に取り始めた。


 「テイラー、気をつけろよ。いきなりドカンとか、勘弁してくれよ」


 この庫内は妙な気配がする。それは魔力が満ちているからだ。アンが飛び出してきたこともあって、それくらいはさすがにわかるのだが、どの魔法具がどんな効果を発揮するのかまではわからない。俺はテイラーに注意を促した。ライラがそばにいるから、変な触り方はしないと思うのだが。


 「ライラも杖、持って行ったら」


 エドワードは杖がいっぱい並んだ棚を探しながら、声をかけてきた。


 「いらない。私、修道女なので」


 ライラはテイラーから目を離さずに返事する。そういえば、ライラが杖を持っているのを見たことがない。あの〝武器〟を振り回しているのは、何度か見ているけど。


 魔法は、素手でも発動させられる。だが、より強力に、より遠くまで影響を与えようとすれば、杖が必要だ。小さな弓よりも、大きな弓の方が遠くまで矢を飛ばせるのと、一緒なのだ。魔法使いや修道士といった魔法を使うメンバーが杖を持っているのは、そのためだ。


 「テイラーも杖を探さない?」


 ライラはテイラーの背中に手を置いた。こうして見ていると、まるで母親と娘のようだ。いや、姉と妹か。俺はテイラーのお兄ちゃんなので、となると、三段論法でライラと俺もきょうだいということになる。兄と妹? それとも姉と弟? いずれにせよ、あんなエロい体のきょうだいがそばにいたら、ずっとザワザワしてしまう。間違いなく。


 「クリスさん」


 変な妄想をしている最中に声をかけられて、びっくりして飛び上がりそうになった。振り向くと、アンがすぐ背後にいた。


 「あ、はい! なんでしょう!」


 思わず声が上ずる。


 「これ……。使うといいと思います。これでおそらく、ァギャハッティの魔法語が聞き取れるようになると、思います」


 アンが手にしていたのは、耳飾りだった。金細工の鎖の先に赤い円錐状の石がついている。キラキラ光っていて、きれいだった。


 「えっ、これで魔法語が聞き取れるようになるの?」


 「はい」


 それはすごい。アンから耳飾りを受け取ると、つけてみる。だが、こんなものつけたことがないので、なかなかうまくいかない。見かねたアンが、つけてくれた。指先が冷たい。


 「どう? 似合う?」


 自分で言いながら、そうじゃないと思ってしまう。アンはニコッと微笑むと「はい、とっても」と言った。マリシャの笑顔も素敵だけど、改めてアンの笑顔もいいなぁ。高貴な女性の笑顔って、なんだかよくわからないけど、力があるよな。背中を押してくれるというか。俺は気をよくして振り返った。テイラーが怪訝な顔をして、こっちを見ている。


 「どうだ? 似合うか?」


 テイラーにも聞いてみた。


 「えっ、どうしたんだ、クリス。女にでもなったつもりなのか?」


 テイラーはちょっと引き気味……というか、完全に引いていた。「まさか、そんな趣味があるのか……?」と言って、ドン引きしている。


 「テイラー、大丈夫よ。クリスにそんな趣味はないわ」


 ライラがフォローしてくれたが、テイラーの疑わしい目つきは変わらない。


 「ちょっと待ってくれ。魔術師には、男でも耳飾りとかアクセサリーつけている人、多いじゃないか。別に変じゃないだろ」


 一歩近づくと、テイラーは一歩下がる。「ヌーディストだけじゃなくて、女装趣味もあるのか? クリスは料理は上手だけど、やっぱり変態なんだな……」とわなないている。いや、誤解だよ! アンもなんとか言ってくれと思って振り返ると、ものすごく面白そうにニヤニヤしていた。くっ、このお姫さま、意外に性格悪いかもしれない!


 「安心しろ、クリス。女装癖はそんなに変じゃない。昔から男には一定数いる」


 コンティニュアスもニヤニヤしながら近づいてきて、俺の肩に手を置いた。


 「違う! 俺に女装趣味はない!」


 女装には、ちょっとばかし嫌な思い出があるんだ。必死になって否定したが、テイラー以外、みんなニヤニヤするばかり。言い訳していると、エドワードが杖を手に戻ってきて「何やってんの?」と不思議そうな顔をした。

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