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鹿肉のステーキ グレイビーソース添え

 首都イースには夜遅くに到着した。針葉樹の森を抜けると、人間の背丈の3倍はありそうな城壁が現れる。護衛の兵士がいる城門を抜け、市街地へと入っていく。夜になると学院周辺以外は真っ暗になるヘイシュリグと違い、にぎやかだ。まだあちこちに明かりが灯り、料理や酒の匂いが漂ってくる。大通りにも少なくない通行人がいた。


 「やっぱり首都は華やかだなぁ」


 誰とはなしにつぶやいた。普段、辺境の街でウロウロしている身からすれば、まぶしくて仕方がない。街ゆく人は、みんなイケメンと美女に見える。


 「お城の手前を右に曲がって、2つ目のホテルの前で止めて」


 エドワードが指示を出した。街の真ん中、少し小高いところにイース城がある。尖塔が2つだけのシンプルな建築物だ。もともとは教会を増築したもので、砦としての機能はほとんどない。その代わり、城下町を取り囲むようにしっかりした城壁を備えている。


 イースは教会を中心に、女神さまを信奉する人間が集まってできた国だ。だから国で一番偉いのは、教会の最高権力者、巫女を兼ねる女王陛下である。イースは女系国家で代々、巫女を務める女王が代表者となる。王様はその配偶者でしかない。つまり、エドワードが仕えているお姫さまは、次のイースの首長なのだ。出世コース一直線やないか!


 3階建て、石造のゴージャスなホテルの前で馬車を止めた。「おい、本当にここでいいのか?」と恐る恐る聞くと、エドワードは「ここでいいんだ」とうなずいて、さっさと馬車を降りていく。


 「おいおい、なんだかすげえところに来ちまったな。なんだ、こりゃ? クリス、こんなところに泊まれる金、あるのか?」


 コンティニュアスは豪華ホテルを見て、一気にテンションを上げた。ハーディーとテイラーも呆然と建物を見上げている。俺は懐にある、タイタンからもらった袋の中身を思い出していた。ひい、ふう、みい……。エドワードとライラは当然、別だよな。4人分だろ? ギリギリ足りるかな。


 「大丈夫、宿泊費は経費で落とす。さあ、みんな入って」


 エドワードはそういうと、ガラスがはめ込まれた緑色のドアを開けて、ロビーへと入っていった。ホテルの従業員が来て「馬車をお預かりしますね」とペッパーとチョコを連れて行ってしまった。


 やべえ、トラップをチェックしないと!


 ホテルの玄関を前にして、わけのわからないことを考えてしまう。こんな豪華なところに来たことがないので、メンタルがぐらぐら揺れているのを感じる。やばい、動揺している。宿泊費は持つとエドワードが言っていたじゃないか。何、普通の宿だ。入って、手続きして、風呂に入って、ベッドで寝る。それだけだ。


 「ほら、何、突っ立ってんの。行くよ」


 ライラに背中を押されて、我に返った。


 「うわぁ、すごい!」


 ロビーに足を踏み入れた途端、テイラーが声を上げた。さっきまで馬車で眠っていて、ぼんやりとしていたのに目が覚めたようだ。足が沈み込みそうな、真っ赤な分厚い絨毯。落ち着いた深緑色で統一された壁紙には、イースの象徴である母なる女神のイラストが散りばめられている。少し照度を落とした照明が、ゴージャス感に拍車をかけていた。


 「エドワードだ。今日は仲間がいる」


 エドワードは慣れた様子で、フロントにいた黒い背広姿の初老の男に声をかけた。


 「はい、6名様ですね。新規の方は登録しておかれますか?」


 初老の男はにこやかに微笑みながら、落ち着いた口調で返事をした。


 「そうだね。また来るだろうから、登録しておこう。あの4人はパーティーだ」


 エドワードは俺たちを指差した。


 「では、パーティー名も登録しておきましょう。うかがえますか?」


 初老の男は俺たちの方を見て、聞いてきた。


 「クリス、パーティーの名前はなに?」


 エドワードにも聞かれて、俺はハッとした。そういえば、パーティーの名前なんて考えたこともなかったな。


 パーティーには名前をつけることがある。組んでは解散するような一時的なものにはつけないが、メンバーが固定化されて、たびたび同じ顔ぶれで冒険に出るようになると、名前が発生する。そう、イエローカナリヤンズとか。ザ・レジェンズは旅をしている間はアドベンチャーズ(ダサすぎだよ)という名前だったが、その足跡が偉大すぎて、周囲からザ・レジェンズと呼ばれるようになった。そんなふうに、誰か他の人から付けられる場合もある。


 「名前? そういえば、まだないな」


 頭をかいた。自分のパーティーを持つことになれば、もちろん名前はつけたかった。以前はスマッシュ・ローグスとかキャプテン・シーブスとか自分なりに考えていたが、今回はあわただしく出発して次々にいろいろが起きるものだから、何も考えていなかった。


 「クリス、この絨毯、足が沈み込むぞ!」


 名前を考えているのに、テイラーが全く関係のないことを伝えにやってくる。


 「わかった、テイラー。今、ちょっとパーティーの名前を考えているんだ。黙っててくれないか?」


 「チーム・コンティニュアスでいいだろう」


 コンティニュアスがニヤニヤしながら、余計なことを言う。うるさい、黙ってろ。コニーズって名前にするぞ。いや、それ意外に悪くないな。テイラーズも悪くない。ハーディーズもありだ。あれ? クリスズだけ、おかしくね?


 「はでぃ、はでぃ」


 ハーディーも何か言っている。ちょっと待ってくれ。あとちょっとで出てきそうなんだ。そう、格好いい名前が。ここまで出かかっているんだ。みんな、邪魔するな。


 「パーティーの名前? テイラーはクリスズでいいんじゃないと思うぞ。舌を噛みそうだけど」


 「クリスズってなんだよ。ダセぇな」


 テイラーとコンティニュアスが茶々を入れてくる。だから、うるさいって。


 「仮でミラキュラスにしといて」


 エドワードは必死に考えている俺を無視して、勝手に名前をつけた。初老の男は「かしこまりました。では、ミラキュラス……っと」と言いながら用紙に書き込んでいる。


 「いや、ちょっと待って! 俺のパーティーなんだから! 勝手に決めないで!」


 エドワードに詰め寄った。エドワードはすごく迷惑そうな顔をする。


 「決まりそうにないんだもの。いいじゃない、仮なんだから。後から変えられるし」


 「いやでも、こういうのって、得てして仮で登録したものが、そのままずっと使われたりするよね?!」


 「面倒臭かったら、そのまま使えばいいんじゃないの?」


 「そもそもミラキュラスってなんだよ」


 エドワードはキョトンとして俺を見て、それからテイラーたちを見た。


 「だから、奇跡だよ、奇跡。ミラキュラスは奇跡的って意味。今まで全くパーティーに恵まれなかったクリスが、ようやく出会えた仲間たち。しかも、こんなに個性的。これを奇跡と言わずして、なんて言うの?」


 そう言って、ニッコリと笑った。ぐっ、何も言い返せない。なんだかミラキュラスでいいような気がしてきた。それを認めたくない自分もいて、歯軋りするしかない。


 遅い時間に到着したにもかかわらず、レストランに行くと、きちんとした夕食を提供してくれた。おいおい、ステーキだよ。大事なことだから、もう一度言うぞ。ステーキだよ。小さいながらもステーキが出た。鹿肉だ。美味い。焼き加減が抜群。このグレイビーソースもしょっぱさと甘さのバランスが抜群。サーブするタイミングも抜群。俺は涙が出そうになった。


 「クリスとは、会うたびにステーキ食べる約束だから……」


 エドワードは笑っている。そういえば、そんな約束したっけな。いつまでも貧乏で、どんどん出世していくエドワードのことをうらやましがっていたら、「じゃあ、ステーキでも食べよう」と言っておごってくれたのだ。それ以来、クリスとは会うたびにステーキを食べている。


 「美味い、美味い!」


 ミラキュラスの大食いツートップ、テイラーとコンティニュアスはあっという間に肉を平らげて、テイラーはライラの皿を、コンティニュアスはハーディーの皿を、穴が開くくらい見つめている。


 「ダメだぞ、お前たち! ハーディー、絶対に自分の分は食べろ!」


 思わず声を上げた。ハーディーはいつも食べ物を小さく切ってゆっくり食べるので、遅いのだ。だから、常にテイラーとコンティニュアスに狙われている。


 「厳しいリーダーね。はい、テイラーちゃん」


 ライラは皿に残っていた肉を、あっさりとテイラーにあげてしまった。


 「ありがとう。テイラーは一生、ライラについていく」


 テイラーはほっぺた一杯に肉を詰め込んで、目をキラキラさせた。


 「どういたしまして。たくさんお食べ」


 くっ、ライラがすることに「やめろ」とは言えないのが辛い。しかし、この2人、いつの間にこんなに仲良くなったんだ。テイラーも「ライラさん」って言っていたのに、いつの間にか呼び捨てじゃないか。


 「私についてきたら、パーティーを抜けなきゃいけないわよ?」


 ライラは穏やかに微笑みながら、テイラーの頭を撫でつつ聞いた。まるで聖母のようだ。


 「テイラーはいつ抜けてもいいぞ。クリスはすぐに裸になりたがるからな。テイラーはそんなリーダーは嫌だ」


 テイラーはグフェフェと変な笑いを浮かべながら、俺を横目で見る。隣でライラが怖い顔をしてにらんでいる。


 「ちょっと待て! 俺がいつ裸になったって言うんだよ!」


 あることないこと言うな!


 「冗談だよ。ちゃんとついていってやる。ライラ、ごめんね。テイラーの冒険が終わるまで、待って」


 テイラーはそういうと、ライラの肩に頭を乗せて甘えた。ライラはデレデレで「あらまあ、テイラーちゃんったら」とか言っている。

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