天才修道士エドワード
俺たち……というか、ハーディーとコンティニュアスは2階のエドワードの執務室に連れて行かれて、質問攻めに遭った。
「固形は吸い込めて、液体も吸い込めるんだね。で、気体だけもOKと。それぞれ分別しても可能と。それはどうやって区別しているの? 君の意志一つでできるのかな? 吸い込んだものはどうなるの? 行き先は? 個別に標的を補足できるの?」
質問攻めにされて、コンティニュアスはうんざりとした表情を隠そうともしない。部屋に入った直後こそ、まともに椅子に腰掛けていたが、今はダランとなって、ずり落ちそうになっている。俺は空になったティーカップを見つめて、ため息をついた。机の上は持ち主の頭の中身を表すと聞いたことがあるが、それが本当ならば、この部屋はエドワードの頭の中身そのものだ。机の上に積み上げられた書類、壁には一面の本、本、本。俺とハーディーが腰掛けているテーブルも本の山だ。きちんと分類されて、付箋がいっぱいついている。知識の山。そして、いつでも取り出す準備ができている。
「クリス! 〝底なし〟で吸い込まれそうになった時、君はどれくらいの威力を感じていた?」
時々、思わぬタイミングでこっちに質問が飛んでくる。「え、ええっと、体が浮くくらいかな……」と噛みながら返事をした。
エドワードは天才だ。本当にいろいろなことを知っていて、勉強熱心で、知識を使いこなす術も知っている。だが、一方で、没頭すると周囲が見えなくなって〝程よく〟できないという悪い癖がある。さっきまで質問攻めに遭っていたハーディーは、精も根も尽き果てた感じでテーブルに突っ伏していた。
テイラーはライラに連れて行かれてしまった。俺も一緒について行こうとしたら「クリスは来なくていいの! 女子同士の話をするんだから!」と叱られた。
「いやでも、俺はテイラーの保護者なんだけど……」
「修道女は全人類の保護者です!」
ライラはピシャリと言って、テイラーの手を引いて別の部屋に行ってしまった。
エドワードは、冒険者になった1年目に同じパーティーにいた。そこは俺と同じくルーキーばかりで、リーダーがクソだったこともあって、まともにクエストを達成することなく自然消滅してしまった。ライラと知り合ったのも、そのパーティーにいた時だ。エドワードが紹介してくれた。最初はかわいらしさに惚れて、続いてその性格にゾッコンになった。
ライラのいいところは、ルックスと中身のギャップの激しさなのだ。ほわんとしたかわいい顔をして、エロくてむっちりした体をしているくせに、性格はキツくて人の話を聞かない頑固者。そこに萌える。ちなみに信仰心はめちゃくちゃ厚い。何かと言えば、女神さまの名前を持ち出すくらい。なので、困っている人を救済することには、驚くほどの熱量を注ぐ。テイラーを見て、そのスイッチが入ってしまったらしい。
テイラーがそばにいないと、なんか落ち着かない。ハーディーはまだぐったりしている。ロリアンドーロの軍人であること、一度は死んで、タイタンに魔人として甦らされたこと、体内にアンが入っていて、心臓の役割を果たしていることなどなどを、徹底的に聞き出された。
「なるほど、これが魔人か……。噂は本当だったんだな。タイタンはどんなやり方で、ここまで大きくしたんだ?」
エドワードは座っているハーディーの前に後ろにと回って、体を触り倒した。「こんなこともできるのか! 恐ろしい……」と一人でブツブツ言っている。
「なあ、次は俺が調べられるんじゃないのか? やめさせてくれよ、クリス」
待っている間、コンティニュアスは何度も悲壮な顔をして俺に頼んできた。「やめて」というのは簡単だが、ああなったエドワードは誰にも止められない。「わかった」と言いながらも、調べることをやめないだろう。果たして、その通りになった。
そして今、コンティニュアスが尻の穴のシワの数まで調べられているというわけ。
「すごい。どんなに大きなものでも吸い込めるということは、大量破壊兵器になりうるということだ。これはすごいぞ……!」
エドワードは腕組みして独り言を言いながら、座っているコンティニュアスの周囲をぐるぐると回っている。コンティニュアスは「もう許してくれ。俺、腹減ったよ」と泣きそうな声を出した。
「吐き出す方はどうなっているの? 万物の源って、本来は吐き出すんでしょ? 魔力をドバドバ吐き出すものなんじゃないの?」
エドワードは再び質問を始めた。
「だから、俺は吸う係だから、吐く方のことはよく知らないんだよ。吐くやつに聞いてくれよ。パンゲアの上にいるからよ」
コンティニュアスは半泣きだ。エドワードはそれを聞いていたのかいなかったのか、仕事机の横にあった椅子にドカッと腰掛けると、うーんとうなって目を閉じてしまった。ちょうどそのタイミングで、ライラがテイラーを連れて戻ってきた。トントンとノックの音がして、返事も待たずにドアが開く。テイラーは笑顔でタタッと部屋に駆け込んでくると、ハーディーの背中に「わぁ!」と言って抱きついた。よかった。元気そうだ。
「俺への疑いは晴れたかい」
怖い顔をしているライラに聞いた。
「誘拐じゃないってのはわかったわ。でも、経緯はあまり関心しないわね。未成年の疑いがあって冒険者でもない子を川向こうまで連れ出すなんて、自殺行為も甚だしいわ」
ライラは腕を組んで、俺をにらんだ。あ、その姿、好き。ライラはおっぱいが重いのか、腕を組む姿勢が好きだ。そして、腕を組むと必然的におっぱいが腕の上に乗っかって、ボリュームが強調される。たまんねぇぜ。
「それは謝るよ。でも、冒険者じゃないっていうのは、最初は知らなかったんだ」
「謝るなら私ではなく、テイラーに」
ライラは、テイラーの方にあごをしゃくった。ハーディーの背中にぶら下がって甘えているテイラーに「ごめんな」と手を合わせる。テイラーは即座に「いいよ!」と答えた。
「あのねぇ。女子は男子と違って、いろいろ大変なの。簡単に裸になるわけにはいかないし、体の作りだって男子とは違うんだから。もっと気を遣ってもらわないと、困るわ」
ライラはグイと胸を張った。全く、これは意識的にやっているのだろうか。おっぱいを見せつけているとしか思えないのだが。俺が釘付けになっていると、テイラーがテーブルを回って、小走りに近寄ってきた。
「クリス、テイラーはライラさんに、いろいろよくしてもらったぞ。身体検査もしてもらったし、膝も治療してもらった。だいぶ痛くないぞ。ほら」
テイラーはローブをつまみ上げると、左足を出して膝をカクカクと折り曲げてみせた。確かにいつも引きずって歩いているのに、スムーズに動いている。俺はライラに「ありがとう」と言った。
「本来ならその子、まだ孤児院できちんと教育を受けさせる年齢よ。でも、孤児院は嫌いだって言うから、仕方なくあなたに返すけど。本音を言わせてもらえれば、冒険なんて危ないわ。私が引き取って、面倒を見てあげたいんだけど」
プリプリ怒りながら、こんな親切なことを言うあたりが、ライラのいいところだ。改めてその優しさに惚れてしまう。ライラはテイラーに歩み寄ると、ニコッと微笑んで頭を撫でた。テイラーは気持ちよさそうに撫でられている。あっという間に懐きやがって。まあ、相手がライラなら、無理もない。
「いや、そんなことより、この彼だよ!」
急にエドワードが椅子を蹴って立ち上がったので、部屋にいた全員がビクッとした。
「エドワードがゾーンに入っているじゃない」
ライラが面倒臭そうな顔をする。
「さっきからずっとだよ」
そうだ。さっきからエドワードの頭脳がフル回転しているところを、間近で見ていたんだ。きっと、何か思いついたに違いない。エドワードはコンティニュアスのそばに行くと、その肩にポンと手を置いて、俺たちの方を向いた。
「喜べ! 彼は戦局を一変させる力の持ち主だよ!」
そして俺のところに駆け寄ってくると「クリスも、魔族の侵攻が一段と加速していることは知っているよね?」と聞いた。
知ってる、知ってる。というか、エドワードは初めて会った頃からこの話ばかりだ。人類は絶滅の危機にある、近いうちに魔族が押し寄せてきて、死滅してしまう、と。初めてポポナでその話を聞いた時には「何を言っているんだ、オーバーな」と思っていた。だが、この数年で状況は一変した。エドワードが言う通り、魔族がどんどん北上してきて、人類の生活圏は狭くなりつつある。
もっと北に逃げればいい? いや、それは無理なんだな。今、イースがあるあたりが普通に生活できる限界なのだ。これ以上、北に行くと寒さが厳しく、何より水がなくなる。少人数ならともかく、イース王国にいる全ての人間がさらに北へ移住すれば、寒さと飢えで次々に死ぬだろう。いわゆる〝北限〟を越えないように生活圏を維持するのが現在、人類が抱える大問題になのだ。
ただ、魔族は強い。束になってかかってこられると、人間はひとたまりもない。軍隊と教会が必死になって生活圏を維持しようと防衛ラインを設定して戦っているが、それがジリジリと後退しているのが現状だ。
「それは知ってるけど、コンティニュアスがどう戦局を変えるんだよ。魔族を片っ端から吸い込んでもらうつもりか?」
「それは……」
「おいおい、俺はそんなことしねえぜ!」
俺の発言にエドワードが返事をしかけたところで、コンティニュアスが声を上げた。ムッとした表情でまくし立てる。
「俺は姫の道具なんだ! 姫の指示ならばともかく、てめえみたいなどこの誰ともわからねえ坊主のために働いたりするもんか!」
そうだろうな。コイツ、道具のくせに意志があるし。自分のやりたいことしかやらないし。エドワードはと見ると、平然とした顔をしていた。
「そんなことはしないさ。そもそも君が本気でいろいろなものを吸い込んだら、魔族だけじゃなくて僕たちまで吸い込まれてしまう。吸い込む標的は指定できないんだろ?」
「うっ……」
コンティニュアスは言葉に詰まった。そうなんだ。例えばこの部屋で俺だけ吸い込むとか、そういう器用なことはできないんだな。
「だが、固体だけ、液体だけ、気体だけという選別はできる。それで十分だ。コンティニュアスくん、僕らに協力してくれないか? 何、君にとっても悪い話ではないはずだ」
エドワードはコンティニュアスに近寄ると、またポンポンと肩を叩いた。コンティニュアスは想定外の答えだったのか、気の抜けたような顔をして「へ?」と言っている。
「さあ、となると善は急げだ! みんな、イースに行くぞ。マリシャさまの許可をもらって、早々に出発しなきゃ!」
エドワードは机の横に放り出してあった鞄を取り上げると、何やらあれこれと詰め込み始めた。ライラが近寄ってきて、肩越しに「また暴走しないか、よく見張っておいて頂戴」とささやいた。




