表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/56

ライラは最高!

 ヘイシュリグは街のあちこちに雪が残っていた。道路の中心こそ除雪してあるが、路肩や植栽の上にはシャーベット状になった雪が積もっている。ペッパーとチョコが立てる蹄の音も、心なしかカツカツと硬く聞こえる。


 ここは宗教都市だ。イース全土にある教会に務める修道士、修道女はみんなここで教育を受ける。彼、彼女らが学ぶ「母なる泉の女神の学び舎」という長い名前の修道院が街のど真ん中にあって、住民のほとんどはこの学院に関わる仕事をしている。教師を筆頭に、例えば教科書を印刷するとか、寄宿舎でメシを作るとか、その食材を育てているとか、学生の制服を縫っているとか、そんな感じだ。


 ちなみにイースのほとんどの住民は程度の差こそあれ、この宗教を信じている。シャナ教という。今もそうだが、この辺りの土地は水が豊かではない。寒くて乾燥していて、なおかつ水がなく、人間が生きていくには厳しい環境だ。針葉樹に覆われた深い森が広がっているにもかかわらず、水はほとんど出ない。むかしむかし、人間はこの地にやってきて、水を求めて転々とした。ある日、一人の女性の夢枕に、自称女神が現れた。彼女がいうままに旅をすると、なみなみと水をたたえた湖のほとりに出た。それが今、イースの首都のすぐ隣にあるブリュンヒルト湖だ。


 喜んだ人間たちは、その女性……マリシャというのだけど、彼女を巫女として、湖に導いてくれた自称女神をシャナと名付けて、崇め奉るようになった。それがシャナ教の始まりだ。この宗教はそのシャナさんを「母なる泉の女神」として信奉している。俺の家も普通に信者で、10日に一度は教会に行き、祈りを捧げ、少額ながら寄付をしていた。だけど、クレアは死んだ。どんなに祈っても、女神さまは妹を助けてくれなかった。だから、俺は一応、女神さまを信じてはいるけれど、あてにはしないようにしている。宗教なんて、そんなもんだろう。


 「クリス! あれ見て!」


 御者台で隣に座っていたテイラーが、俺の腕を引っ張った。修道院を指差して、目を丸くしている。初めて見たら、威容に驚くだろう。いくつあるのか数えたことがないけど、天を突く無数の尖塔。真っ黒に近い灰色の建物は、威圧感たっぷりだ。どう見ても開け閉めしにくそうな異様に縦長な窓とか、これを作った人間は、見た人を驚かせようと思っていたとしか思えない。


 「ああ、今からあれに行くから」


 何度も見ているので、大して驚かない。


 「えっ、本当?! あれの中に入れるのか?」


 テイラーは興奮して、鼻をふがふが鳴らした。それを見て、数日前からずっと何か忘れていると思っていたことを急に思い出した。キュラを埋葬したら、テイラーにキスしてもらう約束をしていたはずだ。だが、テイラーの方から言い出す気配は全くない。忘れているのか、それとも意図的に無視しているのか。まあ、どっちでもいいや。


 修道院の裏に馬車を止めるスペースがあり、そこにペッパーとチョコを繋いだ。ここには何度も来ていて、勝手知ったる場所だ。ハーディーが頭をぶつけるのではないか?と心配するほど小さな裏口を開けて、屋内に入る。ハーディーは頭を下げてついてきた。細い通路を抜けると、礼拝堂に出る。俺から見て奥が正面玄関。これまたなぜこんなに重くしたのか理解不能な巨大なドアが、今は半分開いている。7、8人がゆっくり腰掛けられる長椅子が、ズラリとこちらに向かって並んでいる。横を見上げると、これも見慣れた女神様の石像が見下ろしていた。


 女神さまはロングヘアーである。ゆったりとした服を来て、空から水を呼び寄せ、大地を潤す。視線は常に大地の人間を見ているので、像の足元に来ると見つめられているように感じる。ここの女神像はかわいらしい。教会によって顔つきが違う。


 ハーディーとコンティニュアスに長椅子に腰掛けておくように指示して、テイラーを連れて、礼拝堂の受付に向かった。数人の修道女が何やら書き物をしている。いつも思うのだが、彼女らは何をせっせと書いているのだろう。一度、聞いてみると「いろいろあるのよ」と言われた。お目当ての人はいるかな? おっ、いたいた。ちょうど誰の相手もしていない。シャツの襟を直して「歪んでない?」とテイラーに聞いた。テイラーはうなずいた。よし、オーケー。じゃあ、行くぞ。


 いつもここに来ると、ワクワクする。彼女に会えるからだ。俺がめちゃくちゃ片想いしている、彼女に。


 「ライラ」


 カウンターの向こうで、テーブルに突っ伏して何か書いている修道女に声をかけた。濃いベージュの飾り気のないワンピースに、同じ色のウィンプルと呼ばれる頭巾をかぶっている。ライラはいつもうつむいて仕事をしているので、頭巾の端から真っ黒な前髪がのぞいていた。そのコントラストがいい。ライラは俺を無視して何か書き続けて、それから聞こえよがしに「はぁ」とため息をつくと、ジロッと俺をにらんだ。


 ああ、かわいい、かわいい。もう満点。その少し怒った顔がたまらない。血色のいい肌に丸っこいほっぺた。くるっと大きな瞳といかにも意志の強そうな太い眉毛。ぽってりとした肉厚な唇。修道女ではなく踊り子でもしていれば、おそらくイース屈指の人気者になっていただろう。美女というより美少女。そう、これが俺のライラなのだ。


 「なに?」


 ライラは実に無愛想に聞いた。いいねぇ、その面倒臭そうな感じ。そう、もうお分かりだと思うが、ライラはツンデレなのだ。ツンしか見たことないんだけど。ゾクゾクしていると、ライラは「どうせまたエドワードに用事があって来たんでしょ?」と聞いてきた。


 「ああ、そうそう。ライラはすごいな。俺が考えていること、すぐにわかっちゃう」


 ニヤニヤしてしまう。ライラは「あなたみたいな単純な人の考えていることなんか、すぐに分かります。ていうか、エドワードに会いに来る以外、ここに来る理由ないでしょ?」と冷たい目つきをして言った。そして、カウンターの上にグイと乗り出してくる。おお、いつもこの瞬間を待っているんだ! おおっ、来た! 来たぞお!


 ライラは服の上からでもわかるくらいの巨乳なのだ。おっぱいがカウンターの上にドシッと乗っかる。すごい重量感。たまらん。意識して俺の前でやっているとすれば、罪な女だ。


 「残念だけど、エドワードは相変わらずすごく忙しいの。今日もこの後、すぐに出かける予定があるんだから」


 俺の鼻先に指を突きつけて、口を尖らせた。そして、スッと目を細くする。やっとテイラーを連れていることに気づいたらしい。ライラは目があまりよくなくて、眼鏡をかけていることもある。だが、普段は「疲れるから」とよく外していた。目を細めて見るのは、目が悪いせいだ。


 「何、その子」


 カウンターの向こうで立ち上がった。


 「ああ、紹介しよう。テイラーだ。俺のパーティーのメンバーで……」


 説明している最中に、ライラは足音荒くカウンターから出て、俺たちがいる方に来た。


 「ちょっと待って。この子、未成年じゃないの? クリス、まさか誘拐したんじゃないでしょうね?」


 テイラーの肩に手を置くと、俺をものすごく怖い目つきでにらむ。ライラはかわいくて巨乳で最高な女の子なのだが、気が強くて思い込みが激しくて人の話を聞かないという欠点がある。まあ、そんな欠点に目をつぶれるほど、俺はライラに惚れているんだけど。


 「いやいや、そんなこと、するわけないじゃないか。ちゃんと勧誘して入ってもらったんだよ」


 「あなた、この人に無理やり連れて来られたんじゃないの?」


 俺の言い訳を完全に無視して、テイラーに話しかけている。テイラーは呆気に取られた表情でライラのおっぱいをガン見していたが、ライラの顔を見て首を横に振った。


 「違うって。今、ちゃんとパーティー組んでいるんだから。ほら、あそこに他の仲間もいるんだ」


 俺は、礼拝堂の隅っこの長椅子におとなしく座っているハーディーとコンティニュアスを指し示した。ライラは「んん……?」と言いながら、目を細めてじっと2人を見ている。あれ、どうかしたのかな? 見覚えでもあるのか?と思った瞬間、声を上げた。


 「あなた、ちょっとあれマジ?!」


 テイラーの手を引いて、ズカズカとハーディーたちのいる方へと歩き出した。あわてて追いかける。ライラはハーディーとコンティニュアスの前まで行くと、仁王立ちした。テイラーの手は握ったままだ。


 「ハイ、お嬢さん」


 コンティニュアスはにこやかに微笑んで手を上げた。ハーディーも「うごっほ」と手を上げてから、頭を下げる。


 「ち、ちょっと待って。あなたたち、なんなの? クリス、これはどういうこと?」


 ライラはテイラーを背後に隠しながら、俺を見た。


 「どういうことって?」


 意味がわからなくて、首を傾げる。ライラは俺の耳をつまむ。「いてて、痛いよ!」。そのまま礼拝堂の壁際に連れて行かれた。


 「あの人たち、まさか魔物じゃないでしょうね? 何、あの魔力。まともじゃないわ」


 顔を寄せてささやく。ライラの顔がすぐそばに来て、見惚れてしまう。化粧していないのにツヤツヤのほっぺた。プルンとした唇。思った以上に長いまつ毛。ああ、ライラ。やっぱり君は最高だ!


 「ちょっと、聞いてるの!」


 「いてて! 聞いてます、聞いてます!」


 また耳をつねられた。


 「礼拝堂に魔物を入れたとなれば、一大事よ。わかってるの? あなた、出入り禁止どころじゃ済まないわよ」


 ライラは、俺のほほを指でぐりぐりしながら詰め寄った。気持ぢいいっ。もっとやって! いや、違う!


 「違うよ。すごい魔力を撒き散らしているかもしれないけど、魔族じゃないから」


 どさくさにまぎれて、ライラの手を握りながら言い返した。ひゃあ、ライラのおてて、温かい! ほっぺたスリスリしたぁい!


 「ちょっと、この子のことも含めて、聞きたいことがたくさんあります!」


 ライラが俺を連れて移動しようとしたまさにその時、礼拝堂の奥の階段からトントンと軽やかな足音を立てて降りてきたやつがいた。ああ、もう少し登場が遅くてもよかったんだけどなあ。もっとライラとイチャイチャしたかったなあ。ちょっと早くないか? なあ、エドワード。


 高い窓から降り注ぐ陽光に、明るい茶色の髪がキラキラと輝いている。少女のように透き通った白い肌。思わず引き込まれる、髪と同じ色の優しい瞳。周囲にひげなんか一本も生えていない、ピンク色の唇。白いシャツに濃い茶色のスラックスという修道士の服装をしていなければ、女の子と間違えてしまいそうだ。出かけるのか、マントを手にしている。


 そう、これがエドワード。めちゃくちゃ優秀な修道士。俺の親友。


 「やあ、クリス」


 エドワードは軽く手を挙げて、眼鏡の奥でニコッと笑った。そして「ライラ、馬車の用意は……」と言いかけて、急に表情を引き締めた。引き締めたどころか、目を丸くして驚いている。階段を駆け下り、小走りになって、こっちへとやってくる。


 「よ、よう、エド」


 ライラに捕まったままあいさつした俺の横を通り過ぎて、ハーディーとコンティニュアスの前まで、最後は走っていった。


 「なんじゃあ、こりゃあ!」


 エドワードは周囲に参拝客がいるのも構わず、大声を上げた。ハーディーはもちろんコンティニュアスまでビクッとする。


 「君たち何なの? えっ、これどういうこと? ちょっと立って」


 ハーディーとコンティニュアスの手を取って、その場で立ち上がらせる。


 「何、これ? こんなの初めて見た! ライラ、馬車はキャンセルだ!」


 エドワードは振り返ると、ライラに向かってほとんど叫んでいる勢いで言った。その目がらんらんと輝いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ