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テイラーが好きなもの

 翌日、俺たちは4人そろって出発した。フェンネルの市場に改めて寄って、新鮮な野菜や肉をもう少し買い足した。せめて数日はきちんとしたものを食べたい。というか、ここから数日でヘイシュリグに着く。その間の分のつもりで、食糧を調達した。


 街を出ると、チラホラと雪が降っていた。イースはもともと北方の寒い国で、北東へ行くほど寒くなる。ヘイシュリグはまだ雪が積もっているかもしれない。この大陸に寒くないところなんて、あるのだろうか。『世界の歩き方』によれば、南方は1年を通して暖かいらしい。上着が要らないのだそうだ。信じられない。


 人間は昔、魔族と同じように、この大陸に散らばって生活していた。だが、魔族の数がどんどん増えて、捕食されるようになると、それを避けて北へと移動していった。そうしてできた国の一つが、イースだ。今や人間の最後の砦といってもいい。周辺にもいくつか人間の国があったが、ロリアンドーロが滅亡した今、国と呼べるほど規模の大きい人間の居住地域は、イースしかなくなった。


 そのイースも、最盛期と比べれば国土は半分以下になっている。気温が上がって住みにくくなった南方や西域から、魔族がどんどん北の方へ移住してきているからだ。多くの周辺都市は魔族に乗っ取られて、イースの首都は逃げてきた難民でごった返している。教会が救済に乗り出してはいるが、追いつかない状況だ。貧しい難民は盗みをはじめとする犯罪に手を染めないと生活できなくなり、治安が悪化。救済するはずだった教会が、治安維持に乗り出しているのが、イース国内の多くの都市の現状だ。


 ヘイシュリグはイースの北東にあり、教会に勤める修道士たちを育成する街として知られている。中心部に大きな修道院があり、少年や少女たちが修道士となるべく日々、修行にいそしんでいる。卒業試験に合格すると、彼&彼女らはイース各地の教会に派遣され、そこで布教にとどまらず難民の救済、治安維持、時には魔族退治まで行う。


 これから会いに行くエドワードは、そんな修道士だ。初めて会ったのは、俺が冒険者になった1年目。エドワードも修道院を卒業して1年目だった。最初は引っ込み思案でコミュニケーションが下手くそなやつだったが、俺と当時の仲間と出会って、いきなりひと皮もふた皮もむけた。もともとものすごく頭がよくて才能があって、いくつかのパーティーを渡り歩いて、あっという間にイース王家まで名を知られるようになった。今の国王と女王の間にはマリシャというお姫さまが一人いるのだが、いまやそのマリシャ王女直属のスタッフとして働いている。


 「クリス、クリス!」


 隣に座っていたテイラーが、俺の袖を引っ張った。毛布にくるまって御者台に座っている。そんなに寒いのなら荷台に入ればいいのに。もしかして俺の隣にいたいのかな? そこに思い至って、カッとまた顔が熱くなる。


 いやいや、まだテイラーは子供だから。


 「なに?」


 俺は動揺していることを悟られまいと、平静を装った。最近、多いな。テイラーに対して平静を装うことが。


 「今日、卵を買ったよね?」


 テイラーは真剣な顔をしている。確かに買ったが、それがどうかしたか? 何か問題があったかな?


 「うん、買ったよ」


 テイラーは眉を吊り上げて、目を見開いた。


 「じゃあ、またパンケーキを作れるということか?」


 瞳がキラキラしている。ああ、なるほど。パンケーキが食いたいのね。相変わらず食いっ気の先走ったやつだな。でも、それがテイラーのいいところだ。いつもバクバクとなんでも美味しそうに食べてくれるので、作り甲斐がある。キュラの家に着いた日に珍しく食事を残した時には、体調でも悪いのかと本気で心配した。


 「ああ、作れるよ。テイラーは俺が作ったパンケーキが好きなの?」


 「うん! 好きだ!」


 テイラーは目を輝かせて、うなずいた。こっちまでうれしくなってくる。


 「そうか、そうか。じゃあ、また作ってやろう」


 「テイラーは早速、今夜、食べたいぞ!」


 パンケーキ、パンケーキと変な節をつけて歌い出した。子供だなあ。一瞬でもそんなテイラーに女を感じてしまった自分が、恥ずかしくなる。テイラーは妹だ。そう、俺の妹。だって実際、クレアを重ねて見ているじゃないか。クレアに欲情するか? しないだろ?


 「テイラーが一緒に来てくれて、よかったよ」


 俺は素直な気持ちを、口にした。


 「そうか? テイラーもよかったと思っているぞ。だって、テイラーはこのパーティーが気に入っているからな」


 テイラーはニヤニヤしながら、チラチラと落ちてくる雪をふーふーと吹き飛ばして遊んでいる。


 「そうか。テイラーは俺のパーティーが好きなんだな」


 「そうだ、大好きだ!」


 カールした前髪に雪が乗っているので、手で払ってやった。テイラーは目を閉じて、じっとしている。会ったばかりの頃は触らせてもくれなかったのに、それを思えば随分な進歩だ。


 「テイラーは、ハーディーのこと、好きなんだろ?」


 前から気になっていたことを聞いてみた。テイラーは、まずハーディーに懐いた。なぜだろう。ずっと不思議だった。だって、ひと目見た時には逃げ出さんばかりに驚いていたのだ。あの巨体と異様さに。


 「うん。テイラーは、ハーディーが好きだ。だって、ハーディーはとても優しくて、丁寧な人だから。テイラーは父親のことは覚えていないが、もしいるのなら、ハーディーみたいな人がいいと思っている」


 聞く前に、理由を教えてくれた。ふーん、そうなのか。てっきり見た目が普通の人とは違うという共通項で、親しみを覚えたのではないかと思っていたのだが、違うんだな。


 「じゃあ、コンティニュアスのことは?」


 テイラーは、あまりコンティニュアスとは絡んでいない。自分から話しかけにいくことは、滅多にない。むしろ、コンティニュアスがテイラーに話しかけている感じだ。そして、テイラーはいつも迷惑そうにしている。


 「テイラーは、コニーのことも好きだぞ」


 そうなんだ。意外な答えが返ってきた。


 「どうして?」


 俺が聞くと、テイラーはむふうを鼻を鳴らして、胸を張った。


 「だって、コニーはイケメンだからな。カッコいいし、大人だし。もっとたくさん話したいけど、テイラーはいつもコニーと話そうとすると、顔が熱くなってうまく話せない」


 俺にとって結構、衝撃的なことをサラッと言ってのけた。何い、顔が熱くなるだと? それって要するにコニーの野郎みたいなのが好みだってことなのか? おっさんだぞ、おっさん! 強烈なジェラシーが胸の奥から湧き上がってくる。


 「そ、そうなんだ」


 「うん」


 テイラーは自分で言って恥ずかしくなったのか、何やら体をくねくねさせた。


 「えっ、じゃあ、俺は?」


 そうだ。それが肝心なんだ。テイラーは俺のことをどう思っているんだ。俺がどれだけテイラーのことを思っていても、あっちが俺のことを嫌いだったら、どうしようもない。


 しばらく返事がないのでテイラーの方を見ると、困惑した顔をして俺を見つめていた。


 「え、クリスのことは……。えっと……」


 テイラーは視線を足元に落とすと、長いこと言い淀んでいた。そして、バッと顔を上げると、意を決したように声を上げた。


 「クリスは、嫌いじゃない!」


 コニーはイケメンで……という告白を聞いたのに続く、衝撃だった。嫌いじゃないってどういうこと? 好きでもないっていうこと? いや、素直に「好き」って言ってくれるとは思っていなかったよ。でも、嫌いじゃないはないんじゃない? せめて「ちょっと好き」とか言ってほしかった。


 「えっ、じゃあ、好きじゃないの?」


 俺は混乱して、恐る恐る聞いた。


 「え、好き……じゃ、ない……かも」


 テイラーとしばらく見つめ合う。俺はこんなにテイラーのことが好きなのに、テイラーは俺のことが好きじゃないかもってどういうこと? もっとはっきり言わないといけないのか? テイラー、俺の女になれって。いやいや、違う違う。何を考えているんだ、俺は! 何やらいろいろなことが頭の中をグルグルと駆け巡る。頭を振ってそれを全部、振り払おうとした時、テイラーが声を上げた。


 「だ、だって、クリスはなんだか、エッチなんだもん!」


 顔を真っ赤にして言う。俺は心の中を見透かされたような気がして、ドキッとした。


 「お、俺のどこがエッチなんだよ! 俺が何かテイラーに、エッチなことをしたことがあるか?!」


 しどろもどろになってしまう。


 「あるじゃん! 水浴びの時は無理やり服をひんむいて下着の中まで手を突っ込んだし、温泉ではちんちん丸出しで、テイラーの前に飛び出してきたじゃんか!」


 テイラーはムキになって言い返す。


 「へえ、そんなことがあったのか」


 気がつけばコンティニュアスが荷台から身を乗り出して、俺たちの話を聞いていた。実に楽しそうにニヤニヤしている。


 「い、いや、違う! 水浴びの時はテイラーが自分で脱いだんじゃないか!」


 「クリスが脱げって言ったんじゃないか!」


 「温泉は助けに行っただけだし!」


 「フルチンで女風呂に入ってくるやつがいるか!」


 雪は次第に本降りになってきた。だけど、なんだかカッカと熱くて、むしろ顔にかかる雪が気持ちいい。コンティニュアスが「旦那、どっちの言っていることが本当なの?」とハーディーを巻き込もうとしている。


 ヘイシュリグまであと2日間。暇を持て余すことはなさそうな気がした。

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