2通の手紙
翌朝もコニーの野郎は食事抜きだった。俺は前夜の間にこねておいた小麦粉でパンを焼いた。牛乳や卵があればいいのだが、水と塩だけでも意外にもっちりしたパンが焼ける。あとは水と干し魚の塩煮。最近、野菜や果物を食わせていないので、フェンネルを通過するときに、いろいろと仕入れないと。
「おっ、美味そうだな!」
作っている最中に、真っ先にやってきたのはコニーの野郎だった。パンを焼いている鍋をのぞき込んで「うわっ、パンじゃねえか。美味そう!」と満面の笑みを浮かべている。一夜明けたら許されたと思っているのだろうか? 甘い。
「コニー、お前の分はない」
俺は可能な限り冷酷非情を装った。
「え、マジで?! どうして?!」
眉を下げ、口もへの字に曲げて、ものすごく悲痛な顔をしている。この魔道具、馬鹿なのか? それともわざとか?
「俺はまだ昨日のことを許していない」
「まだ許してないの?! 人間って執拗!」
執拗なんて、難しい言葉を知っているんだな。まあ、とにかくダメだ。俺は朝食の間、コニーの野郎をキッチンの片隅で立たせておいた。
「うおっ、うおっ」
ハーディーが何か話しかけてくる。
「もう許してやったらどうか、だって」
テイラーがパンを頬張りながら通訳した。
もちろん許してやるつもりだ。さっきからコニーの腹がぐうぐう鳴っている。こいつ、道具のくせに一丁前に腹は減るんだな。このまま食わせないと、そのうちブチギレて俺を吸い込むかもしれない。
「コニー、ハーディーと一緒に穴を掘れ。働け。そうすれば許してやる」
後片付けを済ませると、コニーに命じた。ものすごく不服そうな顔をしていたが、ハーディーに促されて一緒に庭へと出ていった。
「よし。では、テイラー。キュラと一緒に埋めるものを選ぼう」
「一緒に埋めるもの?」
テイラーは不思議そうな顔をする。
「そうだ。天国で寂しくないように、キュラが大事していたものを一緒に埋めるんだ。そうだな。例えば、魔法使いだったらローブや杖はないか? 帽子でもいいな」
そういうと、テイラーを促して屋敷を巡り始めた。テイラーは「これは毎日、使っていたマグカップ」とか「このパイプでいつも煙草を吸っていた」とか教えてくれた。さすがに全部は無理。2つか3つで構わない。
2階のキュラの寝室に行った時、机の上に封筒が置いてあるのに気が付いた。昨日は遺体を運び出すのに夢中で気が付かなかった。『愛しいテイラーへ』と『テイラーをここまで連れてきてくれた方へ』の2通ある。裏を見ると『キュラ・ドーラ』と署名があった。
「おーい、テイラー!」
向かい側はテイラーの寝室だった。そっちに行っていたテイラーを呼ぶ。
「お前に手紙だぞ」
封筒を差し出した。テイラーは恐る恐る、それを受け取る。
「テイラーの部屋で読んでいいか?」
「いいよ」
うなずくと「そっちは?」と聞く。
「これは俺宛てだ」
封筒を見せると、すぐに納得して小走りに自分の部屋へ行ってしまった。
もう一度、封筒を見る。茶色い封筒は白い縁取りで強化されている。だが、特に何か魔法がかけられているわけではなさそうだ。俺には魔力がないし、魔力を感じることもできないが、気配でわかる。これは大丈夫だ。
キュラはテイラーが一人で帰ってくるのではなく、誰かに連れられて戻ってくることを予期していた。俺は机の上にあったペーパーナイフを使って、中身を傷つけないように、丁寧に封筒を開けた。2枚のベージュ色の紙が入っていた。丁寧で整然と並んだ文字から、キュラという人が几帳面な性格だったことがうかがえる。読み進めているうちに、俺は鼻の奥がツーンとしてきて、不覚にも涙がこぼれてしまった。
『拝啓
テイラーをここまで連れて帰ってきてくれた、親切なあなたへ。
まず、テイラーをここまで連れて帰ってきてくれて、本当にありがとう。心から感謝します。
私はこの家の主人のキュラ・ドーラと申します。テイラーの育ての親でした。この手紙をあなたが読んでいるということは、私はどこかで死んでいると思います。もしかすると、死体の処理をさせてしまうかもしれません。お手数おかけして、申し訳ありません。
テイラーは私が死んだことに驚いて、逃げ出したのでしょう。常識では考えられないことですが、仕方ありません。テイラーはそういう子なのです。許してやってください。
テイラーは孤児院で育ち、親の顔を知りません。幼児期に虐待を受けていて、いろいろと人格形成に問題がありました。全身の火傷からくるコンプレックスも、彼女が抱える大きな問題の一つです。それをなんとか修正して、普通の女の子にしてあげようと、短い期間ですが、努力してきました。ですが、どうやら私には時間が残されていないようです。
テイラーをここに連れてきてくださった、親切なあなた。どうか、この老いぼれの願いを聞いていただけないでしょうか。テイラーを、どこへ行っても胸が張れる、一人前の大人に育ててやってほしいのです。あなたのそばに置いて、愛を注いであげてほしい。意地っ張りで恥ずかしがり屋ですが、本当は優しくて、かわいらしい女の子です。
テイラーは、自分のことを「私」と言いません。いつも「テイラーは」と言います。本来ならば愛情をたっぷり受けて育つべき時期にそれがなかったため、〝全身大火傷をした醜い自分〟が受け入れられないのです。それゆえに、自分のことを「テイラー」と呼んで、まるで第三者のように振る舞います。
親切なあなた、テイラーが自分のことを「私」と呼べるように導いてあげてください。無理なお願いをしていることは、重々承知です。あなたができないのであれば、それを引き受けてくださる方に、テイラーを引き渡していただけないでしょうか。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
敬具』
署名に添えられた日付は、2年半前のものだった。俺は涙を拭いた。テイラー、テイラー、テイラー。何度、この人は手紙の中でテイラーと書いたのだろう。死を目の前にして、テイラーの行く末しか考えていない。どんなに愛していたのか、キュラ・ドーラという人物を知らなくても、それを知るにはこれで十分だった。
こんなものを読まされては、テイラーを置いていけないじゃないか。俺は昨夜の決意がもろくも崩れ去っていくのを感じた。「あなたができなければ、別の人に」と末尾に書いてはあるけれど、そんなの無理だ。俺にはそんな無責任なことはできない。
もう一度、手紙に目を落とすと、2枚目の裏に何か書いてあるのを見つけた。まだ続きがある。
『追伸
テイラーを冒険者ギルドに連れて行って、冒険者登録させてください。紹介者は私の名前を出せば、イースのギルドであればどこでもやってくれると思います。この子は才能があります。磨いて、本人が努力すれば、きっと素晴らしい魔法使いになるでしょう。もっと時間があれば私がそれをできたのですが、テイラーが立派な魔法使いになった姿を見られないのは、本当に残念です。
※テイラーが暴走したら、通常の魔法封じの呪文で止められます。
※タイタンには気をつけて。あの男は野心の塊です。あの男にだけは、テイラーを引き渡さないでください。』
手紙はそこで終わっていた。
「紹介者は」ということは、キュラは冒険者だったのだ。イースならどこでも名前が通じると書いてある。しかも、タイタンを知っている。ということは、現役時代はそこそこの知名度を誇った魔法使いだったのだろう。俺は手紙をそっと封筒に仕舞った。これはハーディーにも見せないと。隣の部屋をのぞくと、テイラーがベッドに腰掛けて、泣きながら手紙を読んでいた。今はそっとしておこう。
庭に出ると、ハーディーが一人で穴を掘っていた。もうかなり深い。キュラの遺体を入れるには十分だ。穴のそばでコニーの野郎が突っ伏していた。
「コニー、サボるな! 昼飯が食いたかったら、働け!」
俺はコニーのケツを蹴っ飛ばした。突っ伏したまま「もうダメだ。もう腕がパンパンで動けない」と文句を言うので「じゃあ、昼飯抜きな」と耳元で言うと、渋々起き上がってきて穴掘りを手伝い始めた。
「ハーディー、ちょっと来て」
俺はコニーに穴掘りを代わらせると、少し離れたところに行って、キュラの手紙を見せた。ハーディーは読み進めているうちに、プルプルと震え始めた。一度読み終わり、もう一度、最初から読み返す。仮面を押さえて、はぁはぁと息を荒くした。涙は出ていないが、泣いているようだ。
「あぐぁ……。ぐあぁ……」
ハーディーは俺に何か話しかけた。わからん。手紙を読んだ後なので、おそらく何かテイラーの話をしていると想像はできるが。
「お嬢ちゃんを本当に置いていくつもりなのかってよ」
墓穴から顔を出して、コニーが言った。
「あぐぁ、ああぐ、ぐあっあ」
ハーディーはさらに続ける。俺に仮面を寄せて、一生懸命しゃべっている。
「この手紙を読んで、そんなことできるのかって」
コニーが通訳する。ため息をついた。そんなこと、できるわけないだろう。俺だって、付き合いは短いけど、テイラーのことを大事に思っているんだ。だけど昨晩、言ってしまったしな。ここに残ってもいいって。もし、テイラーがここに残ることを選択すれば、それを止める権利は俺にはない。キュラとの思い出から、テイラーを引き剥がす権利は、俺にはない。




