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キュラの亡骸

 テイラーがキュラと住んでいた家は、街外れも街外れ、フェンネルを見下ろす高台にあった。よほどのことがない限り、ここには誰も来ないだろう。一方でキュラという人物が、街の人とは一線を画して生活していたこともうかがわせた。


 「キュラさんは何をしていた人なの?」


 テイラーに聞いた。


 「うーん。なんだろう? 魔法使い?」


 テイラーは首をひねっている。魔法使いということは現役の冒険者なのか、それとも引退した冒険者だったのか。いずれにせよ、どうやってメシを食っていたのか、謎だ。そんなことを話していると、木々の間にまるでメルヘンの世界から抜け出してきたような、かわいらしい三角屋根の家が現れた。中央に円柱状の母家があり、手前と右側に部屋がある。煤けているが壁面は水色、屋根はピンク色に塗られている。庭でたくさんの植物を育てていたようで、自然の山にはない草木が思う存分に生い茂っていた。


 「おう、ここがテイラーの家か」


 馬車を降りたコンティニュアスは、家を見上げて言った。ハーディーにも、テイラーの家に立ち寄ることは事前に伝えてあった。


 さて。キュラが死んで以降、誰もここに来ていないのであれば、俺たちは死亡後、2年ほど経った仏様とご対面しなければいけない。死体を見たことがないわけではないが、いつ見ても気持ちのいいものではない。俺はふうと息をつくと、キュッと唇を結んだ。


 「俺が先に入る。テイラーのいない間に、誰か住み着いているかもしれないからな」


 家を呆然と眺めているテイラーにそういうと、玄関に向かった。


 鍵が開いていた。


 侵入者がいるかもしれない。トラップはないか。確認してから、ソッとドアを開ける。家の中は薄暗かった。まだ午後になったばかりだが、外が曇っているので屋内も暗い。ベルトから短剣を抜いて、室内に入った。


 「クリス、そっちに行ってもいいか?」


 テイラーが、ドアのところでささやいている。俺は振り返ると、声を出さずにうなずいた。この家の間取りを知っている人間がいた方がいいに決まっている。テイラーは小走りに俺のそばまでやってきた。


 「うわぁ、懐かしい。何も変わってない」


 テイラーは周囲を見回す。


 玄関を入ったところは、キッチンだった。白い壁に大きなピンクの水玉模様。食器棚やテーブルは水色で統一されている。きちんと片付けられていて、荒らされた形跡はない。だが、この乙女チックな配色はなんなんだ。食器棚に並んだ皿やコップも、どれもこれもおとぎ話に出てきそうなカラフルな色で、思わず見入ってしまう。家の外装を見た時もそう思ったのだが、キュラという人は随分とかわいらしいものが好きだったようだ。


 「かわいい家だな。その、キュラって人は若いのか?」


 コンティニュアスも家に入ってきた。ハーディーは家の周囲を見に行ったようだ。窓の外で動いているのが見える。指示しなくてもそういうところを見に行ってくれるハーディーは、実に頼もしい。


 「いや、若くない。初めて会った時から、おばあちゃんだった」


 テイラーが答えた。そうなんだ。おばあちゃんでこれか。ちょっとキツくないか?


 キッチンを抜けると、中央部の円柱形の母家に出る。そこはリビングだった。ソファや本棚、ローテーブルが置いてある。もちろん水色とピンクの水玉模様で統一されている。右側に別の部屋に続くドアがあり、正面奥に螺旋階段があった。ここもきれいに片付いていて、荒らされた形跡はない。どうやらテイラーが去ってから2年間、本当に誰も来ていないようだ。


 「テイラー、キュラさんはどこで亡くなっていたんだ?」


 テイラーは懐かしそうに本棚の中身を見ている。コンティニュアスは勝手に本を引き出して、ソファに悠々と腰掛けて読み始めた。おい、どこかに誰かがトラップをかけていたらどうするんだ。もう少し用心しろ。


 「キュラは自分のベッドで死んだよ。2階だ」


 テイラーはそう言って、階段を指差した。窓の外を見ると、ハーディーが立ち止まってこっちを見ている。何か言いたげだったので、そばまで行って窓を開けてやった。


 「うおっ、おっお」


 「外側は異常なしだって」


 テイラーが通訳する。


 「そうか、ありがとう。ハーディーも入ってきたらどうだ? 外は寒いだろう」


 ハーディーには、オークの集落で新しく服を買ってやった。足や腕がむき出しで、見るからに寒そうだったからだ。分厚いフェルトで作ったカーキ色の上着とズボンを身につけて、その上から毛皮のマントを羽織っている。とはいえ、外は寒い。これからヘイシュリグに行けば、もっと寒さは厳しくなるだろう。


 「おおっ」


 ハーディーはうなずくと、玄関の方へと消えて行った。俺はテイラーを連れて、階段を登り始めた。テイラーが俺のベストの裾をギュッと握っている。怖いのか。俺も怖い。どんな死体と対面するのかと思うと、冒険者とはいえ怖い。もしかして、ゾンビ化していたらどうする? いきなり襲いかかってきたら? ハーディーを待ってからの方がよかったかな? さまざまな思いが頭を駆け巡る。


 狭い螺旋階段を登ると、人一人がなんとか通れる程度の細い廊下に出た。両側に部屋がある。テイラーは右側を指差して「こっちがキュラの部屋だ」と言った。緊張しているのか、顔が引きつっている。ドアの前まで行った。鍵は開いている。トラップの気配はない。変な匂いもしない。よし、行くぞ。


 ドアノブに手をかけて、ソッと開けた。


 東向きの部屋は、日が入っていなくて薄暗かった。少しカビ臭い。そして、ツンと甘いような、吐き気を催すような嫌な匂い。この部屋の壁も水色と白にピンクの水玉模様で統一されている。南側には本棚と重厚感漂う立派な机、北側には窓際にワードローブ、そして手前側にベッドがあった。布団が盛り上がっている。


 俺は意を決して、部屋に足を踏み入れた。ベッドの方を見ると、白地にピンクの水玉模様のナイトキャップが見えた。用心しながらもう少し、奥へと踏み込んでいく。


 「キュラ……」


 後からついてきたテイラーが、それを見て小さくつぶやいた。そして「うっ」と嗚咽を漏らすとボロボロと涙をこぼし始めた。


 「テイラー、下に行きな。キュラさんは俺たちが降ろしてやるから」


 俺は顔を覆って泣いているテイラーの背中をソッと押すと、階下に向かって「ハーディー、手伝ってくれ!」と声を上げた。


   ◇


 キュラは、ベッドの中でミイラ化していた。おそらく眠ったまま亡くなったのだろう。ナイトキャップをかぶったまま、目を閉じている。多少、シーツは汚れていたが、肌はすっかり乾燥して、灰色になっていた。フェンネルは冬は寒く、夏も比較的、涼しくて乾燥している。腐敗せずにミイラになったのは、おそらくそのせいだ。


 遺体をシーツで包み、一度はリビングまで降ろしたのだが、日没までに埋葬を終わらせる自信がなくて結局、その日はリビングに置いたままになった。俺がキッチンを使って夕食を作り、ハーディーが庭の一角に穴を掘った。テイラーはずっとキュラのそばにいて、ぼんやりとしていた。


 コンティニュアス? 知るか。あいつ、キュラの遺体をハーディーが担ぎ降ろしたら「なんだ、それ! 死体か?! そんなものを俺のそばに置くな!」とソファから腰を浮かせて言いやがった。俺は反射的にコンティニュアスのケツに蹴りを入れた。


 「痛っ!」


 「てめえ、この野郎! 言っていいことと悪いことがあるだろうが! この無駄飯食らいめ! これからてめえはコニーだ! コニーとしか呼ばないからな!」


 ブチ切れた。コンティニュアスは呆気に取られながらも「コ、コンティニュアスだ……」と言っていたが、もう知らん。メシも作ってやらない。エリックにもらった小麦粉を練って、干し魚のだんご汁を作っているが、コニーの分はない。


 「食事だぞ」


 キュラのそばで魂が抜けたみたいになっているテイラーを立たせると、庭で穴を掘っていたハーディーを呼んだ。テーブルに戻ってくると、コニーの野郎がちゃっかり座っている。「てめえの席はねえ。立ってろ」と言うと、悲しげな顔をして「そんな!」と半泣きになった。


 魔王の道具かなんだか知らねえが、テイラーの師匠を冒涜するやつは許さねえ。コニーは「えっ、クリス、マジで俺のメシはないの? 冗談だろ?」と例によって人懐っこい笑みを浮かべているが、完全無視した。ハーディーが自分の皿を差し出そうとした時だけ「余計なことをするな!」と怒鳴った。


 テイラーがキュラとどんな間柄だったか、よく知らない。だけど、キュラの遺体を目の当たりにして、こんなに意気消沈しているところを見ると、テイラーにとってキュラはとても大切な人だったのだ。そう、俺にとってクレアがそうだったように。


 その夜、家の中からロウソクを探してきて、リビングに安置したキュラの周囲に灯した。俺は聖職者ではないので、死者を弔う方法は知らない。だけど、クレアが死んだ時、こういうことをやっていたような記憶がある。


 「テイラー。明日、キュラさんをお墓に埋める。そばにいられるのは、今夜が最後だ。だから、悔いの残らないように、お礼を言っておけ」


 ハーディーはキュラのそばに正座して、手を組んで頭を垂れている。ロリアンドーロ流のお祈りなのだろうか。コニーの野郎は不貞腐れてリビングの隅で寝てしまった。

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