フェンネルへ
馬車は未舗装の道路をゴロゴロと進む。人間しか乗っていないとわかれば、魔族が喜んで襲ってきそうなものなのだが、エリックにもらった幸運の指輪のおかげか、アクシデントに遭遇しないまま北部、いわゆる人間の居住区域に戻ってきて、クーメンを通過した。もちろん、街中は通らない。遠回りして迂回した。
「なんだ、通り過ぎちまったぞ。買い物とかしなくていいのか?」
荷台からコンティニュアスが声をかけてくる。うるさいな。この街ではいろいろあったのだ。降り立ちづらい立場なんだよ、特に俺とハーディーは。
「ハーディー、説明してやってくれ」
同じく荷台に座っているハーディーに声をかけた。
エリックが用意してくれた馬車は、いわゆる幌馬車だった。貴族が乗るようなきちんとした座席があるわけではなく、なんでも積み込める荷台がある。そこに毛布を積んでくれていた。夜はそれにくるまって寝た。座席がないおかげで、のびのびと横になって眠れる。2頭曳きで、馬はどちらもおとなしくて扱いやすかった。テイラーが黒い方にペッパー、茶色い方にチョコという名前をつけた。
〝底なし〟からずっと一緒に旅をしてきて、コンティニュアスという人物……いや、道具だから人ではないな。まあ、いいか。とにかくコンティニュアスの人となりが、少しずつわかってきた。嫌なやつではない。しかし、好きにもなれない。役に立たないからだ。コンティニュアスは、とにかく役に立たなかった。
「おいおい、こんなにむいてしまったら、食うところがなくなっちまうだろうが!」
すごく不器用で、芋の皮をむかせれば3分の1くらいにしてしまう。食器を洗わせれば、汚れが残っている。火はいつまで経っても起こせない。そして火の番をさせると、いつの間にか消してしまっている。とにかく生活力がゼロなのだ。どこの坊ちゃんだ。全く。
「いやあ、すまん、すまん」
悪びれずに人懐っこくニコニコ笑っているので、怒るに怒れない。
では、戦闘で役に立つのかというと、そうでもなさそうだ。本人に聞けば、剣術も体術もやったことがないという。実際に戦闘の場に立ったことがないのでなんとも言えないのだが、ほれぼれするようないい体をしているくせに、びっくりするくらい体力がなかった。食材集めに山の中を歩けば、すぐに「クリス、もう疲れたよ」と言って座り込んだ。
魔法は? 魔王が所有し、魔王を魔王たらしめていた道具なのだから、何かすごい魔法が使えるのではないか。そう思って聞いてみたが、できることといえば「いろいろなものを吸い込むことができる」だけだった。
「待ってくれ。なんだ、そのガッカリした顔は。すごいんだぞ、俺の吸い込む力は」
それを聞いたのは夕食を済ませて、あとは寝るだけとなった時間帯だった。荷台で毛布にくるまって、よほど俺はがっかりした顔をしていたのだろう。コンティニュアスは眉毛を吊り上げて憤慨した。外ではハーディーが焚き火をして、見張りに立っている。テイラーはあぐらをかいた俺の足を枕にして、すでに寝る態勢に入っていた。出会ったばかりの頃は俺のことを警戒して近寄ろうとはしなかったが、そばに寄ってくるようになった。最近は寝る前に、オークから買った保湿液でお肌の手入れをしてやっている。体も触らせてくれるし、電撃の防御魔法もかけていない。少しは信頼してくれるようになったみたいだ。
「いや、知ってるよ。〝底なし〟でみんな吸い込まれそうになったから」
呆れてそういうと、コンティニュアスは「これだから人間は」と言って、はぁ〜とため息をついた。
「いいか、俺はいろいろなものを吸い込むことができるんだ」
「だから、それは知ってるっつーの」
コンティニュアスは毛布の中でゴソゴソと動くと、俺の方に近寄ってきた。こいつ、道具のくせに寒いとか暑いとか感じるのだろうか? ものすごく食うので、腹は減るのだろう。だが、食う以上は何かパーティーに貢献してほしい。馬車の運転も「やったことがない」と言ってやらない。いや、あの料理の感じからすると、怖くてやらせられない。馬を暴走させたり、道を外れて路肩に落ちたりしそうだ。
「違う、違う。最後まで聞け」
コンティニュアスは真剣な顔をした。
「俺は物体を吸い込むこともできるし、魔力のように、通常は見えないものだけを吸い込むこともできる」
「ふーん」
そういえば、石室内ではなんでもかんでも吸い込んでいたけど、地上に来てからは魔力だけ吸い込んでいたな。
「吸い込むものを選別できるということ?」
「そうだ。クリスは賢いな」
コンティニュアスはパッと表情を明るくした。この「◯◯は賢いな」というフレーズをよく使うのだが、なんだか馬鹿にされているような気がして、あまり好きではない。テイラーは言われるたびに喜んでいるが。
「つまり、どういうことだか、わかるか?」
こういう勿体ぶった話し方をするのも、癖だった。いちいち面倒なやつだな。早く教えろよ。
「いや、わかんねえ」
眠くなってきた。足に乗っているテイラーの頭がポカポカして気持ちいい。髪を撫でるとフワフワで、さらに眠気が増してきた。テイラーはエリックの家で風呂に入って、一気にきれいになった。あの中年の召使いに全身、洗ってもらったらしい。それ以来、毎日、俺が櫛を入れてやっているので、髪にツヤが出てきた。ボサボサで不潔感満載だった髪が、今やテイラーの魅力の一つになっている。
「例えばだ。戦場で相手を皆殺しにしたいとしよう。その場合、俺が全部、吸い込んでしまえばいい。だが、生かして全部捕らえたいならば、魔力だけ吸い取ればいい」
なるほど。魔族にとって魔力は、人間にとっての体力と一緒だ。完全に吸い取られてしまったら、力が出ない。
「要するに兵器として優秀だということなんだな?」
「そうだ」
コンティニュアスは口髭をいじりながら、ドヤ顔をした。
イケメンで、人間の年齢ならば30歳くらいに見える。黙っていればモテるだろう。しかし、口を開けば妙に子供っぽい。弟ができたみたいな気分だ。魔法言葉は話せるらしく、よくハーディーと話している。テイラーと同じくすぐにハーディーのことが気に入って、何かといえば「ハーディー、ハーディー」と頼りにしていた。なんだよ、リーダーは俺だぞ。面白くない。
コンティニュアスが唯一、役に立ちそうなのは、物知りだということだった。古い魔族や魔法の話をよく知っていた。ただ、〝底なし〟に埋められて以降はバージョンアップしておらず、最近のことは全く知らなかった。
そう、コンティニュアスは埋められたのだ。
「魔王が倒されたあと、俺は要注意人物ってことになってなあ。吸う側と吐く側に分割されて、それぞれ別のところに封印されてしまったんだよ」
コンティニュアスが言うには、魔王が万物の源を使って世界をめちゃくちゃにしたせいで、人間はもちろん魔族までが大変、困る事態に陥った。で、人間では太刀打ちできないので、魔族の軍勢が魔王と戦って打ち倒したらしい。
「パンゲアの城主は、魔王を倒した魔族軍のリーダーだ。シェイドという風の精霊だ。イケメンだぞ。俺ほどではないがな」
魔王が復活して、万物の源を取り戻して再び世界をめちゃくちゃにしないように、吐く側を安置した城を、魔法の力で空中に持ち上げた。吸う方は、蟻地獄のようにどんどん崩れて侵入者を飲み込むダンジョンの底に隠した。それが〝底なし〟だ。〝底なし〟を設計して作ったのが、ベヒーモスらしい。
「なあ、クリス。テイラーたちは、万物の源を取りに行っていいのかな?」
ある日の御者台だった。今晩の食事は何にしようかと考えている時に、隣に座っていたテイラーが話しかけてきた。
「え、なんだって?」
全く聞いていなかった。テイラーは一瞬、ムッとしたが、すぐに真顔に戻った。
「万物の源を取りに行って、大丈夫なのかなって。だって、コニーの言う通りなら、吸う方と吐く方がそろったら、世界をめちゃくちゃにできるってことじゃないのか?」
テイラーはコンティニュアスのことを「コニー」と呼んでいた。俺もそう呼びたい。だが、俺がコニーというと、コンティニュアスがすごく嫌がるのだ。テイラーが呼ぶと「はいはい」と言って笑顔で振り向くのに。
「そうだな。確かに、その通りだ」
テイラーの不安は、俺も感じていたことだった。コンティニュアスの言う通りなら、万物の源が2つそろえば「えらいこと」になるのだ。それをタイタンに渡してしまっていいのだろうか。いや、ダメだ。あんな野心を隠そうともしないおっさんに渡したら、あのおっさんが魔王になって、好き放題やり出してしまう。
これは本当に、あいつに相談しないといけない。そう、エドワードに。
そんなことを考えていると、往来に人の姿が見られるようになってきた。次の街が近いのだろう。フェンネルだ。そう、テイラーが師匠のキュラさんと暮らしていた街。
「テイラー、もうすぐフェンネルだぞ。家の場所は覚えているか?」
ヘイシュリグに行く途中でフェンネルに寄り、死んだ状態で放ったらかしにしてきたというキュラさんを埋葬するつもりだった。テイラーの記憶通りなら、もう2年も前の話だ。さすがに近所の人が処理してくれているのではないか。でも、テイラーと約束したし、行くだけは行ってみよう。
「う、うん」
テイラーは緊張した表情でうなずいた。
「あっちだ」
テイラーは街に続く方ではなく、いきなり山の方へ向かう道を指差した。そうか。そんなところに住んでいるようでは、なかなか街の人は来ないかもな。これは死体を見ることになるかもしれない。俺は覚悟を決めた。




