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ロリアンドーロを復興しよう

 焚き火のそばまで戻ると、エリックが戻ってきていた。アンはまだハーディーの体から出たままだ。もしかして、コンティニュアスがそばにいる間は、出っ放しなのだろうか。


 「あのおっさん、万物の源ことを、よく知らないみたいだな」


 コンティニュアスはニヤニヤと笑った。隣でエリックがパッと耳を塞ぐ。


 「コンティニュアスは、あの、それなんでしょ?」


 俺は焚き火のそばに腰掛けた。


 「そうだよ。だけど、言ったじゃないか。『それも俺の一面』だと」


 コンティニュアスは焚き火に薪をくべながら、相変わらず笑っている。


 「お前と言葉遊びをするつもりはない。もっとわかるように説明してくれよ」


 イラッとして、言葉がきつくなる。コンティニュアスは少し驚いた顔をすると「やれやれ、人間ってやつは」と呆れたように言った。


 「まあ、簡単に言えば、吸うやつと吐くやつがいるわけだ。で、俺は吸う係」


 自分の分厚い胸を指差しながら、ドヤ顔をする。なるほど。万物の源は、魔力を循環させる道具だとエリックが言っていた。コンティニュアスが吸う側。そしてもう一人、吐く側がいるということだな。


 「じゃあ、万物の源は、もう一人いるということなんだな?」


 自分の推論を確かめるために、聞いた。


 「もう一人というか、そいつも俺というか」


 「だから、わかりやすく」


 「まあ、そうだ。もう一人といえば、もう一人いる」


 コンティニュアスは足を崩して、夜空を仰いだ。ここからは空は半分くらいしか見えない。残り半分はパンゲアの下側が見えていて、今は真っ暗だ。開けている方は、満天の星空。吸い込まれそうだった。


 「タイタンが探しているのは、そのもう一人の方。で、そのもう一人は、パンゲアの上にいる。それでOK?」


 コンティニュアスを見て、それからエリックを見た。ハーディーは間違っていなかった。そして、エリックも間違ってはいなかった。コンティニュアスは万物の源だ。だが、これだけでは足りないのだ。対になる万物の源は、あの島の上にある。あるというか、いる。


 「うーん、簡単に言えば、まあそういうこと」


 コンティニュアスはヘラヘラ笑いながら、癇に障る言い方をした。ため息をつく。改めてパンゲアの上を目指さなければいけない。だが、さっき〝底なし〟で死にかけた光景が、何度も頭の中に浮き上がってきていた。エリックを頼りにして、明日にもパンゲアにアタックはできるだろう。だが、上陸した後、万物の源を回収して、脱出できるのか? この、まだ何ができるのかよくわからないコンティニュアスを連れて。


 あまりにも危険で無謀に思えた。まず、空中に浮かぶ島が舞台である以上、空を飛べる手段が必要だ。それから、このパーティーには回復魔法が使える者がいない。薬草はいろいろな種類を持っているものの、この人数では戦闘中に使っている暇はない。ここまでエリックの幸運の魔法の効果もあって、戦闘らしい戦闘はなかった。だが、パンゲアは魔族だらけと聞く。戦闘になれば、回復魔法が使えるメンバーが必要だ。


 それに、エリックをいつまでも拘束しているわけにもいかない。こいつはいつの間にかパーティーに馴染んでしまったが、そもそも借金のカタに取られた嫁を迎えに行く最中なのだ。そろそろ解放してやらないと、ヴァネッサがどんな酷い目に合わされるかわかったものではない。ヴァネッサ推しの俺としては、それは望むところではない。


 気持ちはほぼ固まっていた。タイタンには急げと言われたけど、一度、撤退しよう。態勢を立て直して、改めてパンゲアにアタックするのだ。コンティニュアスが全く戦闘で使えないのであれば、どこか信頼できるところに預けておかないといけない。そういうところも見つけないと。〝そういうところ〟は、あそこしかないというあてがあった。そして、そこには俺が最も信頼している冒険者がいる。あいつに頼んでみよう。あいつならいろいろなことを知っているし、コンティニュアスをどうすればいいか、知恵も貸してくれるはずだ。


 「クリス、クリス!」


 テイラーに肩を叩かれて、我に帰った。怖い顔をして、俺を見ている。


 「ん、どうした?」


 「さっきからずっとアンが呼んでいるのに、無視するんじゃねーよ!」


 テイラーは仁王立ちして俺をにらんだ。呼んでいた? それはすまない。全然、気がつかなかったな。アンがこちらを見ている。俺は立ち上がると、そばに行った。


 「あ、あの……。すみません……」


 アンは両手を胸に置いて、うつむき加減になって俺をチラッと見た。声が小さい。この声量では、俺には聞こえないな。


 「なんでしょう」


 自称を信じるのであれば、ロリアンドーロの王女である。見たことがないので、本物なのかどうかは判別できない。ただ、噂は聞いていた。ロリアンドーロは魔法道具の製造と販売で繁栄した国だ。当然、国民のほとんどが魔力を有し、魔法を使う。なかでも王女のアン・フランチェスカは、国内屈指の魔法使いというもっぱらの評判だった。だが、彼女は合流してほしいという魔術師ギルドの要請を蹴り、祖国で魔法道具の収集や鑑定に勤しんだ。


 この青っちろい小娘が?


 年齢は俺とそう変わらないように見える。だが、聞いていた評判で、もっとなんというか、禍々しい女性だと思っていた。巻き毛の黒髪に褐色の肌、彫りの深い顔立ち。そんなイメージがしない? だけど、目の前にいるのは、つつけば折れそうな、か弱い女の子だった。


 「わ、私はそろそろ……戻っても、いいですか……?」


 オドオドと俺に聞く。


 「戻るって、どこに?」


 どこに戻るのだろう。ロリアンドーロはすでに滅亡して、跡地には魔族の街ができたと聞く。


 「あ、その……。ァギャハッティの体内にということです」


 アンはおずおずと俺を見た。


 その瞬間、電撃が走った。


 なんだ、これ。このひと、めちゃくちゃかわいいじゃないか。守ってやらないと。俺が守ってやらなくて、どうする。


 「あ、その。王女は、姫は。えっと。どうお呼びしたらよろしいですかね?」


 しどろもどろになりながら、聞いた。何が起きたのだろう。よくわからない。だが、初めてアンにしっかりと見つめられて、俺の背筋に電気が走ったのだ。これが高貴な人のオーラというやつなのだろうか。とにかく、この人のために何かをしなければという使命感が、突如としてわき起こってきた。


 「いえ、その。アンで結構です」


 「アン。アン王女」


 「アンで結構です」


 「はい。では、アン」


 呼び捨てにするのが恐れ多い。


 「教えてください。ハーディーの中に入っている時、アンは苦しいのですか? どのように感じているのでしょうか? 俺たちが話しているのは、聞こえているのですか?」


 悪い癖で、次から次へと聞いてしまう。アンは一瞬、驚いた顔をしたが、すぐにフフッと優しく微笑んだ。


 「ァギャハッティです」


 「すみません」


 「苦しくありません。温かいです。ァギャハッティは生きている時から、とても優しくて温かい方でした。まさにその通りです。私はァギャハッティの体内にいる時、とても安心しています」


 アンはゆっくりと、言い聞かせるように質問に答えた。いつの間にかコンティニュアスがそばに来ている。エリックはと見ると、罰が悪そうな顔をして、焚き火の向こうで座っていた。


 「それから、お話は聞こうと思えば、聞こえます。食べているものの味も、わかります。クリスさんがくれたキャンディー、とても美味しかったです。ありがとうございます」


 アンはスッと頭を下げた。


 「いや、そんな。それで、俺たちがアンと話したい時は、どうすればいいのですか? てゆうか、どういうタイミングでアンは出てくるの? 今、ハーディーはどうなっているんですか? 仮死状態?」


 もう止まらない。だって、おかしいだろう。人から人が生えているんだぞ。不思議なことだらけだ。次々に質問しても、アンは「クリスは本当に、知りたがり屋さんなのですね」と笑って、嫌な顔ひとつせず、丁寧に答えてくれた。


 「まず、ァギャハッティの手に負えないほどの強い魔力を感じた時、自動的に私が出てくるように設計されています。それ以外の時は、どうすれば出ていけるのか、よくわかりません。私が出ている間、ァギャハッティは眠っています。普段、ほとんど寝ていないから、こんな時くらいはゆっくりと眠らせてあげないと……」


 アンは身をよじって、ハーディーの仮面に触れた。指先で、愛おしそうに表面を撫でる。


 「ァギャハッティが起きている間に、私と意思疎通したい……。どうすればいいのでしょう。わかりません」


 アンは寂しそうに笑った。


 「万物の源を持って帰ったら、本当にタイタンがロリアンドーロを復興してくれると、信じているのですか?」


 ずっと引っかかっていたことを聞いた。アンは俺の視線を真っ直ぐに受け止める。絶対に嘘だ。さっき話した感じだと、タイタンは自分の利益のために万物の源を手に入れようとしている。今更、ロリアンドーロがどうなろうと、知ったことではないはずだ。


 アンはしばらく沈黙して、それから長い長いため息をついた。


 「クリスさん。疑わしいと分かっていても、そこにしか私とァギャハッティが進む道はないのです」


 自分の指先に視線を落とし、俺を見上げる。この合体させられた2人の行末が、思っていた以上に真っ暗であることを、アンの言葉で改めて知った。胸が詰まって、息が苦しい。有名になりたいとか、金持ちになりたいとか、そんな理由で冒険者をやっている自分が、馬鹿みたいに思えてきた。


 「クリス!」


 テイラーが俺の袖を引っ張った。


 「クリス、アンのために、何かしてあげようよ! テイラーは、アンを助けてあげたい!」


 火傷でひしゃげた目で、俺を見つめる。半分、潰れていても、その目は真剣だった。こいつみたいな半人前の魔法使いに、何ができる? 俺みたいな駆け出しの盗賊に、何ができる? 耳元でささやく声を、頭を振って振り払った。


 「アン、俺たちに任せてくれ」


 アンの手を取った。冷たい。死体のような冷たさだった。アンは呆気に取られて「は……?」と目を見開いている。


 「ロリアンドーロは、俺たちが復興させてみせる。俺とテイラーを、アンの家臣にしてくれ」


 急に、ものすごい使命感が湧いてきた。そうだ、これだ。万物の源を回収して、タイタンに渡す前に俺たちの手でロリアンドーロを復興するのだ。


 「いや、でも……」


 アンは困惑の表情を浮かべた。


 「アン!」


 テイラーも飛び上がって、アンの手を取った。


 「アン、テイラーはずっと、ハーディーの中にアンがいるのを知ってた! テイラーは今はまだ下手くそな魔法使いだけど、すぐに総帥みたいなすごい魔法使いになる! だから、アンのために働きたい! 助けたい!」


 テイラーは一生懸命話しながら、泣き出した。ポロポロと涙がこぼれる。アンは細い指先で、それを拭いてやった。テイラーはアンに……というか、ハーディーの腰のあたりにしがみついて、ワンワン泣き出した。


 「わかりました、テイラー。ありがとう。もう泣かないで」


 アンも涙を浮かべていた。俺の方を向くと、改めて優しく微笑んだ。


 「クリスさん、ありがとう。でも、くれぐれも無理は禁物ですよ」


 「もちろんです」


 俺は胸を張った。おお、すごい目標ができたぞ。伝説のお宝を手に入れて、滅亡した国を復活させるのだ。達成した暁には、女王付きの盗賊になるのかな? 城下に屋敷をもらって、侍女はそうだな、10人くらいは侍らせたいぞ。


 「お前ら、そんな大風呂敷広げていいのか? 俺にそんな力はないぞ?」


 隣でコンティニュアスが訝しげな顔をして、俺の肩をつついている。黙ってろ。そもそもお前にどんな力があるのかさえ、まだわからないんだ。でも、目標はでかい方がいいだろう。

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