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クエストはやり直し

 「イテテ……。何じゃ、大きな波動を感じて来てみれば、これはどういうことじゃ!」


 俺たちのいるところまで斜面を這うように登ってきたタイタンは、息を切らせつつ、肩をいからせて怒鳴った。


 「どういうことって、どういうことでしょう?」


 相変わらず説明不足のおっさんだな。今日も紫の生地に金の刺繍が施された、高そうなローブを着ている。タイタンはふうと大きく息をつくと、鼻の穴を膨らませた。


 「万物の源を手に入れたものだと思っていたら、こりゃ何じゃ! 全く逆の状態になっておるではないか! さっさとこれを止めろ! 気持ち悪くて仕方がない!」


 短い両腕を振り上げて、俺たちを見回す。俺以外のメンバーは突然、空中から登場した醜い中年男に、呆気に取られていた。特にエリックは半分口を開けて、固まってしまっている。


 「ああ、魔力を吸っているアレですか?」


 「そうだ!」


 俺はコンティニュアスに向かって「それ、止められるの?」と聞いた。


 「ん? 止められはしないが、吸っているのを弱めることはできるぞ」


 ドヤ顔でいうので「じゃあ、弱めてくれ」と言った。


 「アンが飛び出しておるということは、万物の源に接触したのであろう? どこだ? 万物の源はどこにある?!」


 タイタンは、唾を飛ばしながらズカズカとアンに迫った。アンは困った顔をして「え、ええっと……」と言いながら1、2歩と後退する。2人の間にテイラーが割り込んだ。


 「何じゃい、お前は!」


 「テイラーだ!」


 意外なことに、テイラーはアンをかばって、両腕を広げてタイタンの前に立ち塞がった。驚いたな、もっと臆病な子だと思っていたのに。勇敢じゃないか。急いでそばに駆け寄る。ムカッとくる気持ちはわからないでもない。タイタンは横柄だ。だが、俺の雇い主でもあるのだ。機嫌を損ねさせれば、報酬をもらえなくなる。


 「やめろ、テイラー」


 何か言いたげなテイラーの肩に手を置いて、目で「ここは黙ってろ」と訴えた。意図を汲み取ってくれたのか、テイラーは少し悔しそうな顔をして、口をつぐんだ。


 「すみません、タイタンさん。万物の源は回収しています。あそこにいます」


 俺は、焚き火のそばで、我関せずという顔をして座り込んでいるコンティニュアスを指差した。そういえばエリックの姿が見えない。先ほどからタイタンが「万物の源」と連呼しているから、耐えられなくなって逃げ出したみたいだ。荷物は置いてあるので、そう遠くには行っていない。


 「ん〜?」


 タイタンは大きな目をむいてギロリとコンティニュアスをにらむと、短い足でドスドスと音を立てながら近寄った。顔を寄せて、頭の先から足の先までジロジロと見ている。


 「何だよ、このおっさん。気持ち悪ぃ」


 コンティニュアスは露骨に嫌そうな顔をした。そういえば、コンティニュアスもテイラーも、この人がタイタンだと知らないんだ。自己紹介するつもりがなさそうなので、俺が紹介しておこう。


 「その人はこの大陸で一番偉い魔術師、魔法使いギルドの責任者、タイタンさんだ。万物の源を探している」


 タイタンがキッと俺をにらんだ。


 「違う! わしはこの大陸随一、比肩無双の大魔道士、誇り高き魔術師ギルドの総帥、タイタンじゃ!」


 言っていることは一緒じゃん。俺が胸の内でツッコんでいる間に、タイタンは2、3歩下がってコンティニュアスを眺めると、首を横に振った。


 「違う。これは万物の源ではない」


 「えっ!」


 先に驚いた声を上げたのは、コンティニュアス本人だった。目を丸くしている。


 「ちょっと待ってください、タイタンさん。その、本人が自分のことを〝万物の源〟だと言っているんですよ」


 タイタンの元に駆け寄って訴えた。


 「本人が言おうと何だろうと、とにかくこれは、わしが探していた万物の源ではない。万物の源は、魔力がこんこんと湧き出してくるものだ。こいつはさっきから、この辺りの魔力を排水溝のように吸い込んでいる。お前たちは間違えて、何か別のものをつかまされたんだ」


 タイタンはそういうと、俺をジロリとにらんで、そして俺の背後にいるアンもにらんだ。


 「あの小娘が飛び出しているということは、それなりに何か意味があるものなのかもしらん。だが、魔術師にとってこんなに厄介な代物は、わしは要らん」


 タイタンは俺を押し退けて、アンに歩み寄った。またテイラーが立ち塞がる。タイタンはテイラーを無視して、アンに語りかけた。


 「やり直しだ。本物の万物の源を持ってこい。それとも何か? もう祖国の復興は必要ないのか? わしはいつでも、お前らを黄泉の国に送ってやることもできるんだぞ?」


 うつむいているアンの顔をのぞき込む。アンは消え入りそうな声で「……わかりました」とつぶやいた。


 「よし、じゃあ、小僧。引き続きアハガティのケツをしっかり叩くんじゃぞ」


 タイタンは俺の肩をポンと叩くと、えっこらしょと言いながら、斜面を登り始めた。えっ、もしかして帰るつもりなのか? あわてて後を追った。


 「ちょっと待ってください、タイタンさん」


 「何じゃ。わしは忙しい」


 足を止めようとしないが、短足でドタバタ歩いている割にはスピードが出ていないので、すぐに追いついた。並んで歩きながら、話しかける。


 「タイタンさん、せっかく万物の源を回収したのに、何もなしなんですか?」


 「だから、あれは万物の源ではない! ハァハァ」


 タイタンは見た目の通り、あまり体力がないようだ。少し斜面を登っただけで、息を切らせている。


 「俺たち、あなたたちが途中で引き返してきた〝底なし〟をクリアしたんですよ。あれは〝底なし〟の底にあったんです」


 「〝底なし〟に底はない!」


 屁理屈のような気がするが、確かに言われてみればそうかも。タイタンは斜面を登り切ると、懐から手鏡を取り出した。月明かりの下で細工が施された銀縁がキラリと光る。


 「わかりました。次こそ、お望みの万物の源を取ってきますよ」


 俺が啖呵を切ると、タイタンはやっと俺の方をチラッと見た。だが、それも一瞬。すぐに鏡を空にかざして、右や左を見ている。


 「だけど、少し準備期間をください。俺たち、何の準備もしないまま、ここまでやって来たんです。あなたも元冒険者だったのなら、準備がどれだけ大事かわかるでしょう?」


 そうだ。ハーディーがクーメンで野盗とはいえ人を殺して、そこから逃げ出すようにして出発したのだ。正直、何も準備はしていなかった。よくここまでたどり着いたものだ。我ことながら、自分のタフさに驚く。タイタンはまたチラッと俺を見た。


 「フン、若造が。万物の源を探しているのは、お前たちだけだと思うなよ? スピードが命なんだぞ? わかっているのか?」


 タイタンは鏡を下ろすと、俺の方を向いた。


 「いいか、あれがあるかないかで、今後の魔法界の行く末がガラリと変わるのだ。あれは、わしが持っておくべきものなのだ。世界を統括する大魔道士である、このわしがな」


 眉を吊り上げ、目をむいて迫ってくる。気圧されて、後退りしてしまった。


 「そんな大事なものなら、あんたが自分で取りに行けばいいじゃないですか」


 必死で言い返した。タイタンはスッと体を引くと「カーッ、だから最近の若いもんは!」と言って天を仰いだ。


 「それができれば、こんなに苦労しとらんわ! わしは忙しいの! 魔術師ギルドの総帥として、あっちこっちの会議に出ないといけないし、キャルダモナの内政だってやらないといけないし、自分の技術も磨かないといけないし、トップに立つとやることがいっぱいありすぎて、自分の時間がないんじゃ! だから、アハガティみたいな手足になって働く魔人を作ってるの! わかる?!」


 宙をかきむしって一気にまくし立てると、俺の胸を太い指で突きながら、ぐいぐいと迫ってくる。大きな鼻が、俺の顔に当たりそうだ。


 「だから、褒美は弾むと言ったんじゃ! いいか、報酬が高い、イコール、緊急性が高い! 仕事の鉄則! わかる?!」


 タイタンはフンと鼻を鳴らすと、また鏡を空に向かって掲げた。


 「わかった、わかりましたよ」


 シャツの胸元を整えながら、言った。クソッ、こっちが大変な思いをしてコンティニュアスを手に入れたのに、好き放題言いやがって。俺を誰だと思っているんだ? 〝角折り〟のクリスだぞ。お前の思った通りになんて、絶対になるもんか。小僧だと思って、なめるなよ。


 「だけど、先立つものがないと、もう一度、あんな危ない真似はできませんよ」


 タイタンの胸元に、手を突き出した。


 「何じゃ、この手は」


 タイタンは鏡から俺の手に目を落とす。


 「だからぁ、軍資金をくれって言ってるんですよ。魔法界の未来を左右するような、大事なお宝なんでしょ? そんなものを取りに行くんだ。腕利きの冒険者をもう2、3人は雇わないと、やってられねえってことですよ」


 胸を張って、タイタンに迫った。え、こんなことして、いいのかな? まだレベル6程度の若造が、魔術師ギルドのトップに金を出せって要求している。だけど、退くわけにはいかなかった。ここから先に進むのなら、新たな仲間や装備が必要だ。〝底なし〟ではベヒーモスのおかげで生還できたけど、本来なら移動魔法がなければ生きて帰れなかった。パンゲアは空中に浮かぶ島だ。空を飛ぶ魔法が使える仲間や、空中に放り出された時の備えが必要だ。そのためには、金が要る。


 「お前、誰にたかっていると思っているんだ?」


 タイタンはギロリと目をむいて、怖い顔をした。一瞬、怒らせたのではと思って首をすくめたが、タイタンは怒鳴り出したりはしなかった。鏡を下ろすと懐をゴソゴソして、小さな黒い袋を取り出した。


 「大陸一の大魔道士に金をせびるなんて、肝が据わったガキだ。おい、もう一度、名前を聞いておこう」


 タイタンはニヤリと笑って、黒い袋を俺に差し出した。受け取ると、ズシリと重い。


 「クリストファー。〝角折り〟のクリスだ」


 負けじとタイタンの目を見つめ返して、胸を張った。そうだ。俺は近い将来、このおっさんが成し遂げたことと同じことを、やろうとしている。気圧されてなるものか。対等に渡り合ってやる。


 「角折りか。フン!」


 タイタンは鼻で笑うと、また鏡を掲げた。さっきから何をしているのだろう。


 「お、おお。わしだ。ちょっといろいろあって、疲れた。引っ張ってくれ」


 鏡に向かって話しかけている。横に行ってのぞき込むと、鏡には女の顔が映っていた。あ、これ、エリックの鏡と同じ仕組みか。離れたところと話ができる、あれだな。


 「承知しました」


 鏡の向こうから女の声が聞こえる。


 「まあ、そういうことだ。アハガティはわしが常時、動向を監視しておるから、何かあればまた来る。まあ、次に会う時には、万物の源を手に入れておくんだな」


 タイタンはそういうと、サッと両腕を上げた。まずい。これは空に飛んでいってしまうパターンだ。


 「ちょっと待ってください!」


 俺はローブにしがみついた。


 「何じゃ。まだ何かあるのか?」


 タイタンは例によって、とても迷惑そうな顔をする。


 「あの、ハーディーは元に戻るのでしょうか? アンはどうすれば出てくるの?」


 そうだ。さっきから俺が心配しているのは、それだった。アンのままでは、どう見ても戦闘力がなさそうだ。


 「ああ、アンは強力な魔法を感知すると、出てくる仕組みになっておる。それがなくなれば、自然とアハガティに戻るはずじゃ」


 タイタンの体がスッと浮き上がる。このままローブにしがみついていたら、一緒に引き上げられてしまいそうだ。手を離した。


 「じゃあな、小僧! しっかりやれ!」


 そう言い残すと、タイタンはスーッと何かに引き上げられるように、夜空に急上昇して見えなくなった。これが「引っ張ってくれ」というやつなのだろうか。移動魔法の一種なのかな? 不思議な気持ちで、タイタンが消えた方向をしばらく見つめていた。

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