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コンティニュアスとアン

 目を覚ました女性は「アン」、フルチンの男は「コンティニュアス」と名乗った。とりあえず、腹が減っては何とやらだ。ハーディーの服をコンティニュアスに貸して、俺はテイラーとエリックに手伝わせて、夕食の準備を始めた。料理を作りながら、質問した。


 「え〜っと。で、コン、コンテ、なんだっけ」


 「コンティニュアスだ」


 男は気を悪くする様子もなく、相変わらず人懐っこい笑みを浮かべて、焚き火のそばに胡座をかいて座っている。俺の服では小さすぎるので、ハーディーのを貸したのだが、ダブダブだ。だが、それが逆に似合っている。なかなかイカした男に見える。商売が繁盛している商人みたいだ。


 「コンティニュアス。コニーでいいか?」


 「いや、コンティニュアスだ」


 笑顔で訂正してくる。面倒くさいやつかもしれない。


 「コンティニュアスは、何なの? さっき『探しているのは俺か?』って言いながら現れたよな?」


 干し魚をちぎって、鍋に放り込みながら聞いた。アンは、それを珍しそうに見つめている。


 「ああ、だから、お前、えっと」


 「クリスだ」


 「ああ、クリスは、俺を探していただろう?」


 いや、探していたのは、アンが抱いていた黒い球だ。あの、ダンジョンの底にあったやつ。


 「いや……」


 話しかけたところで、地面がゆらゆらと揺れ始めた。地震だ。アンが「キャッ」と小さな叫び声を上げて、隣に座っていたテイラーに抱きつく。今、ハーディーはあぐらをかいた状態で座っているので、アンの頭の位置は相当に高いところにある。普段、ハーディーの顔があるところより、さらに頭一つ高い。そのアンがハーディーの足元に座っているテイラーに抱きつくのだから、覆いかぶさるような格好になった。


 「うえっ」


 芋の皮をむいていたテイラーは、驚いて目を白黒させた。


 地震は間もなく止んだ。


 「俺が穴から出てきちまったからな。これからしばらく、地震は続くぞ」


 コンティニュアスは平然と言った。


 「お前、もしかして、石室にあった黒い球なのか?」


 俺が聞くと、コンティニュアスは少し眉を上げて、そしてニカッと笑った。


 「黒い球だなんて、ひどいなあ。俺にはコンティニュアスという、れっきとした名前がある」


 だから、その名前、長ったらしいんだよ。


 「え、で、黒い球でいいの?」


 俺は重ねて聞いた。


 「ああ、まあ、そうだ。お前たちは俺のことを、よく〝万物の源〟と言っているみたいだがな」


 コンティニュアスはサラリとそう言って、ハハハッと軽快に笑った。


 「な!」


 声を上げたのはエリックだ。細かく千切っていた香草を握りつぶして、粉々にしてしまった。


 「おい、エリック! そこまで粉々にしてしまったら、香りが出ないだろうが!」


 めざとく不手際を見つけて、注意する。


 「いや、クリス! そこにツッコんでいる場合か? 今、そいつが大事なことを言ったぞ!」


 エリックは目をむいて俺をにらんだ。


 「いや、ちゃんと聞いていたさ。へえ、万物の源は人間に化けられるんだな」


 もう何が起きても驚かない。だって、ハーディーの胸から女が生えているんだもの。悪魔がパーティーの一員になっているし、超レアキャラの土の魔族が目の前に現れるし、信じられないことが次々に起こっている。エリックから香草を取り上げると、鍋に放り込んでかき回した。


 「人間に化けるというか、これもまた俺の姿の一つというか。まあ、そういうことだ」


 コンティニュアスは、さもうれしそうにニヤニヤと笑った。


 「い、いや、だが、お前、本当にその……あれなのか? あれの割にはその……何というか、思っていたのと、違うんだが……」


 エリックが恐る恐る聞く。


 「何が違うんだよ」


 エリックにツッコんだ。もう少し、わかるように質問してくれ。エリックはチラッと俺を見たが、恐怖に引きつった顔をして、またコンティニュアスを見つめた。


 「そいつ、さっきからめちゃくちゃ魔力を吸ってるんだよ」


 テイラーが口を出した。コンティニュアスを指差して、ムッとした顔をする。「だから、腹が減って仕方がない」と続けた。


 「え、そうなんだ」


 「そうなんだよ」


 エリックは緊張した表情で、俺を見る。


 「さっきから魔法の効果が一切、効かないくらいの勢いで、そいつに魔力を吸われているんだ。体内の魔力もどんどん吸われている感じがする。お前、一体、何なんだ? アレは魔力を循環させるものじゃないのか? 吸う一方じゃないか……」


 コンティニュアスを指す指先が、細かく震えている。それを軽蔑したように見つめていたコンティニュアスは、フッと笑った。


 「まあ、それも俺の一面ということで」


 多くを語らない。語らないのか、語れないのか。とにかく、まだ全てを話すつもりはないらしい。


 「で、お前、なんで人間の姿をして現れたんだよ」


 スープに塩を入れながら聞いた。料理作りの佳境と、質問の佳境が重なるなんて、奇遇だな。だけど、こういうものは得てして重なるものなのだ。俺の経験から言わせてもらえれば。


 「俺は、お姫さまが気に入った!」


 コンティニュアスは立ち上がると、アンの肩にポンと手を置いた。アンはビクッとして避ける。コンティニュアスは「そんなに怖がらないでくれよ」と苦笑いした。


 「お前たちも知っての通り、俺は所詮、道具にすぎない。だけど、道具にだって意志があり、所有者を選ぶ権利がある」


 コンティニュアスは俺たちを見回した。最後にアンに目を留める。


 「で、俺はお姫さまが気に入ったというわけだ。何しろ、俺をあの穴倉から引き上げてくれたんだからな」


 懲りずにアンに触ろうとして、手を伸ばす。アンが嫌がって避けようとしたので、コンティニュアスは寂しげに笑って手を引いた。


 「なるほど、大概わかった」


 俺はうなずいた。隣でエリックが「何がわかったんだよ! わからないことだらけじゃないか!」とツッコんでいる。いやいや、大体、わかったじゃないか。コンティニュアスはあの黒い球で、黒い球は万物の源なのだ。俺たちが探していた獲物だ。ということは、こいつをタイタンに引き渡せば、クエストは完了というわけだ。


 「で、次はあんただ」


 俺はアンの方を向いた。アンはビクッと身をすくませる。


 「……が、その前に、メシにしよう」


 お椀にスープを注いでいく。コンティニュアスが「ウヒョオ、待ってました!」と舌なめずりしているが、食器は足りるだろうか。また、誰かが皿でスープを飲まなければいけないかもしれない。


 「美味い、美味い!」


 コンティニュアスは普通の人間となんら変わるところなく、バクバクとメシを食べた。「いやあ、こうしてメシを食うなんて、何年ぶりだろうなあ」と感慨に浸っている。一方、アンはテイラーの食器を借りて、きちんとスプーンを使って、上品にスープを飲んでいた。ハーディーから生えているという強烈にグロテスクな状況を度外視すれば、物腰も洗練されていて上品だ。さっきからコンティニュアスは彼女のことを「姫」と読んでいるが、その通り身分の高い人に思える。テイラーは、さっきからアンの面倒を甲斐甲斐しく見ていた。同性だからなのか、それともアンがハーディーから生えているからなのか。理由はわからない。


 食事をしている間にも、何度か小さな地震があった。


 「で、あんただ」


 食事を終えて、改めて聞いた。アンは覚悟を決めたのか、真っ直ぐに俺の方を見る。焚き火の炎のそばで見ると、細くてか弱い少女に見える。だが、その瞳には力があった。


 「あんた、誰?」


 俺が聞くと、アンはスッと息を吸った。胸に手を当てると、よく通る声で言った。


 「はい。私はロリアンドーロの王女、アン・フランチェスカ・ロリアンドーロです」


 ……。


 え! ええっ!!


 「え! あの滅亡したロリアンドーロの、お姫さまなの?」


 俺は驚いて身を乗り出した。


 「はい。クリスさん、ァギャハッティを助けてくださって、ありがとうございました」


 アンは発音が異様に難しそうな名前をサラッと口にして、深々と頭を下げた。


 「え、何ですって。ギャハティ?」


 「違います。ァギャハッティ」


 「ガ、ガハッティ?」


 「ァギャハッティ」


 「アガ」


 「アは小さなァです」


 アンは自分の口元を指差して、ゆっくりと「ァギャハッティ」と発音した。


 あ、これか。テイラーが「発音が難しい」と言っていた、ハーディーの名前。本来は、こんなふうに発音するんだ。確かに、舌を噛みそうだな。


 「えっと、その……。要するに、俺たちがハーディーと呼んでいる、その……今、あなたの背後で、抜け殻みたいになっている彼のことですよね?」


 「そうです。ァギャハッティ・クラクフ。誇り高きロリアンドーロの戦士です。どうぞ、お間違えのないように……」


 そういうと、アンはまた恭しく頭を下げた。軽々しく「ハーディー」と呼べない雰囲気になってきて、気がつけば冷や汗をかいていた。


 「で、なぜあなたはその彼の胸から、その……生えてきているんですか? そもそも、ハーディーは今、生きているんですか?」


 うっかりハーディーと言ってしまった。案の定、アンは少し硬い表情になって「ァギャハッティ」と訂正した。


 その冒頭の小さい「ァ」の発音が難しいんだっちゅーの!


 「私は、ァギャハッティの心臓なのです」


 アンはまた自分の胸に手を置いて、沈痛な表情をした。目を閉じて、沈黙する。何かを思い出しているのか、まぶたがピクピクと動いていた。


 「あの日、ロリアンドーロが陥落した日。私とァギャハッティも死にました。そして、甦ったのです。タイタンの手によって」


 それは何となく聞いた。俺がうなずいていると、アンは話を続けた。


 「タイタンは言いました。『万物の源を持ってくれば、ロリアンドーロを復興させてやろう』と。そもそも、ロリアンドーロが復活するために、万物の源が必要だと……」


 そういうと、アンの表情が見る見る歪んだ。眉根を寄せ、悔しげに唇を結ぶ。大きな瞳から、ポロリと涙がこぼれた。例のタブーワードが出たのでエリックの方を見ると、何やら罰が悪そうな顔をして、少し遠ざかっていくところだった。


 「あの日、父も母も、殺されて、城門に吊るされて……! 多くの国民がなぶり殺しにされたのです……。私は……悔しい……! 何もできなかった自分が、悔しいのです……!」


 ポロポロと涙がこぼれる。アンは顔を覆って泣き始めた。テイラーは立ち上がると、手を伸ばして涙を拭いてやろうとする。だが、アンの顔の位置が高すぎて、届かない。


 タイタンはおそらく、自分が至高の魔法使いとなるために万物の源をほしがっている。ロリアンドーロを復興させてやるなんて、ただの口実だろう。アンの話を聞いて、そう思った。だが、そんなこと言えない。たぶん今日まで、アンは万物の源を手に入れれば、祖国を復興できると信じて生きてきたのだ。こんな化け物みたいな姿になって。


 「アン王女、良かったじゃないですか。あなたが探し求めていたそれは今、ここにありますよ」


 コンティニュアスを指差した。コンティニュアスは一瞬、不思議そうにして、それから露骨に嫌そうな顔をした。


 「おい、ちょっと待ってくれ。まさか、そのタイなんとかやらに、俺を差し出そうっていうんじゃないだろうな」


 コンティニュアスがそう言った時、覚えのある異音が聞こえた。上だ。キーンという耳障りな音がする。俺が上空を見上げると、釣られてみんなが夜空に目を向けた。


 「うわぁ、なんじゃ、こりゃ!」


 まだ見えないが、何やら叫び声がする。だが、これはあいつだ。俺の雇い主がやってきたんだ。


 「おおおおおお!」


 変な叫び声を上げながら、やはり落ちてきたのはタイタンだった。フラフラと安定しない姿勢……というか、ほぼ斜め上から落ちてきた感じで地面にドスン!と突っ込むと、つるりと足を滑らせて斜面を転がり落ちていく。


 ああ、たぶんこれは、コンティニュアスが魔力を吸い取っているからだ。死んでないかな? 立ち上がって斜面の下を見ると、ヨロヨロと起き上がってくる姿が見えた。

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