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混浴じゃないんかい!

 翌日、俺の足は弾んでいた。テイラーにキスさせる約束をしたからではない。今日は予定通りなら、温泉に着くはずなのだ。


 『世界の歩き方』によれば、パンゲアへの道中に温泉がある。オークが管理していて、人間もOKだ。たっぷりのお湯で思う存分、体が洗えるぞ! 洗濯はできるのかな? 人間の公衆浴場では普通、洗濯禁止だが、魔族の温泉はOKだったりしないかな。洗い場の端っこでこそっとやったら、バレないのではないか? お湯で洗濯したら、それはそれは服がきれいになるぞ! ハーディーの毛皮もフサフサのツヤツヤだぁ!

  

 「なんでそんなに上機嫌なんだ?」


 テイラーが訝しげな目つきで俺を見ている。昨夜はハーディーが頭を撫でてやってなんとか落ち着いて、そのまま眠ってくれた。だが、朝起きると、俺に対する態度が妙にぎこちない。キスするとかしないとかそんな話をしたから、意識しているのか? ウブだなあ、テイラーは! ウフフ。


 「だって今日はいよいよ温泉に入れるんだぜ? 楽しみで楽しみで仕方ないだろ?」


 スキップしながら言った。


 「はあ? 風呂に入るのがなぜそんなに楽しみなんだ? 意味わかんない」


 テイラーは憮然としている。風呂が嫌いなのか? そんなことではモテないぞ。


 「熱いお湯に浸かったら、めちゃくちゃ気持ちいいじゃないか! 汚れもスッキリと落ちるしなぁ! テイラー、向こうに着いたら髪を洗ってやるからな」


 横に並ぶと、肩を組んだ。テイラーはギョッとした顔をする。


 「まさか、一緒に入るつもりなのか?!」


 見る見るうちに顔が真っ赤になる。


 「当たり前だろう! 俺たちはパーティーなんだぞ。裸の付き合い。これ以上、絆を強くする方法があるか? いや、ない!」


 俺が断言した途端、腕にバチッ!と衝撃が走った。テイラーが俺の腕を振り解く。


 「痛ぁ〜!」


 「やっぱりクリスはエッチだ! テイラーの裸が見たいだけなんだろう!」


 ハーディーの後ろまで逃げていって、ほっぺたを膨らませてプリプリ怒っている。フフッ、かわいいやつめ。嫌がっても電撃に耐えて洗ってやるからな。テイラーの髪がツヤツヤのフワフワになったところを想像して、ほくそ笑んだ。


 ルンルン気分で歩いていたら突然、後ろから「おい、止まれ!」と声をかけられた。振り向いてみると、オークの5人連れだ。集落を出た時からずっとついてきている連中がいたが、こいつらがそうか。何も仕掛けてこないので敵ではないと思っていたら全員、剣や棍棒を構えている。


 「荷物を全部、置いていけ!」


 追い剥ぎだ。オークにもこんな悪いやつらがいるんだな。集落で俺たちが気前よく買い物をしているのを見て、金を持っていると見込んで追いかけてきたのだろう。ルンルン気分に水を刺されて、実に不愉快だった。こんなところで足止めを食ったら、夜更けまでに温泉に着けないではないか。


 「ハーディー、やっちまってくれ!」


 「はでぃ!」


 ハーディーは剣を手にすると、ゆっくりと振りかぶって、近くにあった木を一刀両断した。ひと抱えほどありそうな木が、メキメキと音を立ててオークたちの方に倒れていく。


 「うわあ!」


 「やべえ、逃げろ!」


 オークたちはハーディーの破壊力に恐れをなして、あっという間に逃げていった。なんだ、根性なしどもめ。


 オークはゴブリンと並び、割とどこにでもいて、頻繁に見かける魔族だ。人間より体が大きくて、肌が緑だったり灰色だったり赤っぽかったりする。大概、牙が生えていて、角が生えている者もいる。力が強く、俊敏というほどではないが走れば速いし、跳躍力もある。人間と同じように集団で生活していて、外見と身体能力を除けば、知的レベルや生活様式は人間とよく似ている。親切なやつもいれば、こんな悪党もいる。温泉を気持ちいいと感じるところも、似ているのだろう。


 倒した木の枝に、鳥の巣があった。卵が2つ、投げ出されている。地面に落ち葉が積もっていたせいで、ラッキーなことに割れていない。


 「おっ、これは美味そうだ」


 卵を地面から拾うと、後ろからハーディーがヒョイとそれを取り上げた。


 「おっ、何すんだよ」


 「おおう、おおっ」


 ハーディーは俺から卵を奪うと、巣に戻して別の木の枝の上に乗せた。


 「親鳥が必ず戻ってくるから、返してやれだって」


 テイラーが通訳する。いや、何を言っているんだ。卵は貴重な食糧なんだぞ。手に入るものは何でも食べろが俺のポリシーだ。だけど、巨体からは想像もできないくらい身軽に木に登って、巣を元あったように戻しているハーディーを見ていると「やめろ」とは言えなかった。


 「ハーディーは優しいね」


 木から降りてきたハーディーに、テイラーが声をかける。ハーディーは何度もうなずいた。


 「うがっは、うはっは」


 まあいいか。食糧はまだ潤沢に持っているんだし。パンパンに膨らんでいるハーディーのリュックを見て、俺は言葉を飲み込んだ。そんなこんなで時間のロスがあり、温泉に到着したのは夕方だった。パンゲアの向こうに太陽が沈んでしまっている。周囲は随分と薄暗くなっていた。


 「おお、あれか!」


 山道を登っていくと、稜線の向こうに湯気が湧いている。そばまで行ってみる。背の高さのほど木の板で囲まれた岩場があり、数人のオークが行き来していた。入口らしきところまで行くと、大柄なオークが腰掛けていた。手元にビッツが無造作に入れられた箱が置いてあった。ここが料金所だろう。


 「人間もOKなんだよね?」


 俺は集落でいろいろなオークと話した気安さで、声をかけた。


 「ああ、そうだよ。1人1ビッツだ」


 安い。「洗濯をしていいか?」と聞くと、やはり「ダメだ」と言われた。ガッカリ。お金を払って、嫌がるテイラーの手を引いて行こうとすると「ちょっと待て」と止められた。オークは板塀の向こう側を指差して、言った。


 「女湯はあっちだ」


 何ぃ!


 混浴じゃないんかい!


 テイラーの魔法ではないが、俺の脳天を電撃が貫いた。温泉といえば混浴だろう! 混浴でない温泉なんて、聞いたことがないぞ! その場でリュックを置いて、急いで『世界の歩き方』を取り出す。温泉地の案内ページを見ると、あろうことか「混浴ではない」と明記されていた。


 オーマイガッ!! 信じられない!


 「うがっ、うがっ」


 ハーディーに肩をつつかれて、我に帰った。気がつけば、テイラーはものすごい勢いでスタスタと女湯の方に向かっている。


 「テ、テイラー!」


 俺は何やら悲しくなって、名前を呼んだ。テイラーは振り返りもしない。いや、別にテイラーの裸が見たかったわけじゃないんだ。だってこの前、川で体を洗ってやった時に、ちょっと見えたんだもの。ガリガリの背中が。あれでは〝前側〟も知れたものだろう。そんなペチャンコのナニを見たところで、楽しいか? 俺はただ純粋に、テイラーと一緒に風呂に入りたかっただけなのに。パーティーのリーダーとして、3人で風呂に入りたかったッ!


 「混浴じゃ、ないのか……!」


 俺は小さな声でうめいた。


 「当たり前だろう、兄ちゃん。普通、風呂はオスとメス、別にするもんだ」


 受け付けにいたオークが、呆れた顔をしている。クソッ、オークごときに風呂のルールを説かれるとは。『世界の歩き方』を握りしめて、歯嚙みした。なんてこった。すごく楽しみにしていたのに……。そう、裸の付き合いってやつを……。


 「うあ、うあ」


 またハーディーが肩をつついている。


 「わかったよ」


 仕方なく、ハーディーの後をトボトボとついて、更衣室へ向かった。荷物を置く簡単な棚が置いてあるだけの、簡素な作りだった。片隅にオークが座っている。おそらく荷物を見てくれているのだろう。


 「お客さん、タオルと石鹸以外は持ち込み禁止だぜ。洗濯はダメ。浴槽にタオルを浸けるなよ。ああ、浴室内では魔法の使用もダメだからな」


 いろいろと注意事項を伝えてくる。そんなに洗濯をしそうな雰囲気を醸し出していただろうか。俺はタオルと石鹸を手に、浴室へと向かった。浴室は露天で、中央に大きな自然の岩場を利用した浴槽があるだけだった。共用の桶が、そこここに置いてある。体を洗うときは、浴槽から直接、桶で湯を汲んで洗うわけだ。サッと体を流すと早速、湯に浸かった。


 「ぶっひゃ〜!」


 「ごあぁ!」


 ハーディーと至福の声を上げる。いや、いいね! クエストの最中にこんなにいい思いして、いいのかな? 湯は無色透明ながら、少しヌルッとしていて、肌がきれいになりそうだ。


 「兄さん、すごい傷だな」


 隣で湯に浸かっていた中年のオークが、目を丸くして声をかけてきた。ハーディーにだろう。水浴びをした時にはゆっくり見ている暇がなかったが、改めて見ると、ハーディーは傷だらけだった。まず、胸の中心から放射状に、切り裂かれたような傷がある。それが一番、目を引く。腕や背中にも切り裂いた跡があり、人体実験を受けて復活したという話があながち嘘ではないと思われた。


 「人間なの?」


 「うおっほ」


 オークの質問に、うなずく。そういえば、仮面の周囲も洗ってやろう。この前、水浴びした時に割としっかり拭いてやったのだが、仮面の縁に垢がたくさん溜まっていた。というか、仮面そのものを外して洗ってやりたい。


 「ハーディー、その仮面は外せないのか?」


 「はでぃ?」


 そんなやりとりをしていた時だった。何やら外が騒がしい。言い争っている声がしたかと思いきや、板塀を突き破って何者かが浴場に押し入ってきた。


 なんだよ、人がゆっくり温泉に浸かっている時に!


 「なんだお前ら!」


 「ここは温泉だぞ!」


 入浴中のオークたちが声を上げる。俺もムカッと来ながら、腰を上げた。ヤバいぞ。襲撃か? 今、タオルしか持ってない。俺は浴槽の縁に置いていた石鹸を手に取った。


 侵入してきたのは、3人の悪魔だった。ん? どこかで見たことがあるやつがいるぞ。一番、先頭のやつ。服装は変わっているが、立派な羊の角を生やした悪魔。そいつはすでに剣を抜いて、片手に持っていた。


 「あ、あいつらだ!」


 羊角は俺を指差して叫んだ。モッセ川を渡った直後に遭遇した悪魔だ。なんだ? 仲間を殺されて、仕返しに来たのか? 俺はザブザブと浴槽を移動して、悪魔たちと最も離れたところから出た。ハーディーは浴槽の縁に身軽に飛び乗ると、更衣室の方へとササッと移動していく。


 「おい、貴様ら! 盗んだ金を返せ!!」


 羊角は剣を構えると、追いかけてきた。残りの2人も俺の方に迫ってくる。その時、更衣室からドスン、バタンと大きな音が聞こえた。同時に「ぎゃあ!」と悲鳴が上がる。まだ仲間がいるのか? まずい、リュックが奪われる!


 「ハーディー、そっちを頼む!」


 俺はハーディーの大きな背中に向かって、声をかけた。

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