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テイラーの過去

 ハーディーは早々に眠ってしまった。すうすうと巨体からは想像もできない、安らかな寝息を立てている。テイラーはハーディーにもたれかかって、新たに買ったブーツを脱いで、撫で回したり、まじまじと見つめたりしていた。


 「どうした。何か気になるところでもあるのか?」


 焚き火に薪をくべながら聞いた。テイラーはチラッと目を上げたが、すぐにブーツに視線を戻してしまった。


 「このブーツ、すごく軽い。どんな仕組みになっているのか、テイラーは知りたい」


 ブーツの内側をのぞき込みながら、そう言った。俺はテイラーのそばに行った。手を差し出すと、テイラーはブーツを渡してきた。確かに軽い。見た目は皮でできているのだが、まるで紙で作られているようだ。


 「本当だ。不思議だな」


 俺が返すと、テイラーはブーツを履いた。


 「新しいブーツが手に入って、よかったな」


 声をかけると、テイラーはブーツの紐を直しながらうなずいた。そして「でも、本当はあのブーツを修理して履き続けたかった。キュラに買ってもらったものだし」と言った。キュラ。テイラーの魔法の師匠。名前から想像するに、女性だ。俺はなんとなく、鼻が尖っていて、腰の曲がった老婆を想像した。


 「テイラーは、その……キュラさんのことが好きなんだな」


 テイラーは紐を直し終えると、顔を上げた。目を少し見開いて、当然のことを聞くなと言いたげな顔をする。


 「そりゃそうだ。キュラは生まれて初めて、テイラーに親切にしてくれた人だからな」


 膝を抱いて、座り直す。ハーディーのそばは温かくて気持ちいいのだろう。テイラーは寝る時はいつも、ハーディーの脇腹にくっついて眠っていた。


 「そうなんだ」


 テイラーは孤児院で育ったと言っていた。孤児院は大体、教会が運営している。普通、教会の人は親切だと思うんだけどな。少なくとも俺が知っている教会関係者は、そうなんだけど。違うのか?


 「孤児院の人たちは、親切ではなかったの?」


 足元に落ちていた木の枝をいじりながら、聞いてみた。テイラーはローブをバサバサと直して、ハーディーにもたれかかる。いつでも寝られる態勢だ。


 「親切なもんか。テイラーは教会なんて大嫌い。教会にいる連中はクソばっかりだ」


 口元を歪めて、忌々しげに吐き捨てた。そして、眼帯を指差して「こっちの目を潰したのは、孤児院にいたガキだ」と言った。


 「孤児院の子に?」


 子供同士で喧嘩でもしたのだろうか。それにしても目を潰すとは、手加減を知らない。


 「テイラーが最初にいた孤児院は、食べ物がすごく少なかった。それで毎日、奪い合いだ。年上の子供が、年下の子供から奪って食べる。テイラーが抵抗したら、ボブってデブが目を潰した。指を突っ込んで」


 そのシーンを想像して、ゾッとする。恐ろしい環境だ。俺が住んでいたあたりの教会も孤児を養っていたが、そんな殺伐としたところではなかったぞ。


 「だから、孤児院から逃げ出したんだ」


 とりあえず相槌を打つ。


 「そう。まあ、それ以外にも、ここにいたらヤバいと思うことがたくさんあった。孤児院は大体、ヤバい。それで孤児院を転々とした。テイラーがこんな見た目だから、行く先々でいじめられた」


 目を細めて、自分のほほを撫でる。なるほど。まあ、そうなるわな。見た目がちょっとアレだからな。子供は思ったことをそのまま口に出しちゃうし。


 「え、ちょっと待って。その火傷を負ったのは、いつのことなの?」


 そうそう。火傷はどこでしたんだ。気がついた時には、すでにそんな感じだったのか?


 「これは、最初の孤児院を飛び出す時に、こうなった」


 テイラーはそういうと、少しうつむいた。何か言いかけて、止めた。そして顔を上げると、俺を見た。


 「クリスはテイラーの味方か?」


 唐突に質問する。


 「もちろんそうだ。仲間だからな」


 うなずいた。当たり前じゃないか。昨夜もそう言ったし。


 「じゃあ、テイラーの過去にどんなことがあっても、パーティーを追い出したり、置いていったりしないか?」


 テイラーは体を起こして、近寄ってきた。真剣な目つきで、俺を見ている。


 「そんなこと、するわけないだろう。そもそも今ここでテイラーを追放したりしたら、俺とハーディーが路頭に迷ってしまう」


 俺は微笑んだ。内心では、冷や汗をかき始めていた。何やらテイラーがヤバい話をしようとしている。聞いておかないと、後でトラブルになりそうな気がした。「やっぱりやめた」と言わさないために最大限、気を使った。テイラーは目の前まで来て、正座した。膝の上に手を置いて、姿勢を正す。


 「テイラーは、人殺しだ」


 ひとごろし? その5文字が頭に入ってくるのに、数秒かかった。えっ、どういうこと? 実年齢14歳くらいのテイラーが人を殺したことがあるって、どういうこと? 


 「テイラーは魔法をうまく使えなくて、孤児院を落雷で焼いてしまった。この火傷は、その時に負ったものだ。その孤児院にいた連中は大人も子供も、みんな焼け死んだ。テイラーは1人だけ、逃げた」


 テイラーはいつもより少し低い声で、淡々と話した。そして「どうだ? テイラーを追い出したくなってないか?」と改めて真剣な顔をして聞いた。


 「落雷で焼き尽くした?」


 「そう」


 「それ、魔法でってこと?」


 「そう。怖くて〝みんな死ね〟って思ったら、雷が落ちて孤児院が燃えた」


 正直、驚いた。一度、背筋を伸ばして、深く息をつく。焚き火がはぜるパチパチという音が、やけにはっきりと聞こえた。何かワケアリだろうと思っていたが、想像以上だ。


 「どうだ? テイラーのことが嫌いになったか?」


 テイラーは悲しそうな目をして、俺をのぞき込んでくる。いや、驚いたな。いろいろ発展途上な魔法使いだと思っていたが、そんなパワーがあるとは。人を殺したことよりも、教会を一つ焼き尽くすほどの魔法を使ったということに、驚く。


 「どうだ?」


 テイラーがにじり寄って来ているのに気づいて、ハッとする。


 「ああ、いや。大丈夫だ。ちょっと驚いたけど、俺はテイラーを追い出したりしない」


 そういうと、テイラーはホッとした顔をした。少し下がって、座り直す。


 「しかし、孤児院って教会だろ? そんなに小さな建物じゃないよな」


 想像する。孤児院を併設している教会は、それなりに大きい。礼拝堂があり、子供たちが暮らせる宿舎があり、庭には畑を持っているような大規模なものが多い。


 「うん。大人も含めれば30人くらい住んでいた。大きな建物だった」


 それを焼き尽くすとは。


 「だから、キュラに連れ出された時には、ホッとした。孤児院にいれば、いずれテイラーがあの孤児院を焼いた犯人だとわかって、罰を受けるのではないかと、ずっとビクビクして暮らしていたから」


 なるほど。俺と会った時に孤児院にいなかったのは、そのせいか。だが、落雷とテイラーの魔法が結びつかなければ、誰も犯人がテイラーだとは思わないのではないか?


 「どうしてそのキュラさんのところからも飛び出してきたの? キュラさんのことは、好きだったんだろ?」


 そうだ。なぜ俺と出会った時、公園で浮浪者になっていたんだ。


 「それは、キュラが死んだからだ。キュラが死んで、テイラーは困った。だって、お葬式とかしたことがなかったから。どうしていいのかわからなくて、怖くて逃げ出した」


 テイラーは寂しそうに笑った。


 そうか。そういうことだったのか。劣悪な環境で育ったせいで、一般常識を知らないのだ。同居している大人が死んだら、近隣の大人に助けを求めればいい。だが、気味悪がられて、爪弾きにされて育ったテイラーは、そんなこと知らなかった。思いつきさえしなかったのだ。俺は改めて、かわいそうに思えてきた。


 「ちょっと待って。じゃあ今、そのキュラさんの遺体は、どこにあるの?」


 死んでいるのか。では、キュラさんに推薦してもらうことは、できないな。


 「まだ屋敷にあるはずだ。キュラはフェンネルの住民から〝人喰い魔女〟と呼ばれて、恐れられていた。しばらく見かけなくても、誰も屋敷に尋ねてなんか行かない」


 フェンネルはイースの南にある街だ。クーメンの東にある。それほど遠くない。なるほど、フェンネルから流れてきたのであれば、クーメンで浮浪者になっていたのもうなずける。


 「なあ、クリス」


 テイラーはまたにじり寄ってきた。俺の手を取ると、じっと俺を見つめた。


 「テイラーは、キュラにお墓を作ってあげたい。テイラーはお墓の作り方がわからない。このクエストが終わったら、一緒にフェンネルに行ってくれないか?」


 すがるような視線を見て、泣きそうになった。普通の家庭に育って、普通に成長した自分がどれだけ幸せな人間なのか、思い知った。テイラーは違う。師匠と慕う人を弔う方法すら知らない。愛する人が亡くなっても、どうすればいいのかわからなくて、逃げ出したテイラー。その悲しみを思うと、胸が張り裂けそうだった。


 そっとテイラーを抱きしめた。ビリッとくるかなと思ったが、テイラーは大人しく腕の中でじっとしていた。今夜は拭いてやっていないので、頭が臭い。だけど今は、テイラーを抱きしめてやりたかった。


 「テイラー、一緒にフェンネルに行くよ」


 耳元でささやいた。テイラーは俺から身を離す。目を見開いて「えっ、本当に来てくれるのか?」と聞いた。


 「もちろんだ。俺たちは仲間だからな。ハーディーにも手伝ってもらおう」


 じわっと涙がにじんでしまう。俺はそっと指先でそれを拭いた。


 「クリス、残念ながら報酬はないぞ」


 テイラーは大真面目な顔をして言った。知っているよ。テイラーがお金を持ってないことなんて。


 「構わないさ。あ、いや……。そうだな。じゃあ、テイラーが満足するようなお墓を作れたら、お礼にキスしてくれ」


 テイラーに微笑みかける。これは仲間の問題だ。もちろん無償でやってやる。無事に終わったあかつきには、チュッとほっぺたにキスしてくれれば、それでいい。そんなつもりだった。ところが、テイラーは違った。


 「キキキキ、キス?!」


 突然、目を白黒させて飛び下がる。勢いで尻餅をつき、スカートの裾から下着が見えた。


 「うん。テイラーさえよければだけど」


 何をそんなに動揺しているんだ。別にベロチューをしろと言っているわけではない。チュッくらいでいいんだよ。チュッで。


 「ほら、親父やお袋が寝る前にやってくれるだろ。あんな感じのキスでいいんだよ」


 「はぁ?! 何言ってんだ?! キスすんのか?! クリスのエッチめ!!」


 どんなキスを想像しているのか知らないが、テイラーは真っ赤になって、ハーディーの腹をペシペシと平手で叩き始めた。眠っていたハーディーが、むっくりと起き出す。


 「むあん?」


 「ああ、ハーディー。すまん」


 俺はとりあえず謝った。ハーディーは何が起きたのか理解できなくて、首を傾げている。


 「ハーディー、聞いてよ! クリスがキスしろっていうんだ! キスだよ、キス!!」


 テイラーの狼狽っぷりは、尋常ではなかった。キスというワードにこんなに過剰反応するなんて、思春期か? さては、ファーストキスもまだだな? ふふっ、俺はしたことがあるぞ。優越感で、思わず鼻の穴が膨らんだ。

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