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オークの集落

 集落はすぐに見つけることができた。木々の間に小屋やテントが立ち並び、煙も上がっている。規模は小さな街の市場くらいだ。多くの魔族が詰めかけて、にぎわっていた。


 「いらっしゃい、いらっしゃい」

 「さあ、見て行っておくれ」

 「うごっほ、がはっは!」


 わからない言葉も飛び交っている。それもそのはず、あたりにいるのはオークとゴブリンだらけだった。他にちらほらと獣人がいる。俺たちが通りかかるとジロジロと見られはするものの、特に襲いかかってくる気配はない。


 驚いたなぁ。本当にこんな街があるんだ。


 『世界の歩き方』には、南西部に行けば魔族の都市がいくつもあると記されていた。人間が入ってもOKな街や、NGな街も紹介されている。だから、頭ではこういうところがあることはわかっていた。実際に来てみると、本で読んでいたのとは随分と感じ方が違った。まず、迫力がすごい。オークは体が大きいので、自分の体が縮んでしまったかのように錯覚する。それから、匂いがすごい。強い獣の匂いがする。汗と糞尿を混ぜて油で練ったような匂いだ。俺の自慢の鼻が、壊れてしまいそうだった。


 「へい、人間の兄ちゃん、何か買って行ってよ! 安くしとくよ!」 


 不意に声をかけられて、びっくりした。振り向いてみると、屋台で果物を売っているオークの女が、呼びかけていた。にこやかに手招きしている。オークの顔は怖い。女……いや、メスかな。メスでも顎が張って、口を開ければ牙が見える。いろいろな種類がいるが、みんな肌の色が緑や紫というのも、いつまでも慣れない。引きつった笑みを浮かべていると、俺に代わってテイラーが屋台に近づいた。


 「お姉さん、どれがおすすめ?」


 全く物おじせずに声をかける。


 「このリンゴはどうだい? 今、ちょうど旬でジューシーだよ。3つ買ってくれたら、おまけでもう1つ、あげちゃうよ!」


 オークは商品棚の真ん中に積んであった深紅のリンゴを取り上げると、ハーッと息を吹きかけて、自分の袖でキュッキュッと拭いた。想像以上にきれいな白いシャツを着ている。リンゴの皮がピカピカになった。


 「おおっ!」


 テイラーは目を輝かせた。


 「お姉さん、それ、いただくわ。これしか持ってないんだけど、どうすればいい?」


 俺が銀の粒を差し出すと、オークは目を丸くして受け取った。そして「さすがにこんなにはいただけないねぇ」と言いながら、手元に置いていた丸い台の上で、たがねのような刃物を使って粒を割った。


 「これくらい、いただこうかね。いやあ、こんなにもらっていいのかね。サービスしとくよ」


 8割くらい戻してくる。見ていると紙袋にリンゴを5つ入れて、オレンジも1つ、追加してくれた。受け取ったテイラーは早速、リンゴを取り出してかぶりついた。シャクッといい音がして、前髪に果汁が飛び散る。


 「あ! うんま!」


 「おいしいだろう?」


 オークはうれしそうに笑っている。


 「ちょっと教えてほしい。このあたりに靴屋はないかな? ブーツを修理したいんだ」


 俺はオークに聞いた。


 「ああ、靴屋なら、その先の角のテントがそうだよ。イーダというおっさんの店だ」


 オークは屋台の奥から身を乗り出して、市場の先を指差した。商品棚の奥に座っていてよくわからなかったが、ものすごい巨乳だ。ぶるんと揺れている。思わずガン見してしまった。いやいや、相手はオークだぞ。


 「ありがとう。よし、テイラー。行くぞ」


 俺は果物屋に改めて「ありがとう」と言って、奥へと向かった。沿道には小さな家が立ち並び、その前にテントを出して魔族たちが商売をしている。この家、ゴブリンには大きすぎるし、オークには小さすぎる。おそらくここもポポナと同じく、人間が暮らしていた集落なのだろう。そこを魔族が乗っ取ったのだ。


 もともと、人間はもっと広範囲に暮らしていた。だが、魔族が徐々に北上してきて、生活圏を奪われた。なぜ魔族は押し寄せてくるのか? 『世界の歩き方』によれば、魔族が暮らしていた南西地域の環境が、ここ数十年で激変しているからなのだそうだ。気温が上昇し、森林は砂漠化し、魔族たちはそれから逃れて北上しているらしい。


 ずっと南に行けば、海というものすごく大きな湖があるのだそうだ。だが、海には陸地がないので、水棲の魔族以外は住めない。東方は荒れた険しい山岳地帯で、こちらも生活には適していない。それゆえ、魔族は人間が住んでいる北を目指す。魔族が生活圏を移したことで人間との衝突は顕著になり、そして弱者である人間はさらに北の方へと追いやられている。


 このままでは人間は絶滅すると言ったやつがいた。エドワードという修道士だ。駆け出しの頃に出会った、もっとも優秀な人間。頭が良すぎて、使い方を少々、間違えているところもあったが、それを差し引いても、あんなに才能にあふれた冒険者は他に見たことがない。パーティーが解散した後も時々、連絡を取っている。今では首都の教会で、若くして王室の顧問のような仕事をしているらしい。


 エドワードは毎日、食うものや寝るところに困らない生活をしているんだろうな。うらやましい。そんなことを考えていたら、靴屋に到着した。テントの中には、大小さまざまな靴やブーツが並んでいる。奥の方で小柄なオークが靴を修理していた。これがイーダかな。確かそんな名前だったよな。


 「すみません」


 俺は声をかけた。イーダはチラッと目を上げて、無愛想に「らっしゃい」と返事をした。


 「ブーツを修理してほしいんだけど」


 俺はテイラーを促して、ブーツを脱がせた。こうして見ると、本当にボロボロだ。足の甲の部分は、完全に裂けてしまっている。内側は黒い斑点が浮かんでいた。カビているのではないか? 手を止めたイーダは俺からブーツを受け取ると、ひっくり返したり、斜めから見たりして「いやあ、こりゃ新しいのを買った方がいい」と言った。


 「どうする?」


 俺はテイラーに聞いた。テイラーはリンゴの袋を抱えたまま、少し困った顔をした。


 「それもキュラに買ってもらったものだから、本当は直して履き続けたい……」


 「そうは言うものの、な。お嬢ちゃん」


 イーダは破れた部分を指先でなぞりながら、低い声で言った。


 「こうまでなっちまうと、アッパーは全部張り替えだ。ソールもすっかり減っちまっているし、それも取り替えると、もう別の靴になっちまう。それでいて、値段は新品よりかかるぜ。それでもいいのか?」


 チラッと目を上げる。人間だからぼったくられるのではないかと警戒しながら来たのだが、どうもここにいるオークたちには、そういう気は全くないようだ。職人イーダの真剣な視線が、そう物語っていた。


 「うーん、そうか……」


 テイラーは唇をかんで、考え込んだ。


 「大事なブーツは、こうなる前に手入れをしてやらないとな。ほら、そこの兄ちゃんのブーツを見ろよ。使い込まれたものだが、きちんと手入れをしているじゃねえか。あんなふうによ」


 イーダはあごをしゃくって、俺の方を指す。おっ、なんだ? 俺のことをほめてくれているのか? いや、照れるなあ。わかってくれるか? これもスティーブンさんからもらったものなんだ。汚れたらすぐに拭いて、油を刷り込んで、大切にしてきたんだ。


 テイラーは俺の足元を見て、そして俺の顔を見た。鼻をピクピクさせて、ちょっと感心している。


 「いいよ。テイラーの好きにしろ」


 自分の持っている銀が、思った以上に価値があることはわかっていた。ブーツの修理代も払えるだろう。思い入れが詰まったものなら、修理すればいい。そう思った。


 「これなんかどうだ。最近、ダンジョンから帰ってきた連中から買ったんだけどな。サイズ、合うかな? なんだか魔法がかかっているみたいなんだがな」


 イーダは腰を上げると、積み上げた靴の間から小ぶりなブーツを引っ張り出した。茶色い革製のミドルブーツで、サイドに翼のデザインが彫られている。


 「格好いいじゃん。履いてみたら?」


 促すと、テイラーはうなずいた。リンゴの袋を持ってやる。足を入れてみる。測ったようにピッタリだった。


 「軽い!」


 テイラーは目を見開いて驚いた。


 「だろう? こんな子供みたいなサイズのブーツ、ほしいやつなんてなかなか現れないから、安くしとくよ。10ビッツでどうだ?」


 イーダは、聞き慣れない貨幣単位を口にした。テイラーに「買うか?」と聞くと、コクンとうなずく。また例によって銀の粒を取り出し、「ここから15ビッツ分、取ってくれ」とイーダに手渡した。どうやらこういう取り引きが日常的に行われているのか、イーダは果物屋がそうしたように、丸い台を取り出して、粒をたがねでトンと割った。


 「ありがとうよ。それにしてもあんた、いい銀を持ってんな。いい商売してるんだな」


 イーダは俺を見てニヤリと笑う。とても悪魔を殺して奪ったものだとは言えない。俺は冷や汗をかきつつ、何も言わずに笑い返した。


 俺たちは市場を巡って、穀物などの食糧や食器、衣類、ハーディー用のリュック、たいまつなど冒険に必要なものを買いそろえた。剣をはじめ、悪魔から奪ったもので要らないものは道具屋で売った。鏡は売らなかった。かさばるものではないし、人間の街に持って行った方が価値が出そうな気がしたからだ。


 「そうだ。帽子は要らないか?」


 市場を去りかけた時に、帽子屋を見つけた。魔族も帽子をかぶるのだろうか。しかし、そのゴブリンが開いている店には、人間が使うような、大小も形もさまざまな帽子が売られていた。魔法使いの三角帽もいくつかある。テイラーは店に入って行くと、しげしげと三角帽を見つめた。


 「いらっしゃい。お嬢さん、若いのにお目が高いね。その帽子はちょっとそこらにはない、珍しいものだよ」


 年老いたゴブリンが揉み手をしながら、愛想よく近づいてきた。テイラーが見つめていた帽子には、よく見れば黒い細かい刺繍が施されている。


 「珍しいって、何が?」


 テイラーが聞いた。


 「これはね、魔法を発射できるんですよ。お嬢さん、魔法使いでしょう? この帽子に魔法をかけておけば、3回まではその魔法を発動させることができるんですよ」


 ゴブリンは目を見開いて、得意げに言う。ふーん。いろんなものがあるんだな。俺が他の帽子を見ていると、テイラーがやってきて俺の袖を引っ張った。


 「ねえ、あれ買っていい?」


 「ああ、いいよ」


 さっき悪魔の持ち物を売って、ビッツをそこそこ手に入れていた。ビッツは細い銀の棒だった。1本で1ビッツ。今、小袋にジャラジャラと音がするくらい入っている。


 結局、テイラーはその魔法の帽子を買った。市場のなかに宿舎があったが、俺たちはそこで食事だけして、集落を出た。魔族だらけの集落の中で寝ることに抵抗があった。そう提案すると、ハーディーもテイラーも反対しなかった。久々に食べたまともな食事は、涙が出るほどうまかった。ライ麦パンと焼いた鶏肉、野菜のスープ。1人1ビッツ。安い。周囲はやはりオークやゴブリンだらけ。ここならばハーディーみたいな大男でも、違和感がない。


 その夜は山中の野営地で寝た。月が出てきて、パンゲアを照らしている。山頂付近にチラチラと明かりが見えるように思えるのは、気のせいだろうか。今でもあそこでは魔王を讃える祭りが進行しているという。早く行ってみたい。見張り当番が終わっても、これからの冒険に思いを馳せると胸が高鳴って、なかなか寝付けなかった。

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