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仲間には嘘をつくな

 「アハハハ……」


 テイラーは我慢できないといった感じで、腹を抱えて笑い出した。そんなに笑うほど、格好つけていたかな? なんだか恥ずかしくなってしまう。立っているのがむず痒くなって、テイラーの横に座った。


 「アハハ……。ヒ〜ヒ〜、あ、ごめん……ごめんね」


 テイラーは眼帯を少し上げて、涙を拭いている。そして「マジでごめん。馬鹿にしたわけじゃない。クリスの夢がでっかすぎて、呆れて笑ってしまった」と言った。


 「だけど、朝からステーキを食べる夢は、テイラーも一緒に見たいぞ」


 ニヤッと笑う。「じゃあ、信用してくれるよな」と言おうとした瞬間、テイラーが先に口を開いた。


 「クリスは、いいやつだな」


 想定外の発言に一瞬、ポカンとする。テイラーはもう一度、目元を拭うと、ローブの裾をはたいて正座した。そして、俺の言葉を待っている。気の利いた返事が思いつかなくて、俺は頭に浮かんだ通りの文言を並べた。


 「うん、俺はいいやつだ。少なくとも正直者ではある」


 「うへっ。それ、自分で言うか?」


 テイラーは面白くて仕方がないと言った感じで、またグフェフェと笑い出した。気持ちの悪い笑い方だが、楽しそうなので、こっちまでニヤけてしまう。


 「自分で言うよ。言わないとわかんないだろ?」


 「ああ、クリス。わかったよ。テイラーは、クリスには嘘はつかないことにする」


 テイラーは少し腰を浮かせてまた座り直す。そしてコホンと一つ、わざとらしい咳払いをすると「レベルは、ない」と言った。


 「ということは、レベル0ってこと?」


 それもあるかと思っていたが、本当にそうだったとは。まあ、誰でも最初はレベル0なので、驚かない。ただ、レベル0をここまで連れてきてしまったことに不安を感じる。レベル0というのは冒険をしたことがないか、あるいは冒険に行ったが、ちゃんとパーティーとして帰ってきていないことを示す。行き先でバラバラになって、逃げたことしかないというパターンだ。そんなことで今後、大丈夫だろうか。不安だ。


 「いやあ、違う。レベルそのものがない。テイラーは冒険者手帳を持ってない」


 「え!」


 想像の斜め上をいく答えに、思わず声を上げた。


 「ちょっと待ってくれ。冒険者手帳を持っていないということは、冒険者ギルドに登録していないってこと?」


 「そうだ」


 テイラーは平然と答えた。


 冒険者手帳は、冒険者が最初に手に入れる道具だ。冒険者を志望する子供は、俺のように誰かに弟子入りするか、養成学校に入って職業スキルを学ぶ。18歳になると独り立ちして、ギルドで手帳を買う。手帳はレベルの証明書であると同時に「どこの誰か、どこで教育を受けたのか、何の職業スキルを持っているのか」という身分証でもある。つまり手帳を持っていないテイラーは、冒険者ではない。


 「えっ、じゃあどうして、あんな冒険者が寝泊まりするような公園にいたの?」


 俺は身を乗り出して聞いた。


 「あれは、寝られる場所を探してうろうろしていたら、たくさん野宿しているやつがいたので、テイラーも混じって寝ていただけだ」


 テイラーはあっけらかんと言い放った。俺は愕然とした。冒険者でもなんでもない、ちょっと魔法が使える女の子を連れてきてしまったとは。あの時、ヤバいやつを引いてしまったと感じたのは、やはり間違いではなかった。本来、連れてくるべき人間ではなかったのだ。テイラーは電撃の魔法以外、冒険のことは何も知らない。


 俺は頭を抱えた。


 「ということは、テイラーは冒険者ではないということなのね……」


 「そうだ」


 「冒険者になりたかったという気持ちは……」


 「ない」


 テイラーは穏やかな顔をして、俺を見つめている。いやあ、しまった。これは本当にしまった。今からでもクーメンに引き返そうか。でも、そこでテイラーとお別れしたら、こいつは浮浪者に逆戻りだ。困惑して見つめていると、テイラーが口を開いた。


 「だけど今は、冒険者をやってもいいかなと思っている」


 「え、本当!」


 俺は改めて身を乗り出した。


 「うん。だって、冒険者をやっていたら、メシが食えるから。魚の捕り方も教えてもらったし。テイラーは魚獲りの名人だ」


 何やら満足げにうなずいている。そうなんだ。それはよかった。俺は少し、ホッとした。


 冒険者ギルドに登録するには、師匠や養成学校の推薦が必要だ。推薦された時点で、旅に必要な装備とか、救急治療の方法とか、大雑把な大陸の地図とかが頭に入っている。盗賊や魔法使いといった職業スキルは別にして、冒険者として生き延びるための、最低限の知識を持っている。


 だが、テイラーにはそれがない。あらゆる面でサポートが必要になる。たかがレベル6の俺に、それができるのか? 俺はチラッとハーディーを見る。ハーディーは元軍人だ。冒険者ではないが、サバイバルの方法は知っている……はずだ。いや、どうだろう。空腹で倒れていたので、こいつも怪しいっちゃ怪しい。


 「だからクリス、テイラーも連れて行ってくれ。テイラーは疑り深い性格なので、簡単にはクリスのことを信用できないかもしれない。だけど、朝メシにステーキを食うような生活がしたいのは、テイラーも一緒だ」


 テイラーは不思議な言い回しをした。まるで第三者目線というか、自分が自分でないかのような。少し気になったけど、まあいいか。テイラーが手を差し出してきたので、握り返した。テイラーはぶんぶんと手を振って、照れ臭そうにグフェフェと笑った。


 「改めて、これからよろしくな」


 こっちもなんだか照れ臭い。


 「なんの、こちらこそ。ちなみにもう嘘はつかない。だから言っておくけど、テイラーがハタチというのは、嘘だ。実は、自分の年齢がよくわからない」


 テイラーは手を離すと、苦笑いしながら後ろ頭で手を組んだ。次から次へと出てくるな。いや、二十歳は違うんじゃないかと思ってはいたけど。


 「自分の年齢がわからないって、どういうこと?」


 また、テイラーの微妙な部分に踏み込んでいる予感がする。だけど、知りたい。


 「テイラーは孤児院で育った。自分の年齢がよくわからないうちに、飛び出してしまった。だから、自分が今、何歳なのか、知らないんだ」


 テイラーは「もちろん誕生日も知らない」と付け加えて、寂しそうに微笑んだ。ああ、そうなのか。それで浮浪者みたいな生活をしていたのか。火傷の跡を見て壮絶な人生を送ってきた気配を感じていたが、思った以上に酷そうだぞ。なんと言っていいのか、わからなくなってきた。


 「そうなんだ」


 「そう」


 テイラーはローブの裾を持ち上げた。愛おしそうに、ローブを見つめる。


 「キュラは、たぶん12歳くらいだろうって言ってた。あれから2年経ったから、テイラーは本当は14歳くらいなのかもしれない」


 なんだって! 確かに幼い感じがするなと思っていたけど、そんなに幼いのか? いや、そんなことより……。


 「キュラって誰?」


 新しい名前が出てきたぞ。


 「キュラは、テイラーの魔法の先生だ。孤児院を転々としていた頃に見つかって、無理矢理、弟子にされた」


 無理矢理と言っている割には、テイラーは楽しそうだ。そのキュラという人の話になると、目がキラキラと輝き出した。


 「魔法は、そのキュラさんから習ったんだ」


 先生がいるのなら、その人に推薦してもらえば、冒険者ギルドに登録できるぞ。


 「そうだ。キュラは、テイラーには素質があると言っていた。キュラに会うまで、テイラーは魔法がうまく使えなかった。この火傷も、テイラーが魔法をうまく使えなかったせいだ」


 テイラーは自分の頬に手を這わせる。そして、逆に質問してきた。


 「クリスは、気持ち悪くないのか?」


 「え? 気持ち悪いって、何が?」


 何の話だろう。今晩、変なものでも食べたかな?


 「テイラーの顔が、だよ」


 そう言って、暗い目をした。ああ、なるほど。そこか。


 さて、どう返事したものか。どうつくろってみたところで、うまく言えないような気がする。自分から「気持ち悪い」と言い出したところを見ると、火傷の跡のことを気にしているのだろう。傷つけてしまうかもしれないが、正直に答えることにした。


 「うーん。最初に見た時は驚いたけど、今はもう見慣れちゃったかな」


 テイラーは、しばらく自分のほっぺたを触っていた。「本当か?」という疑り深い目つきで俺を見つめている。だけど、嘘ではなかった。なんとも思わないといえば嘘になるが、見慣れてしまったのは本当だ。


 「孤児院では、みんな気持ち悪がって、テイラーのことをバケモノと呼んでいたぞ」


 いきなり辛い過去をカミングアウトしてきて、またかける言葉を失ってしまう。バケモノとは身も蓋もない。子供は残酷だからなあ。確かにその顔を見れば、言いたくなる気持ちもわからないでもない。


 いやいや。


 「テイラー」


 俺はそばに近寄ると、テイラーの肩に手を置いた。テイラーはビクッと体を硬くする。


 「一緒に朝メシにステーキを食うんだろ」


 目を見つめる。まなじりは溶けたように垂れ下がり、唇の端は引きつっている。額の中程まで赤い火傷跡が広がっている。おそらく直後は髪も燃えたはずだ。幼い少女が醜い姿になりながら必死に生き延びた過去を想像すると、込み上げてくるものがあった。


 「うん。食べたい」


 テイラーは目に力を込めて、うなずいた。


 「これだけはわかってくれ」


 俺はテイラーの横に行くと、痩せた肩を抱き寄せた。ピリッと静電気が走るが、それ以上の衝撃は来なかった。


 「テイラーはこうやって俺についてきてくれた。パーティーの一員になってくれた。俺はそれがすごくうれしいんだ。見た目なんて関係ねえ。これからテイラーのことを悪く言うヤツが現れたら、俺がぶっ飛ばしてやる。だから、気にするな。テイラーとハーディーは、大切な仲間だ」


 そう言ってうなずくと、テイラーはまなじりを決してうなずいた。そうだ。テイラーとハーディーは、俺の大切な仲間なんだ。俺が守ってやらないと。ハーディーに目を向けると、手を止めたままこっち見ていた。仮面があるので目が見えないが、目と目が合った気がする。俺がうなずくと、ハーディーも「おおっ」とうなずいた。

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