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悪魔を倒した戦果

 昼食後、ようやく悪魔の荷物を確認した。まずは剣。鞘もついていて、立派だ。ただ、いずれも両手持ちなので、俺には使い勝手がよくない。剥ぎ取ってきた服。ハーディーが着られるかなと思ったけど、どれも少し小さかった。ブーツ。やはりそのままでは、テイラーには大きすぎる。だが、バラして仕立て直せば使えそうだ。


 今まで手をつけなかったのは、呪いのアイテムが入っていないかと用心していたからだ。うっかり夜に触って発動してしまったら、大惨事になりかねない。悪魔は基本、夜行性なので、彼らが使う道具も陽の光の下では効果を発揮しないものが多いと聞く。恐る恐る探ってみたリュックの中身に、大したものは入ってなかった。着替えの下着、乾パン、数種類の薬草。小刀に簡単な治療道具。水筒。匂いを嗅ぐと、中身は酒のようだった。


 小さな袋に、小指の先ほどの銀の粒がたくさん入っていた。硬貨だろうか? いずれにせよ見るからに金目のものだ。人間の街では通用しないかもしれないけど、こういうのが手に入るとうれしい。あと、鏡。裏側に小さな宝石があしらわれていて、売ればそこそこの値段がつきそうだ。呪いがかかっていなければ。


 「テイラー、何か感じるか?」


 鏡をテイラーに見せた。テイラーは手に取ると、太陽にかざした。


 「これ、テイラーの顔が映るぞ!」


 そりゃそうだ。鏡なんだから。


 「違うよ。そうじゃなくて、何か魔法っぽいものを感じるかっていうこと」


 テイラーは鏡をまじまじと見つめて、目を細めたり、口を開けたりしていた。しばらくして「少し魔力を感じるけど、それほど強くない」と言って、俺に突き返した。そうなのか。なら、呪いのアイテムではないだろう。持っておくことにしよう。


 悪魔は人間に呪いをかける。呪いがかかると体が動かなくなったり、意識がなくなったりする。解くためには解除する魔法を使うか、教会に行かないといけない。旅を中断せざるを得なくなるので、厄介だ。


 荷物を調べたあと、ちょっとした実験をしてみたら、これが大成功だった。テイラーの電撃を使えば、もっと簡単に魚が獲れるのではないか? そう思って大きな魚が潜んでいる淵に連れて行き、水に手を突っ込ませて電撃を水中に放ってみた。


 「……全然、何も起きないぞ」


 テイラーは水に手を入れたまま、ジロリとにらんだ。手を入れたところの水面がゆらゆら揺れているが、魚が浮いてくる気配はない。おかしいな。電撃は水中の方がよく伝わるので、魚が気絶すると思ったのだが。


 「テイラー、もっと強く流してくれないか?」


 テイラーは素直にうなずく。「少し離れておいた方がいいぞ」と言うので2、3歩下がった。テイラーは俺が離れたことを確認して、また水中へと目を向ける。ふいにジジッと音がして、ここからでも水面に大きな波紋が広がるのが見えた。


 「あ!」


 テイラーが声を上げたので、そばに駆け寄る。底の方からゆっくりと、大きな魚が銀色の腹を上に向けて浮かび上がってきた。1匹だけではない。2、3匹。おお、すごいぞ。


 「やったぞ、テイラー! 成功だ!」


 テイラーの背中をポンと叩いた。テイラーは振り返って、顔を歪めてうれしそうにニヤリと笑った。


 「え、もっと強くしたら、もっとたくさん獲れるかな?」


 まだ水から手を出さずに、電撃を流している。水面が揺れているが、魚は浮いてこない。ここにいる魚は、もうこれだけなのだろう。気絶した魚は川下へ流れていく。


 「ハーディー、そっちに魚が行くぞ! 回収してくれ!」


 川下で待ち構えていたハーディーに声をかけた。少し離れたところから「うおっ」と返事が聞こえた。


 これは楽ちんだ。針と糸で1匹ずつ釣る必要がない。あまりやりすぎると小さな魚まで殺してしまいそうなので、ほどほどにしておかないといけないが、短時間で食糧を確保するには最適に思えた。俺はテイラーを連れて大物がいそうなポイントを回り、さらに7匹の魚を確保した。これだけあれば十分だ。今夜の食材はもちろん、干し魚にすれば当面の食糧になる。


 「へへ〜ん! すごいだろう! テイラーはお役立ちだ! こんなに魚が獲れたのは全部、テイラーのおかげだからな!」


 帰り道、テイラーは鼻高々だった。


 「すごいすごい。テイラーのおかげだよ。こんなに簡単に、たくさん魚が獲れるとは思ってもいなかったな」


 俺は頭をなでて、ほめてやった。ハーディーも「うおっ、うおっ」と何やら言っている。おそらく「そうだ、そうだ」と言っているのだろう。


 「ふうん! テイラーは魚屋になろうかな! ここでたくさん魚を捕まえて、旅人に売るんだ! きっと大儲けできるぞ!」


 興奮してしゃべりまくっている。喜びが抑えきれないのか、肩を揺すって「グフェフェ」と変な笑い方をした。野営地に戻って魚を捌き、塩を振る。紐を通して近くの木に吊るす。ある程度、乾けばいい。寒い時期なので、持ち歩いている間に水分が抜けていく。並行して夕食も作った。3人いると作業がはかどった。


 夜は例によって魚のスープだ。そろそろテイラーは飽きてくるのではないかと思ったが、自分が獲った魚ということもあってか「うまい、うまい」と喜んで食べた。後片付けを終えるとテイラーとハーディーは編み物を始めた。川のそばに生えていた細長い草で何か作っている。俺は洗い終えた鍋でもう一度、湯を沸かす。それに浸したタオルを手に、テイラーの背後に回った。


 「テイラー、髪をきれいにしてやるからな。じっとしていろよ」


 「うん」


 自分の作業に集中しているのか、素直に返事をする。そうそう。こうすればよかったのだ。湯を沸かし、それでタオルを絞って拭く。こうすれば、寒さに震えることはない。いつも冷たい川に飛び込んで水浴びをしていたので、考えたこともなかった。髪に残った汚れをどうやって落としてやろうかと考えているうちに、ふと思いついたのだ。


 テイラーの髪は長い。その上、巻き毛なので水浴びだけで落ちなかった汚れが、あちこちに残っていた。それを一つずつ、丁寧に温かいタオルで拭き取ってやる。


 「それは何を作っているの?」


 手元をのぞき込みながら聞いた。草の編み物は、手の平くらいの大きさの円盤になりつつあった。


 「お皿だよ」


 テイラーは俺の方を振り返って言った。


 「スプーンを作ってもらったから、あとはお皿かお椀がほしいなって、ハーディーと話していたんだ。そしたら、お皿なら作れるよって」


 「おでぃでぃ、お」


 ハーディーが合いの手を入れつつ、手にしていた編み物を見せた。なるほど。汁物は入れられそうにないが、しっかりした作りだ。パンや汁物ではない食べ物なら、乗せられるだろう。指示しなくても、冒険に足りないものをそろえてくれているのは、うれしかった。なにしろ今回の冒険は、あまりにもないものだらけだ。ハーディーが人を殺してしまって、そのまま街を飛び出してしまったためだが、本来は食糧をはじめ、もっと準備をしてから出発するものなのだ。


 「ハーディーはいろんなことを知ってる。お皿を作り終えたら、次はテイラーの靴下を作るんだ」


 テイラーは手を止めずに言った。ふうん、そうなんだ。そういえば、テイラーは昼間もよくハーディーと話している。話していることが理解できるテイラーがうらやましかったっし、会話することでテイラーの信頼を得ているハーディーもうらやましいと思った。俺がリーダーのはずなんだけどな。仲間はずれになっていないか? 俺も、もっと話をして、信頼を勝ち得ないと。


 テイラーには聞きたいことが山ほどあった。


 「テイラーのレベルはいくつなの?」


 俺は髪を拭きながら聞いた。


 「え?」


 テイラーは手を止めて、振り返る。


 「いや、テイラーのレベルは、いくつなのかなって」


 「は?」


 なぜ、そこで不思議そうな顔をする。


 冒険者にとって、レベルは自身の実績を示す大切なものだ。主にギルドからクエストを受け、それを達成すれば上がる。クエストの難易度によっては、一気に5つも6つも上がることもある。冒険者はみんなギルドが発行した手帳を携帯していて、そこにレベルを示すハンコを押してもらう。


 ちなみに俺はレベル6。レベル1桁台は、まだまだ初心者だ。20くらいになると、胸を張って自分のレベルを宣伝することができる。ちなみに20になるには、3つか4つほどダンジョンを踏破しなければならない。レベルを認定するのはギルドだけではない。大きな街にある道具屋や教会でも認定してもらえる。個人も可能だ。ギルドが発行した資格証を持っていれば、ハンコを押せる。スティーブンさんも資格証を持っていた。


 厄介なのは、非認定レベルというものが存在することだ。これは冒険者が勝手に「俺はレベル◯◯だ」と名乗ることを言う。ギルドに立ち寄れないほど長旅をしていたり、ギルドに顔を出せない事情がある冒険者が使う。もちろん、非認定なので説得力はない。


 テイラーはいくつくらいだろう。不慣れな感じを見るに、レベル1でもおかしくない。


 「レ……レベル?」


 テイラーは首を傾げた。ん、こいつ、もしかして、レベルそのものを知らないのか? そう思って、口を開きかけた時だった。


 「あ、ああ! レベル、レベルね! テイラーはね、えっと、レベル50くらいかな?」


 しどろもどろになりながら、あまりにもわかりやすく嘘をついた。俺は白けてしまった。嘘はよくない。特に命を預けているパーティーのメンバーに嘘をつくのは、スティーブンさんが最も嫌っていたことだった。奉公している間、口を酸っぱくして「嘘はつくな」と言われた。


 「さすがにそれは嘘だろ。馬鹿にされたくない気持ちはわかるけど、嘘はやめろ」


 髪を拭いていた手を止めて、テイラーの目をしっかりと見て言った。テイラーは「えっ。ううっ……」とうなって目を逸らす。


 「出会ったばかりで、まだ俺のことが信頼できない気持ちは、わからないでもない。だけど、俺はテイラーを信頼したい。だから、嘘をつくのはやめてくれ」


 身を屈めて、顔をのぞき込んだ。テイラーは顔を伏せている。作りかけの皿が地面に落ちて、砂をかぶった。拾い上げて、砂を払って差し出した。


 「気にすることはねえよ。俺だってレベル6なんだから。まだまだひよっこだよ」


 テイラーはのろのろと皿を受け取ると、おずおずと俺を見上げた。口をへの字に曲げて、不安げな表情をしている。


 「だけどな、テイラー」


 俺は立ち上がった。


 「俺には夢があるんだ。スティーブンさんみたいな立派な盗賊になって、でっかいお屋敷に住んで、美女をいっぱいはべらせて、朝からステーキを食うんだ!」


 「朝から……ステーキ!」


 テイラーは呆然と俺を見上げたまま、繰り返した。


 「そうだ。そして、『世界の歩き方』の続編を書いて、歴史に名を残すんだ。どうだ、すごいだろう」


 腰を折って、テイラーの顔をのぞき込んだ。火傷で歪んだ顔からは、どんな感情が渦巻いているのか読み取れない。


 「今はまだスタートしたばかりだけど、その夢の実現のためには、テイラー、お前の力が必要なんだよ」


 俺は手を差し出した。テイラーはその手を見て、それからまた俺を見る。俺はハーディーに向かって「お前もだ」と言った。手を止めてやりとりを聞いていたハーディーは深く2、3度とうなずいた。


 「だからテイラー、俺を信用してくれ」


 差し出した手を、グッと近づける。テイラーはまたそれを見る。そして俺に視線を戻さないまま、つぶやいた。


 「クリスは、馬鹿……なのか?」


 おお、言うねえ。俺は苦笑いした。


 「馬鹿で結構。馬鹿みたいな夢を見ていないと、小さな夢も叶わないぜ」


 自分でもクサいことを言ったなと思った。だけど、もう自分に酔いしれていた。夜空を見上げると、寒空に満天の星が輝いている。今に見てろ。大陸中の人間どころか、魔族までもが俺の名前を知ることになる。


 「プッ。アハ、アハハ……」


 不意にテイラーが笑い出した。

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