俺はエッチではない
テイラーが恥ずかしがるので、岩陰になった浅瀬に移動して、そこで水浴びをすることにした。待ってました! 俺は全部脱いで、スッポンポンになる。そう、フルチンだ。これから水浴びをするんだから、当然だろう。寒いけど、水浴びできると思えばへっちゃらだ。満を持して、リュックからアレを取り出した。
「ジャジャ〜ン! テイラー、これなーんだ?!」
テイラーは両手で顔を隠している。指の間から、俺が手の平に乗せた小さな四角い固形物をチラリと見て「変態……!」とつぶやいた。
「ブッブー! ハズレで〜す! これはなんとなんと、俺のお手製の石鹸なのだ!」
そう。俺が作った石鹸。木の灰と油を使って作ったのだ。きれい好きの俺の必需品! 久しぶりに使う時が来たぜ! テンションがグングン上がっていく。タオルと石鹸を手に、川に飛び込んだ。
「うわぁ、冷てぇ! 死ぬ! でも、気持ちいいッ!!」
まあ、泳ぐ季節でもないしな。この辺りは夏でも、泳ぐのをためらうほど水が冷たい。痛いくらいで、触れた瞬間から皮膚の感覚がなくなる。だが、それがいい。冬の水浴びは、こうでないと!
同じく仮面以外は全裸になったハーディーは、膝あたりまで浸かったところで股間を押さえて立ち止まっている。微妙に震えている。ふさふさとした陰毛に包まれた、意外に普通の人間サイズのイチモツが縮み上がっていた。テイラーの電撃は平気でも、水の冷たさには耐えられないのか? 手早く着ていたものを川でジャブジャブと洗うと、自分の髪も体も石鹸で洗った。ああ、気持ちいい。スッキリする。洗い終えるとブルブル震えているハーディーを引っ張って、もう少し深いところに連れて行った。
「ハーディー、しゃがんでくれ。手が届かない」
「あはぁ!!」
腰まで水に浸かると、ハーディーは変な悲鳴を上げた。冬の水浴びは時間との勝負だ。さっさと洗って出ないと、凍傷を起こして命の危機を迎える。石鹸を泡立てると、ハーディーの髪を洗った。あまりに汚れているせいか、全く泡立たない。とりあえずひと通り水を通して、続いては体だ。石鹸をつけたタオルで背中をゴシゴシとこすると、茶色い垢がボロボロと落ちた。
「おお、すげえ。よく落ちるわ」
自分の吐く息が白い。唇が震えているのがわかる。ハーディーを洗い終えたら一度、川を上がって焚き火に当たらないと。
素っ裸のまま焚き火のそばまで行くと、テイラーが背中を向けていた。そりゃそうだ。女の子だもんな。しばらくすると、全身を洗い終えたハーディーが戻ってきた。仮面の下からのぞく唇が紫色になっている。
「どうだ、ハーディー……。きれいになるのは、気持ちいいだろう……」
焚き火の周囲の岩の上に洗濯物を張り付けながら、聞いた。自分の声が震えているのがわかる。確かに、だいぶ寒かったな。これ、テイラーは大丈夫かな。でも、ここまで来たら、洗わないという選択肢はない。
「よ、よし。じゃあ、次はテイラーだ」
テイラーの背中に向けて声をかけた。テイラーは背中を丸めて、プルプルと震えている。
「テイラー、大丈夫だ。俺は絶対にテイラーを襲ったりしないから」
焚き火に当たりながら、テイラーの背中に近づいた。困ったやつだな。ハーディーのことは信頼しているから、男性不信というわけではないのだろう。若い男がダメなのか? ややこしいやつだな。テイラーは返事をせず、背中を向けたままだ。
「テイラー、はっきり言わせてもらうが、俺は初めて会った時から、お前に興奮したことは一度もない。だから、大丈夫だ」
なんだか失礼なことを言ったような気がするが、安心させるためにはこうとでも言わないとわかってくれないだろう。返事を待って火に当たっていると、ようやくテイラーはこっちを向いた。困った顔をしている。
「本当にエッチなこと、しないだろうな」
念押ししてくる。
「しない。母なる女神にかけて、しない」
手を組んで、お祈りのポーズをしてみせた。
「テイラーは教会が嫌いだから、そんなことしても意味ないぞ。もし、エッチなことをする素振りがあったら、即座に電撃でぶっ飛ばすからな」
テイラーはそっぽを向いて、むくれている。
「遠慮なくやってくれ」
ようやく覚悟を決めたのか、立ち上がってローブを脱いだ。「うわっ、寒い」と言いながら上着を脱いでスカートも下ろして、ワンピースタイプの下着一枚になった。細い腕と足があらわになる。想像していた通り、赤い火傷の跡が体中のあちこちに残っている。特に左膝は広範囲に及んでいた。足を引きずっている原因はこれだろう。
「残りは水に入ってから脱ぐ!」
胸を押さえながら怖い顔をする。
「わかった、わかったよ」
モシャモシャの髪を見ながら、自分が櫛を持ち歩いている男で本当によかったと思った。俺も髪は長い。いつも後ろでくくっている。洗った後に櫛がないと、実に面倒だ。慎重に川に入っていくテイラーの後ろをついて行きながら、そんなことを考えた。
「ハーディー、テイラーの服を洗っておいてくれ」
「はでぃー」
「うわっ、冷たい!!」
テイラーは足をつけて、すぐに飛び出してきた。
「クリス! こんな冷たい川に入るなんて、正気か?! 死んでしまうぞ?!」
俺をにらみつけて、半分泣きそうな顔をしながら抗議する。
「いや、大丈夫。だって、見てただろ? さっきまで俺とハーディーが水浴びしていたところを。俺たちができるなら、テイラーもできる!」
少し体が温もったおかげで、口も滑らかになってきた。ガッツポーズを作って、テイラーを励ました。でも、吐く息がものすごく白いし、さっきから唇もブルブル震えているので、説得力は全くない。
「いや、できない! テイラーは弱い魔法使いだから、こんな冷たい水に入ったら死んでしまう!」
「大丈夫だよ。テイラーは強い魔法使いだから。きれいになったら気持ちいいぞ。ほらほら」
先に川に入って、手を引いてやる。おお、冷たっ。テイラーの言っていることは、大袈裟ではない。だけど、水浴びはしなくちゃ。
「ぎゃあああ! 冷たい! 死ぬう!」
大声でわめいて、バチバチと電撃を飛ばすので危なくて仕方がない。俺は電撃で手を弾かれながらも、石鹸でテイラーの髪を洗って、下着の中に手を突っ込んで背中を洗ってやった。髪には何か固まった汚れがたくさんついていて、洗いきれない。背中は骨が浮いていて、ガリガリに痩せていた。テイラーは途中から「もう嫌だ!」と言って泣き出してしまった。
「ようし、よく頑張ったぞ、テイラー。今日は魚をたくさん食わせてやるからな」
メソメソ泣いているテイラーの頭を撫でながら、川から連れ出した。本当はこんな無茶なことはしたくないのだが、匂いを消すためには仕方がない。焚き火のそばに連れて行くと、ようやくテイラーは泣き止んだ。俺がきれい好きなせいで、ちょっとかわいそうなことをしたかなと反省する。
服を乾かしている間に、長い時間をかけてテイラーの髪に櫛を入れたが、匂いはともかくこびりついた汚れはまだかなり残っていた。仕方がないので切り上げてヘビムシを採り、魚を釣った。服が乾くと河原で流木を拾い、それを削ってスプーンを作った。昼は大きな魚でまたスープを作って、テイラーに腹一杯、食べさせてやった。
「体をきれいにする魔法ってのが、あるんだろう? テイラー、使えないのか?」
昼飯を食べながら、聞いた。魚の骨をちゅうちゅうと吸っていたテイラーは、口を離さずに首を横に振った。
魔法は電撃のように攻撃するものばかりではない。体力を回復したり、傷を治したりする防御系のものもある。戦闘では使わない、それこそ汚れたものをきれいにする魔法もある。多くの魔法は魔術師ギルドが発行している教科書に載っていて、魔法使いはそれを読んで練習して、使えるようになる。
ただ、教科書に載っていないものもたくさんある。才能のある魔法使いが、独自に編み出したものだ。それは、本人から教えてもらうか、見よう見まねで会得するしかない。属する魔法の系統によっては使えない魔法もあり、多くの種類の魔法を使いこなすのは、なかなか難しいのだ。と聞く。俺は魔法と縁がないので、よく知らんけど。
「テイラーは電撃以外には、どんな魔法が使えるの?」
聞いたついでなので、聞いてみた。テイラーは魚の骨をお椀に戻すと「えっ」と小さな声でつぶやいた。
「それ、言わなきゃいけないの?」
ムッとした顔をしている。む、タブーだったか。聞かなきゃよかった。俺は「いや、言いたくなければ、いいよ」と即座に返事した。
魔法使いだけではないが、冒険者にとって手の内を明かすことはある意味、死活問題と言っていい。自分のできる範囲を明かしてしまうことになるからだ。今は味方同士だからいい。だが、将来的に別のパーティーになってライバルとして競うことになれば、手の内を知られていることは不利になる。だから、特に魔法使いは手の内を明かしたがらない。テイラーはそういうタイプのようだった。
それにしても寒かったな。昼からも釣り三昧になる予定だが、水に入るのはもうやめておこう。そういえば、川を渡った向こう側に、温泉があると『世界の歩き方』に書いてあった記憶がある。温泉なら、この季節でもゆっくりと入れるぞ。水と違って、汚れもよく落ちる。テイラーの髪も、もっときれいにできるだろう。
「なあ、川を渡ったら温泉があるらしいんだ。パンゲアに行く途中だし、寄ってみないか? きっと気持ちがいいぞ」
俺は2人に提案した。
「おっ、おっしゃしゃっ」
ハーディーは珍しく首を大きく振ってうなずいた。どうやら大いに賛成のようだ。
「え! また風呂に入るのか?!」
テイラーは困惑の表情を浮かべる。
「風呂って、今日のは風呂じゃない。あれはただの水浴び。風呂はもっと気持ちがいい」
そうだ。風呂はいい。長旅の疲れも吹っ飛ぶ。パンゲア入りを前にリフレッシュ。いいね。いいプランだ。
「まさか、また一緒に入ろうというんじゃないだろうな!」
テイラーはふんがっと鼻を鳴らした。
「何を言っているんだ。一緒に水浴びしたんだから、恥ずかしがることはないだろう」
「嫌だ! クリスはやっぱりエッチだ!」
テイラーは顔を赤くしてむくれている。もともと火傷の跡が赤いのだが、もっと真っ赤になって、照れている。ハタチと言っていたが、年齢の割にはウブなんだな。呆れるのを通り越して、何やら微笑ましく思った。




