水浴びをするぞ
翌朝は夢を見て早朝に目が覚めた。昔の仲間と旅をしていて、そいつが風呂に入らないまま俺のベッドに入ってきて「臭えよ、出ていけ!」と怒っている夢だった。ちなみに昔の仲間というのは、ウルリックという魔法使いだ。美女かと見間違うようなクールビューティーなのだが、男だ。きれいなのは顔だけで、毛深くて口が悪く、性格は最悪だった。
「く、臭ぇ。風呂に入れ、ウルリック!」
自分の寝言で目が覚めて、寒さにブルブルッと身震いする。だが、寒いのは背中だけで体の前面は温かい。そして臭い。ぷぅ〜んと甘酸っぱい匂いが漂ってくる。目の前には深紅のモシャモシャが広がっていた。何かと思えば、テイラーの後頭部だ。そこに顔を突っ込んでいるのだ。テイラーも寒いのか、俺の腕の中で丸くなっている。
「うわっ」
防御魔法のことを思い出して、思わず飛び退った。だけど、ビリッとしない。テイラーが防御魔法を切ったのか、それともそもそもかけずに寝たのか。俺は昨夜、前半の見張りをしていて、寝るときはテイラーとの間に一人分ほどの間隔を開けていたはずだ。不用意に触れていたことに驚いて、ドキドキしている。顔を上げると、テイラーの向こう側にハーディーの巨体があった。俺が起きたのに気付いたのか、仮面をこちらに向ける。
「おおう」
うおぉ、寒っ。
「おはよう、ハーディー。少し眠ってもいいぞ」
ハーディーは昨夜の後半の見張り当番だった。声をかけると、うなずいてテイラーの横にゴロリと横になった。俺は焚き火に薪をくべると、川辺に行く。顔を洗ってヘビムシを採り、数匹の魚を釣った。本格的に釣りをするのは、2人が起きてきてからにしよう。戻って魚を処理して、串に刺して焼く。川辺には芋や木の実がないので、必然的に魚ばかり食べることになる。それはそれでバランスがよくない。干し魚の原料を確保できれば、すぐに出発したかった。
パチパチと皮のはぜる音がして、香ばしい匂いが立ち上る。それを胸いっぱいに吸い込んでいると、対岸を何者かが歩いているのが見えた。こんな早朝に誰だろう。複数人いる。冒険者か、それとも魔族か。夜行性の悪魔が寝床に帰っていく時間帯だ。こっちは焚き火をして煙を上げている。すでに気づかれているだろう。俺は遠慮なく立ち上がって、彼らの行方を観察した。どうやらこっちへは向かってこないようだ。
「んむぐぅ、ふぁあ……」
変なうめき声を上げて、テイラーが起きた。
「朝ごはん、何?」
目元をこすりながら、起き上がってくる。
「テイラー、いきなりそれはないだろう。起きたらまず『おはよう』って言うんだ」
俺は呆れながら、そう言った。
「うるさいなあ。腹が減ったんだから、仕方ないだろ? クリスってあれだなあ、お兄ちゃんみたいだな。口うるさいお兄ちゃん」
テイラーは手のひらをこすり合わせて焚き火に当たりながら、ぶつくさと文句を言っている。俺たちが起きたことに気づいたのか、ハーディーも起きた。少しは眠れたかな?
「さあ、テイラー、顔を洗ってこい。ハーディー、朝ごはんにしよう」
俺はパンパンと手を叩いた。
◇
「今日は移動はしない。ここでもう少し魚を釣って、川向こうに行った時のための食糧を調達する。あと、悪魔たちの荷物も整理しないと」
焼き魚をかじりながら、2人に説明した。まるでリーダーだ。まあ、この3人では俺が指揮するしかないんだけど。テイラーは焼き魚をペロリと食べてしまった。朝イチから食欲全開のタイプらしい。そして、ハーディーがまだちまちまとかじっている魚を、ジッと見つめている。気がついたハーディーが、焼き魚の串をテイラーに差し出そうとした。
「待て、やめろ!」
腰を浮かしかけたテイラーとハーディーの間に、手を差し出した。ハーディーが驚いてこっちを見て、動きを止める。
「ハーディー、そんなに次々にテイラーに食い物をやるんじゃない。それはお前の食べ物だ。食べられる時にきちんと食べておけ」
俺は立ち上がって、ハーディーを指差して少しきつめに言った。返す刀でテイラーをビシッと指差す。テイラーは目を丸くした。
「それからテイラー! 足りないのはわかるが、そんなに物欲しそうな目つきをするんじゃない。パーティーは誰かが欠けたら、機能不全に陥るんだ。ハーディーがまた空腹でぶっ倒れたら、どうする」
もう一度、ハーディーを指差し、そしてまたテイラーに向き直る。
「いいか、配分したメシは、これくらい食べなきゃダメだと考えて渡しているんだ。足りなかったら自分で何か獲って食え。人のものを取っちゃダメ。自分のものも、あげちゃダメ!」
強く言い聞かせた。テイラーはむくれるんじゃないかと思っていたが、意外に素直に「すみましぇん……」とつぶやいて下を向いた。
「あっあ、うっう!」
意外にも反抗したのは、ハーディーの方だった。何か言い返してくる。これは通訳してもらわなくてもわかる。「俺は腹は減っていない、だからテイラーに食わせてやってくれ」と言っているのだ。
「ダメ! テイラーが小さいからって、甘やかしたらダメなの! ハーディーも自分を大事にしないとダメ!」
ピシャリとはねつけた。ハーディーは気圧されたように黙り込む。改めてテイラーを見た。まだしょぼくれてうつむいている。指先で地面の土をいじっていた。
「いいか、いざという時、俺とテイラーを守って戦うのはハーディー、お前なんだ。その時、腹が減って力が出なかったらどうする? 俺とテイラーは死ぬんだぞ」
そうなのだ。本来、パーティーで一番食べて力を蓄えておかなければならないのは、前衛なのだ。体力勝負なんだから。説教がこたえたのか、テイラーだけでなく、ハーディーもシュンとしてしまった。「わかったか?」と聞いても、2人とも下を向いて力なくうなずくばかりだ。
うむ、朝イチから空気がよろしくない。だが、安心しろ。これから世界一、楽しいことが始まるんだからな。
そう、水浴びだ。
「よし、じゃあまず、水浴びをしよう。それから洗濯だ。ハーディー、テイラー、俺が洗ってやる。ついて来い!」
リュックを担ぐと、ウキウキしながら2人を促した。ハーディーはのろのろと立ち上がったが、テイラーはギョッとした顔をしている。
「なんだ、テイラー。どうかしたのか?」
俺が聞くと、テイラーは俺を指差して、唇をワナワナと震わせた。
「え、洗ってやるって、クリスが?」
「もちろん、そうだ。だって、背中をしっかり流したいだろ?」
男だろうが女だろうが、関係ねえ。俺はスティーブンさんの屋敷で働いていた時に、風呂当番をやっていた。住み込みのおばさんたちの背中を流していた。おばさんたちは若い俺に体を洗わせて、俺が照れているのを見て面白がっていたが、俺も随分と年上で、背中だけとはいえ、堂々と女性の裸が見られるのは役得だと思っていた。だから、女の裸を見るのには慣れている。いや、ほとんど背中ばかりしか見ていないんだが。
テイラーも、もちろん背中を流すだけだ。それだけならエロい要素は一切、入ってこない。いや、そんなことよりも、しっかりとテイラーを洗ってやりたかった。だって、臭いんだもの。
「え……。い、嫌だ。クリスのエッチ!」
テイラーは、はっきりと拒否した。立ち上がって腰を引いて、後ずさりする。
「テイラー、これはエッチとかエッチでないとか、そういう問題ではない」
一歩、詰め寄った。
「いいか、あまり言いたくなかったが、お前とハーディーは出会った時から相当に臭い。これだけ匂いを振り撒いて歩いていれば、魔族に俺たちの居場所がモロバレだ。だから、水浴びをして、きれいにしておかないと。旅を安全に進めるためだ」
俺は一気にまくし立てた。
「なんかすごく理にかなっていることを言っているみたいだけど、要するにテイラーの裸を見たいだけなんじゃないのか?!」
テイラーは顔を歪めて、また一歩、後ずさりする。
「違う。違うぞ、テイラー」
大真面目な顔をして、一歩踏み出す。
「命を守るためだ、テイラー。俺はエロくない! 前は自分で洗え!」
「当たり前じゃん! 前は自分で洗うよ! そんな真剣な顔して言われれば言われるほど、エロ目的としか思えねえ! ハーディー、なんとか言ってよ!」
テイラーは助けを求めて、ハーディーを見た。ハーディーは「はっは、あがっは」と自分を指差して、何やら言っている。
「えーっ、本当かなぁ?」
テイラーは薄っぺらい胸元を腕で隠しながら、クネクネと恥ずかしげに体をくねらせた。
「おおう、おほっは」
「いや……。わかったよ。そこまで言うのなら、いいよ。洗ってもらうよ」
テイラーは渋々うなずいた。どんなやりとりがあったのか、さっぱりわからねえ。
「何? ハーディーはなんて言ったの?」
テイラーに聞いた。テイラーは俺をチラッと見て、恥ずかしそうに目を逸らす。
「え〜。いや、その……。ハーディーが見張っているから、大丈夫だって……」
ずっこけそうになった。いや、信頼ないな! 一生懸命、芋を掘ったり魚を釣ったりして、養ってやっているのに! というか出会ってからここまで、テイラーのことをかわいいなと思ったことはあっても、性的に興奮したことは一度もないんですけど!




