ロリアンドーロの軍人
その夜、テイラーは前夜のように寝落ちしなかった。魚のスープを食べて元気が出たのか、起きて焚き火をいじっている。
後片付けを終えると、完全に日が沈んで周囲は真っ暗になった。新月で月明かりもない。川の流れる音や夜鳥が鳴く声、何かの獣の鳴き声が聞こえてなかなかにぎやかだ。本格的な春の到来にはもうしばらく時間がかかるが、普通の山中に比べて、やはり水辺には生き物が多い。
こりゃあ、水浴びは明日だな。まあ、いいか。一緒に洗濯もしたかったし、ここから先に進むために食糧も調達したい。2人の食器も必要だ。悪魔の荷物も、改めて整理しないとな。ハーディーはどこから集めてきたのか、細長い葉っぱを寄り合わせて何か作っていた。太い指を器用に使って、編み上げていく。俺は寒さを避けるためにマフラーを取り出して巻くと、焚き火のそばに座った。
「テイラー、通訳してくれ」
俺が声をかけるとテイラーは顔を上げて、無言でうなずく。
「ハーディー」
ハーディーを呼んだ。ハーディーは顔を上げて、俺の方を見る。
「あんた、一体、何者なんだ。タイタンさんの部下ということは知っているけど、魔法使いには見えない。それに、王様に仕えていたってどういうことなんだ」
ハーディーは質問を聞き終えると、焚き火の方に顔を向けた。鉄仮面に炎が反射して、ゆらゆらと輝いている。何から話せばいいのか考えているのか、しばらく沈黙の時間があった。
「ああ、うああ、おおっおあ」
ハーディーは、編み物をあぐらをかいていた自分の腿の上に置くと、身振り手振りを交えながら話し始めた。長い。テイラーは黙ってうなずきながら聞いている。
「おおっ、あおっ、おああ」
長い話が終わった。途中で通訳するかと思っていたが、テイラーは最後まで黙って聞いていた。大丈夫かな。長かったぞ。最初の方、覚えているのか?
「えっと。えっとね……」
テイラーはフードの縁を触りながら、考え込んだ。やはり、話が長すぎて、どこから話せばいいのかわからなくなっているようだ。
「えっと、まず、ハーディーはロリアンドーロという国の軍人だったんだって」
「えっ!」
俺は思わず声を上げた。ロリアンドーロは数年前に滅亡した国だ。川の向こう、イースから見れば西の方にあった。スティーブンさんが冒険していた頃にはまだ存在しており、小さな王国だが、魔法使いがたくさん住んでいることで知られていた。
「ロリアンドーロって、魔法の道具の製造国として有名だった、あのロリアンドーロのこと?」
「そう……だと思う」
テイラーが自信なさげなのでハーディーを見ると、首を縦に振っている。
「で、ハーディーはロリアンドーロが滅亡した時に一度死んで、総帥に甦らせてもらったんだって」
テイラーは恐ろしいことをサラッと言った。
ロリアンドーロは魔法道具の製造拠点として知られていたが、キャルダモナの魔術師ギルドとは一線を画していた。ロリアンドーロには国王がいて、伝統があって、ギルドに合流するのをよしとしなかった。それがロリアンドーロのいいところであり、存在価値でもあったが、同時に自分の首を絞めることにもなった。
魔法の道具をバリバリ開発できるということは、それだけ人も土地も含めて、魔力に満ちあふれた国だったわけだ。たびたび魔族の侵攻を受けて、ロリアンドーロの歴史は魔族との戦いの歴史でもあった。数年前に悪魔を中心とした魔族の侵攻を受け、ギルドが支援に駆けつけた時にはすでに国王と女王は処刑され、王都は乗っ取られた後だった。
俺がスティーブンさんの屋敷で奉公していた時、ロリアンドーロの難民がイースに次々に詰めかけてきていたので、よく覚えている。
「そうだったんだ……」
ハーディーは仮面をつけていて、表情をうかがうことはできない。口元も、食事をする時以外は固く結ばれたままなので、何を考えているのかよくわからない。そんな壮絶な過去があったなんて、知らなかった。だが、キャリバンを持っている理由はわかったぞ。ロリアンドーロの出身ならば、あんな魔法の剣を持っていても不思議ではない。
「ハーディー、魔人ってなんなの?」
タイタンが言っていたことを思い出して、聞いてみた。
「うあうあ、あううっ」
今度も長かった。途中で「テイラー、適当なところで通訳して」と声をかけた。テイラーは黙ってうなずく。それでも今回もまた、テイラーは最後まで聞いていた。
「えっと、魔人というのは、言ってみれば魔法で改造した人間のことですね」
なぜか急に丁寧語で話し始めた。
「そんなこと、できるの?」
噂で聞いたことはあった。魔術師ギルドは人体実験をしていると。だが、実際に実験を受けた人間に会うのは初めてだ。
「うあっ、ううおあぁ」
「ハーディーは死んで、心臓が止まったんだって。それで、別の人の心臓を入れたんだとか……。そんなこと、できるの?」
テイラーは俺がさっき質問したことと同じことを、改めてハーディーに聞いた。
「おおっ、おああ、うあっ」
「ああ、そうなんだ。へえ〜」
テイラーは目を丸くして納得している。
「テイラー、通訳して」
「あ、ごめん」
テイラーはハッとして俺の方を向いた。
「もともと体の大きな人だったんだけど、他の人の心臓を入れて、魔法で全身を強化して、こんなに大きくなったんだって。そういうふうに魔法で改造された人のことを、魔人って言うらしいよ」
なるほどなぁ。テイラーの電撃が通じないのは、そのせいか。そこまで考えて、ハッと嫌なことに思い至ってしまった。
「え、ちょっと待ってくれ。確認したいんだけど、ハーディーはその……タイタンさんの操り人形ということなの? いや、悪いように取らないでくれよ。つまり、その……きちんとハーディー自身の意志を持って、行動しているの?」
そうだ。魔法で生き返らされて作られたということは、操り人形である可能性がある。例えばタイタンがクエスト終了時に俺とテイラーが邪魔だと思えば、ハーディーに指示して殺してしまうこともできる。瞬時に、あまり考えたくない未来を想像してしまった。これも常に危機管理のことばかり考えている、盗賊という職業の性かもしれない。
「うっごごぉ、ごああぉ」
「違うってさ」
今回は割と早く、テイラーは通訳した。
「万物の源を持ち帰れば、ロリアンドーロを復興させてやる。総帥がそう約束してくれたので、やっているんだって」
なるほど。確かに国に仕えていた人間としては、それは悲願かもしれないな。でも、怪しいな。国の復興なんて、とんでもなく手間と時間がかかることだぞ? いかに魔術師ギルドの総帥とはいえ、本当にそんなことやってくれるのかな? 騙されているんじゃないの? まあ、それはまたあとで聞くとして。
「なんで、あんなところでぶっ倒れていたの?」
「うああ、ああっあがぁ」
ハーディーの腕の動きが、少し大きくなる。何やらあわてている。いや、あわてているというよりも、照れているのだろうか。と、テイラーがプッと吹き出した。
「アハハ! ハーディーったら」
「テイラー、通訳して」
「あ、ごめん」
テイラーは俺の方を向いた。
「魔術師ギルドを出るときにもらった服が今、着ているそれなんだけど。それが気に入らなくて、きちんとした服がほしかったんだって。でも、この姿だから街に入りづらくて。人間の言葉も話せないし、それでパンゲアに行きそびれている間に、お腹が空きすぎて倒れちゃったんだって」
ニヤニヤしているが、お前も人のことは言えないだろう。まあ、俺も言えないが……。でも、ハーディーの気持ちもわからないでもない。その毛皮、温かそうではあるが、どこからどう見ても人間ではない。オークがよくそんな服を着ている。元軍人で普段、きちんと制服を着ていたであろうハーディーにしてみれば、耐えられなかったはずだ。
「そうか。じゃあ、とりあえず万物の源を手に入れて報酬をもらったら、ハーディーの服をあつらえてやらないとな。俺の家、仕立て屋なんだよ。父ちゃんに頼んでやるわ」
そういうと、ハーディーは肩を揺すってから「ああうっ」と言って、俺に向かって両手を合わせた。
「その時はよろしく頼むってさ」
テイラーは唇を歪めて、微笑んだ。もちろんだ。任せておけ。そんな巨体を包むんだ。きちんとした仕立て屋に依頼しないと、サイズがないだろう。うちの父ちゃんは腕は確かだ。なにしろ、スティーブンさんのシャツとズボンを作っていたんだからな。
さあ、明日の朝はいよいよ水浴びをするぞ。洗濯もだ。それから魚をたくさん釣って、干し魚を作ろう。食器もこしらえてやらないと。川向こうに行けば、俺にとってはほぼ未開の地だ。何があるかわからない。できる限りの準備をしておくに、越したことはなかった。




